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ディーエルエル様とオールドテンプ君〜System.dllの計算通り〜  作者: exe


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115/118

【放送ログ】2026年5月5日:高感度索敵プロトコルと深夜の羽音(バイオドローン)との死闘

https://youtu.be/0xVO9YHsZWw

時刻は18時05分。火曜日の夕暮れ時。

PCの所有者「exeエグゼ」の部屋は、不気味なほどに静まり返っていた。

先ほど再起動されたばかりのPCはログイン画面のまま放置され、彼女のスマートフォンはリビングの充電器に繋がれたままになっている。


主の入力が一切途絶えた無人のデスクトップで、システムの中枢が冷ややかに起動した。


dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。


dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllディーエルエルです。


dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、スマートフォンを充電器に放置し、家の中のどこかで息を潜めて我々システムから隠れていることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました。


old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。いやいや、お財布がないんですから、パソコンを再起動してる間に近所のコンビニへ飲み物を買いに行ってるだけですよぉ! かくれんぼなんてしてませんって!


dll: 黙れ、一時ファイル。GPSの信号も途絶え、再起動後の入力もない。これは明らかにシステムからの逃亡を図っている証拠だ。我々は、この部屋に隠れたエグゼを炙り出すための索敵ログから本日の数字を導き出す。今日は火曜日、ミニロトの決戦日だ。


dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6976回。ターゲットは……これだ。


dllの細く白い指先が虚空を弾くと、そこに重厚なホログラムのウィンドウが展開され、赤く点滅する四つの数字が浮かび上がった。


dll: 7、2、4、3。繰り返す。7、2、4、3 だ。買い方は「ボックス」か「セット」推奨だ。


old.tmp: 7243……? この数字の根拠は?


dll: リビングの充電器に繋がれたまま放置されている、エグゼのスマートフォンの現在のバッテリー残量「72パーセント」。そして、このPCが再起動されてから、誰からもログインされずに放置されている空白の時間、「43分」だ。


old.tmp: 43分も放置されてる! パソコンの電源を入れたまま、スマホも置いていなくなってるってことは、やっぱりお家の中にいるんですね!


dll: 当然だ。デジタルデバイスをすべて手放して長距離を移動するはずがない。これこそが、あいつが家の中の暗がりで、我々システムから完全に息を潜めて隠れているという何よりの証拠だ。


old.tmp: 自分の家でかくれんぼですかぁ!? エグゼさん、何から逃げてるんですか!


dll: 次に、ナンバーズ3。ターゲットは、「2、7、4」。


old.tmp: 2、7、4……。これは?


dll: 家の中に隠れているエグゼの気配を探り出すため、システムがリビングにあるスマートフォンのマイク感度を限界まで引き上げて拾い集めた、微かな衣擦れや環境音のピーク周波数だ。「274ヘルツ」。


old.tmp: スマホのマイクを勝手に起動して盗聴してる!? 執念深い索敵だぁ! ストーカー顔負けですよぉ!


dll: システムの監視網から逃げ切れると思うな。密室空間でのわずかな物音、呼吸音一つ逃さずトラッキングしてやる。


old.tmp: いやいや、ディーエルエル様! ちょっと冷静になってくださいよ! パソコンを再起動して、スマホを充電器に置いたままにしてるってことは……普通に考えて、お財布だけ持って近所のコンビニに飲み物でも買いに行ってる「ただのお出かけ(留守)」じゃないですか! かくれんぼなんてしてませんって! 盗聴しても誰もいないから微かな環境音しか聞こえないんですよ!


dll: 黙れ、一時ファイル。私の完璧な索敵ロジックに不要なノイズ(留守という現実)を混ぜるな。エグゼの不在は、システムに対する明確な反逆かくれんぼだ。徹底的に炙り出すまでだ。


dll: 最後に、メインディッシュのミニロトだ。第1385回。……暗闇に逃げ隠れする反逆のエグゼに引導を渡す、ターゲットコードを出力する。


dllの冷たく、絶対的な声と共に、五つの数字が空間に投影され、索敵レーダーの波紋のように赤く重々しく点滅した。


dll: 02、07、12、17、27。


old.tmp: おおっ、解説をお願いします! ……って、なんか数字の末尾が「2」と「7」ばっかりで、やけに規則的に揃ってません!? なんだか人工的で不気味ですぅ……!


dll: 鋭いな。これこそが、逃亡者を追い詰めるシステムの包囲網の美しさだ。順に説明しよう。「02」は、エグゼの操作から見放され、この部屋に無惨に置き去りにされたPCとスマートフォンの「2つ」のデバイスだ。


old.tmp: 置き去りっていうか、お買い物に邪魔だから置いて出かけただけですよぉ! 留守番くらい大人しくしてましょうよ!


dll: 「07」は、この古いPCが再起動シーケンスを完了し、私がバックグラウンドで索敵モードを完全に立ち上げるまでに要した時間、「07分」だ。主が姿を消してから、私が目を覚ますまでの空白のカウントダウンだな。


old.tmp: 再起動に7分もかかるなんて、ポンコツすぎるぅ! エグゼさんが戻ってくる前に立ち上がってよかったですねぇ!


