1-1 禁欲魔導
「抜いておけば良かった……」
絶対強者である魔物――翼竜達の攻撃に為す術無く、地に伏せることしか出来ない男の脳裏に浮かぶのは、
「どうして…………昨日の夜抜かずに…………我慢なんて……」
ただ、ひたすらな、後悔。
『己の欲望をコントロールせよ。成功の為には節制し、明日に備えるべし』――そんな、より良い人生を歩む為の哲学モドキは。
「今日死んだら…………意味無いだろうが…………っっっ……!!」
明日も人生が続いていくという……存在しない保証の基に成り立っていることを、彼は悟る。
「グオオオオオオオオオ!!!!!」
『王立魔術学院』で下から数えたほうが早い成績順の、平凡な魔導士である彼にはこの怪物の炎から身を守ることは出来ない。
「ヤダ……ワタシ、こんな所で死にたくないっっ!!!」
「おい! 早く水属性の魔術で相殺を──」
「もうそんな魔力残ってないわよっっ!!!」
当然、先程から絶望の声を上げている他のパーティメンバーの、誰にも……。
「どうじで……!
簡単なクエストの筈だったんだ……! なんで翼竜の群れなんかに遭遇しちまうんだよっっ……!!」
己の無力、そして運の悪さを憎んでも状況は変わらない。
彼らが唯一出来るのは、せめて苦しまずに絶命できるようにと祈ること――
「ココは教会じゃ無いぞ?」
――刹那。
飄々とした声が、死への恐怖で失禁し股間を濡らした彼に掛けられる。
その声色は、友人に軽口を叩くような……場違いなモノ。
「………………は?」
その声の主である、自分と同じ王立魔術学院の制服に身を包んだ 茶髪の少年は、気を抜けば一瞬で命を刈り取られるであろう地獄の中で、緩慢にも前髪を右手でかき上げながら翼竜の群れに相対する。
翼竜の数は優に十を超え、飛来する炎の息吹は見える世界全てを焼き尽くす――
「『障壁魔術』──」
ただ、一言。
茶髪の青年に行使された、たった一つの初歩的な魔術。
それだけで、翼竜達の放った炎はその目的を果たすことなく宙に霧散する。
「──!!」
顔の横で右手の指をパチンと鳴らし――自分を含むパーティメンバーを守るよう展開されたその頑強な障壁は、苛立つ翼竜達の追撃をまるで児戯だと言わんばかりに、あしらってしまう。
「こんな強度の障壁を複数………………!?
まさか、アンタ――」
そして彼は、目の前に悠然と立つ少年の正体に思い至る。
自分と同じ学院生――それでいて自分とはあまりにも違う技量と魔力量――
「『学院序列第一位』の……ヨハン・メンザー!?」
「そうだ――だからもう、大丈夫」
名を呼ばれ、肯定した彼の姿を見て、
「メン…………ザー……メン、ザー!? ヨハン・メンザー!?」
「やった……助かった…………!!」
「はは…………命拾い……した……」
パーティメンバー達の絶望は、一瞬で希望へと染まる。
そんな彼らの期待に応えるには十分過ぎる、莫大な魔力を注ぎ、
「悪いね…………コレは『ズル』かもしれないけれど」
ヨハン・メンザーはどこか『申し訳なさそうな』表情を浮かべながら、攻撃魔術を行使した──
「今日、俺は『三日目』なんだ」
彼自身にしか理解できない言葉を呟くのと同時。
大魔術の奔流が敵を滅ぼす。
絶対強者であったはずの翼竜達は、断絶魔さえも、上げることは出来ず──
◆◆◆
「ハイ──コチラが翼竜の素材の買取料……コッチが、今回のクエストの報酬金ね」
「ありがとうございます」
夕方。
魔術学院内の事務カウンターで報酬金を受け取りながら、ヨハン・メンザーは心の中で溜息を吐いた。
「(ここから今月の宿代……食費……仕送り代……ダメだ、残りを学費に回しても全然足りない……)」
彼は田舎で生まれ、学院がある大都会――王都に夢を抱いて出てきた『お上り』であり、
「(この学院、本当に学費が高くて嫌になるぜ……)」
おそらく──否、確実にこの学院で唯一貧困に喘ぐ苦学生である。
それは──
「「「お疲れ様です、ヨハン様!」」」
彼がクエスト後の事務手続きを終えたタイミングを見計らって声を掛けてきた女学院生達を見れば、一目瞭然。
「あぁ……ありがとう……」
彼を囲むように押し寄せる女子達。
その全員が、高級な化粧品とアクセサリーで己を飾り付け。
上品な多種多様な香水を身に纏い。
自分の体型に合わせた特注の『矯正下着』で、自身の身体をより男ウケが良くなるように仕上げている。
『アルカディア王国』が誇る王立魔術学院は、『生まれや身分は関係無く優秀な者には優秀な魔術の教えを』――という高尚な文句を謳っているが、入学・通学する為には庶民では到底払えない高額な費用が求められる。
