メタモルフォーゼしたらしい
「それにしても、この香りは甘美ですねえ」
「どこかで嗅いだような気がするぞ?」
「どこだっけ?」
すり寄ってなかなか離れなかったが、イケメンに離れるよう促されてベルトラン君と双子お兄ちゃんズは、しぶしぶとだが俺から離れてそう言った。
プティ君はというと。
双子お兄ちゃんズが『『プティずるいぞ! 離れろ!』』と無理矢理俺から離そうと試みたのだが、イヤイヤとすごい力で俺に抱き着いて離れなかったし泣き出しそうだったので、コアラの親子みたいに抱っこ状態をキープとなっている。
そのせいで双子お兄ちゃんズはぶうぶうと文句言ってるが。
「俺、どんな匂いしてんの? ていうか魔力出しただけだよね? 魔力の性質特化ってこういう匂いの違いもあるのか?」
「魔力に匂いなんて感じたことないぞ」
「ないぞ」
双子即答だよ。
こりゃまたこの世界の常識外れ発言したっぽいな。
双子の顔がまたかよ。と語っている。
「そうですねえ。確かにシャルルとサロモンの言うとおり、魔力に匂いを感じるなんて今まで聞いたこともないし経験もないですけど…………」
「でも、この香りの元はリンタロウの魔力だろうな」
「ですよねえ……しかもこの香りって」
魔力から香りがするって…………。
なんかちょっと芳香剤にでもなった気分。
できればお手洗いに置く系じゃない香りだといいが、自分だとどんな香りか分からないので確認のしようがない。
ベルトラン君はどうやらこの香りに身に覚えがあるっぽいが………………。
お手洗い系じゃないよね…………?
「ゼンさん。この香りって、あの香りに似ているというか、一緒というか……そう思いませんか?」
「ベルトラン君もそう思うか」
「はい。母上が弟たちを身籠る前に食べている所を見ましたし……」
「え? なになに、何か食べ物の匂いなの?」
「えぇ、まあ食べ物といえば、食べ物ですけど……」
あ、良かったー。
とりあえずお手洗い系ではないのね。
ちょっとベルトラン君の歯切れの悪さが気になるけど、食べ物ならそんな悪い匂いでもないのではないか?
…………でも待てよ。
食べ物の匂いによっては人によって好き嫌いが出てくるのではないのだろうか。
気になった俺はどんな食べ物か確認のため聞いた。
「何の食べ物なんだ?」
「リンタロウ。昨日の創世記の話は覚えてるな?」
「そりゃあ、もちろん。昨日の話だしな、記憶力はいいほうだし」
「その中に世界樹の話が出てきただろう」
あぁ、あの五匹の竜が育てたっていう大樹の話か。
「それが? どうしたんだ」
「あの、リンタロウ様からはその世界樹の果実の香りがするのです」
「……へ? どーゆーこと?」
「えっと、リンタロウ様から発せられている香りは、母上が弟達を授かる前に世界樹の果実を教会から持ってきて食していた時や、果実を食したばかりの母上から一定期間香っていた世界樹特有の果実の香りに似ているというか……。世界樹の果実の香りそのものというか。でも、リンタロウ様の香りは記憶の中の香りより遥かに強いです」
「え」
何それ。
なんで俺からこの世界の樹の実の香りがするわけ?
こっちに来たばかりだし、そんな実なんてまだ見たことも食べたこともないけど。
もちろん拾い食いなんてしてないからな!
