8口目
茜色に染まりはじめた空の下。
かれこれ一時間。
私は杖をついたお婆さんが忘れてしまったと思われる誕生日ケーキが入った箱を両手でしっかりと持ちながら、ダンゴさんと一緒にフェノクロスの街を走り回っていました。
「見当たりませんねぇ……お婆さん、どこに行かれたのでしょうか?」
空に浮かぶ【浮遊島】を見上げながら私は呟く。
それは水の都と呼ばれている観光地の一つで、この時期になるとよくフェノクロスの上空に現れます。
確かにこの街は広いですし、まだ細かい場所までは探せていませんが、これだけ探して見つからないとなると街の外に出た可能性も……でも、お婆さんが一人だった場合、危険なモンスターがいるかもしれない街の外へ出るのは考えにくいです。
『――――』
「…………音?」
「――■■■」
……いや、声でしょうか?
なにかが囁くような声に私の耳が反応します。
普通の人には聞こえないと思われる微かな声。
「ミュー!」
どうやらダンゴさんにも聞こえていた様子で、その声がする方へ私も体を向けて目を凝らします。
すると……。
「よう……せい? はわわっ、妖精さんです。可愛いー」
民家の脇に置かれてあるタルの側に、小さくて可愛い妖精さんが一匹、こちらを見ながら飛んでいます。
「なにか私にご用ですか妖精さん?」
そう尋ねると妖精さんは手招きをしてから路地裏に続く下り階段へと飛んでいき、一度振り返って再び手招きをします。
私達をどこかへ案内したいみたいです。
「行きましょうダンゴさん!」
これはルシャラちゃんからよく聞かされていた冒険の匂いかもしれません。
私はダンゴさんが落ちないように走りながら妖精さんを追いかけます。
大切なケーキが入った箱を抱え。
路地裏を右へ左へ。踏みそうになった野良猫を避けながら、たまに道が細くなったり、広い歩道を横切ったり。
この街にはまだこんなにも知らない裏道があったのだと感心しながら、妖精さんを見失わないように追いかけて。
「はわわわわっ!」
さらに下る階段を勢いよくかけ降りてしまい、転びそうになったりもしましたが。
「……ここ、ですか?」
妖精さんの導きで、たどり着いた場所は丘の上の小さな教会。
「不思議ですダンゴさん。階段は下りばかりだったのに、気づいたら丘の上……妖精さんに魔法をかけられたのかもしれませんね」
「ミュミュ」
周囲には建物はなく、空を見上げれば浮遊島へと向かう飛行艇の数々。
そして丘の下を見下ろせばフェノクロスの街が視界に飛び込んできました。
とても素敵です。
「お待ちしておりました。お探しの方はこちらですよ」
突然聞こえた女性の声に少し驚きながら、教会の入り口に立つ修道服を着た一人の若い女性に目を向ける。
「は、はじめましてシスター。……あ、妖精さん!」
金色の長い髪をなびかせながら、ふふっ、と笑みを浮かべるシスターの肩には私達を案内してくれた妖精さんの姿が。
妖精さんはシスターの使い魔だったのですね。
教会の外壁には、聖なる泉の加護を示した紋章。
それは、この教会が支援団体に管理されていることを意味しています。
私はシスターに案内されて教会の中へ。
そこにいた一人の杖を持ったお婆さん。
「今から少し前に、あのお婆様がこの教会にいらしたんです。よく彼女はここへ祈りを捧げに来るのですが、今日はお孫さんの誕生日ケーキを無くしてしまったと困っていらしたもので……」
「それでケーキを見つけた私を使い魔である妖精さんに頼んで案内させたんですね?」
「はい。そのとおりです」
そして、私は無事ケーキをお婆さんに渡すことができました。
「本当にありがとうお嬢さん、これで孫を喜ばせることができるよ……」
「よかったですねお婆さん」
さて、お婆さんにケーキを渡せたのですが……なにか忘れているような……?
「――あ、お魚!」