その1 転生したっぽい
ああ。異世界に行きたい気持ちはよーく分かるよ。
俺は目の前でくどくど説教している上司の顔を見ながら、そんな事を考える。
数千個単位で作るとは言え、製品一個あたりの材料費を1円下げろ、という指示に、結局0.8円しか下げられなかった。
それだって、包装ビニールの材質を変えるとか、印刷を安くするとか、0.1円単位の微々たる努力を積み上げての、0.8円だ。
もうちょい認めてくれてもいいんじゃないか?
あと、この説教されている時間の人件費で、不足分を賄えるのでは?
そんな事を考えているうちに、いつの間にか説教タイムは終わっていた。
47歳のオジサンには、三十分の立たされんぼも、腰が痛くて辛い。
やれやれと自分の椅子に座ったら、もう終業タイムだった。
もちろん帰れない。
目標に足りなかった分、何かしら、例えば輸送費とかの辺りで経費削減の結果を出さなくてはならない。
いやー。こんなちまちました仕事、もう本当、イヤになる。
全部放り出して、異世界とか行ってみたい。
帰宅が遅くなる旨を、一応家に連絡する。
既読はついたけど、返事はない。
まあ、最近ずっと遅いから、仕方ない。
嫁との会話も最低限だし、高校生の娘と中学生の息子は、いわゆる思春期真っ只中だからか、ほぼ顔を合わせない。
朝早くて夜遅い父親なんて、いないも同然なんだろう。
ああ、なんか虚しい。
今どき流行りの異世界とやらに、どうやったら俺も行けるんだろう。
そんな事を考えていた罰が当たったんだろう。
帰り道に横断歩道で、うっかりスマホを落とした。拾おうとした俺の目に、最後に飛び込んで来たのは、減速もせずに曲がって来た右折車だった。
ーーーー
というような前世をおもいだしたのは、十ニ歳の冬。
魔法学校一年生になって、初の冬至祭りの夜だった。
その冬は流感が大流行りで、高熱と咳とで朦朧とする中、突然、鮮やかに蘇ってきた記憶だった。
「前世が、オッサン。」
「え?なんですって?」
看病してくれている医療部の職員が、私の口元に耳を寄せる。
「何でも、ない」
あー。ヤバい。
12年間の、セレネという女の子の記憶より、47年間の立花幸太郎の記憶の方が、物理的に圧倒的に量が多い。
どうしよう。
否定したい。
だけど、ついでに芋づる式に思い出されたのは、立花幸太郎が死んだ後、この世界に生まれ変わる前の、神様らしき人物との対面だった。
「君さ、異世界行きたいーって心の中で思ってただろ?」
神様らしき人物がどんな姿だったか、うろ覚えだ。
「その魂の叫びがあんまりうるさいから、叶えてあげることにしたよ。」
自分がなんと返事したか、忘れた。
でも死にたくはなかったと思う。
「そのままってのも可哀想だから、○○○の能力とか✕✕✕の能力とかつけてあげるからね。」
あ、そこ大事。
なに?
何の能力?
しかしその時の会話を、それ以上思い出せない。
思い出せないまま、翌日私の高熱はすっきり下がり、看護職員を安堵させた。
魔法学校は全寮制だ。
全員個室。
熱が下がったので、
「お大事に。」
と、看護職員さんは、辺りを片付けて部屋を出て行った。
でも変な感じ。
立花幸太郎だった時の記憶も鮮明だけど、だからって続きの人生って感じでもない。
ただ、今までそんなものだと思って生活していた全てが、47歳オッサン日本人の価値観に侵食されつつある。
何しろ、朝食を食べるのに食堂へ行って、椅子に座る時に、つい
「ヨッコイショーイチ。」
とか声が出ちゃって、震える。
同級生のリリアに、
「ヨッコイショ・・って何?」
と怪訝な顔で聞かれた。
慌てて、
「うちの田舎の、早起きのおじいさんの名前なの。」
と誤魔化す。
いや、引っ込め、私の中のオッサン。
しかも幸太郎時代の親父が使ってたギャグだよ。古い。




