HOME SWEET HOME
俺が目覚めてから数日経った。
今回の事件で、多くの者や、動物たちが怪我をした関係で、パルフェット様は大忙し。
事件当日で既に多くの魔力を使い、枯渇気味であったにもかかわらず。
俺達や他の動物たちの治療の為に、魔力が回復しては全員の治療を少しずつ進めての繰り返しでとても大変だったのは目に見えて分かった。
もちろんリッシュ領に存在するお医者様達も頑張ってくださってたが、パルフェット様以上の治癒魔法の使い手がいないのでやはり、負担は偏ってしまいがち。
そして、時間をかけて俺やその他の負傷者や動物達、全員をパルフェット様とお医者様皆で完治させてくださった。
それからは、今まで窃盗団の討伐に集中していたゼンが、今回の事件が収まったことにより手が空いたので本格的に都心部へと向かう旅の準備の毎日だった。
ついには、明日、リッシュ領を立つことになっているので、今は最終調整の買い出しだ。
「えーっと、今日の目的の買い出しはこんなもんか?」
「そうだな」
「ていうか、俺のマジックバックと、旅装束もだっけ? それってどうなってるんだ? 明日出立だけど」
「それは、今夜渡す予定だから安心しろ」
「……今夜?」
なんで、帰ってすぐ渡してもらえないのか不思議だけど、届くのが今日の夜なのか?
まぁ、なんにせよ、特注品と言われた高価な品を貰うだなんて緊張しかないけど、ちょっと楽しみだな。
どんなのだろ。
「パルフェット様やセリューさんも、今夜は出発前のお祝いだって言って夕食張り切ってくれてるみたいだし。嬉しいなあ」
「ふっ、言葉ではそう言っても、顔は寂しいって出てるぞ」
「っむ! …………うるせぇよ。寂しくないわけ、ないだろ」
そう。
寂しくないわけがないんだよ。
なんだかんだ、俺はここに、リッシュ領に一カ月と少し滞在していたわけで。
これだけ長くいれば、あのあたたかい家族と離れがたくなってしまうのは必然ってもんだろ。
「それはそうと、リンタロウ。身分証を発行した後の身の振り方は考えたか?」
「……………………もちろん。もう決めた」
リッシュ家へと帰宅途中、カリスタに乗って空を移動中にゼンに聞かれたその言葉。
事件直前に、シャルル君にも聞かれたそれ。
その時には心の内は決まっていた。
「俺さ、今までの人生父親のレールの上しか歩けなかったんだ」
「…………リンタロウ?」
「まぁ、聞き流してもいいから」
「……わかった」
俺は、ずーっと父親と母親がいない生活をしてたって話は、キャンプの時に全部、話したと思うんけど。
父親は俺の事道具としか思ってなかったし、出て行ってから一度も連絡がない母親なんて俺の事もういない存在としているかもしれない。
そんな中、俺の事道具としか思ってないって分かっていても、こまめに連絡をくれる父親の事は、中学、えーっと。
こっちでいう十五歳くらいの時までは心のどっかで嫌いになり切れない自分がいたんだ。
十五の時に親父に言われたのは、それまで居るって知らなかった四つ下の弟の代わりとして俺を育ててたって。
そう言われて、俺は、心の隅にあった、嫌いになりきれない父親にどこか認めてもらいたくて。
必死に言われたことを守ろうとより良い成績や評価を周りから受けて、そうしたら父親が振り向いてくれるんじゃないかって思ってた。
それまで期待に胸を膨らませてあった俺自身を、認めてもらいたいって思っていた父親にズタズタにされて、俺の心はどっか死んだようなもんになっていたんだと思う。
それからの俺の人生は周りの色なんて全部、彩が欠けて灰色に見えていたんだ。
ただただ、父親が敷いたレールの上を歩いて、肉体は死んでいくんだって。
そう思って残りの長い人生、楽しみもやりがいも、何もない人生を送るんだって。
そう思って生きていた時に、急にファンタジーな世界からお迎えが来て。
実を言うとさ、こっちに来た頃の俺、人とまともに話したのすげー久しぶりだったんだぜ。
あんまり、変に思われないようにと思って取り繕ってはいたんだけどな。
…………ゼン、お前はどこか見透かすようなところがあるから知ってたかもしれないけど。
こっちに来てとても楽しかったんだ。
前の世界で受けてた変な目で見てくる奴もいなければ、変にすり寄ってくる奴もいない。