「なんで俺そんな匂いしてんの? そもそも世界樹の実って食べて良いモノなんだ」
「あぁ、この世界で子を作るにはその実を食べる必要があってな。世界樹の実を食べることで食べた者の身体が子供を成せる身体に変わるんだ。そして、その実を食べた者の身体が作り変わっている期間中は世界樹の実の香りがする」
「でたよ、ファンタジー。男しかいないのに子供ってどうやってできるのか疑問だったけど、なるほどね。ていうか、俺ってそんなの食べたことないよな……?」
衝撃の事実。
イケメン曰くこの世界で子を成すには果実を食べて身体を作り変えるのだという。
この世界の不思議が一つ解決したよ。
「お出ししたことないですし、そもそも世界樹の果実自体簡単には手に入りません」
ベルトラン君が説明してくれた内容はこうだ。
世界樹は様々な種族を生み出すだけでなく、その実を食べ子を成せる事でその後の種族の繫栄に必要不可欠な果実になったのだという。
昔は原木の世界樹一本だけで果実を実らせていたそうなので、果実をめぐって争いがあったりいろいろと問題があったらしい。
今は原木から挿し木によってその数を増やし、各地に世界樹を広めたことで果実をめぐっての争いはなくなったとか。
ちなみに果実を実らせるには誰かが魔力を注ぐ必要があるとのこと。
だいたいは、子供が欲しい夫婦が魔力を注いで、その魔力を栄養源に世界樹は実らせるらしい。
四方八方に世界樹があるとのことなので、夫婦でなくとも誰かが世界樹に魔力を注ぐ事で、簡単に果実は手に入りそうなイメージだが。
果実を悪用されないようにその管理を各地の教会が厳重に行っており、勝手に果実を実らせたり食べられたりしないようになど、いろいろと仕組みがあるらしいのでベルトラン君の言うとおり簡単には手に入らないそうだ。
「それこそ、なんで俺がそんな実の匂いがするのかめちゃくちゃ謎なんだけど」
「そこなんですよねー……」
「リンは不思議人間なのか?」
「人じゃなかったりして!」
双子お兄ちゃんズの言葉に俺は『またまたー、俺の事揶揄ってー。俺は人間だよ』と笑ったのだが。
「いや、リンタロウは人族じゃないかもしれないぞ?」
「「「「え゛」」」」
俺に抱き着いていつの間にか眠ってしまったプティ君と、爆弾発言したイケメン以外の全員の口から変な声が出た。
俺って…………人間、だよね?
「「リンは人じゃない!」」
「この世界には様々な種族がいますが、そんな種族いましたっけ??」
「これは俺の祖国の伝承だからなあ。この国でも聞いたことないか? 一番最初に生まれた種族のことを」
「それはもちろん知ってます! 創世記を勉強した時に必ず出てくる最初の種族ですから」
それは俺も昨日聞いたぞ。
それって世界樹に最初に実った果実が、なんか人の形になって生まれた生物だろ?
「ベルトラン君はいろいろと勉強しているようだ。俺はその最初の種族と一匹の竜が、原木である世界樹の周りに作った大国カルバーアの出身でな。国の伝承では、その最初の種族は世界樹の化身とも云われてその身からは世界樹の香りがしたというんだ」
「世界樹の化身であるとは聞いたことありますが、香りの話は初耳です!」
俺はその世界樹の化身とか香りの事とか全部、初耳だなあ。
ていうか、ベルトラン君凄い。
しっかりしたお兄ちゃんだと思ってたけど、勉強熱心なんだ。
「でも最初の種族って、今じゃその存在自体していないって話じゃないんですか? 最初の種族は世界樹の化身と言われるくらいだから生命を司っていて、その身を食べると命が伸びるとか若返るとかいろいろと噂が流れてその影響で絶滅したとか」
え、何それコワ!
日本の人魚伝説みたいじゃん。
「今は世間ではそう思われているのがほとんどだが、実際はその身を隠しただけで最初の種族達は存在しているらしい」
「わぁ! では、リンタロウ様は最初の種族ということですか!?」
とても輝かしい顔をしてベルトラン君が俺を見てくる。
「いやいやいや! そんな期待した目で見られても、俺は生まれてからずっと人間だぞ!?」
双子お兄ちゃんズは話についていけないせいで、ぽやぁんと口開けて俺たちの様子を見ているのだが、君たち、その顔さっきの俺と一緒だからな。
カメラがあったらその表情、写真撮るよ。
そして俺も話についていけないので仲間だね。
「…………そういえば、お話では最初の種族は人族に似た姿をしているけど、その背中には七色の羽根を持つと聞いたことあります。…………リンタロウ様には羽根がありませんねえ」
もう、それは分かりやすく。
めっちゃくちゃにベルトラン君は、残念そうにテンションがダダ落ちした。
別に俺が直接悪いことをしたわけではないのに罪悪感がやばい…………。
なんかごめんなさい!
事の発端はイケメンの俺が人族じゃないっていう発言のせいだ!
子供に期待させるだけさせて違いましたなんて可哀想だろ!
