異世界とこちらの世界 前編
「うーん、なんか、お疲れ様です?」
「…………うるせ、そんな事微塵も思ってねえくせに」
「まあ、異世界から来たばっかりのおにーさんは苦労多いですよね」
口だけだけど、慰められた。
あれ、俺こいつに誘拐されてるんだよな?
俺、被害者。
こいつ、加害者。
オーケー?
「とまあ、おにーさんのせいであの超絶レア度が高いS級冒険者様が留まってくれやがったので、俺達の当初の計画が台無しになってしまったんですけど」
あ、話は続けるんだ。
まあ、なんで俺が一番の戦利品なのか聞いておきたいからいいけど。
俺は胸から溢れてきた溜息を隠すこともせずに口から吐き出して、とりあえず腕の中にいるプティ君の身体をできうる限り大事に抱え直し、誘拐の経緯などを把握するためにもリーダーの男の話を大人しく聞くことに。
こっちが質問してないのに向こうからいろいろ話してくれるって言うんだから聞かない理由はないだろう。
考え直してみたらゼンがS級冒険者だという事実は、俺がこちらの世界に来てから次々と衝撃を受けている事実などからしたら些細なことかもしれないし。
……………………。
…………かも、しれないが。
俺にとっては、ちょっとまた隠し事されたかもしれないという不満があって。
もし無事にこいつらから逃げることができてゼンの顏を再び見る事ができれば、俺に対しての隠しごと罪としてあの完成されたイケメンの顔面に一発入れて置こう。
もちろん拳を。
力の限り振りかぶっても顔面になんて入る気がしないけど。
俺がちょっと別の考えに意識が逸れている間に、瞬間湯沸かし器のように苛立ちが再沸騰してきたらしいリーダーの男。
これまでのストレスを、腹の底からぐつぐつと煮え沸かしていくように文句を並べていく。
「こっちだって計画を考えるだけじゃなくてそれだけの経費が掛かってるんですよ。せっかく準備したのにそれをあのS級様のせいで全て台無しにされるなんて。こっちにだって立場ってものがあるんです! どれだけの苦汁を飲まされた事か!! どうにかして計画を実行できないかと再び調査と作戦の練り直しの毎日……!!! 今思い出しても口から火どころか毒や呪いを吹きそうです!!!!」
わーお……。
これは沸騰通り越して大爆発でもしてしまいそうな勢いだな。
こんなに熱く語ってしまって、こいつの血管はバーンと派手に破裂してしまうのではないか?
いろんな不穏なモノを吹き出してしまいそうなリーダーの男。
その怒りの原因の一つであるS級冒険者様のゼンなのだが、彼がリッシュ領に長く滞在していた理由はリーダーの男の言うとおり俺にあって、こいつが苦汁を飲んでしまったのは俺がこちらの世界に戻ってきてしまったからというのは確実なる事実で。
その事実により、俺もゼンと同じくこの誘拐犯の怒りの原因の一部でもあるというのは分かっているのだが。
そもそも、その原因は俺達だけじゃなくて、俺の魂をこの世界の輪から逃がしてしまった神様がだね?
おっちょこちょいだったのが原因なのではないのか?