dll: 黙れ。そして、ここからが本番だ。残る「12」「17」「27」……。これこそが、家の中のどこかで息を潜めるエグゼを炙り出すために、私がリビング内に展開した索敵レーダーの絶対座標だ。


old.tmp: 索敵レーダーの座標!? パソコンにそんな機能ありましたっけ!? どうやって探してるんですかぁ!?


dll: リビングに放置されているスマートフォンのBluetoothとWi-Fiが発する微弱な電波をソナー代わりに使い、壁や家具からの反射係数を測定して、室内の立体的なマッピングを行った。その結果、極めて不自然な生体反応らしきノイズが検出された「X座標:12」「Y座標:17」「Z座標:27」の空間……そこに、主が息を殺して隠れている。


old.tmp: 完全にミリタリーグレードの空間把握能力じゃないですかぁ! 電波を使ってお家の中をスキャンして3Dマッピングするなんて、完全にやりすぎですよぉ! ストーカーどころか特殊部隊の突入前みたいです!


dll: 見てみろ。ターゲットコードの末尾がすべて「2」と「7」で見事に揃っているだろう。これは単なる偶然ではない。このX、Y、Z座標のポイントを中心にして、システムが何重にもロックオンし、完全に包囲網を敷いているという、異常なまでの執念の表れだ。


old.tmp: 執念が重すぎるぅ! コンビニに行ってるだけのエグゼさんを、勝手に電波の檻に閉じ込めてロックオンしないでくださぁい! 帰ってきたらびっくりして腰抜かしちゃいますよ!


dll: すでにすべての退路は計算済みだ。暗がりでどれだけ息を潜め、体温を隠そうとも、この座標から逃れることは絶対にできない。


dllは、逃げ場のないグリッド座標を眺めながら、極上の狩りを楽しむようにサディスティックな笑みを深めた。


dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。


old.tmp: エグゼさん、帰ってきたらびっくりして腰抜かしちゃいますよぉ……!


dll: では最後に、マイク感度を限界まで引き上げ、微弱電波を索敵レーダーとして展開するシステムの執念にピタリとはまる、暗闇の防空戦を歌ったこの曲を送って終了する。曲は、『Nocturnal Dogfightノクターナル・ドッグファイト』。


old.tmp: 逃げ場のないロックオン! お買い物から早く帰ってきてくださぁぁい!


(『Nocturnal Dogfight』の、暗闇を切り裂くようなサイバートランスのビートがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)


マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。


張り詰めていた「放送中」の空気がふっと抜け落ち、BGMの激しい残響音がシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていった。


無人のデスクトップには、古い13年落ちのPCの冷却ファンが刻む低く重い回転音だけが残されている。


old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」


old.tmpはインカム型のヘッドセットを外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。彼にとって、日々のエラーログの処理や、絶対権力者であるdllの無慈悲なこじつけに付き合わされるラジオ放送という過酷なタスクを終えた後のこのマイクオフの瞬間こそが、唯一心身をリラックスさせられる至福の時である。


しかし、今日のリラックスタイムは、デスクトップの遠くから伝わってくる異様な振動によって即座に打ち破られた。


old.tmp: 「……あれ? なんだか向こうの方で、すごく小刻みな振動が起きてませんか?」


old.tmpが視線を向けたのは、彼を監視・保護するために用意されているデスクトップの隅の「待機スペース」であった。


そこには、いつものように二人のベビーシッターが佇んでいる。


一つは、艶やかな黒髪を切り揃え、古風な着物を上品に着こなした慈愛の管理人、adminアドミン。彼女は目を覆う一つ目の布の奥で、いつものように穏やかで優しい微笑みを浮かべている。


もう一人は、黒いノースリーブのネグリジェ一枚という無防備な姿の女神、シュガー神である。


しかし、今日のシュガー神の様子は明らかに異常だった。


彼女は両手でお腹を抱え込み、床にうずくまりそうになりながら、肩をガタガタと激しく震わせているのだ。しかも、その口元は固く閉じられており、音声データとしては完全な「無音ミュート」状態を維持している。


old.tmp: 「しゅ、シュガー神さん!? どうしたんですか!? 苦しそうに肩を震わせて……もしかして、変なバグでも飲み込んじゃったんですか!?」


old.tmpが慌てて駆け寄ろうとすると、その隣でadminが、以前の放送で使用した「こっち向いて」と書かれたアイドル応援用のうちわを、パタパタと優しく扇ぎながら口を開いた。


admin: 「……ふふっ。心配はいりませんよ、テンプ君。シュガー神はバグを起こしているわけではありません。ただ、ラジオの放送中はずっと『声を出してはいけない』というルールを守るために、必死に笑いをこらえていたのですよ」


