就任披露宴
リュカの就任披露宴は予定より遅まり、5月下旬となった。この時には帝国中がすでに梅雨に入っていて、ひとしきりに雨の降る日がいくつも続いた。
就任披露宴には、そのホストの家柄に合わせた振る舞いが要求される。たとえば、爵位を持っていれば、実際の経済的ステータスはどうであれ、家柄ともてなしは対応するものとされる。その点において、奴隷身分としてこの会を初めて開催するリュカに期待する者は誰一人としていないだろうし、事実そうであった。
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しかし、帝国中の貴族たちは驚いた。綺麗に行き届いた清潔ぶりの空間は、リルたちが一生懸命磨いてくれた。たくさんの銀食器は、ヘレナのお家が貸し与えてくれた。メニューボードは、達筆なマリーの筆でなされているし、なによりリュカの懇切丁寧な態度が貴族層の琴線に触れた。
カルロ殿が返礼品である瓶入りの美酒に酔っている。開封するのは、本来お持ち帰りしてからなのだが…とリュカは思いつつ、微笑ましく眺めている。
そんななか、宰相に就任したリュカに最もフレンドリーに接していたのは、なぜかあのパンチ陸相だった。彼は帝都に滞在している。
それを見て不満そうに頬を膨らませるリル、汗びっしょりでおどおどするマリー、どういう思惑があるのかと怪訝そうな眼差しのヘレナである。「パンチ殿。」と、ついにリルが切り出した。
「あなたは、先の戦でリュカ様を追い落とそうとされておきながら、少々なれなれしいのではございませんか?」
といっても、こちらは奴隷身分、パンチ殿は辺境伯爵なので、はるかに向こうが格上なのだ。
「いやぁ、将来の婿殿だからなぁ。」
あまりにも打ち解けすぎている。つい先日まで敵対していたとは思えないほどに。
「婿殿!?私がですか?」リュカはパンチの発言に驚く。
「おっと、こいつはまだ時期尚早だったか。」
「ルド、口が滑りすぎですよ。」と頭上遥かから声がする。
「いや、テレサ済まねえ。つい、口が滑っちまった。」
テレサ女帝に促されて、リュカ達は陛下のプライベートスペースに呼ばれた。すでにその場には、モジモジしているリゼがいた。
「ルドルフ・パンチ…ことルドは、わが夫なのだ。実は、あの大戦は、反王権派を一網打尽にするために、私とルドは利用した。」
リュカ、リル、マリー、ヘレナの4人は、テレサ女帝の発言にさらに驚く。
「お母様、聴いておりません!」とリゼ皇女も口を告げる。
「それでここからは、極秘になるのだが…」とテレサ女帝が二の句を告げると、レースのカーテンが空けられる。「すみません。本日の主役のリュカ殿はここでございますか?」と頭に鱗の生えた人物が尋ねる。
「そうですが、何か御用ですか?」「ランドゴン公国の宰相家を務めておられる、コーラル公爵がお呼びでございます。わたしは、その使いです。」
――なぜ、今このタイミングで?
困った。陛下に呼ばれている今、他の会話に行くのはマナー的にまずい。「陛下のお呼びなんですが…」「しかし、ランドゴンを敵に回すわけにもいくまい、行って参れ。」とテレサの御下知なので、リュカは行くことにした。
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リュカが廊下を歩くと、やがてランドゴン家の第3御曹司がいた。「こんにちは、クレソンと申します。」と名乗ったその男は、頭が緑色の鱗で覆われていることを除けば、人間の美男子といえた。
「これは、クレソン殿。お初にお目にかかります。して、要件は何でしょうか?」
「あなたがリュカ殿ですね。お日柄も良い今日、お会いできて嬉しいです。時に、ランドゴンの森林は、今年も実り豊かですぞ。」
ランドゴン帝国は海辺にある国である。この国では、海で海藻などを養殖することを「森林」と呼んでいる。いわば、“海底森林”なのだ。
「それはそうと、今日の宴にはわが父も一族もいらしております。」
そうした会話のあと、通された部屋には、髭を生やした龍の頭に人間の体をした一際立派な身なりの人物が座り、そのほか人間と同じようないでたちの4人の人物が立っていた。
そういえば、ランドゴン王国の王家の一族は、すべて龍神族の血を受け継いでいるんだっけ。
「お初にお目にかかる。わしが、ランドゴン73代国王であるナーガある。」
髭を生やした龍の頭の御仁が話しかけてくる。
「こちらこそ、はじめまして。ナーガ陛下。わたしが、リュカ・チェザーレ。カトゥル帝国の現在の宰相です。」
ナーガを名乗る龍頭の老人は、ほっほと笑うとリュカに座るように促した。
「ところで、リュカ殿は、我が国の伝説はご存じか?」
「はい。帝室図書館の書庫で読みました。」
マリーが司書見習をしている帝室図書館には、常日頃から出入りさせてもらっているからね。
「よろしい。そのなかで、我が国は龍神の末裔の国であるのじゃ。」
「存じております。たしか、ドラゴン族の王族が南国の諸島をまとめ上げ、そのあと人間のお姫様と結婚して、今のランドゴン王統へと繋がるんですよね。」
ランドゴンは、いにしえには龍族の国であった。それが、前代の魔王誕生の折に、この国の皇太子が、人間族の勇者と恋に落ちた。恋に落ちて盲目なランドゴンの皇太子は、当初、人間族の女性勇者と駆け落ちしたが、勇者が魔王を討伐したことにより、2人はめでたく結ばれ、ランドゴンの皇太子も国へと帰還し、現在の国王の血筋へとつながるのである。