そんな原因を考え続けてもキリがないので、早々に考えるのを止めるけどな。
それにしても、このリーダーの男の苦労してそうな感じが俺と同じ匂いがする。
でも、全く一緒というわけでなく俺より酷い苦労してるんじゃ? と、ちょっと感じ取ってしまうくらいに苦労してそうな匂いだ。
まあ、誘拐犯に同情なんてしている場合じゃないから、直ぐにその考えはちょっと横に置いておいたけど。
「あの厄介者が来る前から、かなりの時間をかけてきた計画です。そんな計画を簡単に潰して無かったことにしてしまうなんて、許されませんでしたので、もちろん悪あがきをさせて頂きましたけれど…………」
ギリリッと、少し距離があるはずのこちらにも音が聞こえるくらい、リーダーの男が強く握って己の胸の前に掲げた拳がその苦労をまざまざと伝えてくる。
「でも、おかしいと思いませんか? こちらの世界でS級冒険者という存在は、その一人の人物が持つ知恵や力で、この世界の小国一つを地図上から容易く無かったものとしてしまうと言われるほどの脅威でもあるんです」
ゼンの事は規格外だと、リーダーの男にゼンがS級冒険者と聞く以前から、実は感じていたのだが、まさかあいつ一人で国まで滅ぼしてしまうほどだとは思わなかった……。
ゼン一人の力で、前の世界では最強と言われる兵器より危険とか。
本当に、でたよファンタジーと思うが、これはちょっとした現実逃避でしかない。
「そんな存在が今回の計画には現れてしまい、あまつさえ計画の目的自体がその破滅級の危険人物と関わりを持ってしまったのですから、悪あがきなんか頭の悪い事する前に、この計画を無かった事にして逃げなければこちらの利益どころか命すらなかったことになるかもしれなかった。――――じゃあどうして、今回の計画を死に物狂いで実行したと思います?」
薄暗い中でも分かるくらい苛烈に荒んでいたはずのリーダーの男が、俺達一帯の温度を一緒に下げてしまうほど急激に、冷静に、ゆっくりと。
まるで暗い井戸の奥底に囚われて、遥か上の一つだけある出口から少しずつ、冷たい水を流され水責めを受けているかのような錯覚に陥るような雰囲気で問いかけてきた。
ほんのちょっと前まで一人で語っていたリーダーの男の雰囲気の変わりようと、不意に問いかけてきたその時の表情を見て、俺は急激にせり上がってきた不快感に思わず腕の中に居るプティ君を守るように深く深く抱きしめ直す。
生まれてから今までの、短いようで長く重い年月の間、感じてきたその不快感という言葉では収まり切れないそれ。
こちらの世界に来て忘れかけていたそれを、この男は一度ならず二度までも俺に見せつけてきた。
それはまるで、お前はそれを忘れることも、背くことも、逃げることもできぬのだと思い知らされているかと勘違いしてしまうほどに。
不意に押し寄せ渦巻いた感情の荒波に、喉が張り付いてしまってリーダーの男に問いかけられたのに上手く言葉が出せない俺。
だが先程、目の前の男が言っていた言葉を思い出し、喉から絞り出すように言葉を発した。
「…………俺」
「そう! 先程もお伝えしたとおり、あなたですよ! カリファデュラ神によって異世界からこちらの世界へと、異世界の知識を持ったまま帰ってきたおにーさん!」
そう。
こいつが言っていた俺が一番の今回の戦利品だという言葉には、それを聞いた時から一番疑問になっていた。
なんで俺が一番の戦利品なんだ? こいつの話し方だと異世界の知識を持ったままこちらの世界へと来たことが重要だと言うのは分かる。
確かに、こちらの世界へ来てリッシュ領で初めて目を覚めたあの日、ゼンが説明してくれたその時に、こちらの世界での異世界の知識やアイディアがとても重宝されることは聞いていたので、その重要性は理解可能だけど。
ゼンに説明してもらった時は気に留めていなかったのだが、こちらの世界の事を理解してきた今は強く思う。
こんなにも、異世界人に対する様々な保護制度などがこの世界では十分すぎるぐらい整っており、異世界人は全く珍しくなく当たり前の存在みたいなところがあるこの世界で、新たにこちらの世界に来た俺の知識などに重要性なんてあるのだろうか?
俺がこちらの世界に来るよりもずっと前から、こちらの世界に来ているはずのたくさんの異世界人よって、それこそこちらの世界の人々には目から鱗な珍しい様々な知識やアイディアが広まっているはずなのだ。
しかも話をもっと振り返って思い出せば、この世界には異世界転移者の他にも異世界転生者が居るという話だし、転移者と転生者を合わせたら結構な数になるのでは?
