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世界の果ての冒険者たち  作者: 彩都 諭
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第19話 再会

 第19話 再会



 セルゲイは思考する。



 エドに突き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられたシズ。後ろで横たわる彼女の意識は無いようだ。


 しかし、セルゲイの目は前に向けられる。視線の先にいるエドの様子があまりにも異常だったからだ。


 背格好や服装に彼の名残こそあるが、蒼白の顔面に黒い煙を吐く姿は禍々しく、シズを後方にまで突き飛ばす力は元の彼のものではない。


 エドは全く別の存在になってしまっていた。



 この状況を理解できる者がいるとしたら、ガーランだ。しかし彼はひ孫であるエドの変貌に酷く動揺し、立ち尽くしていた。



 ここでセルゲイが取るべき選択肢は何か。


 一つは、立ち尽くすガーランに呼びかけ、目の前で脅威になっているエドにどう対処するか尋ねることだろう。それか、シズを担ぎ、この場から撤退するかだ。


 しかし、現状ではどちらの選択肢も先行きがわからない。セルゲイはシモーネに顔を向ける。出会った当初は、危険な状況でシズが足手まといになったら切り捨てる旨の発言をしていたが、彼女は既にシズの元へ駆けつけていた。


「シモーネ、シズはどうだ?」


「…全身を強打してる。良くないわね。応急処置だけでは厳しいわ」


「そうか…」


 まずい状況だ。早くシズを治療しなければ、彼女は死ぬかもしれない。しかし、自分たちだけでは適切な治療を施せないだろう。


 そして、もう一つの懸念をシモーネは指摘する。


「エドのあの様子…あの狂った緑龍に似てるわ。セルゲイ、どうする?」


「むぅ…」


 緑龍。セルゲイとシモーネが討ち倒したが、その暴走は狂っているとしか思えないものだった。その元凶には、かつてのドワーフが用いた禁忌の魔法が関わっているらしいのだが、現状では対処が難しい。


「ガーラン次第だが、最悪の場合は殺すしかないということなのか…」


「そうなるわよね……くそっ!」


 シモーネは華奢な拳で地面を打つ。ガーランならば対抗策があるのかもしれないが、彼の様子から見て望みは薄い。セルゲイも拳を握りしめ、同じように振り下ろしたい心境だった。



 そのまましばらく二人は顔を見合わせ、言葉の無い会話をする。互いの表情と頷きだけでなのだが、何を言いたいかは不思議と理解できていた。


『こうなることも、俺たちは旅の始めから覚悟していたはずなのにな…』


『そうね…。なのに、思ったよりもキツイわ』


『ああ…キツイな』



 寂しく、自嘲するようにセルゲイは口元を緩める。シモーネも同様だった。


 出会って間も無い、なんとも癖のある五人だったが、いつのまにか旅の仲間になっていたのだ。その心が、セルゲイとシモーネの覚悟を鈍らせる。



「二人とも、聞いてくれい」



 重みのある声に乗せた言葉が、躊躇をしている二人の耳に入る。振り向くと、前に出ていたガーランが二人の元へ下がって来ていた。


 先程までは激しく取り乱していた彼とはまるで別人のような面持ちだ。それどころか、何か強靭な意志さえ感じる。


「よいか。ここで儂がエド坊の足止めをする。じゃから、お主らはおシズさんを連れて一旦ハル村まで退くのじゃ」



 セルゲイとシモーネは同時に息をのむ。ガーランの声音がいつもの何倍も重い。


「ガーラン。足止めって、一体何を言っているんだ?」


「言葉どおりじゃ。あの状態のエド坊を止められるのは儂だけじゃからの」


「でも、あの、エドっちは緑龍と同じ、ドワーフの…」


「ふんっ」


 無意識に気を使ったのか、言いにくそうに話すシモーネを、ガーランは鼻で笑う。


「なんじゃい、急にしおらしい態度をしよってからに。まぁ、お前さんたちの心配はわかるがの」


 いつものシモーネなら頬を膨らませて抗議するのだろうが、ガーランの落ち着いた反応に驚き、キョトンとしている。セルゲイも同じ気持ちだった。


「エド坊の状態は、確かに緑龍の狂気と同じじゃ。元凶は例のドワーフ共の魔法実験じゃろう。じゃが、まずエド坊は死者ではない。それに狂った様子とも違う。この異常なマナの瘴気で、まるで何か別の存在に無理矢理操られておるようじゃ」


 ガーランの説明に、セルゲイとシモーネは可能性に気づく。これまでの分析では、この邪悪な魔法の効果は死者がアンデッドとして徘徊するようになるか、緑龍や獣たちのように狂った様子で暴れるかだ。だが、"生きている"エドがアンデッド化するのはおかしい。それに目の前にいるエドは様子こそ変貌し、実際シズを攻撃したが、狂って闇雲に暴れているとは思えない。何か意志のある行動のようだ。


「となると…エドを操っている奴を倒せばいいのか?」


「そうじゃ。そして、そいつはおそらく…」


「…ああ、そうか。魔法使いね」


 呟くシモーネの顔が変わる。その瞳にはゆらっと、炎が宿っているように見えた。


「マナで人を操るなんて、相変わらずこの森は法則が滅茶苦茶ね。だけど、話はわかりやすくなったわ。要は、そいつを炭になるまで燃やし尽くせばいいのよね?」


 抑えきれない感情。シモーネの手のひらからは、今にも炎が吹き出そうだ。


「静まらんか、じゃじゃ馬娘。おそらく、その魔法使いを倒しても今度はエド坊が制御を失って暴れ出すだけじゃよ。それこそ手がつけられんわい」


「じゃあ、どうするのよ!?」


 苛立ちが増すシモーネ。彼女の体内のマナが熱を持ち、その熱気がセルゲイの肌にチリチリとした感覚を与える。


「じゃから、最初に言っておろうに。儂がエド坊の相手をしておるから、お主らはおシズさんを連れて退くのじゃ。彼女の治療をしながら、ここは態勢を立て直すのが良いじゃろう」


