暗闇で明かされた新事実
「そんなに壁を叩いたら穴が開いてしまいますよー」
目を細めて口角が上がっているそれは、本来であれば人に対して愛嬌を示すはずなのにこの男がやるとどうにも鼻につく笑みへと変わってしまう。
視界に入ってきたその顔に嫌気がこみあげてしまうが、今はそんな事よりもプティ君の身体の方が大事であった。
「子供が熱を出したんだ! 水をくれないか。このままじゃ!」
「ふぅん……まあ、ちょうどいいタイミングですし、わかりましたよー。もう少ししたら馬車が止まりますからその時に。大事な商品が死んでしまったら元も子もないですからね」
こいつ……俺が気絶する前にも売り物どうこう言ってたが、やっぱり俺とプティ君を売り飛ばすつもりらしい。
この世界に来てから自分はとても恵まれた環境に居たのだと、俺は今、痛感している。
こちらに来てからというもの、リッシュ領の人々は本当に暖かく優しく接してくれていて、この目の前の男とその仲間達のような人物はこの世界にはいないのだと思い込んでしまっていたくらいだ。
危うく忘れかけてしまっていた生き物の、特に人間という存在の負の部分。
それは前の世界で嫌というほど感じていたはずなのに、頭の隅に追いやられて風化し始めていた。
しかし、今この状況の影響によりその負の感情は、己の頭の中で無慈悲にも元の姿に戻り戻るどころか、むしろその姿を以前より徐々に大きくしていっている気がする。
俺はその暗く重たい負の姿と、未だ暗い瞳をこちらに向けているの男の視線を自分の頭を振ることで追い払う事にした。
「ほら、もう止まりますからねー」
そう言って小窓をの戸を閉めるリーダーの男。
俺はすぐさまプティ君の元へと戻り小さく蹲っていた彼を再び抱きかかえた。
熱に体力を奪われて辛いであろうプティ君の身体をなるべく負担をかけないように優しく、優しく腕に抱きかかえたその時、ふと俺が頭を振り払った際にリーダーの男がその顔色を変化させたことが気になった。
本当にほんの少しだけの変化だったし、頭を振り払った際に見えたものだったので見間違いかもしれないが、まるで痛みを抱えたような堪えているような。
何故あの男があのような顔色を見せたのか、後ろ髪をほんの細い一本だけ引かれる思いがした。
でも今はそんな事よりも大事なことに目を向けることにした。
「プティ君、もうすぐお水をあげるからね」
「…………ぅん」
返事をしてくれた。
どうやら、プティ君の意識はまだはっきりしているようだ。
でも、油断はできない。
いつ容体が急変するかもわからないし、俺は子供が熱を出した時の対処法なんてわからない。
できれば医者に診せたいが、今のこの状況だと無理に等しい。
こんな時に魔力が使えたら…………。
俺の拙い治癒魔法でも無いよりかマシなはずだが、この手に付けられた手錠のせいでそれは叶わない。
リーダーの男に交渉してもいいかもしれないが、それを受け入れてくれることはきっと無い。
そんな事を考えていたら、いつの間にか揺れが収まっている荷馬車の扉がガチャリと重い音をたてて開かれた。
「さてさて、子供の様子はどーですかー?」
そう言って扉を開き、ぼやっとした灯りのランプでこちらを照らしながら入ってきたのはリーダーの男。
俺が気絶している間にどっぷりと日が暮れ、淡い月明かりのみの薄暗さに慣れてしまっていた目ではそのぼやっとしたランプの灯りでも目に刺さる。
思わず目が眩んで灯りを持つリーダーの男から視線を逸らしたその時。
リーダーの男がこちらを照らしながらプティ君を抱きかかえている俺の傍へとやって来て、ぐったりとしてしまっているプティ君の様子を無作法にぐっと顔を近づけて伺いだしたので、俺は咄嗟に近すぎる男との距離に身を捩り、できるだけ距離をとる。
「別にそんな警戒されなくても子供を取って食べようなんてしませんよ。人を食べる趣味なんてないですからねー」
「お前みたいな信用ならない奴が、プティ君の傍に寄るのを許せるわけないだろ」
リーダーの男が、はいはいと軽い掴み所のない返事を返しながら自分の背後に目配せをすると、その背後からフードを深く被り薄暗さも相まって全く表情の見えない細身の男がするりと音もなく現れた。
まるで闇から溶け出てきたかのような。
新たに現れたその男が、俺達の手錠から伸びている鎖の先、荷馬車に固定された部分を外し始める。
ほぼ待つことなく簡単に外れた二人分の鎖を手にフードの男は、言葉を決して発することなく手中にある二つの鎖を軽く引っ張ることで俺に立つようにと促してくる。
こいつ……喋れないのか、もしくは喋らないつもりなだけなのか?