その数を合わせれば、本当に数多の異世界の知識がこの世界にはあるはず。
それこそこちらに来た異世界人の中には俺の知らない知識を持つ者も多種多様にいるはずなのだから、俺一人の知識やアイディアなんかよりよっぽどこちらの世界には十人十色の情報が広まっているだろう。
実際、俺はこの世界に来てから前の世界の知識がたくさん広まって普及されていると目にして、聞いて、感じる場面が何度もあった。
本当に俺一人なんかを誘拐したところで、俺の存在がそれほど大きな価値があるとは思えないのだ。
「あはは。そもそも、異世界人なんて珍しくないこの世界でなんで自分を誘拐したのかっていう疑問が湧きますよね」
あくまで俺は、リーダーの男に自分の考えが伝わらないよう表情を固め努めているにもかかわらず、俺が誘拐された理由を聞きたいと考えていることなんて、全てお見通しのような口振りで語るリーダーの男。
その表情は先程の荒んだ表情とはまた違った、瞳に光が一切無い温かさとはかけ離れた酷く冷たく暗い、より荒んだ表情をしていた。
張り付いて音を発しにくくなってしまっている喉に更なる不快感が重なったが、そんなこと思っているとは気づかれないように、俺は自分の瞳に力を込めてリーダーの男の光の無い瞳を見つめ返すことで話の続きを促す。
「この世界に異世界の知識を持つ者は確かに珍しくありません。ですが、その存在はあまりにも守られすぎている。あなたはこちらの世界に来て戸惑う事はあったかと思いますが、困り事などはすべて後見人であるあの厄介者ができうる限り解決してくれたはずです。
何故、こんなにもこの世界の異世界からの転移者や転生者を守り育むような制度がしっかりとしているか、あなたも少しは気になったりしたんじゃないですか?」
それは確かに、そんな事は一度も思った事ないとは言えない程度に、実は頭の中でチラッと、やけに制度がしっかりしているなという考えが浮かんだりはしていた。
しかし以前ゼンから聞いた、初めてこちらの世界に異世界の人間が来たのは一万年以上前だという話だったのだから、それだけの時が経てば、そりゃあそれなりのレベルまで制度がしっかりするのは当然だろうともその時は思ったが。
でも、前の世界でもそうだった。
人というのは、何かしらの心や考えの変化というものが起こらなければ、現状を変える力というものがない。
つまりは、こちらの世界の者達が本当に今の今まで何も変化を求めない力の無い者達であったのなら、俺が現在この世界で享受しているこのレベルまでの制度というものは決して整ってはいなかっただろう。
ということは、だ。
この世界も前の世界と同じ、一筋縄ではいかない世界であるのだ。
例えば何事も問題のない世界で皆が優しくお互いが思い思いやれて、考えが平等な世界だったら。争いや暴力、対立など起こるわけもなく平和で平坦な世界なので、世の中に改革、革命、変革、改善などの考えにすらその世界の者たちは考え付くことすらできないだろう。
だが実際は、複雑怪奇な感情を持つ人という生き物が生まれてしまった前の世界では、様々な思考や思想が飛び買っていた。一度飛び立ってしまったそれは、時に言葉の針やナイフとなり人を刺すだけでなく、エスカレートしていけば己の信念の為に命の奪い合いまで行ってしまうほど。
「それはですね、大昔にあったんですよ。転移者や転生者を奪い合う醜い醜い争いが」
リーダーの男の口から出たのは、俺がまだ知らないこの世界の裏の姿。
いや、俺が今まで聞こうとしなかっただけでそれが本当の姿だったのかもしれないが、それはこの世界に異世界の知識という本来あるはずのない異物が入り込んでしまったが故の弊害であった。
こちらの世界に帰って来る異世界の知識を持つ者達。
主に転移者が無事に保護されるようになったのは、偉大なる神カリファデュラ神の采配のおかげなのはこの世界では皆が周知の事実。
かの神は、ようやく見つけだし保護する事のできた可愛い我が子である魂達が、己の保護下であるこちらの世界の領域へ帰すことができることに安心と喜びを噛みしめました。
しかし、喜びもつかの間。