 シモーネの熱をガーランは涼しい顔で受け流しながら言う。彼の提案は決して間違いではないが、疑問もある。


「たしかに、シズの事を考えれば一時撤退するのも手だ。しかし、俺とシモーネ、それにガーランの三人で連携した方が良くないか? あんたがエドの相手をすることに異論はないが…」


「そうよ。エドっちを助けたら、速攻で魔法使いを叩く必要があるわ。一人で足止めなんて…」


「まったく…お前さんたちは力はあっても、まだまだ若造じゃわい。良いか? 敵の実力は未知数な上に、この瘴気の中では圧倒的に不利じゃ。まず攻められん。それに、この状況では背後を狙われ、退却も難しいのじゃ。じゃから、儂がエド坊の注意を引きつけておくから、態勢を立て直せと言っておる!」


 ガーランはいい加減にしろと言わんばかりに怒鳴りつける。ガーランの言う通り、瘴気は先程よりも濃くなっている。それに、エドもこちらの動きを見ながらジリジリと迫ってきていた。このままでは、敵の術中にはまってしまう。


「よいか、二日じゃ! 儂には浄化魔法があるが、自分だけで精一杯じゃ! 時間稼ぎをしながら、この道でエド坊を助ける術を探しておる。その間に安全を確保し、おシズさんを助けるんじゃ! わかったら、サッサと行けい!」


 そう言い放ち、ガーランはエドに向かって走り出す。その動きに迷いはなく、エドとガーランは接近戦になった。


 ガーランの体術はこれまでになく冴えており、もはや体さばきの一つ一つが魔法のようだ。しかし、変貌したエドは単純に力が強く、一撃が重い。ガーランはそれを体術で丁寧に受け流していたが、攻めきれる様子ではなかった。


「行けい! 今はおシズさんを救うことだけを考えるのじゃ!」


「くっ…! 行くぞ、シモーネ!!」


「わかったわよ! ジジイ、エドっちの事は頼むわよ!」


「言われんでもわかっとるわい!!」



 ガーランの怒号に背中を押され、セルゲイはシズを背負って走り出す。シモーネもシズの荷物を拾い上げ、その場を走り去った。


 次第に霞は辺り一面に広がり、雨の音は全ての音を包み込んでいく。




 その日の終わり、既に日も暮れた頃、セルゲイとシモーネはハル村に戻って来た。


 二人とも全力で走り続けていたので、森を抜けたところで膝をつく。


「つ、ついたわ、やっと、ふう、ね」


「ああ………着いたか………」


 激しく、荒い呼吸をしながら、シモーネは安堵する。セルゲイは呼吸こそあまり変化はないが、相当に消耗したらしい。顔には疲労の色がしっかりと出ていた。



「とりあえず……早くシズを家の中に。そこで治療しよう」


「ええ………」



 少しの間の後、セルゲイは再び立ち上がり、拠点にしている家に向かって歩き出した。背中のシズは相変わらず意識を失っており、雨で体を冷やさないようにマントで覆っている。ここまで彼女に負担をかけないようにしてきたが、怪我の具合は刻一刻と悪化しているようだ。時折、痛みで顔が引きつっている。


 セルゲイたちは疲労した体を奮起させ、あと数歩で家の中に着くはずだった。ところが、セルゲイはその時に予想外の事実に気づく。


「あ、灯だと?」


「え? 冗談でしょ?」


 シモーネの言う通り、セルゲイは見間違いだと思った。しかし、やはり家の中に灯がともっているのを目にし、自分の心臓がドクンッと鼓動する音が聴こえた。



 その瞬間だった。



「動くな!!」



 バンッという音と共に家の扉は開かれ、中から一振りの剣が素早くセルゲイの喉元に突きつけられる。左右にも伏兵が潜んでおり、彼らは槍を構えていた。


「え!? 何!? なんなのよ!?」


 シモーネは疲労で頭が回らない。反射的に身構えて魔法を使おうとしたが、上手くマナを操れず、炎が出せない。その隙を突いて、両脇にいた伏兵が素早く無駄のない動きで詰め寄り、シモーネを腕から拘束する。


「キャッ! ちょっと!」


「な!? シモーネ!?」


 慌てて振り向こうとするセルゲイ。しかし、喉元の刃がチクっとした痛みを与え、今置かれている状況を思い出させた。


「動くなと…私は言ったはずよ」


「くっ……ん?」


 相手の顔は雨でよく見えない。だが、よく耳をすませば、目の前の刺客は女の声だ。そして、セルゲイは何か引っかかるものを感じていた。


「…何者だ?」


「それは私の質問よ」


 やはり、どこかで聞き覚えがある声だ。そう思った矢先に雨が弱まり、視界がひらけ始める。


 うっすらと、顔が見え始めた時、先に声を発したのは刺客の女からだった。


「ん…? あなたは…もしかして、セルゲイ?」


 ハッと、胸に落ちるものがあった。


「まさか…あんたはラーナ隊長か?」


 セルゲイはフードを脱ぎ、顔を見せる。女も自分のフードを脱ぐと、短めの金髪が現れた。


 そしてセルゲイは理解する。



 目の前に立っている女性は、かつてフルト王国精鋭騎馬隊"牙"の隊長であった、ラーナ・デイルその人だと。



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