故に、その謳い文句に失笑してしまう程……学院生は全員貴族、もしくは経済的に恵まれた上流階級の人間という有り様だ。
「本当に尊敬しますわ…………! 単身『翼竜の群れの討伐』という、高ランクのクエストに臨み──」
「その群れに襲われた、別のパーティを無傷で救い出すなんて……」
「流石……『学院序列者』の第一位!」
そんな上流階級である彼女らの、胸元が空いた学院の女子制服……その部分を見てもらえるよう、腕を寄せてアピールしてくる姿に、
「(危険だ)」
彼は表情が苦くなるのをどうにか堪える。
「(そういうの……俺には…………俺の『ズル』にとっては、天敵そのものなんだ……)」
そして、当たり障りのない態度で、
「今回は偶然、クエスト対象が彼らを襲っていただけだよ。
間に合ったのも、本当に偶然で…………」
……なんて返してみても。
「あらまぁ……! 実力があるのに、謙遜まで……」
「私達の知る殿方というのは、誰もが自分を大きく見せようとする方ばかりだというのに……!」
更に頬を紅潮させ、流し目、胸寄せ、にじり寄り……そんな男を誑かす仕草のフルコース。
「は……はは…………」
もう何を言っても肯定されてしまうだろう。
そんな、ヨハンと女子生徒の集団に……比較対象とされた男子生徒達が注ぐ視線は冷ややかなモノと嫉妬に苛立つモノばかりで、ヨハンにとっては居心地が悪いことこのうえ無い。
「(ただでさえ他の生徒は貴族ばかりで、庶民の俺は居場所が無いのに……)」
そして、ついに我慢の限界といった風で口々に誘惑――
「ところで……ヨハンさんはこの後予定は? よろしければ私と食事など――」
「食事なら私と。私の行きつけの店を貸し切って、二人きりで……」
「食事とはいわず…………今夜私の部屋に――」
「――大活躍だったみたいですね」
「「「――!!」」」
そんな節操のない少女達の背後から、凛とした美声。
その場に一輪の花が投げ込まれたかのような錯覚を覚え……強引な誘惑を仕掛ける女子達は一瞬の内に閉口する。
「…………セレフィナ」
ヨハンがそう呟くのと同時、将来有望な男にツバを付けておこうと企む三人の“烏合”達は心中で己の敗走を確信し、女としての敗北感を覚えた。
そして悔しさに歯噛みしながら、声の主に道を開けるようにヨハンの元から去っていく。
ゆっくりと、優雅に。
その所作全てが周囲の関心を惹くかのような美しさでヨハンに歩み寄る――
「ヨハンさんのことだから…………翼竜も一撃だったんでしょう?」
顔も名前もよく知る――否。この学院で知らぬ者等居ない、背の高い黒髪の少女。
巻き込まれた他の人達は運が良かったのか悪かったのか――そんな、意味を含ませながら苦笑する彼女に、ヨハンは心臓が高鳴るのを自覚した。
セレフィナ・ユキ・ラグトゥール。
アルカディア王国の歴史の中に名を刻む程の名家、ラグトゥール家のお嬢様だ。
ヨハンを囲んでいた女子達の家とは比べ物にならない大貴族であり……そして彼女達そのものにも、格の違いという物が存在している。
それこそ他を“烏合”としてしまうような、絶対的な違いが。
「まぁね」
まずは、その容姿。
澄み切っていて清らかな紫色の瞳に、艷のある長い黒髪。
学院の女子制服の特徴であるミニスカートから、白くきめ細やかな肌とすらりと長い脚が覗く。
だがその脚はいたずらに素肌を晒すことはなく膝上の位置からハイソックスで隠されており、野蛮な男の視線から身を守っていた。
そして彼女の容姿を語るうえで、決して外せない物が――あと二つ。
「フフッ……私の前では、謙遜しないんですね?」
「………………」
右手を口に軽く当てながら、ヨハンから素直な答えが返ってきたのを上機嫌な様子で笑う……その表情。
男女問わず、見たものを無条件で見惚れさせるような美しい造形は、絶世かつ傾国の美女と表現する他無い。
もう一つは――
「(…………デッカ……)」
……制服を引き千切らんばかりに主張する――二つの膨らみ。
元々、胸の谷間が見えてしまうデザインの制服だが……彼女が着ると、その深い谷間がこれでもかと見えてしまう。
制服のマントを身に付けているにも関わらず、彼女全体のシルエットは胸元を中心に印象強くなっている。
男女問わず、見た者の視線を無条件で吸い込むソレに対し、ヨハンの脳は絶大なる警告を彼に送る。
「(最上級に…………危険だ……)」
一刻も早くこの場を立ち去らねばならない。
特に、今日のような日は――
「中々の、見ものでしたよ?