別の世界で存在しないはずの魂であったという理由で、こちらの世界とは違う世界の合わない波長や環境せいという理由によって、酷く傷ついてしまった魂達。
せっかく異世界より過ごしやすいこちらの世界に戻ることができるのだからと、贖罪する意味も込めてカリファデュラ神は少しでも癒そうと努めました。
その努めた内容はというと、帰還する魂達の保護だけでなく。
傷つき疲弊してしまっていた魂達の心や身体を癒すように、守り慈しみ育むようにと、神の声を聴くことのできる性質特化の魔力を持つ者にお告げをし、託したのです。
そのお告げによって、当初こちらの世界に帰ってくることのできた魂達はというと。
来たばかりの頃は、前の世界との様々な違いに悩み、苦しみ、戸惑う者や不自由を感じる者がいました。
ですが、カリファデュラ神のお告げに従った、カリファデュラ神の精神と同じように慈しみの心を持ったこの世界の心優しき者達が、大事に癒し見守り育むように支えたことによりすぐにその違和感も無くなり心穏やかに過ごすようになります。
「ここまでの話を聞けば、さすが慈愛の神、カリファデュラ神の創りたもうたこの世界です。と世の皆様は称賛の拍手と喝采が止まりません」
まるで舞台の語り部のように喋るリーダーの男だが、その荒んだ暗い影を残しつつ不気味に口角を上げて語るものだから気味悪さが増していくので注意を怠れない。
それに加えてこちらは、リーダーの男の話を聞きながら怖気づいているなどと思われたくなくて取り繕う、という二重、三重に器用なことをしなくてはならないので神経がすり減っていく。
ゴリゴリと俺の神経が削られていく音を感じながら、リーダーの男が続いて話した内容はというと、今まで話したのはあくまで転移者の話で転生者は例外だという話だった。
転生者の場合は、魂の器である肉体が無く、魂だけが傷ついた状態でカリファデュラ神に保護されている。
なので、彼らは神の腕の中でその魂を一度、綺麗に癒しと浄化を施されリセットした後にこちらの世界の転生の輪廻へと戻されるそう。
そうして一度まるっと、転生者達はリセットされているので、異世界の知識など一切思い出すことなく、こちらの世界で生を謳歌し終える者も多いのだとか。
とても稀に、生まれる瞬間から異世界の知識を覚えたまま生まれる者や、成長していく過程で何かしらの刺激により異世界の知識を思い出す者もいたりする場合もあるという別例もあるが。
こういった事情があるため、転生者は転移者と違ってカリファデュラ神によるお告げもないので、転生者の自己申告で発覚するという。
ここまでの話を大人しく聞いていたが、まだ転移者や転生者の奪い合いがあったという核心の話ではない。
だが、ここで話したという事は何かしら意味があるのだろう。
「まあ、俺からしてみたらカリファデュラ神がこうやって様々な手を尽くしていることが気が利いているのか、お優しいのか、理解しがたいですけどね。もとはと言えば、あの神が初めにやらかしたからこういう事態になったわけであって、手を尽くすのは当然と言う感じもしますし。というよりか、どうせなら転移者も転生者も全部まるっとまとめてリセットしてしまえばいいのに。何か理由があるのかもしれませんが、どこか無駄というかなんというか、いろいろやらかしてる時点でこの神大丈夫かと疑っているので本当に理解しがたいですね」
こいつ、理解しがたいって二回言った。
話の合間に、ふとリーダーの男が溢したのは完全なる神に対する不満で。
犯罪者と同じ考えだなんて嫌だが、二回も言いたくなるそれに関しては俺も激しく同意してしまう。
こんな状況でなければ首を縦に激しく振っていただろう。
「しかし、そんな拍手喝采お涙モノのめでたしめでたしな話は初めのうちです」
薄暗い森の中でもそこだけが輝いている夜空を暗い瞳で見つめながら、リーダーの男が続いて語った内容に俺も関係しているからなのか。
それとも前の世界と似ているようで似てない、もしくは似てないようで似ている、俺が幼い頃から経験し浴びてきた複雑な感情や欲望を持ってしまった生き物の暗く重い面に、両手が塞がっている状態だが頭を掻きむしり抱えたくなった。




