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最終話 心の詞

 シェランがここでピアノを弾き始めてから、どれほどの時が流れたのだろうか。寒風はまたこの小さな町に戻っていた。夕暮れの中、小さな料理店に明かりが灯る。いつものピアノは、今日は静かに佇んでいた。彼は必ずピアノを弾く訳ではないのだが、やはり下りて来ない日は寂しく思える。アクアは時折、弾き手のいないピアノを盗み見た。今日は聞けないのだろうか。そんな思いが彼女の心に寄せてくる。

 その時だった。からん、と上からの来訪を告げるベルがなった。彼はいつもよりきちんとした服装をしていた。彼がこちらを向くのに合わせて、アクアも笑みを返す。シェランは降りてくると、ピアノのあるステージの前に立ってお辞儀した。


「みなさん、聞いてください」


 良く通る声が、小さな店の中に響く。話をしている人も食事をしているひとも、皆手を止めて彼を見た。もちろんアクアもじっと彼を見つめる。


「今日はある人に歌を捧げたいと思います。聞いてください。『感謝を君へ』」


 シェランはピアノを覆うふたを開けた。椅子に座り、一つ深呼吸する。静まりかえった店内に、ピアノの音色が響いた。穏やかな川のようなメロディーが流れ始める。その流れのまま、シェランは息を吸った。


  言わせてこの言葉を あなたにただ伝えたい

  それ以外は何もいらないから 耳を傾けていて


  はじめはほんの些細なことで

  こんな大きくなるなんて思ってなくて

  なのに今じゃ つながりはずっと深くなっている


 シェランの美しい歌声が、料理店の中に響き渡る。だれもがその声に聞き入っていた。


  あなたに出逢えて 良かったと思ってる

  ただずっと そばにいさせて


  あなたの隣に立てない 小さな俺だけど

  君に歌を届けるよ この想いと共に


 余韻がしばらくの間残っていた。シェランは立ち上がると、袋を携えてつかつかと歩く。きょとんとするアクアの前で、これまでにないくらいとびきりの笑顔を浮かべた。


「この歌を、アクア、君に捧げるよ」


 そう言って、袋から出した花束を手渡す。その途端、わっと歓声が上がった。アクアは目の前で起こっていることがにわかには信じられなくて、思わず手で顔を覆う。徐々に彼の言葉が理解できるようになると、うれしさが胸に溢れてきた。どうしようもなく涙がこぼれる。花束を受け取って、アクアは微笑んだ。


「ありがとう、シェラン」


 涙でくぐもった声で、ようやくそれだけ言った。彼の顔を見れば、少し恥ずかしそうにはにかんでいた。周りの観客達は面白そうにはやし立てている。



 ここは村の外れの小さな料理店。あなたも店に入れば、美しい音楽に迎えられ、素朴で温かい料理に舌鼓を打つことでしょう。ようこそ、歌声レストランへ。

 これにて『歌声レストラン』完結です!

最終話に悩んでしまって、かなり間が空いてしまいました。もし楽しみにしてくださっていた方がいたら申し訳ありません。


 もともとは私が小説を書こうと思う前から構想のあった物語でした。

料理の得意な少女が料理店を開いていて、そこへ音楽の才能のある少年がやってくる。その二人が独特な「歌声レストラン」をひらく――そんなお話を考えていました。思うように書けないときもあって、ものすごく不定期になってしまったのが悪いところですね、精進します。

 彼らのお話、楽しんで頂けたでしょうか? それでは、また。

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