逸る気持ち 前編
――――――――ひっ……ィ…………。
ぁ?…………俺、どうした?
――――リ……ぃちゃ……。
そうだ、俺、あのリーダーの男にボコられたんだっけ。
でも、その後どうなった……?
さっきから、ちょっとだけ聞こえるこの声は?
ひぅっ、リンにぃちゃ……!
「ぁ…………、プティ、君?」
「っひ、うぅわぁあ! リィンにぃちゃあああ!」
俺はどのくらい気を失ってしまっていたのだろう。
寝そべっている体勢から、身体に力を入れて起き上がろうとするも、ズキズキと激しく痛む身体に起きる気を削がれてしまう。
「っは、プティ君……! 怪我は? 怪我はない?」
つい先程は痛む身体に起きる気を削がれたと思ったが、そんなことよりも今も泣き叫び続けているプティ君の様子が気になった俺。
痛みに身体をふらつかせながらも這い上がり、薄暗い視界の中に入ってきたプティ君の身体を抱き寄せて怪我がないか確かめた。
「ぅっく、ひぅ、うぇっく、っふ」
「大丈夫? 痛い所はない?」
俺の言葉にプティ君はフルフルと首を横に振って、痛い場所はないと教えてくれる。
「はぁ、良かった。痛い所はないんだね」
「っひぅ、でも、リンにいちゃ、痛い痛い! プティ、リンにいちゃ、痛い痛い、治そうとしたけど、ぅっく! 痛い痛いきぇなぃ! 何回やっても消えない! ぅぁああああん!」
そう言って再び泣き叫び始めたプティ君の両手には、薄暗い視界の中で更に暗い色をした見るからに重さのある手錠のような物。
今更気づいたが、俺の両手にも同じものが付けられている。
俺はこの物が何かすぐに思い出した。
何故なら、つい最近まで魔力操作を学び始めた頃からずっとつけていた物と同じ感覚がしたし、気絶する前の記憶を思い出したからだ。
そういえば、俺は襲われた時に両手に付けられたんだった…………。
これは間違いなく、魔力制御装置。
俺がパルフェット様から借りてつけていた物とはどこか違いがあるような気がするが、この独特な窮屈さを感じるのは制御装置だ。
そんな魔力制御装置をプティ君も両手に付けられている。
この制御装置のせいで治癒ができない中でも、きっと懸命に何度も何度も俺を治そうと試みてくれたのだろう。
本当に優しくて良い子だ。
恐怖などいろいろ気持ちが耐えられない事があっただろうに、俺の事を気遣ってくれていたなんて。
「ありがとうプティ君。俺、大丈夫だよ。」
「ふぇ、っく、ひっく、ほんとう?」
「本当。プティ君のおかげで痛いのなんてどっかいっちゃった!」
本当ならば痛みなんて引いたわけではないのだが、こんなにも優しい子の気持ちを精一杯向けられたのだ。
その気持ちのおかげで、痛覚なんて無かったかのように痛みが引いた気がしたのは本当。
俺はプティ君を抱きしめながら、周りを見渡してある程度の自分の現状を把握した。
ぱっと見ただけだと小さな小屋にも思えるが、ガタゴトと揺れているこの場は、おそらく荷馬車なのだろう。
荷馬車の側面上部にある、ほんの小さな鉄格子から月明かりが差し込んでいるおかげで、薄暗いながらもこの場がどういう場なのかが把握できた。
さすがに時間までは分からないが、日が沈み夜はとっくに迎えているのだろう。
そんな月明かり差し込む荷馬車に居る俺達の手錠から連なる鎖は、狭い荷馬車の隅に繋がれていて、荷馬車からは出られそうにない。
プティ君も同様だ。
プティ君と俺は、考えただけで気に食わないがあの後、あいつらに連れ去られてしまったのだろう。
俺が状況把握をしている最中、抱きしめながらあやしていたプティ君がだんだんと泣き止み始めたので、落ち着いたのかと思い再び様子を見ると、プティ君は顔を真っ赤にしてぐったりとしてしまっていた。
俺は慌ててプティ君の顔に手を添えると、どうやら熱があるよう。
どれくらいプティ君が泣いていたのかは、俺自身気を失ってしまっていたので分からないが、プティ君が熱を出してしまったのはそれだけが理由ではなく、きっとこの経験した事のない恐怖や混乱が折り重なってしまったのも相まって熱を出してしまったのだ。