うんともすんとも言わなかった。
とりあえず俺は、喋らないし物音もほとんどたたない表情も見えないという怪しさ三拍子揃った、少しどころか控えめに言ってもかなり不気味なフードの男の指示に従い立ち上がる。
フードの男は立ち上がった俺に近づくと、背中を押すことで次は外へと出るように促してきた。
動いても動かなくても身体があちこち痛むので不用意に触れないでほしいが、そんな文句も言う暇もなく、リーダーの男を先頭に俺はプティ君を大事に抱きかかえ荷馬車の外へと出るのであった。
「…………何してるんだ?」
自分たちが閉じ込められていた荷馬車の外へと出ると、そこはどこかの木々に囲まれた広い道の真ん中のようで、今俺の前と後ろに立っている男達の仲間であろう他の男達が薄暗い闇の中ランプの灯りを頼りにそれぞれの荷馬車や飛竜の檻に入れられていたであろう牛達を忙しなく移動させていた。
その男達の行動を探ってみてみると、おそらくここまで乗っていたであろう荷馬車とはまた形の違う一回り大きな荷馬車へと乗り換えているらしい。
飛竜はこの先使わないのだろうか、飛竜が引いていた檻の牛達も大きな荷馬車へと乗り換えてるし、飛竜も同様の大きな荷馬車へと乗せていっている。
そんな様子を伺っていたら視界に入ってきた何かに脳の情報処理が追い付かず、綺麗に二度見した。
移動する男達の隙間、大きな荷馬車の馬を男達が持つランプの灯りがチラチラと照らす際に見える姿をこの薄暗い中でも目を凝らして見てみると、これまで小さめの荷馬車を引いていたであろう普通の馬よりも格段に大きくてどっしりとした体躯を持っている生き物の姿が見える。
ただそれだけだったら、異世界だから体躯の大きめな馬がいるんだな。
で納得できるが、その言葉では納得ができないものがその馬にはあった。
馬にはなんと、かなり目立つ大小合わせて二本の角が額から生えていたのだ。
え、なんだろう、あの生き物。
一瞬、ファンタジーあるあるで有名なユニコーンかと思ったけどユニコーンは一角獣って書くぐらいだから一本角だろ?
それにユニコーンのイメージは白いイメージだけど、目の前に居るユニコーンもどき達は黒だったり茶色だったり、白い馬は一匹もいなかった。
「何してるって、荷馬車を乗り換えてるんですよ。今までの荷馬車の馬や飛竜達は酷使しすぎましたから、これ以上の長距離逃げ切るには無理ですからね、今度は更に馬力もあって耐久力も魔力もあるバイコーンの荷馬車で移動させてもらいます」
『この乗り換えが済めば、今回の作戦の成功はほぼ確定ですねー』と、リーダーの男は俺をチラリと見ながらそう言った。
バイコーンってなんか聞いたことがあるような、無いような。
そもそも俺が馬かどうか疑っていた動物は馬で合ってたんだな。
ぼんやりとそんな事を思い浮かんでしまっていた俺の背中を、なんと後ろにいるフードの男がグーで小突いてきた。
ガツンと。
ガツンとだぞ?
