前編
聖女と言う程、立派では無いのです。それなのに、殿下と結婚しても良いのでしょうか? ハッピーエンド
嫌です、、、
本当に嫌なんです。
だって、私は静かにひっそりと暮らしていたい。
王太子と婚約なんて、絶対に嫌。
*****
私には不思議な力がありました。
動物や植物と話しが出来るのです。
だから、辺境の小さな村で、獣の長と話しをし、私の住む村に悪いモノが入らない様に、お願いをしました。
小さな小さな頃の話です。
*****
初めてリロイに会った時、彼を大きな狼だと思いました。
「めっ!よ!ここは、わたちのおうち!あっちにいって!」
そう言うと、リロイはスゴスゴと帰って行きます。怪我をしているみたいです。
小さい私は、リロイが怪我をしているのを見て、悲しくなりました。
「ねえ!けがちてるの?!」
私が声を掛けても、振り向きもせず、森に帰ります。
「ごめん。ごめんね。いいよ、ここにいて」
そう言っても、リロイはゆっくりと歩いて行きます。
私は、リロイの後を着いて行きました。
森の入り口を少し逸れると、リロイは大きな木の裏に隠れる様に横たわりました。
私は何も出来る事が無くて、ただそこに居ました。
次の日は、りんごを一つ、リロイに届けます。
でも、リロイは食べません。
ただ、ひたすら眠ります。
次の日には、小さな桶に水を汲み、リロイの側に置きました。
りんごは昨日のままです。
リロイのお腹が静かに上下してるのを見て、生きていると分かります。
私は、リロイの横に座り、見守りました。
次の朝、いつもの様にリロイに会いに来ると、りんごが無くなって居ました。
「りんご、もっともってこなくちゃ!」
そう思い、りんごを取りに帰ります。
戻って来ると、リロイは体勢を変えて寝て居ました。
私はリロイの鼻先にりんごを置きます。
「りんご、もってきたよ」
と言うと、少し目を開けてプイッと顔を背けます。
「りんごだよ。すきでしょ?どうぞ」
鼻先に置きます。避ける様に顔を背けました。
「どうちて?きらい?」
リロイはゆっくりと立ち上がると、私の後ろに周り、私を囲う様に寝転びました。
「ふわふわ」
リロイの毛は、ふわふわで温かくて気持ちが良い。暫く頬を寄せ撫でていると、うとうとと眠たくなりました。
リロイは、尻尾で私を包んでくれます。
次の日、私が森に行くとリロイは居なくなっていました。きっと、森の奥に帰ったのです。
私は淋しくて探しました。森の奥へ、奥へ、、、。
随分奥まで進んでしまい、辺りは樹々が鬱蒼と茂っています。
私は不安になりました。元来た道を戻ろうと振り向くと、遠くにリロイが居ます。私をそっと見ているのです。
「リロイ!」
名前を呼ぶと、リロイは走り出しました。
「リロイ!」
私も走り出します。側に寄ると、リロイは私の身体の周りをクルクル回り、匂いを付ける様に撫でました。
おいで、、、
リロイが私を誘う様に歩き出します。
偶にこちらを振り向き、確認するのです。
「リロイのおうちにいくの?」
と聞くと、尻尾をくるりと回しました。
ほんの少し歩くと、洞窟があります。
リロイは一度振り向き入って行きます。
中は深くありません。陽の光が少し入り、薄暗いけれど、ちゃんと中が見えました。
リロイは、一番奥に寝転び、尻尾でパタリと地面を叩きます。
おいで、、、
私がリロイのお腹に抱き付き
「ここがおうち?」
と聞くと
私は、ここにいる。困った時は私を呼びなさい。
と言いました。
*****
私は、毎日リロイの元に行く訳ではありません。
森に入り、リロイの住処の近くを通る時だけ、少し足の向きを変えて、洞窟の中を覗きます。
大抵リロイの姿は見えません。でも、そこを巣穴にしている気配はありました。
ある年、獣が多く増え、田畑を荒らされる事が多くなりました。
私はいつも獣が村に来ない様に祈っていました。私達は裕福では無いので、畑を荒らされては困るからです。
沢山の村や町が獣の被害に遭う中、私の住む村だけはいつも無事でした。
王様は不思議に思い、調べました。
そして、私の力に辿り着いたのです。
私の力は、聖女の力と勘違いされ、王都に強制連行されたのです。
*****
父と母は、泣いていました。なかなか子供が出来無かった二人に、漸く授かったのが私。
「アニー、、、」
二人は私を抱き締めてくれました。
「父さん、母さん、、、」
私は王都に行きたくありません。ずっと二人の側に居たかったのに、、、。
*****
馬車で何日も移動しました。私は馬車の中から出られず、誰とも話す事も出来ず、鬱々としていました。
一度、勇気を出して、私に食事を準備してくれる人に話し掛けましたが、無視されました。
私と話す事を禁じられてるのかな?
