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異世界とこちらの世界 後編

 




「とまあ、これだけ話せばおにーさんなら自分が攫われた理由と、異世界人に対しての制度がこちらの世界でしっかりと組み立てられた理由は分かるでしょう」

「…………痛いほど分かった」



 本当に、頭が痛んで仕方がねえよ。

 なんで生き物の中で複雑な感情やなんやかんやを持ってしまった人間ってやつは、こうも簡単に醜くなることができるのだろうか。

 人間って例えはしたが、こっちの世界はファンタジーで?

 なんか俺が魔力制御を教えてもらった時にチラッと聞いたけど、人間以外の知性や感情などを持った生物がいるっぽいみたいなので?

 その方々も全部まとめて人間と言わせていただきますけどね。


 前の世界での俺は、俺の存在に恐怖や不気味さ、その逆で畏怖に近い感情を持たれて差別されるか。

 たまに差別しない奴もいたがほとんどが異常な好意を寄せてきて、誘拐や強姦未遂、暴力沙汰とかの犯罪者などに付きまとわられたり、そんな俺を逆手にとって利用しようと様々な謀略の駒として道具のように扱われる日々。

 詳細については思い出したくないけど、ちょっと振り返っただけでろくな人生してないな、俺。


 それなのに!

 こっちの世界に来てまで、また似たような目に合わないといけないのかよ!!


 目の前で上手に語ってくれちゃった男の話の内容を要約すると。

 元々誘拐予定のプティ君と、ちょうどいい所に帰ってきた貴重な情報を持っているかもしれない、こちらの世界にとってお宝な存在である異世界人の俺。

 そしてリッシュ領の牛をたんまり盗んで一石二鳥どころか三鳥で、こいつらは大儲けしますって事だろ。


 ふざけんな!!!!

 プティ君も! 俺も!! モノじゃねぇ!!!

 牛達も! リッシュ家の皆が大事に育ててるんだぞ!!


 

「おにーさんの異世界の知識がどれほどのモノかは知りませんが、それでも欲しいという強欲者はいましてね。リッシュ家のご子息と共に闇オークションにかける予定ですが、なんとあなたの開始価格はそのお坊ちゃんより倍以上の値段の予定なんですよ! いやー、さすが異世界人様ですね」



 そう言いながらこちらに向かって両手を擦り合わせながら、感謝の言葉をぶつぶつ言って拝み始めるリーダーの男。


 ……………………むっかつく!!!!


 こいつ、俺がイラついてる事分かっててこんな行動してやがる! 人を逆上させていい度胸だなあ!!

 顔色変えないように気を付けていたけど! 無理だ! そんなもん!

 俺の顔色が変わったのをクスクスと笑い、笑い終わったと思ったら胸糞悪い笑みでこちらを見下ろしてくる超絶嫌味な男。



「いやあ、おにーさんのその顔見たら今回の重労働が少し報われました。最終的にはおにーさん達が高値で売れてくれさえせすれば、今回の苦労なんてあのクソS級様の事と一緒に吹っ飛んで忘れ去れる事でしょう! これぞめでたしめでたし!」



 静かな川の流れる音と森の葉が擦れる音の中、まるでスポットライトのように月明かりに照らされたリーダーの男の愉快に歪む顔がはっきりと見え、その歪んだ口元から心底止められないという気持ちのこもった機嫌の良い高笑いが川と葉の音をかき消すように響き渡る。


 苛立ちが隠せてない俺は、自分の中の魔力が怒りでぐるぐると暴れまわっているのを感じながら、歯を強く食いしばる事で、怒りで高ぶる気持ちと悪い事ばかり考える頭の中とボッコボコ身体を暴れ巡る魔力を必死に抑えようとした。

 今ここで怒りに任せて目の前のムカツク野郎に噛みついても、魔力制御装置の手錠を付けられ、高熱を出しているプティ君を抱きかかえている状態ではどんな返り討ちをくらうか分からない。


 あー!

 落ち着け―、落ち着けよー俺ー。


 必死に落ち着けようと集中するが、耳に入ってくるリーダーの男の高笑いで邪魔されてすんげぇ不愉快極まりない!

 感情につられて身体の中を暴れまわる魔力が、今にも身体を突き破って爆発しそうだ。

 せっかく魔力制御できるようになっていたのに、こんな安い煽りで制御を失うなんて癪に障るにもほどがある!


 …………落ち着きたいけど! めっちゃくちゃムカツク!!!!


 思わず我慢できない怒りの感情にまかせて、俺は歯が欠けてしまうのではないかというくらいギリィッと歯を鳴らす。

 プティ君を大切に抱えていた両手の一つを離して、爪が食い込み、血が流れるのではないかというくらい強い力で拳を握り込む。

 







 ――――――ミシィ……。










 

 …………………………ん?

 今、なんか手に違和感が……?



