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yellow   作者: 更紗
9/13

玄嗣は何も言えず、ただミレナの微笑みから目を逸らすことしかできなかった。


ミレナはすっと玄嗣の膝の間から立ち上がると、玄嗣の隣に座り直す。表情は見えない。ミレナはそのまま黙ってプリンを口に運んだ。

カチカチという時計の音が静かな部屋に響く。


傷つけたかもしれない。


玄嗣は初めて自分がミレナに拒否的な態度を見せてしまったことに戸惑った。なんてことはない、たかがキス。

自分にとっては無価値なはずだ。


だが、ミレナはきっと何かを求めてキスをする。


それは色欲を満たすためでも無ければ特定の愛を得るためでもないと分かる。


何かを埋めるように、補うように。


求めて当たり前のもの、人間が本来持っているはずの、けれどミレナがこれまで持てなかったものを求めているんだろう。

玄嗣にはミレナが傷ついた子どもにしか見えない。

傷つけたのは誰か。傷つけたのは…。自分だ。


玄嗣はそう自覚した瞬間ひどく動揺した。

これ以上そばにいてはいけない。お互いの為に。


「…今日は少し、具合が悪くて…」


気まずい空気に言い訳するように玄嗣は口を開いた。

さっきまで座っていた膝の間にまだミレナの体温が残っている。


「うん。玄嗣はどうしたいの」


ミレナは何でもない事のようにプリンを口に運びながら言った。怒っている様子も拗ねている様子もない。

そのことに玄嗣はほっと胸を下ろす。今まで何でもないことのように接してきたのは自分の方だというのに。


何故こんなことに動揺する…?そんな必要はないはずだ。


「 …今日は部屋で休む」


ただ平穏でいたい。掻き乱されたくない。

無関心でいたい。

無関係でいたい。


その為には…このままミレナと2人で居ることは出来ない。




自分の部屋に戻ると、玄嗣は携帯を取り出し、着信履歴の1番上にある番号にかける。

2回目のコールの後、聴きなれた声が携帯からきこえた。


「もしもし」


「弥生」


「どうした。お前からかけてくるなんて珍しい」


「引っ越したいんだが」


弥生のふっと笑う声がきこえた。


「なんだ?喧嘩でもしたか」


「…してない」


今度は電話の向こうでクスクスという笑い声がきこえる。


「お前は本当に分かりやすいな」



心の穴を埋める何かを簡単に見つけることはできない。

簡単に埋めてはいけないからだ。自分への罰なのだから。

永遠に傷ついていたい。治りたくなんかない。


穴の開いたまま、それでいいなら、どれだけ楽だろう。

だけどそれを誰かの優しさが許さない。

知ったように絆創膏を当て付けてくる。

剥がされる痛みも知らない癖に。


兄である弥生は悪趣味だが唯一の家族である自分を愛してくれている。玄嗣にはそれが分かっていた。

人と関われと口煩く言うのも自分の為だ。


だが今度ばかりは弥生が何をしたいのか、玄嗣には分からない。

何故ミレナと自分を引き会わせたのか。互いに痛むことは分かっていたはずだ。


玄嗣にとっての罰としてミレナと生活しろというならそれでいい。だがミレナにとってはどうだ。


あいつは俺が罰を受けるために存在してるんじゃない。

そんなことの為に他人を利用していいのか。


人殺しの俺が、他人を利用することに今更罪悪感を覚えるのか…。





「中途半端だな」


いつものカフェで待ち合わせた後、コーヒーを啜りながら弥生はそう言った。


「無関心でいたいのなら最初から優しくするな」


「優しくなんかしてない」


「ふーん」


弥生はメニューを眺め、店員を片手で呼ぶと、遠慮なく次々に甘そうな物を注文していく。いちごパフェにパンケーキ、アイスクリーム付き。

聴いているだけで胸焼けしそうだ。


「腹減ってんだよね。お前は?」


玄嗣の視線にそう言い訳すると、メニューを差し出してくる。


「コーヒーおかわり」


店員は「かしこまりました」と頭を下げ、店の奥に下がって行った。


「ミレナには言ったのか、引っ越したいとか」


「言ってない」


「そもそもまだ2ヶ月も経ってないだろ。引っ越しにも金がかからない訳じゃないんだから」


「…じゃあしばらく兄貴のところでいい」


「お前なあ」


弥生は溜息をついて玄嗣をにらんだ。玄嗣は弥生から目を逸らす。すると今度は視界の隅で向かい側に座る男女のカップルがキスをした。玄嗣は溜息をついて視線を落とす。


「…一緒に暮らすことはできない」


「ミレナが可哀想だから?」


今度は玄嗣が弥生を睨む。だが弥生は全く動じず、玄嗣の視線を真っ直ぐに受け止めて言った。


「いい加減向き合え」


「…」


「お前は確かに戦争で人を殺したよ。お優しいお前は人殺しに耐えきれない。だから自分の感情を捨てることで人殺しの自分を守ったわけだ。自分でもそう思ってるんだろ」


「…」


お待たせしました、と控えめな女性の声がし、テーブルに次々と色とりどりのパフェやパンケーキが並べられる。

弥生はすぐにフォークを手に取ってそれをパンケーキに刺した。ふわふわな生地に銀色に光るフォークが音もなく刺さる。それを見て店員の女性は素早く玄嗣の前にコーヒーを置き、去っていく。


「でもなー、捨てきれてないんだよ、優しさを。ミレナに傷ついて欲しくないんだろ」


「…別にあいつが傷ついてもいい。ただ、俺はもう傷つけたから、それで充分だろう。幸せに生きてもらいたい訳じゃない。でもあいつが不幸になることを別に望んでないだけだ。何も望んでない。どうでもいいから、そばに居る理由もない。優しさなんか捨てた」


「それは捨ててるんじゃない、目を逸らしてるだけ。自分やミレナからな」


弥生はあっという間にパンケーキを平らげると、今度は苺の乗ったパフェにスプーンを突き刺した。

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