そう思いながら、二度と声を掛ける事はありませんでした。
*****
五日程、馬車に乗っていると、遥か彼方にお城が見えます。山の中腹に小さく見えるお城は、遠くから見ても立派でした。
それから数日掛けてお城に着きました。
どう見ても、私は歓迎されていません。
遠い村から来た、汚い女の子は誰からも声を掛けられる事無く、着いて早々身体を洗われ、似合いもしないドレスを着せられました。
長い長い馬車の移動で、身体も心も疲れた私は、何も考える事が出来ず。ただ、言われるがままでした。
騎士に連れられ、王様と王妃様、王子様の前に立ちます。
みんなが何を話しているのか分からない私は、ただ其処に居ました。唯一分かったのは、私が聖女で、第一王子と結婚するらしいと言う事。
その時の王子様の顔は、私を睨み、憎み、許せない様でした。
どうしてそんな目を向けるの?
不安でいっぱいの私は、彼から目を離しました。
*****
誰からも話し掛けられず、説明も無く、私は部屋へ案内されました。
一人ポツンと置き去りにされ、疲れ果てた私は、ソファに座る事も、ベッドに乗る事も出来ないまま、床に座り寝てしまいました。
だって、余りにも綺麗なベッドやソファです。使って良いのかも分かりません。
お腹が空いて目が覚めると、夜中です。カーテンは開け放されて、窓も開いています。部屋の中はとても寒く、薄着の私は凍えそうでした。
扉からノックの音が聞こえて来て、つい身構えます。
隠れなきゃ!
咄嗟にそう思い、カーテンの内側に隠れました。
カチャリと扉が開くと
「おい、、、」
と声が聞こえました。
「いるんだろう、、、?」
返事を待っている様です。
コトリ、、、
と、テーブルに何かを置く音がしました。
「逃げたのか?」
と言いながら、部屋の中を移動する足音が聞こえます。
私は息を殺して、カーテンの中に居ました。
「、、、おいっ!出て来いっ!」
急に叫ぶ様な大きな声で言われ、私はびっくりして身体を動かしてしまいました。
足音が近付いて来ます。
そっとカーテンを引かれ
「此処で、何をしている、、、」
私は、両手を組み
「どうぞ、お許しくだい」
と小さな声で言いました。
彼はイライラしています。
私は嫌だな、、、と思いながら、カーテンの内側から出たのです。
テーブルの上に、サンドイッチがありました。
「夕食は要らないと、断ったそうじゃないか」
「え?」
ずっと寝て居たから、誰か来た事も知らなかったのに、、、
「王家を蔑ろにするなんて、随分身分が高いんだな」
と意地悪く笑います。カチンと来ました。
「この部屋に来たのは貴方が初めてです」
彼は私を見ました。
「それに、村を出てから話しをしたのは、貴方が最初です。私はこんな所に来たく無かったのに。大した説明も無く、ただ聖女だからと馬車に乗せられ、分からない事を聞きたくても、ずっと無視っ!どれ位の時間が掛かるのかっ、どれ位の距離なのかっ!たったそれだけさえ、誰も教えてもくれない、食事だって馬車の中で一人!蔑ろにしたのはそっちでしょうっ?!」
「不敬だぞ」
「不敬で結構っ!あんた達お金持ちは、何をやっても許されるのっ?こんなの人攫いと一緒じゃないっ!」
「、、、」
「あの村では着る事の出来ない、綺麗なドレスを着て、美味い物が食えるんだ、それだけでも喜ばしい事だろう?」
馬鹿にした様に笑う
「こんな似合わない服、要らないっ!廊下を歩いている時、みんなが私を見て笑っていたわっ!貴方だって、似合っていないと分かっているんでしょう?!」
「そうだな、似合っていない」
「美味しい物だって、一人で食べたら美味しく無いのよっ!私を村に帰してっ!帰してよっ!!」
