現代はファンタジー
翌日。
「タカヤ、起きてください」
身体を揺すられる。
「……ん、あぁ……」
重たい瞼をゆっくり開く。
「おはようございます」
セマユキはいつも通りだった。
爽やかな笑顔。
昨日、あれだけ論争を繰り広げた人間とは思えないほど清々しい。
対するタカヤは真逆だった。
悪夢。
まさに悪夢だった。
いつ眠りについたのかも覚えていない。
セマユキとの論争という名の、一方的な言葉の波。
押し寄せては飲み込まれ。
気付けば言葉の海を、ぷかぷかと漂っているような感覚だけが残っていた。
「はぁ……ここは……?」
ぼんやりと辺りを見渡す。
セマユキは冷静に答えた。
「家ですが?」
その一言で現実へ引き戻される。
「あぁ……」
頭を抱える。
「思い出した……」
昨日のことを。
全部。
「思い出さなきゃよかった……」
そんなタカヤをよそに。
セマユキは元気よく言った。
「それではタカヤ。行きますよ」
「……どこへだよ」
「もちろん仕事です」
タカヤは布団へ顔を埋める。
「仕事って……今日はもう休みたいんだけど……」
セマユキは首を傾げた。
「仕事をしなくては生きていけませんが?」
「それはそうだけど!」
タカヤは勢いよく起き上がる。
「そう思うならさ……次からはちゃんと寝かせてくれよ!」
「寝ていましたよ?」
「寝落ちしたんだよ!?」
「何か問題でも?」
「問題しかねぇよ!」
朝から元気だった。
もちろん論争も元気だ。
◇
ここは現代。
しかし、その常識は現代とは大きく異なっている。
魔物が存在し依頼を受け。
報酬を得て生活する。
それが、この世界の当たり前だった。
セマユキの言う『仕事』。
それは依頼を受けること。
つまり冒険者として働くことだった。
ギルドへ向かう道中。
タカヤは大きなあくびをする。
「はぁぁぁぁ……」
深いため息。
「当分は仕事しなくてもいいのに……」
「セマユキはなんでそんなに行きたがるんだよ……」
セマユキは不思議そうに答えた。
「生きるために行きますが?」
「そんなことわかってるけど!?」
タカヤは頭を掻く。
「前回の依頼で、当分は平気だって言ってるだんだ。」
セマユキは首を傾げる。
「当分平気だから」
一拍置く。
「仕事へ行かなくていい理由になるんです?」
「え?」
「当分平気なのと」
さらに続ける。
「仕事へ行かないことは同義ではありませんよね?」
「いや……」
「そもそも」
セマユキは真顔だった。
「当分とは何日ですか?」
「始まった……」
タカヤは空を見上げる。
「三日ですか?」
「違う」
「一週間ですか?」
「違う」
「一か月ですか?」
「そこまでじゃない」
「では何日ですか?」
「感覚だよ!」
「感覚とは?」
「やめろぉぉぉぉ!!」
朝の街にタカヤの叫び声が響く。
通行人たちは慣れたように振り返り。
「ああ、また始まったか」
そんな顔で歩き去っていく。
こうして。
朝から始まる無謀な論争。
そしてタカヤは、まだ知らない。
今日受ける依頼よりも。
今日一日続くであろう論争の方が、何倍も過酷であることを――。
セマユキは嫌々歩くタカヤの腕を軽く引きながら、前を向いたまま口を開く。
「いいですか、タカヤ」
「……うん」
「こうして仕事をする意味は、決して私たちが生活できるから、しなくていいという答えにはなりません」
タカヤはもはや反論する気力もない。
「うん……うん……そうだね……」
生返事だった。
セマユキは構わず続ける。
「タカヤ」
「なんだよ……?」
「いいですか」
その声は穏やかだった。
「私たちが依頼を達成していかなければ、この光景が害されることもあるのです」
タカヤは言葉を返さなかった。
ただ、ぼんやりと街並みを眺める。
歩き回る人々。
元気に遊ぶ子どもたち。
道路を走る車。
笑い声が聞こえ、店先からは香ばしい匂いが漂ってくる。
平和。
それ以外に表現しようのない光景だった。
タカヤは頭をぽりぽりと掻く。
「なぁ、セマユキ」
「なんですか?」
「セマユキ一人でも、大概の依頼は問題ないはずだろ」
「そうですね」
あっさり認める。
「じゃあさ」
タカヤは苦笑した。
「なんで俺が必要なんだ…」
その問いに。
セマユキは足を止めた。
振り返る。
そして、迷いなく答える。
「タカヤが私より優秀だからに決まっています」
「……へ?」
予想外の言葉だった。
だが。
セマユキは続ける。
「そして」
「タカヤは私よりも馬鹿ですから」
「おい!」
タカヤは思わずツッコむ。
「貶してるのか褒めてるのかわからないよ!?」
「そのままの意味ですが」
「どのまんまだよ!」
セマユキは首を傾げる。
「理解できませんか?」
「できるわけないだろ!」
セマユキは小さく息を吐いた。
「優秀というのは、依頼を達成する能力です」
「……」
「馬鹿というのは」
少しだけ口元を緩める。
「考えすぎないことです」
タカヤは首を傾げた。
「それって馬鹿なのか?」
「はい」
「即答!?」
「私は考えすぎます」
セマユキは空を見上げる。
「だから立ち止まることがあります」
「……」
「ですがタカヤは違います」
今度はタカヤを見る。
「迷っても」
「悩んでも」
「最後には必ず動きます」
「……」
「だから優秀なのです」
タカヤは照れ隠しに頭を掻いた。
「なんだよ急に褒めて」
「ですが」
やはり続きがあった。
「馬鹿です」
「結局それ言うの!?」
「はい」
「だからこそ、人を助けることができます」
タカヤは苦笑した。
「褒められてるのか馬鹿にされてるのか、本当にわからないよな……」
セマユキは静かに微笑む。
「どちらもですが?」
その言葉に。
タカヤは肩を落としながら笑った。
これがセマユキの褒め言葉。
そして。
セマユキの言う『優秀』。
セマユキの言う『馬鹿』。
それは決して悪口ではない。
依頼の達成率において。
タカヤを超える存在は、どこにもいないのだから。