「お前も! 俺が人族じゃないなんていい加減なこと言うなよ!」
「そうは言うけどねリンタロウ。これは言ってなかったんだが、君がこの世界にやってきたときに俺は君が言語を理解できるように魔力を注いだだろう? 俺はその時にもう一つ、君に別の効果のある魔力を注いでいるんだ」
「…………なんだよそれ。隠し事か?」
俺は自分の身体に何かを勝手にされたのにそれを教えてもらえてなかった事実に、少しどころか結構なショックを受けている。
なんでこんなにショックを受けるのか。
それはきっとこちらの世界に来てから、触れ合っている人達が、このイケメンも含めて、今まで自分が経験した事のない温かさと優しさで俺に接してくれていたからだ。
こんなちょっとした隠し事なんて大したことないはずなのに。
前の世界ではそれこそ、嘘をつかれたり、騙そうとする奴なんて腐るほど居たんだ。
今さらちょっと優しくされたからってこんなに傷つく必要なんて…………。
って…………、俺。
今傷ついてるのか?
そんなの随分と前に忘れ去った感情だと、思ってた…………。
「一気に話してしまうと混乱するだろうしと思って気を使ったつもりなんだが……いらない気遣いだったみたいだ。そんなに悲しい顔をするなリンタロウ。可愛い顔が台無しだ」
「「リン? どこか痛いのか?」」
「リンタロウ様?」
あぁ、いけない。
こんなに優しい人達に出会ったことないから、感傷的になってしまった。
「大丈夫どこも痛くない」
「「本当か?」」
「本当」
不安な顔にさせてしまった双子お兄ちゃんズの頭を撫でながら俺は笑みを作る。
ちゃんと笑えてるか自信ないけどね、こんなにも優しい人達にこんな不安な顔をさせちゃいけないよな。
「それで? 俺に何したんだよ」
俺は雰囲気を入れ替えていつも通りの話し方でイケメンに問う。
イケメンは俺がちょっと無理矢理に空気を戻そうとしているのが分かっているから、あえて何も言わないで俺に答えをくれた。
「…………俺がリンタロウにしたのは、この世界に適応できるようにリンタロウの身体を、君自身本来の魂の形に見合った然るべき本来の身体に創り変えるよう魔力で促したんだ」
「…………ほう?」
「異世界で一度創られた偽りの身体では魔力が発動できないまま、この世界に適応できないからこれは絶対にしなくてはいけないことだったんだ。身体が変わっていくせいで君は高熱を出したし、このことを言わなかったことで悲しい顔をさせてしまった。申し訳ないことをした。すまない」
んー、思っていたより大事だった。
じゃあ、俺が激痛に襲われてぶっ倒れ、寝込んだ理由はそれで、俺の身体は以前と同じ身体ではない別物に変わってしまったってことか。
身体が変わったと言われても俺自身変わったと感じるところは魔力が出せたくらいで、他は実感湧かないから何とも言えないけど。
イケメンは謝罪しながら俺の頬を撫でてくる。
とても優しい手つきだ。
ちょっと前なら、止めろ! と振り払うところだが…………。
これを振り払うと逆に俺が悪者になりそうだから、振り払わないでおいてやる。
今だけだからな。
「ふぅ、じゃあ俺は本来の魂に見合った身体に今は創り変わっていて? もしかしたら人間ではなく、その……最初の種族? の身体に変わってしまっているかもしれないってことか?」
「あくまで俺の推測だが……おそらくそうだと思われる。今までの異世界転移者はこの身体の創り変えが終わると、まず魔力に見合った外見の色に変わる者がほとんど。中にはリンタロウのように人族ではなく別種族に変わった者は多数いる。
その場合は見た目の変化が大体分かりやすくあって、耳が長くなったり身長が変わったりなどするんだが、リンタロウは見た目が変わらなかったから違うと初めは思っていた。…………けど、今回は詳しく鑑定をしなければいけないと思う。しかし、種族まで鑑定できるほどの実力を持った者はなかなかいない」
「それほどの鑑定レベルを持った方でしたら、やはり都心部まで行かなくてはいけないと思います」
なるほどねー…………。
ベルトラン君が言う都心部にはどうせ行かなければいけないので、そこで鑑定してもらえるならちょどいいと思う。
けど…………。
……………………あぁー。
俺、人間じゃあないかもしれないのか―……。
何ともまあ、前の世界で俺の世話をしてくれていた噂好きのばあやが好きそうな展開だ。
京 凛太郎、今年十九歳。
どうやら人間じゃなくなったかもしれないです。




