第二話 動揺
龍牙は悲鳴を聞くと、他の4人を残しすぐに森の中へと走っていった。首をめぐらせながら走っていると、すぐに血まみれで座りこむ奏香と一点を凝視し、立ったまま動かない白斗が目に入った。
「大丈夫ですか?」
2人に近づきながら龍牙が尋ねると、白斗は驚いた顔をし、口を開く。
「龍幻!?」
「えっ?」
龍牙は突然出てきた久しぶりに聞く兄の名前に思考が追いつかなかった。
「な、なんで、兄さんの名前を知っているんですか?」
やっと機能し始めた脳をフル回転させ、尋ねる龍牙。
「兄さん?君は本当に龍幻じゃないのか?僕を騙そうとかそんなんじゃなくて?」
「僕は、我狼龍牙。我狼龍幻の弟です!!」
龍牙は少し荒い口調で言い返し、 座りこむ奏香の状態を確認し、目立った外傷がないのに安心する。
「それより、なんで兄さんの名前を?」
白斗の方へと視線を向ける龍牙。
「さっきモンスターの群れから助けてもらったんだ。」
「さっき会ったんですか!?」
「あ、ああ。」
詰め寄る龍牙に、白斗は後ずさりする。
「兄さんはどこに?」
「さ、さあ?さっき向こうの方へ歩いていったけど。」
龍牙は白斗の指さす方を見つめる。
「何分くらい前ですか?」
「5分くらいかな。」
「くそっ。間に合わないか。」
唇を噛み締める龍牙を奇異の目で白斗は見る。
「速いって言ったって、そんなに変わらないだろ?」
「1分で1キロ移動するといっても?」
ため息混じりに呟く龍牙。
「それは無理だ。」
白斗と龍牙は並んで龍幻が消えた方向をしばらく見つめていた。
「で、なんでこんなところにいたんですか?」
白斗は自分と奏香についてを龍牙は自分自身のことを話していた。そんな中、龍牙が突然思い出したように口を開いた。
「いや、それはね、うん。」
目を右往左往させながら言いよどむ白斗。
それに首を傾げる龍牙に、
「このバカ野郎~!!」
怒声とともにドロップキックが炸裂した。
「ぐほっ!!」
龍牙は突然の攻撃に受け身もとれず、地面を転がる。
それに呆気にとられる白斗の前にすたっと着地したのは、
「いって〜、どういうつもりだ、麗那!!」
自称、才色兼備の超美少女、紅乘麗那だった。
麗那は着地するや否や、走り出し、頭をさすりながら歩いてくる龍牙に近づき、
「どれだけ心配をかけたら気がすむんじゃ〜!!」
「ぐぽっ!!」
ラリアットを決めた。
地面をのたうち回る龍牙をよそに、麗那は振り返り、白斗に満面の笑みを向けた。
「初めまして、私、紅乘麗那です。一応、そこのバカと一緒に旅をしている者です。ああ、後、3人ほど仲間がいるんですけど、まだ森の中を探してるみたいですね。ちょっと待っててもらえますか?」
「は、はあ。」
全く息継ぎをせずに長々と話す麗那に気圧される白斗。
麗那は白斗に背を向け、こめかみに指を当て、思念伝達で残りの3人と交信する。
「・・・はい、・・・ええ、龍牙が。・・・分かりました、術を使えばいいんですね?・・・はい、分かりました。
はあ。」
通信を切ると麗那はため息をつき、地面に線を引き始めた。
「なにをやっているんですか?」
「ああ、魔法円を描いてるだけなんで気にしないで下さい。よしっ、できた。」
地面に現れたのはそこまで大きくもない円に接するようにして描かれた六亡星だった。
麗那はその中心に立ち、何事か呟き始める。
「・・・、汝、我が友に道を記せ。出でよ、『地導者』」 その呟きが終わると同時に魔法円が輝き始め、その光に照らされるようにうっすらと『何か』が見え始めた。