初めて俺は、あ、俺人間だったんだって思ったくらい。
まぁ、それも、俺の魔力の事を知るまでだったけど。
もしかしたら人間じゃないかもだなんて思うかよ。
こっちに来て、ゼンに自分の未来好きに決めていいって言われて、実は俺、どうやって自分の未来考えればいいかだなんて分からなかったんだ。
けど、ゼンが、頼ってくれって言ってくれて。
でも、俺は今まで誰かに頼るだなんてほとんどしてこなかったから、頼るってこともどういう事か分からなくて。
これからどうしようか本当に悩んだし、分からなかった。
でも、それでもリッシュ家の皆やゼンが、俺に時間をかけていろんなことを、優しくあたたかく教えてくれたから。
俺は自分の未来をどうしたいか、決めることができた。
「俺さ、俺、冒険者になりたい!」
「……リンタロウ」
「俺、ゼンみたいなとは言わないけど、俺にいろいろ教えてくれたゼンの事もっと知りたいし、教えてほしい! 俺、ゼンと同じ冒険者がいい!」
「…………ぁは、ははは」
「なんだよ! 笑うところじゃないだろ! ゼンには身分証発行した後も、俺の面倒見てもらうからな! 俺が立派な冒険者になってからも! お前の事を頼るからな! だから、俺の傍にいろよ!!」
「ははははは! …………くくっ、そうだな。言い出したのは俺だ。リンタロウがもう俺をいらないって言うその時まで、俺は、リンタロウの傍にいるよ」
空を飛ぶカリスタの上だというのに、少し暴れながら言い合いをしてしまう俺達。
そんな俺達に、俺達を乗せているカリスタは『ギャァウァ!!』と文句を言うのは仕方がない事であった。
そして、夜。
「さぁ! リン君いってらっしゃい! のささやかだけど身内だけで晩餐会を始めよう!」
パルフェット様がそう言って開かれた晩餐会は、全然ささやかなレベルではなく。
パルフェット様やセリューさんが頑張ってくれたのであろう、かなりのご馳走が机の上には並んでいた。
「「わーい!!」
「こら! お前達! 行儀よく食べるんだぞ!」
双子は開始の合図と共に、勢いよく食べ始め、それを注意するベルトラン君。
飲み物を配っていくセリューさんに、食前酒をたしなむドゥース様。
ここまではいつもと同じ風景なのだが、そこには一人、足りない人物がいて。
「あの、パルフェット様。プティ君は……?」
「それがね、お腹が痛いって部屋に籠っちゃってるの。私が直せば、すぐ良くなるのに……。せっかくの晩餐会なのに、ごめんね、リン君」
「いえ! お腹が痛いのは仕方がないので! ちょっと寂しいですけど、後でプティ君の部屋に会いに行ってみます」
「ごめんね。そうしてあげてくれる?」
そう。
プティ君だけが、晩餐会に参加していなかったんだ。
どうやら体調不良のようだし、明日の朝一には旅に出てしまうので、もしかしたら、朝まで会えない可能性も考えれば、今夜部屋に会いに行きたい。
大丈夫かな。プティ君……。
食事も進み、デザートまで食べ終わったころ、何やらそわそわし始めた双子を見たパルフェット様が、パンパン! と柏手を打った。
それを合図に何やら双子お兄ちゃんズだけでなく、ベルトラン君まで席を外してどこかへ向かい、パルフェット様やドゥース様、セリューさんまで何やらこそこそとし始めた。
な、なんだ? なんか始まるの?
どうやら何が何だか分からなくなっているのは俺だけのようで、ゼンもなんでか知らないけど、俺の後ろの見えないところでこそこそしてる。
皆して、どうしたんだ??
キョロキョロと周りを見渡して、事態を把握しようとしていたら。
「じゃーん!!」
その大きな声は、パルフェット様。
何やら、一着の服を持って来て見せてくれている。
「…………どうしたんですか? その服……」
「これは、リン君へのプレゼント! この領地の名産の牛の毛を使った特注の旅装束! 私と、ドゥースから!」
「えぇ!!」
ちなみに、これはリン君達が刈ってくれた毛で作ったの。と今にも歌い出しそうな声音でそう言うパルフェット様。
旅装束は、ゼンがくれるものだと思っていたから、まさかパルフェット様とドゥース様から貰えるだなんて思っていなかった。
しかも、俺達が刈った牛の毛が、こんなに立派な服になるなんて!