「残念ながらそれは出来ない。聖女は王家の人間と結婚する決まりだ」
「誰が決めたのっ?神様?違うよね!あんた達王家の人間でしょ?勝手に決めて、偉そうにしないでよっ!」
「聖女の力は、どの国でも欲しがる。だから、聖女を守る為に、私達と結婚するんだ」
「だから、聖女じゃ無いしっ!大体、あんた達が勝手に探すからこんな事になるんでしょ?放って置いてくれれば良かったのよ!」
「、、、兎に角、飯は食え、、、。それから、この部屋はお前の物だ、自由に使って良い、、、」
「、、、家に帰して、、、父さんと母さんに会いたい、、、」
話しの通じ無い相手に、涙が出そうだった。
「残念ながら、それは無理だ」
私は彼が部屋から出て行くのを、黙って見るしか無かった。
**********
あの汚い女が城に入って来て、聖女と言われた時、俺はムカムカした。痩せっぽちで髪も短い。とても女性とは思えなかった。
辺境の村で聖女が見つかったと聞いた時、正直心が踊った。どんな美しい女性だろうと想像した。
しかし、目の前に現れた女は汚かった。
到着するなり風呂に入れられ、何時間も掛けて準備をした女は、普通以下の女だった。
可愛くも無い、美しくも無い女。この女と結婚するのかと思ったら、腹が立った。
それなのに、、、彼女が喚いた事が身に沁みる。
聖女を見つけたのは、偶然だ。
近年、辺境の村や町で害獣に田畑を襲われ、収穫量が減る中、彼女の村だけは被害が無かった。
少ないのでは無い。被害ゼロだった。それに、収穫量も多く、質も良い。
調べるとアニーの存在が見つかった。アニーは、小さな頃から動物や植物と話しが出来た。
彼女の両親は、お喋りの中でアニーが話す事を信じ
「裏の畑が元気が無い」
と言えば、注意深く畑を見たし
「牛が怯えている」
と言えば、放牧を辞めて、見回りを強化した。
そして、彼女は獣の長と交流があった。その姿は狼の様で、大きさは二倍とも三倍とも言われている。かなり大きな獣だ。神獣、或いは魔獣だろう、、、。名前をリロイと言った。
リロイがアニーを信頼しているのであれば、彼女の村を守っているのかも知れない。
俺は、俺だけが犠牲になっていると考えていた。
勿論、王家に生まれ、国の為、民の為に生きなければならない事は理解している。聖女と結婚しなければいけない事情も分かる。
ただ、ここ何年も何十年も現れていなかった聖女が現れ、一月程で結婚が決まった。目の前に現れた女は、想像とは違う薄汚い女だった。正直に言えば、腹が立った。
でも、彼女だって、被害者なのだ、、、。
それに、馬車での対応も、城内での対応も酷い物だった。俺も、その内の一人だったと気が付いた。
申し訳無い、、、と思った。
**********
翌朝、私は部屋で食事を摂りました。
王子様と一緒です。
一人で食べる食事は淋しそうだけど、これはこれで緊張しちゃう、、、。
話す事も無いし、昨日思いっきり言いたい事を言った手前、もの凄く気不味い、、、。
「今日は、お前のドレスを仕立てる」
「え?昨日のドレスがありますけど?」
彼は驚いた顔をしました。
「一着では足りないだろう?」
、、、そうね、洗濯中に着る物が無いと困る、、、
「それでは、もう少し動き易い物をお願いします。裾が長過ぎて、踏んじゃいそうです」
王子様は、昨日身に付けていた私の服を思い出している様です。
「あれはダメだ、短過ぎる。貴族の女性らしいドレスを着て貰わないと困る」
「、、、」
「それから、本日より様々な勉強が始まる。食事は摂れる時に沢山摂りなさい。身体が持たなくなる」
「、、、はい」