俺が慌てる間にも、プティ君の息は徐々に荒くなっていき、体温も上がっていっている気がする。
子供が熱出してしまう状況なんて、俺が前の世界から今まで経験してこなかった事が悔やまれるが、これはすぐに何か対処しないといけないという事は俺でも分かる。
「プティ君、プティ君しっかり! 大丈夫?」
「リン、にぃちゃ……」
「大丈夫? 辛いよね、何かしてほしい事ある?」
「お、みず……おみずのみたい」
「お水? ……分かった」
どうやら意識は、はっきりしているようで少し安心した。
俺はプティ君の望みを叶えるべく、先程周りを見渡した時に見つけていた小さな小窓があった方を見つめる。
あの小窓がおそらく御者台に居る誰かと会話のできる唯一の手段だと思ったので、プティ君を優しくその場に寝かせて俺は小窓へと向かう。
鎖に繋がれている俺は、小窓の壁にギリギリ手が付く距離まで近づくことができた。
そして、痛む身体を分からないふりをして付くことができた手で壁を思いっきり叩きながら、御者台に居るであろう人物に向かって俺は思いっきり叫ぶ。
「おい! 誰かいるんだろう! 子供が熱を出したんだ! 誰か! 誰か、水だけでもくれないか!」
何度か叩いても、叫んでも応答はない。
そりゃそうだ。
攫うが目的のやつらに、俺の声を聞き入れる意味などないのだから。
だからと言って体温がまだ上がっているのだろう、震えながら息を荒くしているプティ君を見ているだけなんて、黙ってられるわけないだろ!!
「聞けってんだよ!!!!」
俺は痛みの走る己の身体なんてそっちのけで、渾身の力で壁を思いっきり叩いた。
「おー怖い怖い。聞いてますよー、おにーさん」
ようやく小窓が開いて顔を出したのは、あの嫌な笑みを浮かべたリーダーの男であった。
*********
日はとっくに暮れて、夜が降りきっている時刻。
リッシュ家の屋敷の中。
パルフェットは屋敷の一室で一人、落ち着きがない様子で右へ左へとウロウロ歩き回っていた。
その表情は普段と違い険しくなっており、自身の親指の爪を噛みながら、どうにか気持ちを落ち着かせようと試みてはいるものの、気休めにもなっていない。
そんなパルフェットが一人でいる部屋の扉を、優しくノックする音が響く。
「…………入っていいよ」
「失礼いたします、奥様」
部屋の中に入ってきたのはセリューであった。
「坊ちゃま方にお食事を勧めましたが、プティ坊ちゃまとリンタロウ様が帰るまで食事はしないと。今はシャルル坊ちゃまもサロモン坊ちゃまも、ベルトラン坊ちゃまとご一緒に談話室でお二人のご帰還を待っておられます」
「そう……」
セリューから屋敷に居る子供達の様子を聞いたパルフェットは、話を聞いていた一時は止めていた足を再び動かして部屋の中を右往左往し始めてしまう。
そんなパルフェットの様子を見たセリューは、用意しておいたティーセットの乗っているカートを押して室内の奥、パルフェットの傍へと向かった。
「奥様、よろしければ少し、お茶でもいかがでしょうか」
「…………今は、そんな気分じゃ」
「ささ、こちらにおかけください。お茶が冷めてしまいますからな」
セリューは少々強引にパルフェットをソファーへと掛けさせると、すぐさまティーカップにお茶を注ぎ、パルフェットにこれまた強引にティーカップを持たせた。
それは昔からの付き合いであり、パルフェットの事をよく理解しているセリューの最大限の気遣いによる行動なので、パルフェットもその心遣いに拒否を示す気も文句を言う気も起きずに甘んじて受け入れた。
「ありがとう、セリュー」
「これしきの事お気になさらないでください。…………きっと、旦那様とゼン様が無事に連れ帰ってくださいます」
「うん……、分かってる。分かってるんだけど、もし、あの時私がもっと対応できていれば君も子供達も、みんな無事だったのに」
時を遡って、牧草地に黒っぽい靄が発生したその時――――――