それはもう小突くという可愛い言い方でいいのかと疑問に思うレベルだが、先程は軽く押す程度の力で触れてきたくらいだったのに、打って変わって触れてくる強さレベルが上がった衝撃で傷だらけの身体にはめちゃくちゃ響いた。
フードの男はどうやら進めと言いたかったらしく絶対わざとグーで小突いたに違いない。
痛みが響いている名残に身体が痺れるが、フードの男に促されたので進もうと前にいるリーダーの男に視線を向けると、先程まで俺の目の前に居たはずリーダーの男が今は数メートル先に居るではないか。
しかも、俺がついて来ていないのに目もくれずにずんずんと進んでいっている。
そりゃあ、小突かれるわ。
小突いた犯人であるフードの男に文句なんて言えないなと、俺は慌ててリーダーの男の後ろについて行く。
淡い月明かりとリーダーの男の持っているランプの灯りを頼りに、俺達は木々の合間を縫って進んでいると、進行方向の先にサラサラと流れる川が現れた。
「はい、これどうぞ」
「わっ、ちょ!」
突然掛け声と共に、前を歩いていたリーダーの男が俺の方に振り返り、何かをひょいっと投げてきた。
もちろん、プティ君を大事にしっかりと両腕で抱きかかえていた俺にはキャッチできるわけがなく。
投げられた何かは弧を描いて、プティ君に当たらないように咄嗟に背を向けた俺に軽く当たるとポトリと地面へ落ちてしまった。
「これって……」
「水袋ですよ。中は空っぽでなんで、そこの川の水は飲めるので水を汲んで子供に飲ませてください。ついでに俺の分の水も汲んでくださいねー」
リーダーの男の言葉に、俺は片手でもプティ君が落ちてしまわないようにと抱きなおして地面に落ちてしまったそれを拾うと、拾ったものは確かに皮でできた水袋のようだ。
意識は多少あるとはいえ、ぐったりしてしまっているプティ君が自力で川の水を直接飲むのは難しいと俺も思うので、こういうのを使うのは正直ありがたい。
けど。
「…………そんなにジャブジャブ洗う必要あります?」
「これに何か仕込まれているかもしれないからな」
「いや、その後俺が使うって言ったのにわざわざ何か仕込みます?」
「そもそもお前なんかが渡してきて、お前が使ってるのか誰が使ってるのか分からない物を洗わずにプティ君にそのまま使うなんてできるわけないだろ」
「そんな人をバイ菌みたいに」
「ばっちいだろ」
「あ、今ばっちいって言いましたね? はっきりと言いましたね?」
リーダーの男がごちゃごちゃ言ってくるが知ったこっちゃない。
投げ渡された水袋を使えるように洗うため、プティ君を川の傍の木に寄り掛からせる。
正直言って、こんな暗い夜の外で固い冷たい地面に体調最悪な状態のプティ君を木に寄り掛からせるだなんてしたくは無いが致し方ない。
プティ君にはもちろん一言断って、念のためリーダーの男が言うとおり飲める水か一口飲んでみて異常がないか確かめてみたが、味や身体に変わったところは無いようなので本当に普通の水だと思う。
プティ君にお水を飲ませてあげるために、主張の激しい手錠が非常に邪魔であったが、丁寧にしっかりと、ジャブジャブと。
手を抜かずに川の水でしっかりと水袋を洗いに洗って、念には念を入れて水袋から一口水を飲んでみて異常がないか確かめ、満足したので、水袋の中に水を溜めてプティ君の元へと運んだ。
「プティ君、お水だよ。飲める?」
体調のせいでぐったりとしてしまっているプティ君を抱き上げて口元にたっぷりと水の入った水袋の飲み口を持っていき尋ねると、俺の言葉に閉じていた瞼を重そうに上げ頷いてみせたプティ君。
その返事を見た俺はプティ君の小さな口に水袋の飲み口を触れさせると、プティ君は弱々しく水袋に触れてこくりこくりと少しずつ水を飲んでいった。
そして、満足するまで水を飲み終えたプティ君はほぅっと息を吐き、水を飲む前の顔色と比べたら少しだけ良くさせる。
そのプティ君の様子に、俺の中で知らず知らずのうちに張りつめていた不安の糸が少し解れた気がする。
だが、このまま治療をせずに放置したままでは回復は見込めないかもしれない。
「なあ、この子がこんなに弱ってるんだ。せめて医者に診せるとか薬とかどうにかならないのか」
「今のこの状況でそんなのできるわけがないって分かってて言ってますよね」
あぁ、そうだよ。
