一夜目…写真は嘘はつかない
人には裏と表がある。
それは決しておかしい事なんかではない。
至って正常で、誰にでもあり得る事である。
純粋で、何もかもを信じ、ありのままの自分を曝け出す者もいれば、逆に本心を隠し、偽りの顔を向ける者もいる。
それが人間である。
「ねぇ奏多、ゆかりのプリン知らない?」
塚崎ゆかり、成績優秀、運動万能、俺の自慢の妹で五年前、父の再婚で家族となった1つ下の義妹。
「あぁ、それなら食った」
そして俺、塚崎奏多。
成績普通、運動神経普通、何をとっても平均値でゆかりみたいな天才とは違い至ってどこにでもいる平凡男子。
「は? ありえない、まじしね」
可愛くない。
義妹ってもっとこう、漫画やアニメの中では血の繋がった妹と違ってデレデレしてきたり、恋沙汰になったりするものだろ。
俺の中での常識とは、非現実的な空想の世界、そういわば漫画やアニメの二次元の世界。
こんな近づくなオーラを出す妹なんてそれはもう……
妹なんかじゃない。
「何さっきからジロジロみてんの? キモッ」
いつの間にか、躊躇なくサラッと出てくる罵声に耐性が付いていた。
こいつも黙っていれば結構可愛いのだが、喋るとそれはもう非リアの男子どものメンタルを一瞬で崩壊させる、ただの罵倒姫。
宝の持ち腐れってヤツだな。
「なぁ、明日お前入学式だろ?」
「だから何?」
「中学生生活ボッチのお前に、現在進行形で充実した日々を送っている俺からアドバイスだ、友達は作っておいた方が後々楽だぞ?」
こいつ勉強も運動もできるというのに、人付き合いだけは他とは欠けている。
中学3年の授業参観の時、父に連れられ見せられた光景、それは班で孤立するゆかりだった。
父が俺に伝えたかった事は一目で察した。
だから俺はゆかりには高校生活こそは有意義に送ってもらいたい、その為のサポートをする。
これも兄としての義務感てヤツだ。
「は? 友達なんていなくたって生きていける、あんたにそこまでお節介焼かれる筋合いないし、土に還れば?」
この性格か、クラスの女子から声を掛けられても酷い言葉を浴びせ、話しかけるなと言わんばかりのオーラを纏っているという。
「買い物とか、ご飯とか友達いたら楽しい事いっぱいあるぞ」
「そんな事に時間を費やすくらいなら勉強でもしてた方がよっぽど将来の役に立つ、てか話しかけてくんな」
昔は滅茶苦茶俺に懐いてくれて可愛げが溢れ出てる優しい奴だったのだがな。
小学6年の二学期からだっけな、クラスの中心の子が、ゆかりの事が気に食わなかったらしく、その子を中心にイジメが起き、それが原因でゆかりは不登校。
その件は後に教職員にバレ、中心となって動いていた子は転校したというーー
それからはこの通り、友達付き合いを一切無くし、俺にまでも殺気を向けるようになった。
俺はリビングを出て行くゆかりの背中に同情した。
「ん?」
ゆかりのポケットから何かが落ちた。
そこには小さなノートが落ちていた。
diarybook、日記帳か、それも可愛く『塚崎ゆかり♡』と記されている。
俺は何の躊躇いもなくテキトーにページをめくった。
何ページかめくっていると、日記帳に挟まっていた一枚の写真が床にヒラヒラと落ちた。
なんだこれ。
これは……俺?
写真に写っていたのは、ゆかりの中学校入学式の時俺と一緒に撮ったツーショットの写真だった。
何でこんなものをと思った矢先、二階のゆかりの部屋から“バンッ”と扉を叩く様に開ける音がし、「あーーー!」という奇声と共に何かが階段を猛ダッシュで降りてくる音がした。
それは、リビングの扉の前で止まり、不良の殴り込みかと勘違いしてもおかしくないレベルでドアを“バンッ”と開けた。
そこには赤面した顔で、日記帳を手にする俺を恥ずかしそうにみつめるゆかり。
「……た……?」
赤面した顔を隠す様にして震えながら何かを呟いている。
……過去一可愛いかもしれない。
「な、何て?」
「な、中身みたの?」
ソッと顔を上げ、俺に問いかける。
なんだかわからないが俺の中の本能が、ここで正直に答えたら殺されるという危険信号を発している。
「み、見てないぞ!」
勢い良く答えた俺はこの時気付いてはいなかった。
焦って脳裏から消えていた、俺の右手に収まる写真をーー
案の定、ゆかりがそれを見逃す訳もなく。
「じゃあ、なんでその写真持ってんの?! プライベート盗み見るなんてありえない! まじしね!」
不可抗力だ。
「……あ、あぁ見たのは認める、でも見たのはこの写真だけで一切このノートの中身には目を通していない」
「ほんと?」
「本当だ」
嘘である。
「ほんとにほんと?」
「あぁ、神に誓ってだ」
‘ホッ’と安心した様な笑みを見せ、俺の右手の写真を奪い取り日記帳にしまった。
間一髪、早死にすることなく生還できそうだ。
だが、あまりの恐怖心で少し寿命は縮んだ気はする。
にしても、なぜゆかりはあんな写真をあんな大切に保管していたのだろう、まさかこいつ極度なツンデレか!?