「シェイさん」

「あーはは! くく、っはー、よく笑った! ………………まったく、ようやくですか」



 一瞬だけ感じた何かに、怒りの感情を少し取り払われたその時、誰かの名前を呼びながら、俺達が歩いてきた方向から髭の長い男が出てきた。

 俺は気持ちと魔力などを落ち着かせようと必死だったのと、リーダーの男の高笑いを聞かないように意識を向けていたため、足音や気配を感じずに突然現れた髭の男に少し驚いてしまう。

 そのおかげで頭から突き抜けて爆発しそうだった怒りは完全にどこかへ行ってくれたが。


 目にうっすらと涙を浮かべるほど笑いすぎていたリーダーの男が、髭の男の声に笑いを止めてゆっくり振り返り返事をしたのを見て、こいつの名前はシェイというのか、とようやくリーダーの男の名前を知る。


 そりゃあ、このムカツク窃盗集団のリーダーの男と俺は、自己紹介なんてするような間柄でも何でもない犯罪者と被害者という立場なので、名前を知らないなんて当たり前だが。

 どんな相手でも個人情報を知って掴んでおくというのは、いざという時の道具や材料として使える場合があるので損はない。

 覚えたくないけど、覚えておこう。



「時間かかりすぎですよ、おかげで長話しすぎました」

「すみません」

「さっ! これ以上この場に用はありませんので、移動を再開しましょう」



 気を取り直したようにそう言ったシェイというリーダーの男は、水袋返してくださいねー、と気づかぬうちにその辺に置いてしまっていた水袋を拾い、川で水を補充して来た道を戻って行く。

 どうやら髭の男は俺達の呼び戻し役で、リーダーの男の口振りと行動で逃亡の為の荷馬車の入れ替え作業は終わったのだと、説明されなくても理解できた。

 そして、荷馬車の方向へと向かうリーダーの男の背を追うために。

 長い話の間もずっと無言を貫いて気配を消していたフードの男が、手に持っていた俺の手錠に繋がる鎖の端がギリギリ届く範囲の、少し離れた石の上に座っていた腰を持ち上げて静かに動き出した。

 もちろん、鎖に繋がれている俺を引っ張る事で、歩くように指示を出しながら。


 川に向かっていた時と同様に、前をリーダーの男、後ろをフードの男に挟まれた状態で森の中を歩く。

 髭の男は、荷馬車方向へと先に走って行ったので、俺達の近くにはもういない。


 できうる限り、荷馬車へと向かう歩幅を縮めたり、歩くスピードを遅くしてみたりと小さい抵抗をしながら、どうやってこの状況を打開するか、脳をフル回転させている俺。

 とはいっても、そんなミジンコみたいな抵抗は後ろにいるフードの男が許すはずがなく、容赦なく背を押されたり、手錠の鎖を引っ張ったりされて移動しているのでほとんど意味はないのだが。


 この短時間で脳をフル活用しすぎたせいなのか、嫌な話を聞いたからなのか、ズキズキと響くように痛む頭が思考を鈍らせる。

 でも、そんな体調の悪さのせいで少しでも甘っちょろい事を考えてしまったら、この先どうなるか分からない。

 甘い考えをしないように、頭の中で自分のケツを蹴り上げて気を引き締めながら、俺の腕の中でいまだ苦しそうな呼吸をしているプティ君の様子を伺うと。

 プティ君は熱のせいで汗をかき、その汗で張り付いてしまった前髪が気持ち悪そうに見えたので、優しく分け避けてあげた。


 俺はどうなっても構わないから、プティ君だけは助けたい。

 まだ、こんなにも小さな、か弱い命。

 俺の事を邪な考え一切なく、真っすぐに純粋な目で見てくれた優しい子。

 その場の話の流れだとしても、俺を家族にと言ってくれた温かい人達の大事な子。


 絶対に、あの温かい場所へと帰してあげなくては。


 心の中でそう決意を固めた俺は、気休めにしかならないが少しでも熱の苦しさから解放されるようにと、プティ君の頭や頬を優しく、癒すように手のひらや甲、指先で撫でる。


 本当に、せめてこれさえなければ。


 プティ君を撫でる時にも目につく魔力制御装置の手錠。

 それを睨んだところでどうにもならない事は分かっているが、目からビームでも出て壊れてはくれないかと無駄に恨みがましく見つめてみる。


 あ…………、そういえば。

 さっき、手に何か、俺じゃなきゃ小さすぎて気づかないくらいの、微々たる違和感があったんだよな。

 なんだったんだ、あれ。


 髭の男が来る直前、俺が怒りに任せて自分の歯が欠けるか手から血が流れるかという時に感じた極めて小さな違和感を思い出す。

 薄暗いという悪条件の中を移動しながら自分の手を見ても、血が出る直前というほど力を込めて握った掌に、爪が食い込んだ跡が少し残っているのがうっすらと目に入るくらいで、別に異常はなさそうだし。