分かって言ってるよ。
お前達は盗賊で俺達は盗品。
だけどな、その大事な戦利品がどうこうなってみろ。
お前達も穏やかではいられないだろ。
「まあ、でもそうですね、その子供にも買い手がついてるので何かあっては困りますからね。今この場にはいませんが、先で待っている合流予定の仲間の中には医学知識のある者がもちろんいますからそいつに診せますよ。とは言っても、それまでの間にその子供の容体が急変したとしても、それはそれでしょうがない。買い手がついているとはいえ、その子供が死んだとしてもその子供の死体にも価値はある。その時はその時で別の買い手に売り払えばいい」
「っ!」
「それに、今回の一番の戦利品はあなたですからね。おにーさん」
「…………俺」
このリーダーの男のプティ君を粗末に扱うような発言に、一気に頭に血が上るが、その後の発言は聞き捨てならない言葉だったので冷静さを取り戻した。
「今回の最初の目的はもちろんその子供でした。希少な治癒の魔力を受け継いだ子供。それと、とても価値のあるリッシュ領の牛毛。狙わずにはいられないでしょう? ですが、ここの警備隊も領主もその妻もとても優秀すぎて簡単には盗めませんからねえ」
まるで一つの物語を語るかのように朗々と喋りだしたリーダーの男。
だが、その口から出ているのは立派な犯罪の話だ。
「とても長い月日をかけて作戦を練りましたよ。それはもう気が遠くなるほど! これまでに何度無能な部下をちぎり燃やし捨てたか分かりませんし、どれくらい使い物にならなくなったかもわからない。けど、そんな苦悩がようやく報われいざ! 作戦実行! というその時、あの冒険者が来てしまった」
とても心地よさそうに語っていたリーダーの男だったが、最後の言葉は氷よりも冷たいのでは? と思ってしまうほど低く冷たく、むしろその声を聴いたものを刺殺さんばかりの声音に周りがというか俺が一瞬凍り付いてしまうほどだった。
なんだ?
その冒険者を心底憎くて殺したいという気持ちが一切隠されてない言葉は。
「……あの冒険者って」
正直言うと俺の身近に居る冒険者というと、あいつしか思い浮かばないし、今までリッシュ領で過ごしててあいつ以外の現役冒険者にはまともに会ったことないので絶対あいつだとは分かってはいるのだが、とりあえず今にも人を燃やしそうなオーラを溢れ出しているリーダーの男に聞いてみることにした。
ちょっと話を聞いてほしそうにしてるような気もするし……。
「そう! おにーさんの傍をなかなか離れてくれなかったあの金髪の冒険者! あれはダメです。あんなこの世界に今や五人しかいないS級冒険者なんて厄介以外の何者でもない。ひとつの所に長く留まらない流浪で有名な冒険者だったので、すぐどこかへ行くかと思いきや、今度はあなたが現れて一向に消えてはくれなかった! 本当にもうどうしてくれようかと……」
ん?
……うん?
まあ、金髪冒険者という言葉を聞いた瞬間、あぁ、やっぱりゼンの事ですね。はいはい。
と思ったけど、何?
世界に五人しかいないS級冒険者?
ナニソレスゴイノ???
「……はは、あいつが、S級冒険者? いやいやいや! まっさかあ! あいつ確かに腕は立つっぽいけど、そんな凄い奴なわけが」
「え、おにーさん。聞いたところ彼が後見人なんでしょう? 何も聞いてないんですか?」
「…………」
「…………」
き…………聞いてねえ!!!!!!!
そりゃあ、今俺は現実逃避しましたとも!
したけれども! それは聞いてねえ!
俺はあいつが上級冒険者だとしか聞いてねえっつーの!!!!
え、なんだよ。
世界に五人しかいない?
S級冒険者?
なんだよ! そんなウルトラスーパーなレアリティ高めな役職名!!!!
前の世界のゲームとか、小説とかの価値観で考えてるけどリーダーの男の口振り的にも間違ってない価値観だろ! それ!
そんな凄い奴に保護されたの? 俺!
何? 異世界人の保護ってそんな凄い奴がするものなの?
身分高い奴とか力がある奴とは聞いたけどさ!
なんなの! あいつ!
いろいろはぐらかされたり、隠されたり、わざと言わない事あるなとは思ってたけど!
それは言ってもいいんじゃないのか!?
聞かない俺も悪い! でも!
何回目か忘れたけど!
俺!!! 聞いてねえ!!!!!