……こいつに限ってそんな事ないな。
時刻は深夜の12時。
深夜、俺は何かゴソゴソと聞こえる物音に目を覚ました。
滲み出る不穏な空気、殺意の混ざった紅の眼差し、間違いないゆかりである。
奴の気を感じる。
こんな時間に何してんだ、てかここ俺の部屋だぞ。
寝返ってお兄ちゃん大好きっ子のブラコンにでも更生したか?
だが、目を凝らして部屋を見渡すがゆかりの姿は見えない。
え、何怖い。
俺は心霊系の類いの物は大が付くほど苦手で、幽霊など見た際には一瞬で失禁する自信がある。
寝る前に見た、超有名美少女女子高生、山内南の事を頭に思い浮かべ気を紛らし布団を被った。
『みなみちゃんが一人、みなみちゃんが二人、みなみちゃんが三人……』
「って気持ち悪いわ!」
思わず自分でツッコんでしまった。
「ひゃあ!」
俺のツッコミと同時に俺の横で悲鳴の様なものが聞こえた。
え、怖い、怖い、怖い、怖い。
失禁覚悟で俺は恐る恐る声のした方へ視界を入れた。
だが俺の目に映った光景は幽霊でもUMAでもなく、間違いない、俺の妹である。
そして俺は知った、幽霊などを見るより、夜ゆかりに遭遇することの方が余程恐怖だとーー
「なな、何してんだ?!」
「ち、違うの! これはて、偵察よ!」
慌てる俺の口を手で塞ぎ、顔を赤面させて必死に訴える。
何このシチュエーション、これまでこいつとこんな近距離まで迫った事があっただろうか。
何故だろう少し嬉しいと感じる自分がいる。
でもこんな近距離まで来たらハッキリとわかる、こいつやっぱりすげぇ可愛い。
目を奪われている矢先、「おっ」と我にかえる。
「なんのだよ?!」
「そ、それはあんたが夜い、いかがわしい事をしていないかに決まってるでしょ!」
そんな当たり前のように怒鳴られても、理由が全く皆目見当付きません!
なに、ひょっとして音がうるさくて前々から感づいて?!
「してねぇよ! てかじゃあなんで俺の布団の中に潜ってたんだよ!」
問うと、ゆかりは黙って下を向いた。
そして顔を上げ、再び赤面した可愛い可愛い顔を俺に向けた。
何この天使?!
少しすると小さな声で呟いた。
「写真……」
「写真?」
まだこいつはさっきの事を気にしているのだろうか。
まぁ俺の写真を大切に保管していたら気になりもするけど、丁度就寝タイムだからすっかり忘れてましたよ。
「写真なんで持ってたか気になる……?」
「ま、まぁ……気になるかな」
思わず正直に答えてしまった。
こいつの事だ、後で何を要求されるか分かり兼ねない。
そして「やっぱり」っと言った矢先、ゆかりの発言の言葉の方が早く、強く、重たかった。
「好きだから!!!」
「ふぇ?!」
唐突の告白に戸惑い声が裏返ってしまった。
同時、ゆかりの口からは「あーもう! 死ね!」と俺に発していた。
そんな事より……
え?
こいつが俺を?
好き?
ライク、それともラブ?!
この流れで、この主張の激しさ……
こいつは俺の事をずっと恋愛対象として見ていたって事か?!
確かに義妹であって実の妹ではない訳であって法律では結婚できない事もないわけで?!
焦っている中、視界を向けるとゆかりは赤面した顔を向けて何かを待っている様にも見えた。
そして、その可愛げな姿に硬直する俺を見て呆れた様な顔を向け、ベッドから降り、ドアへ向かった。
なぜかその時の背中は震えている様にも見えた。
ゆかりが部屋を出ていく時、微かに聞こえた気がした……
「バカ……」