よくパルフェット様の話を聞くと、この布一枚で、普通の刃物や簡単な攻撃魔法くらいなら防げちゃうという超優れもの!!
「で、でも、これ、かなり値が張るんじゃ!?」
「そんなの気にしないの!」
「そうだよ。リンタロウ殿。リンタロウ殿が受け取ってくれないと、これは燃やして捨ててしまうよ?」
「なんてこと言うんですか! ドゥース様! ありがたく頂戴します!!」
俺はドゥース様の言葉に慌てて、パルフェット様が持っていた服を受け取る。
まさかのパルフェット様じゃなくて、ドゥース様にちょっとした脅しを言われるなんて思ってなかったけど、この妻にしてこの夫ありってこと?
あと、受け取った物をよく見ると、服だけじゃなくて、ベルトやナイフを収めるケースなど、様々な小物も一緒に渡してくださったみたいだ。
こんなに立派で素敵なの、たくさん…………。
「俺からは、これだ」
今度はそう言ってゼンが一つのバッグを差し出してきた。
「あれ…………、これ、なくしたと思ってた俺のバッグ!」
こちらへ来た時に湖に落ちた瞬間から、湖の底に落としてしまったと思っていた俺のバッグ。
革製で、使い勝手が良くて、重宝してたお気に入りのバッグ。
「どうして、これ…………」
「リンタロウ、このバッグなくした事残念がってたから。お気に入りだったんだろうと思って湖から取り出して、マジックバッグに作り変えてもらったんだ」
残念ながら、中身は全て水で使えなくなっていたけど。そう言って渡してもらった、俺のバッグ。
このバッグは、実は前の世界で、世話係のばあやと護衛兼運転手がお金を出し合って大学入学祝いに買ってくれた物だった。
なんだかんだ、前の世界で俺が生きてこれたのはあの二人がいてくれたからで。お喋りなばあやとそれと反対で無口な護衛兼運転手の榊さん。
あの二人は、どうしてか、俺の事変な目で見なかったし、普通に過ごせたから嫌いじゃなかったんだ。
そんな二人から、最初で最後に貰った贈り物。
とても大事にしたい贈り物だったから…………。
「……………………ゼン。ありがとう。今度こそ、大事にする」
それを底が深い湖からわざわざ拾い上げて、もう一度使えるようにしてくれただけで、とても、とても嬉しい一品だった。
あちらから持ってこれた、唯一の大事なバッグ。
「喜んでくれて、嬉しいよ」
俺の手の上へと、優しく乗せられたバッグ。この手触りは、確かに俺のバッグの手触り。
俺は、頂いた旅装束と一緒にそのバッグを胸の中へと抱き込み、何よりも大事にすると、そう決めた。
「「ない!!!」」
「ないんです! 母上!」
「え! どうしたっていうの! ベルトランまで!」
「俺達が用意した!」
「リンへのプレゼントが!」
「ないんです!」
「えっ? あれはリン君にバレないようにってキッチンに隠しておいたはずでしょう?」
双子お兄ちゃんズだけでなく、普段慌てたりする所を見たことがないベルトラン君まで、戻ってきたと思った瞬間叫んだ理由は、どうやら三人も俺へのプレゼントを用意していたようで、それがなくなったとの事。
「それが、奥様。わたくしめもご一緒にお探ししましたが、どこにも見当たらず…………」
「ぇ……、そんな。ひとりでに歩いていくわけでもあるまいし。あそこに置いていたの知っているのはお前達と私くらいだろう?」
「「……っは! プティだ!!」」
「ぇっ?」
「あの時プティもいた!」
「きっとプティが持ってったんだ!」
決定的な証拠もないのに核心を持って言う双子お兄ちゃんズは、そう言うと、一目散にプティ君の部屋へと駆けていくではないか。
「あ! こら! お前達! 待て!」
「パルフェット様、俺、追いかけます!」
「あ! リン君!」
そんな双子お兄ちゃんズを追いかけるベルトラン君。
その後ろをすぐに追いかける俺。
なんでかわからないけど、その時俺は、こうしなきゃいけないって思ったんだ。
ベルトラン君を追いかけた先では、既にプティ君の部屋が開かれて、何やら言い争っている声がする。
「プティ! それを返せ!」
「やあ!!」
「返すんだ! プティ!」
「やぁああだぁあああ!!」
「お前達! 何をやっている! 止めるんだ!」