「そのとおりです。」と、背がすらっとした顔も端正な美男子が目を見張って語り掛けてくる。
「こちらもお初ですね。私は、長男のタイムと申します。ランドゴンでは、財務総監をしております。」
「総監」とは、各国で専門事務を任された役職のことで、カトゥル帝国でいうところの「大臣」に相当する。
「俺は、ミント。この男の次男だ。よろしくな。」
「ちょっと兄上、父上のことをこの男よばわりとは…」と、クレソンがたしなめる。
「よいよい。して、チェザーレ殿。」
「はい。」
「我が国に、農業を導入したいのじゃが…種や道具は持ってこれそうですかのう。」
ランドゴンは、帝国で唯一の海に面している国である。しかし、一定程度の外貨を稼ぐ手立てとして、農業導入を目指しているみたいだ。
「あと、汚染が激しい区域があります。主に中央部との境なのですが、どうにかなりませんか。」とクレソン。中央部とは、かつてのユニマル公領にあたる、現在のカトゥル帝国の中枢部。王領と譜代の直臣が治める封土の部分である。汚染問題は、相当深刻で様々な物質の投棄や土砂の流出が行われ、海水の汚染に困っているらしい。
「ほかにもあるぜ、最近魚がめっきり減っちまってよ。どうすればいいだろうか。」とミントも切実に提言する。ランドゴンは、漁業と航海が基幹産業らしい。漁業は、魚を獲って流通させること。航海は、船をつくりだし、人や荷物の移動に用い、流通の一助たることである。しかし、漁業も魚が少なくなり、航海業は利用者が著しく減少している、この状況を打開すべく苦闘しているのだ。
「いきなりの相談すみませんね。」「いや、タイム殿。これぐらい、宰相としての務めですよ。」
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そこに、複数の人影が来る。親ナッシュ派であったドゥラス伯爵、カドゥア子爵、そしてミジュル男爵子息である。
「これは、これは。ナーガ国王。」
「ドゥラス子爵、ようこそ。して、何用ですかな。」
ドゥラス子爵は自らの長髭に触りながら答えた。「このランドゴンのブースに、珍客が招かれているようですからなぁ。」
途端、クレソンが眉をぴくッとさせた。そして、ミントが剣の柄に手をかけた時、タイムが黙りながら、待ての指示を出した。
「時にリュカ殿は、ナッシュ伯爵を倒されて、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いですかな?」
「いえ、そんなことはありません。前途多難なもので、皆さんのお力をお借りしています。」
「ですが、シェーブルルンでの籠城は、鮮やかな一手でしたな。」
「あれも…まぐれです。みんながいてくれなければ、どうなったことやら。」
「その謙遜さは、目を見張るものがありますぞ。ところで、ランドゴンには4つの至宝があるとか。」
ドゥラスは、話をナーガに振った。「ええ、そうですな。」
「どうでしょう。ひとつ、私にくださらぬかな。」
「それは無理ですな。」ナーガは笑みを絶やさず答えた。
その途端、空気が張り詰める。
「どうしてでしょう。至宝とは、皆にわかるように飾ってこそ至宝。帝都に置いておくべきものではございませぬか?」
「至宝とは、とても大切なもの。大事なものは、隠しておくものでございます。」
ドゥラスとナーガの間の張りつめた空気が、リュカ達を押しのける。
「ランドゴンの至宝とは、何ですか?」リュカは隣のクレソンに尋ねる。
「ああ、王位継承に必要なレガリアですよ。かつてのランドゴンは、皇帝を名乗っていましたから、その名残ですね。」
「そのレガリアを集めたものが、次の皇位継承権があるんだ。」
聴けば、レガリアは全部で4つ。そのうち、3つを集めれば皇位継承権を得られるらしい。ちなみに、現状はタイム、ミント、クレソンがそれぞれ1つずつ保有しているとのことだ。
「聞き分けがない。トカゲ皇帝ですね。」とドゥラスはナーガへの暴言を吐き、あまつさえ唾を床に吐いた。ドゥラスは続ける。「こうなっては、南国開発プロジェクトを進行させるしかないでしょうね。」
「これが?」リュカは、ミントに尋ねる。「ああ、最近の海洋汚染はこれが原因じゃねえかと睨んでるんだが…」
「そうですか。」と静かにナーガが立ち上がる。「結構です。御下がりください。」
とにらみを利かせたナーガは、カッと刮目する。その途端、部屋の中にもかかわらず嵐が起こり、雨と風が激しくなった。
「その言葉、至宝をよこせ、さもなくば環境を破壊するぞ。という侮辱に聞こえました。」
「それは、あなたの勝手でしょう?」とドゥラスはとぼける。
「ともあれ、ランドゴン帝国の皇帝が、生育環境の破壊に手を貸すわけにはいきません。」
「そうか、先ほどの汚染や魚の減少というのは、これが原因だったのですね。」とリュカが発言すると、タイムがコクっとうなづいた。
「では、ランドゴン帝国はどうするつもりだ!」
ナーガは毅然と答える。「もちろん、連邦より離脱させていただきます。あと、この者を捕らえさせていただきましょう。」
「俺の身柄を捕らえようったって、そうはいかねえぞ!」
「何を言っておられるのやら、私が捕らえたいのは、このリュカ殿ですよ。」
「え?」何を言っておられるのやら。
「リュカ殿には一度、ランドゴン帝国を見ていただきとうございます。」
こうして、リュカは就任披露宴のその日に、ランドゴン帝国(南国)へ拉致されることとなった。