彼は、話しをしながらも優雅に食事を摂る。私は、自分が貧しい村の娘だと思い知らされて、申し訳無い気持ちになった。
「あの、、、本当に私達、結婚するんですか?」
「ああ、、、」
「私、本当に聖女なんかじゃありません」
「、、、リロイ、、、」
「リロイを知ってるんですか?!」
「リロイと話しが出来るそうだな?」
「話し、、、と言うか、、、リロイの気持ちが聞こえるんです。、、、頭の中に直接、、、。何て説明したら良いか分からないけど、、、」
「動物や植物とも話せると聞いた」
「え?みんな話せるんじゃ無いですか?」
「いや、話せない」
「聖女様って、お祈りして怪我を治す人ですよね。そうして、沢山の人を救ったって聞きました。戦争で傷付いた人を治したり、癒やしたりするって」
「聖なる力を持つ人が聖女だ」
「でも、私のは友達になる位で、、、」
「リロイは、狼より大きいと聞いた」
「大きいです。凄く凄く大きい、みんな獣の王様だって言ってました」
「リロイの話しを聞きたい」
「私がリロイに初めて会ったのは、まだ小さい頃でした、、、」
**********
朝食を摂りながら、彼女の話しを聞いた。
令嬢らしからぬ話し方は、今後直して行かないと、、、そう思いながら、彼女の話しに興味を持つ。
リロイと言う名前は、アニーが広めた。村の住民はリロイの存在を知っていた。形跡や、遠くから見た事がある者もいた。
しかし、実際に目の前に現れた事は無い。
彼女自身も滅多に会う事は無いらしいが、年に数回は森の中で遭遇する。
彼女の話しは面白かった。
**********
勉強は厳しく、文字の読めない私は、本も読めません。
それだけで、先生は溜息を吐き、文字の一覧表を明日までに覚えろと言いました。
馬鹿かな?馬鹿だよね?だって、私には分からないのに。分かる様にするのがこの女の仕事ですよね?
何が書いてあるか分からない物を覚えるなんて、無理に決まっています。
「これは、何ですか?」
私は一番最初の文字を指差します。先生は大袈裟に溜息を吐き
「Aよ」
と言うのです。
「Aって何ですか?」
「AはAよ」
「Aが分かりません」
先生は怒って部屋を出て行きました。
******
「先生が呆れていたよ。Aも知らないって」
王子様が言いました。
「知りません。Aって何ですか?」
私の反応を見ている様でした。
「巫山戯ている訳では無いんだね」
「、、、勉強しろって言ったのは貴方達です」
「分かった。自分の名前を書ける?」
「書く?」
「君の名前はアニー」
と言いながら、紙に
Annie
と書いた。
「この一番最初に書いたのがA」
「A」
「小文字になるとaと書く」
と言いながら、一文字、離れた場所に書いてくれた。
「書いてごらん」
私は何回か書いてみました。
*****
今朝、私の部屋に来た先生は、昨日の先生より優しい先生でした。
*****
私は田舎者だからでしょうか。体力は人一倍ある様で、朝から昼前まで机上の勉強。昼食を頂きながら、食事の作法を学びます。
午後から二時間ダンスの練習。お茶を飲みながら、お茶会の作法を学び、夕方から机上の勉強です。
私は意外にも勉強が好きでした。何も知らない私は、新しい事を習う度、楽しくて仕方が無かったのです。
*****
「ほら、聖女様よ」
「王太子殿下もお気の毒よねぇ」
「治癒の力も無いんですって」
「でも、動物と話しが出来るそうよ」
「本当かしら?」
クスクス笑い声が聞こえます。
初めてのダンスパーティは散々でした。ダンスはそれなりに自信がありました。ドレスも私に良く似合うデザインでした。
でも、短い髪は他の令嬢の様に美しくありません。