部屋の中へと入ってみると、灯りもついていない部屋の中のベッドの傍で、プティ君と双子が何やら言い争いながら揉み合っており、ベルトラン君がその争いを止めようとする所であった。
「シャルル! サロモン! とりあえずプティから離れるんだ!」
「「でも!! プティが!!」」
「離れなさい!」
プティ君に何やら掴みかかっていた双子に、ベルトラン君の鋭い叱責が入ったことにより、しぶしぶだが、双子はプティ君から離れた。
「いったい、どうしたんだい。プティ」
「なんで隠したりしたんだ!」
「それは、俺達兄弟四人とセリューでリンタロウにあげるプレゼントだぞ!」
なんと、プティ君がその小さな身体を丸めて必死に誰にも渡さないようにしていた物は、俺へのプレゼントだという。
しかもベルトラン君、シャルル君、サロモン君、プティ君、セリューさんの五人からの。
でも、プティ君以外の皆は、それを渡そうとしてくれて、プティ君はそれを隠そうとしていて。一体全体、何がどういう理由でこうなったのだろう。
気になった俺は、プティ君に問いかけてみることにした。
「プティ君…………いったいどうしたの? 何か、嫌なことがあった?」
「………………ぐすっ」
「プティ君…………?」
「だって……これ、わたしちゃうと、リンにいちゃ、遠い所行っちゃう!」
「っ! ………………プティ君」
「ベルにいちゃ! これあげたらりんにいちゃ喜ぶ言った!!! でも、あげたらりんにいちゃバイバイなんてプティ聞いてない!! そんなの嬉しくない!! プティ、リンにいちゃとバイバイいや! ずっとずっと一緒がいい! ふぁああああああんん!!」
プティ君…………………………。
「っ! そんなの俺達だっていやだ! バイバイ嫌なのプティだけじゃない!」
「けど! それは旅に出るリンタロウの無事を願うお守りなんだ!!」
「「だから返せ!!」」
「やああああだああああああ!!!! うぁあああああんん」
「っ! こら! お前達! 喧嘩をするのを止めろ!」
プティ君の叫びを聞いたシャルル君、サロモン君は、涙声になりながら再び叫んでプティ君に掴みかかる。
そんな三人を止めようとする、ベルトラン君の声もわずかに震えていて、泣きそうになっているのが離れていても分かる。
そんな……、そういう理由で、プティ君は、プレゼントを隠してたのか。
みんなも、思い思いできっとプレゼントを用意してくれていたに違いない。
……………………長く、ここに滞在しすぎたのかなあ……。
がばっ!!!
「「「「っ!!!」」」」
俺は涙でぐずぐずになりながらも、喧嘩をしてるプティ君、シャルル君、サロモン君。そして涙を流すのを我慢しながらそれを止めようとするベルトラン君の四人をできるだけ大きく限界まで腕を開いて抱き寄せた。
「ごめん!! みんな!!!」
「ふぇ…………りんにいちゃぁ。遠くへいっちゃやだあ!」
「ごめんね、プティ君。でも、俺、行きたいんだ。外の世界へ」
「っ!! プティの言うとおりだぞ! まだ、リンタロウには教えてない事いっぱいあるんだぞ!」
「シャルル君。また教えてほしい事あったら手紙を書くよ。そしたらその時、お返事くれるかなあ」
「まだ、まだ、リンタロウと一緒にやりたい事あるんだぞ!」
「うん。うん。サロモン君、明日で俺いなくなっちゃうけど、また会える日までそのやりたい事待っててくれるかなあ」
「……………………私だって、私だって! まだ、リンタロウ様に兄様と呼んでいいか、聞いていないんです」
「ベルトラン君……………………」
「俺も、俺もね、一個やり残してることがあるんだ…………俺、この家の子に、君達のお兄ちゃんに、なってもいいかなあ………………!!!」
その瞬間、俺達の後ろから、更に覆いかぶさるように二つの温もりが、俺達を包んでくれた。
それは、パルフェット様と、ドゥース様であった。
「もちろん、もちろんだよ。リン君」
「君はもう、私達の家族だ。リンタロウ」
「っぐす! リンタロウ兄様、どうか、どうか、道中ご無事でいてください!」
「ふぇ、怪我すんなよお、リン兄!」
「すんなよお! リン兄! ぅっく」
「リンにいちゃあ、いっちゃやだよぉ」
「みんな、みんな……………………ありがとう、ございます……!!」