ヨハンさんが女の子に囲まれて嬉しそうにしていたところは」
「アレのどこが嬉しそうだったんだよ……」
「女の子にチヤホヤされたら、殿方は嬉しいモノなのでは?」
「いや…………俺は普通に、困る……かな」
「………………ええ、そうでした。ヨハンさんは、そうでした」
そう言って、セレフィナは――むしろそうでないと困る――そんな風に視線で伝えてくる。
その様子に、彼は自分に媚を売ってくる女子達と、セレフィナとの違いを改めて認識する。
それは――
「女の子にうつつを抜かしているようでは……貴方の背中を追いかける『学院序列第二位』として、張り合いがありませんし」
ヨハンのことを、純粋にライバルとして見ていること。
他の女子達は早々に自分の力量に見切りをつけ、力ある男と考えるヨハンに媚を売るのに対し。
彼女は自分の力でヨハンを越えようと……日々鍛錬と勉学に励んでいるのだ。
生まれの良さに奢ることも無く。
優れた容姿を使って懐柔を試みるなど考えもしない――清く美しい勤勉な努力家……その内面に、ヨハンは魅力を感じずには居られない。
同時に、罪悪感も――
「(本当は……そんな人に、そんな目をさせるような…………凄い人間じゃないんだけどな……)」
ヨハンは、今の地位を得るに至った『ズル』のことが脳裏に過ぎり、思わず顔を顰めてしまった。
そんな表情を見て、セレフィナは一応 聞いておかなくてはと考えていた質問を投げかける。
「と……ところで…………今日はもう、お休みになられるのですか?
例えば…………“誰か”と会う予定…………などは無いのでしょうか……?」
自分の中で想像するその“誰か”の姿が、自分以外の“女性”では無いか――それを確かめずには居られない――自分でも気づいていない正体不明な感情を、その大きな胸の内に秘めながら。
ヨハンは、どこか自虐的に答える――
「あぁ。
今日の予定は――『男磨き』だ」
そう言って背を向け立ち去る瞬間に、彼は『極限まで高まっていた集中力』を用い、セレフィナの身体の一部を盗み見て――後ろ手に手を振りながら歩いていく。
◆◆◆
「さて………………」
宿に帰り。
ヨハンは部屋で一人、『全裸で椅子に腰掛けていた』。
日は沈み……薄暗い部屋を蝋燭の火が心細くなる灯りで照らす。
ゆらゆらと揺れる光源が、彼の精神を穏やかに整えていく。
「硬化――完了」
その穏やかに整えられた精神状態で、彼は己の下半身中央で上向きに存在感を主張する部位――つまり、男根を見下ろしながら呟いた。
服を脱いだ時から準備は整っていた。むしろ、日中に硬化状態にならないように気持ちを落ち着かせるのに苦労したくらいだ。
特にセレフィナと遭遇した時はヤバかった。彼女が『流石私の好敵手……!!』みたいな雰囲気を出してシリアスな表情をしている時に、自分のムスコがズボンにテントを張る……みたいな状況にならずに本当に良かった。
……だからこそ。
「触媒は――彼女だ――」
彼は目を閉じ、セレフィナの姿を思い浮かべながら手を動かし始める。
去り際に盗み見た、胸元を中心に思い浮かべつつ……一定のリズム――から、欲望に忠実に、手の動きを、早くしていく。
そのスピードの上昇に合わせて、清らかな彼女がするはずもない格好を、行為を、頭の中だけで行わせていく。
アルカディア王国が誇る魔導士育成機関――魔導文明の叡智が集まる王立魔術学院。
そこに通うエリート達の中でトップの成績である『学院序列第一位』が今、『学院序列第二位』の全裸を想像しながら全裸で右手を動かしているっ!