どんなに頑張っても、短い髪が私の印象を悪くするのです。
まだ、私を受け付けない若い侍女達は、廊下ですれ違う度に笑いを堪えます。
「歴代の王妃殿下で、あんなに髪の短い方はいらっしゃらなかったわ!」
廊下を曲がり、姿が見えなくなると、わざと大きな声で笑います。
王子様は私の顔を見るなり
「どうした?」
と聞いてくれました。片手にシャンパンを持つ彼は、洗練されていて、とても綺麗です。
「髪が、、、髪が短くて馬鹿にされるのです」
私は小さく笑います。彼はそんな私の髪に触れ
「そうなのか?俺は結構好きだぞ?」
と言いました。
洗う度にマッサージをして、丁寧に扱って貰いました。石鹸も香油も、うっとりする程良い香りがします。私の髪は、村にいた時よりもサラサラで美しくなりました。ただ、髪は急には伸びないから、、、。
「半年もすれば、皆と同じ長さになる、気にするな」
と言いました。そう言いながら、私をそっとエスコートして、控えの間に連れて行くのです。
侍女を呼び
「彼女の髪を纏めてくれ、頸が見える様に頼む」
侍女は
「畏まりました」
と深々とお辞儀をして、髪結担当の侍女を呼び、道具を準備しました。
纏めた髪の間に、小さな花をあしらったピンを刺し、可愛くしてくれます。
「暫く、彼女の髪型はこちらで頼む」
鏡の中の私は、髪型を変えただけで少し大人っぽく見えて、自分でもドキリとしました。
*****
私は少し疲れていたので、そのまま控えの間で休む事にしました。
王子様は気を使い、私を一人にしてくれます。
暫く、窓の外を眺めていました。遠くから小さく音楽が聞こえてきます。
「疲れたな、、、」
窓の外は月明かりで、照らされています。大きな枝で光の届かない場所は、深淵の様に暗く、森を思い出します。
「リロイ、、、」
私は、随分遠くに来てしまったんだと、涙が出そうになりました。
扉を叩く音がします。
「どうぞ」
と言うと、可愛らしい女性が現れました。
「聖女様、失礼します」
とカーテシーをしてくれます。
私はそんな身分の女じゃ無いのに、、、
「まぁ、素敵。髪型を変えたのですね」
「はい、殿下が、、、」
と言うと、彼女から不穏な空気が漂って来ました。
「本当は、私と殿下が婚約する筈でしたのよ」
にっこり笑います。
「もう直ぐ正式に婚約を結ぶと言う時、貴女が現れたの、、、酷い話しだと思いませんか?」
「、、、申し訳ありません」
「本物の聖女様ならね、私も諦めが付いたのです、、、。でも、貴女は治癒の力も先読みの力も無いのでしょう?何でしたっけ?動物と話せる?植物の声が聞ける?本当ですの?」
彼女は、そっとご自分の髪飾りを抜きました。美しく結った髪が崩れて行きます。
「聖女ならっ、私の怪我を治しなさいよっ!」
そう叫んで、髪飾りで掌を傷付けました。
「ほらっ!この傷を治してっ!」
彼女の掌から血が流れます。
「どうして、、、」
「私から殿下を奪うなら!ちゃんとした聖女でいて下さいましっ!」
騒ぎに気付いた人々が、扉の外から覗いています。彼女の母親らしい人が悲鳴を上げ、側に居た男性が部屋に入って来ました。
「失礼します。我妹が申し訳ありません」
そう謝ると、サッと彼女を抱き上げ、何処かに連れて行きました。
私は床に溢れた血を眺めながら、心の中で呟きました。
私にどうしろと言うの、、、
*****
王様に呼ばれました。
「一部貴族から、お前は治癒の力や先読みの力が使えないのか?と問われている」
「申し訳ありません」
最初から、そんな力は無いと言っているのに、、、
「それでは、リロイ討伐に参加しなさい。怪我人が出た際は手当を手伝う様に」
リロイ討伐?