それは、頭は鹿、体は人、胡座をかいた足の上に龍牙ぐらいの大きさのある本を載せた歪な姿をしたものが現れた。
その地導者と呼ばれたものは本のページを4本ある腕でめくり始めた。 するとその下にある魔法円の輝きが増し、そこから森の方へ3筋の光が伸びる。
それからしばらくすると森の方に3つの人影がみえた。
「相変わらずそいつの能力は役立つな。」
麗那達に近づき、鶯劍が口を開く。
「その私はあまり役に立たないみたいな言い方やめてもらえます〜?」
「まあまあ。鶯劍さんは鶯劍さんなりに誉めてるんだから。」
「そうは全く見えないんだけど。」
ケイミーの言葉も効かず麗那はジト目で鶯劍を睨む。
ため息を1つはき、麗那は手を真っ直ぐ上に突き出した。
すると、地導者は出現した時同様に光始め、そして最後には魔法円とともに消えた。
「で、その2人は誰だ?」
「さあ、よく分からないんですよ。龍牙、説明しなさいよ。」
「いつつっ!!分かったから耳を引っ張るな!!」
麗那に引っ張られた耳を押さえ涙目になりながら、龍牙は説明を始めた。
「ほう、今、帝国にいるはずのお前の兄がここにいたのか。」
龍牙の説明を聞き終えた後鶯劍が面白いと言わんばかりに口の端を歪めていた。
一行は白斗と奏香の2人に案内してもらい、街へと向かっていた。
「なんで追わなかったの?」
麗那の質問に龍牙ではなく鶯劍が答えた。
「確か、こいつの兄は1分で5キロ移動できる脅威のスピードの持ち主だったはずだ。しかも、通常状態でな。」
「っていうことは、時速300キロ!?おかしいでしょ!?」
派手に驚く麗那をよそに龍牙は鶯劍に話しかける。
「先生。」
「なんだ?」
「俺、最後に兄さんとあった時と、白斗さんの言っていた兄さんとでは明らかに違いすぎる。そうは思いませんか?」
「まあ、確かにな。」
鶯劍も龍牙と同じことを考えていた。龍牙の説明を聞いた時から、彼の中に、答えと思われる選択肢が2つあった。だが、まだ確信が持てない。まずは本人と会ってからだな、と心の中で方針を定め、まずは自分たちが今すべきことに意識を向けた。
「ここです。」
白斗と奏香は滝壺のすぐ横にある岩壁の前で立ち止まった。そこにはポッカリと横穴が口を開いている。
「えっ?船とかで行くんじゃないんですか?」
龍牙の質問に微笑みながら答える奏香。
「確かに十数年前まではそうしてました。ですが、ここ十年でモンスターの数が急増したから、このように地下道を通るという方法に変えたのです。」
「さて、行きましょうか。」
白斗は奏香の手をとり歩き始めた。奏香の頬が軽く朱に染まる。
「いいなぁ。」
「そうね。」
その光景を羨ましそうに見入る麗那とケイミー。
「それに比べ、」
じゃれあっている龍牙、鶯劍の方へ目を向け、ため息をつく2人。
また歩き始めて10分程経ったころ、7人は関所の前を通っていた。
「白斗さん。」
「ん?なんだい、龍牙?」
「この街への入り口ってここだけ?」
「いや、東西南北のそれぞれに一カ所ずつあるけど、どうしたんだ?」
「いや、ちょっと気になったから。」
子供じみた言い訳に頬を緩める白斗。
「そうか。それより、もうすぐ着くから驚く用意でもしておいた方がいいかもよ?」
「どういう意味ですか?」
「見たら分かるさ。」
白斗のその言葉が終わると同時に辺りの景色は一変した。
「うわぁ。」
上を見上げるとそこにあるのは空、ではなく水。そう、この街は水の中に沈んでいるのだ。
驚く龍牙、麗那、ケイミーの前に白斗と奏香が並び、口を揃えて言った。
「「ようこそ!水の都スプリンクルに!」」