 あの違和感は俺自身に何か起こったというよりも何かの衝撃が俺の手に振動したというか、そんな感じだったような気が。


 そんなことをモヤモヤと考えつつも、無駄な抵抗だが、荷馬車へ早く着かなければ誰か助けに来てくれないかな、と歩くスピードを調節して抵抗したり。

 他に打開策はないかとあきらかに逃亡を考えた行動を繰り返しているのに、これ以上怪しい行動を取ってしまうと前後に居る犯罪者達にいらぬ警戒をされてしまって逃げる可能性がさらに遠のいてしまう。

 なので、気休めにしかならないかもしれないけれど、プティ君を撫でるという行動をとることで色々と紛らわせつつ違和感の正体を探す。

 別に気にする必要もないくらいの小さな衝撃だったので、普段の俺ならそうまでして探さなくてもいいと思うはずなのだが…………。

 どうにも気になってしまうのは何故だろうか。

 不思議に思いながらも撫でる手を止めずに動かしていると、若干の月明かりとリーダーの男が持つランプの灯りで微かに見える自分の手元に何かが見えた。


 …………あれ。


 二つの僅かな灯りという視界不良のなかだが、確かに何かが見えた。

 さらに移動中という定まらない視界と揺れる動く灯りという度重なる悪条件の中なので手元が大変見えにくいが、もう一度、目に見えた何かを再確認しようと目を凝らして見てみると。


 あ、これって…………。








 亀裂…………?








 古い手錠故なのか元々の汚れや細かな傷があるせいでとても分かりにくいが、ほんの少し、明らかな亀裂ができているのを、俺の目が確かに捕らえた。


 こんな亀裂、あったっけ?

 そもそも、亀裂がある手錠なんて使いまわすか?


 たらればや可能性などの様々な言葉が頭に流れたその時に、後ろ髪を一本、ピンと引かれたように突然思い出した。


 気絶から目が覚めて初めに感じた、この手錠とパルフェット様からお借りした魔力制御装置とはどこか違うと感じた違和感。

 その違和感と、この亀裂は関係してる。


 自分の勘違いかもしれないのに、核心を持ってそういう考えに至った自分の勘が外れたことはあまりない。

 俺は自分の身体中の血液がどくどくと脈打ち身体を巡って頭に集まり、さらなる思考を深め、速める手伝いをしているのを感じながら、その思考の海に入ってしまう事に抵抗せずにどっぷりと浸かる。


 外界と断絶された思考の海の中で、ぐるぐると回る言葉と映像を一つ一つ丁寧に並べていく。

 自分の勘が言っている、今手に付けられている魔力制御装置と借りていた魔力制御装置の装着している感覚が違うと感じた違和感。

 そして古い手錠にしかと見つけた小さな亀裂、この二つを繋ぐ糸がこの状況を解決に導く糸口になると。

 では、その違和感とこの亀裂を繋ぐ関係の糸はなんだ?


 今付けている魔力制御装置と借りていた魔力制御装置が違うと感じた正体とは。

 いったい何に違和感を感じている?

 魔力制御装置に亀裂ができる前、手に僅かに感じた衝撃のようなモノ。

 おそらく、感じたそれは亀裂が起こった時のモノで、何故それが起こったか。


 初めにリーダーの男に付けられた古いと思われる魔力制御装置。

 それに違和感を感じた時はそれどころではなかったという事もあって、すぐに重要視する余裕がなかったけれど、思考の海に入る事の出来た今はそれについて深く考えることができる。


 まずは二つの魔力制御装置の違いの正体。

 お借りしていた魔力制御装置と何が違うと感じたか。


 パルフェット様から借りていた魔力制御装置は見た目から高価で、おそらくその見た目にそぐわず効果も確かな品物だったんだろう。

 魔力の流れを感じ取る事に慣れてきていた今だからこそ気づけるが、魔力制御のブレスレット一つ付けた瞬間に自分の魔力が堅く押し止められている感覚がしていた。

 それに比べて今付けられている魔力制御装置は、両手に付けられているにも関わらず魔力を身体に止める力というか、堅固さが無いような、少し柔らかいというか脆く感じる印象である。

 ということは、魔力制御装置の堅固さの違いが違和感の正体。


 次に亀裂が起こった原因。

 亀裂が起こり、衝撃を感じたその時の状況を振り返ってみる。


 その時は俺がリーダーの男に煽られ頭に血が上ってしまい、歯を食いしばり手に力を込めて握りしめることで気持ちを落ち着かせようとしていたのは覚えている。

 まさか手に力を込めた事で筋肉が膨張し、装置を押し広げたことによって亀裂ができたというわけではないだろう。

 俺そんな事できるほど筋肉ムキムキじゃないし、手錠型の装置は手から抜けはしないけど少し余裕のある隙間があって絶対無理。


 じゃあ、何が原因か。

 でもそういえば、その時にもう一つだけ、俺は必死になって落ち着けようとしていたモノがあった。

 それは、俺の身体を突き破り、爆発するんじゃと強く暴れまわっていた魔力。


 そう。

 悪戯大好き双子お兄ちゃんズに名付けられた、破壊神というその名の通り。

 容赦なく物をぶっ壊す、俺の魔力だ。












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