「過酷な状況に追い込まれれば、力の発現もあるやも知れぬ」
私の思考は止まってしまいました。リロイ討伐って何、、、?
気が付けば、辺りに誰もいませんでした。
私は、まだ理解出来ない頭で、自分の部屋に戻ります。
後ろから
「アニーッ!」
と呼ばれました。王子様の声です。
「リロイが、、、」
「俺も今、聞いた」
「討伐って、どう言う事ですか?」
「、、、俺の部屋で、、、」
王子様は、私の腰をそっと押し、促してくれました。
*****
彼の部屋には、テーブルにワインが置いてありました。
グラスにワインを注ぎ、一つを私の前に置きます。
「リロイが、獣達を操っているんじゃ無いかと言われている」
「 ? 」
「君の住んでいた村だけが、害獣から被害を受けていない。リロイが他の村や町を襲わせていると言い出した者がいた」
「、、、そんな事ありません、、、」
「そうだな、、、ただの言い掛かりだ、、、。話しを持ち出したのは、先日自ら傷を負った令嬢の家だ」
「、、、私の所為ですね、、、」
王子様は、一口ワインを飲んだ。
「あの日、、、私がいなければ、貴方の婚約者は彼女だったと言われました、、、。本当ですか?」
「、、、彼女は公爵家の長女だから、順番で行けばそうなるだろう、、、」
「、、、私が居なくなれば、彼女が婚約者になるのですか?」
「可能性は高い」
「、、、。リロイを殺さなければ、討伐は終わらないのでしょうか、、、」
「それは、、、」
「リロイの元に行きます、、、。出来れば、誰一人怪我を負って欲しく無い。リロイも、、、」
**********
リロイ討伐?
「そうです。聖女の故郷にいる魔獣が獣達を操っているのでは無いでしょうか。ですから、彼女の生まれ育った村だけが無傷なのです」
「ふむ」
と王陛下が唸る。
「聖女が魔獣を操っている可能性もあるな」
誰かが言う。私は溜息が出そうになった。くだらない考えだ。
「大した能力も無いのに、王子に見初められたいからか?」
と笑う。嫌な顔をしていた。
私はアニーと過ごし、彼女がそんな事をするとは思えなかった。
「どちらにしても、狼の三倍の大きさでは退治しない訳には行かないだろう。いつか、人間に危害が及ぶかも知れない」
*****
討伐には、私とアニー、精鋭の騎士五人だった。リロイの情報は、「通常の狼より三倍の大きさ、森に住んでいる」と言うことしか分からなかった。
森に入る前に、アニーの村に立ち寄る。
確かに豊かな村だった。
道中見て来た村や町とは、少し違う。
「アニー?」
畑の真ん中に女性が一人立っていた。
「母さんっ!」
奥で作業していた男性が立ち上がり、振り向く。
「父んっ!」
アニーはドレスのまま、畑に入り込み、二人を抱き締めた。
**********
「もう二度と会えないと思っていたわ」
私と殿下は、母さんのお茶を飲みながら事情を説明した。五人の騎士達は、森の中を調査している。
「リロイは、今も森の中にいるのかな?」
「お前が王都に行ってから、リロイを見たと言う話は聞かないな」
「そうね、元々リロイは貴女の目の前にしか現れなかったし、、、気配はあるんだろうけど、実際には分からないわ」
リロイは中々見つからなかった。森の中を探しても気配すら無かった。リロイのお気に入りの場所を見に行っても、何だか寒々しくて、もうずっと此処には立ち寄っていないの分かった。
リロイは何処に行ったんだろう、、、。
*****
私達は、折角辺境の地まで来たのだからと、立ち寄れる村や町、全てを見て回った。
動物や植物と話しが出来る事は伏せて、ちょっとした助言をする。例えば、土が固くて水捌けが悪い様だから、収穫が終わったらしっかり耕した方が良いとか、土の中に石が多いから次に何かを植える時は石を取り除いた方が良いとか、その程度の事だった。
「害獣の被害は如何ですか?」
殿下が聞き取りを進める。
「そうねぇ、、、大分減って来てるかねぇ」
「減っている?」
「去年辺りは今時分が一番被害が多かったけど、今年はまだやられて無いからね」
「え?どうしてですか?」
「さあねぇ、、、始まりも急だったから、終わりも急なのかねえ」
「この辺りに大きな狼は出ますか?普通の狼の三倍位の大きさです」
「そんなのが出たら、この村は無くなってるんじゃないかね?」
と笑う。実在するとは思って無い様だ。
私は森の方向が気になっていた。
胸がザワザワする。
「アニー?」
「嫌な感じがするの、、、」
小鳥が一斉に飛び立った。距離がある所為で声は聞こえない。
彼処に何かいる、、、
私は馬を走らせた!