大きな胸――触ったことのない女性の部位――世界の何よりも柔らかいはずの感触を想像し――高まって――昂って――
「うっっ…………おおおおおおお!!!!」
ヨハン・メンザーは宣言する――
「――発射ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
◆◆◆
「……………………ふぅ……」
田舎から送られてきたハーブで淹れたお茶を全裸のまま飲みながら、『僕(注1)』は先程まで自分から湧き出ていた膨大な魔力が失われているのを自覚する。
「(やっぱり……『異能』無しの『素』の僕は、人並み…………凡人程度のチカラしか無いな……)」
異能――どんな魔術理論を用いても説明することが出来ないチカラという物が、この世界には存在している。
自分に何か特別なチカラが宿っている――発現していることに気づいたのは、幼い頃。
朝目覚めて『寝ている間に下着を見たことのない白いモノで汚してしまっていた』ことに気づいた時だった。
それ以来『寝ている間に下着を汚した日』を起点に、一定のサイクルで自分の精神と肉体……そして魔力に変化が起こった。
歳を取り、自然と『自ら下着を汚す』行為――『男磨き』を覚えてから、僕は自分に宿るチカラが『異能』であることを確信した。
『禁欲魔導』――自ら命名したその異能の内容は、非常にシンプル。
『オ◯禁をすると魔力量が上昇する』……というもの。
正確に言えば、この異能を持つことで受けられる恩恵は他にもある。
王国が発行している医学書によると……そもそも男性は禁欲をすることで多くのメリットを享受することが出来るらしい。
発散されるはずのエネルギー、『男性的体内物質』が禁欲によって体内に残留することで、新陳代謝や集中力、思考力の上昇、男としての自信が溢れて顔付きや言動も変化……等。
そういった、禁欲をすることで発生する恩恵を“より強く”享受出来る――それが、異能『禁欲魔導』である。
この幸運にも得られた異能のチカラを使って――つまり『ズル』をして、僕はエリート揃いの王立魔術学院で成績トップの座を手に入れているのだが。
「(必要なこととはいえ、三日間の充填というのは…………何度やっても、苦しいな)」
その為に必要な禁欲は、歳頃の男としては非常にツラい。
この異能は禁欲日数(このどのくらい溜めたかというのを『充填』と呼んでいる)に比例して、僕を強化する。
翼竜の群れを一撃で一掃する――『学院序列第一位』に相応しい実力を得るには、三日程度の充填を要する。
充填二日目なら、学院生の平均レベル……発射直後や一日目なら凡人――つまり本来の実力が露呈するのだ。
……だからこそ。
「(……『目標』の為には絶対に必要な苦労には違いない。
とにかく、危険な女子の誘いから逃れつつ、綿密な『男磨き発射日程管理』に基づいて行動すればいいだけ――)」
異能の恩恵を奪われてしまうような、女子からの誘いを受けるわけにはいかないのだ。
どれだけの数の誘いを受けても、どれだけ魅力的な女の子から恋い慕われても……。
「まぁ…………僕の本来の実力を知ったら……みんな幻滅するんだろうけどね」
自虐的に口端を上げて呟きながら、僕がハーブティーを――
コンコン――ガチャッ!
「ねぇヨハン居る――」
「――!?」
……啜ろうとしたのと同時。
見知った顔の――隣の部屋に住む少女によって、部屋のドアがノックの後、勢いよく開けられた。
……部屋主の返事を、待つこと無く――
「ぬわああああああああああ!!!!!????」
「わああああああ!!!! ご、ごめんっ――」
真っ赤に染めた顔に両手を当てる少女の目に映る、全裸でハーブティータイムの男。
その光景を少しでも『マシ』なモノにする為に、僕は持っていたティーカップで股間を隠そうと試みて――
――バシャッ。
「あっっっっっ――つううううううううう!!!!!!」
熱々ホットなティーを股間に注いでしまった!
「えっっっ!?
ちょっと大丈夫…………じゃないみたいね――『冷却』!!」
全裸で悶絶しながら、知り合いの少女に魔術で股間を冷却してもらう『学院序列第一位』……こんな姿、学院の連中は誰一人として想像できないだろうな――僕は涙ぐみながら、そんなことを考えるのだった。
(注1)
主人公はオ◯禁具合(自信の有無)で一人称が俺⇄僕と変化します。
◆◆◆
最後までお読みいただきありがとうございます。
コレから楽しく頑張って書いていきますので、何卒よろしくお願い致します。
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