「アニーッ!」
後ろから殿下達も着いて来る。
何処?何処だった?
焦るな私、樹々の声を聞いて、冷静になって!
リロイッ!何処っ?!何処にいるのっ?!
血の匂いがするっ!こっちだ、、、!
馬が急に止まった!行きたく無いらしい!
私は辺りを伺う、唸り声が聞こえて来る、、、リロイ、、、。
来るな、、、
いた、、、リロイは、黒い獣と戦っていた。
「アニー」
殿下が隣に立つ。
「来るなって言われました」
後から来た騎士達も、後ろに控える。馬は怯えていた。
私達は静かに見守るしか無かった。
やがて、辺りは血の匂いに覆われ、私は涙が溢れて溢れた。酷い匂いがする。
リロイ、、、。
大丈夫だ、、、。
彼が私達の方に近付いて来る。
闘いの後が身震いする程恐ろしい。
アニー、、、アイツに触れてはいけない。放って置けば土に還る、、、。
「リロイ、、、」
リロイは遠吠えをして、森の奥に帰って行った。
*****
殿下は馬を一歩進めた。
「ダメです、殿下。リロイが触れてはいけないと言いました」
馬はやはり、後退りをする。
「放って置けば、土に還るそうです」
「しかし、このまま放置する訳にはいかないだろう」
「馬が安心する位置まで下がりましょう。そこで様子を見るしかありません、、、」
私達は数メートル程、元来た道を戻りました。
**********
このまま、あの訳の分からないモノを置いて行く事も出来ず、俺達は野宿をして暫く様子を見る事にした。
半日は何も変化が無い。ただ、臭いが酷かった。明け方、それは形を崩し始め、少しずつ地面に吸収されて行く、、、。更に半日掛け、地面に吸われ、翌朝には跡形も無くなった。
馬が怖がる事無く前に進めた。
「リロイ、、、」
彼女は、遠くを見ている。俺が彼女の視線の先を見ると、リロイが振り向き去って行く。
「デカいな、、、。そして、神々しい」
「リロイが、、、守ってくれるそうです、、、。獣達に森から出ない様に伝えるって、、、」
アニーは、涙をポロリと溢した。
「リロイ、、、バイバイ、、、」
*****
害獣の件はリロイに任せて、俺達は王都まで視察をしながら帰る事にした。
「あの、、、この花、珍しいですね」
そう言って彼女が眺めた花は、見た事の無いモノだった。
「あ!ダメです!直ぐに抜きましょう!根本から優しく抜いた方が良いです。繁殖力が強くて、この場所には無理です!きっと、鳥が運んで来たのでしょう」
彼女はその花を傷付けない様に、そっと根元を掘り起こした。
「もし、この花を見つけたら、茎が残らない様に抜いて下さい。燃やしてしまう方が良いかも知れません、、、。ごめんね」
そっと撫でる。
「こんなに可愛いのに、抜かないと行けないのか?」
「爆発的に繁殖します。人家や田畑の無い場所なら良いと思いますけど、、、。手入れが大変になります」
「人家や田畑が無ければ良いのか?」
「、、、そうですね」
「そのまま持ち帰ろう」
「え?」
俺は花をハンカチに包み、そっと持ち帰った。
*****
火の番をする。
「殿下」
「アニー」
「さっき持ち帰った花は、どうするおつもりですか?」
「此方に来る途中、村も町も何も無い場所が、あちこちにあっただろう、、、。殺風景で、景色も変化の無い場所だった、、、そこに、植えたいと思ったんだ、、、」
「そうですか、、、」
不安そうな顔だ
「繁殖力が強いのなら、放って置いても良いだろう」
「大丈夫です」
「花畑に成れば、目印にもなるし」
アニーが此方を見た。
「良いですね」
安心した様な顔が可愛かった。
*****
俺は王都寄りの、何も無い小高い丘に、立ち寄った。
暫く馬を走らせれば、王都に一番近い町がある場所だ。
「この丘に花畑が出来れば、帰って来た者は安心するだろうし、出て行く者も感慨深いだろう、、、」
「そうですね、、、この花の色ならば、遠くからも良く見えると思います」
アニーに賛同して貰えて、少し安心する。
**********
丘に花を植え、いよいよ旅の終盤です。私は聖女として、治癒の力も先読みの力も発現する事無く、帰って来てしまいました。
害獣被害の件は、安心してお伝え出来ますが、暫くは信じて頂けないでしょう。
私達が、最後の街に入ろうとした頃、並走する者がいました。
リロイッ!
「アニー!リロイがっ!」
馬達は、リロイに煽られる様に走ります。街中を走り抜け、門番が開けた大門を潜り、私達は城に入りました。
私は馬から降り、リロイの元に走り寄ります。
「弓を下せっ!」
殿下の声で、リロイを狙う弓が下されます。彼も馬から降り、私達の元に駆け寄りました。
殿下がリロイの前で跪きます。
殿下が跪いた為に、リロイは神獣として扱われました。
*****
「あの、、、リロイ?」
リロイは私を見ると、尻尾で答えました。床で寝ながら、パタンと尻尾で叩きます。
私に与えられた部屋は、リロイが入っても狭く感じません。
「怒ってるの?」
もう一度尻尾を床に叩き付けます。
「お風呂に入れたのは、私じゃ無いわよ?」
誰かが、扉をノックしました。
「はい」
と返事をすると
「俺だ」
と殿下の声です。私は扉を開けます。
「その、、、リロイの食事は何が良いかと思って」
「リロイ、お食事は何が良い?」
背中を向けたまま尻尾を振っています。
肉、、、
「お肉だそうです」
「やはり肉食なのか?」
違う、何でも食える。今は肉の気分だ
「何でも食べられるけど、今はお肉が食べたいって」
「分かった。準備させる」
「有難う御座います」
振り返ると、リロイの尻尾が嬉しそうにしていました。
扉を閉め、リロイに近寄ります。
「リロイ、、、触っても良い?」
構わない
リロイの毛は、石鹸で洗われた所為かふわふわで、気持ちが良いです。思わず、首に腕を回し抱き締めてしまいました。
リロイが体勢を変え、尻尾で私を寄り掛からせます。
全身を包まれ、安心しました。
「リロイ、お花の匂いがするね」
尻尾でパタンと床を叩きました。
「良い匂いだよ、、、安心する、、、」
リロイの呼吸を感じ、私もだんだん眠くなるのです。
「リロイ、、、大好き、、、」
リロイの尻尾が私を撫でました。
*****
「聖女様、お食事の支度が整いました」
ノックの後に呼ばれ、私はのそりと身体を起こします。髪とドレスを整え、扉を開けました。
いつもは部屋で食べるのに、今日は違うらしいです。
リロイは、静かに私の後ろを着いて来ます。
「此方のお部屋になります」
入り口に殿下が立たれていました。私の手を取り、エスコートしながら、席に案内してくれます。
ああ、今日は王陛下、王妃殿下と一緒にお食事なのね、、、。成程、、、。
侍女は、リロイを案内します。
リロイの前には沢山のお肉がありました。あんなに食べられるのかしら?
*****