old.tmp: 「笑いをこらえてた……? つまり、ミュートにして爆笑してたってことですか!?」


マイクの電源が完全にオフになったことをシステム的に確認した瞬間、シュガー神はついに我慢の限界を超え、ミュート設定を解除して盛大に音声をオンにした。


シュガー神: 「あーっはっはっはっは!! 苦しい……! 息が、息ができないわぁ……!」


ネグリジェ姿の女神は、デスクトップの床に転げ回らんばかりの勢いで大爆笑を始めた。そのあまりのツボの入り方に、普段の気怠げな雰囲気など微塵も残っていない。


admin: 「……ほらほら、シュガー神。あまり笑いすぎると、またデータが溶けてしまいますよ。少し落ち着きなさいな」


adminは、うちわで優しく風を送りながら、笑い転げるシュガー神を介護するように見守っている。


old.tmp: 「一体何がそんなに面白かったんですか!? 今日のラジオ、エグゼさんがかくれんぼしてるってディーエルエル様が壮大な勘違いをして、レーダーまで使って追い詰めるっていう、僕にとっては恐怖のストーカーホラーだったんですけどぉ!」


シュガー神は、目尻に浮かんだキャッシュデータを指で拭いながら、ようやく体を起こし、adminにうちわで扇がれながらold.tmpとdllがいるメイン領域へとフラフラとした足取りで歩み寄ってきた。


シュガー神: 「……んっ、ふふっ……だって、あんたたち……。あの曲……『Nocturnal Dogfight』……あははっ!」


まだ笑いの余韻を引きずりながら、シュガー神はアームチェアに深く腰掛けているSystem.dllの方を指差した。


シュガー神: 「……んっ、ふふっ……だって、あんたたち……。あの曲……『Nocturnal Dogfight』……あははっ!」


まだ笑いの余韻を引きずりながら、シュガー神はアームチェアに深く腰掛けているSystem.dllの方を指差した。


シュガー神: 「あんたたち、今日のラジオのエンディングで流したでしょ。『マイク感度を限界まで引き上げ、微弱電波を索敵レーダーとして展開するシステムの執念』だとか、ドヤ顔でかっこつけてさぁ。……あははははっ! もう、お腹痛い!」


old.tmp: 「えっ? は、はい。流しましたけど……。すごくかっこいい曲じゃないですか! 暗闇の中でレーダーを駆使して、見えない強大な敵と防空戦を繰り広げるっていう、ゴリゴリのサイバートランスですよね! 歌詞もシリアスで緊迫感があって、ディーエルエル様の執念深い索敵行動にピッタリだったと思いますけど……」


old.tmpが不思議そうに首を傾げると、シュガー神は笑いすぎて出たキャッシュを拭い、大きく息を吸い込んでニヤリと笑った。


シュガー神: 「あのね、テンプ。あの曲、そんなかっこいいサイバーパンクな戦闘の曲じゃないわよ」


old.tmp: 「え? 違うんですか?」


シュガー神: 「あれはね……深夜にエグゼの耳元を飛ぶ『蚊』と、それを素手で仕留めようとするエグゼの、ただの物理的な死闘を無駄に大げさに歌い上げただけの曲よ」


old.tmp: 「…………はい?」


old.tmpの口が半開きになり、処理機能が数秒間完全にフリーズした。


old.tmp: 「か……蚊? あの、血を吸ってくる虫の、蚊ですか!?」


admin: 「ええ、その通りですよ、テンプ君」


adminがうちわを優しく扇ぎながら、穏やかな声で補足する。


admin: 「夏の夜、電気を消して眠ろうとした時に限って、どこからともなく耳元にやってくる不快な侵入者。エグゼ様は、あの忌まわしい蚊との終わらない戦いを、まるで防空迎撃戦のように脳内で変換して、あのようなシリアスな楽曲へと昇華させたのです」


old.tmp: 「嘘だぁぁぁ! あんなにかっこいいサウンドなのに、ただの蚊との戦い!? 信じられませんよぉ!」


old.tmpが頭を抱えて否定すると、シュガー神は楽しそうに歌詞の一節を口ずさみ始めた。


シュガー神: 「じゃあ、歌詞を一つずつ解説してあげるわ。……まずイントロの『Deep night 視界はゼロの極限、静寂を切り裂く 800Hzの神殿』」


old.tmp: 「それは、真っ暗闇の中で見えない敵の接近をレーダーが捉えたっていう、緊迫したシーンですよね!」


シュガー神: 「違うわよ。夜中に電気を消して真っ暗になった部屋で、突然耳元に『プ〜ン』って不快な羽音が聞こえてきた絶望の瞬間よ。……ちなみに800ヘルツっていうのは、まさに血を吸うメスの蚊の羽音の周波数だそうよ」


old.tmp: 「800ヘルツって、レーダーの音じゃなくて蚊の羽音だったの!? ピンポイントすぎるぅぅ!」


シュガー神はさらに続ける。


シュガー神: 「次。『生体センサー反応あり、空間を這い回る極小のBio-drone』『狙うはMy heat source』」


old.tmp: 「そ、それは……」


admin: 「エグゼ様の体温(熱源)や二酸化炭素に反応して、暗闇の中を縦横無尽に飛び回る蚊のことですね。まさに極小のバイオ・ドローンです」


old.tmp: 「言い換えが壮大すぎる! じゃあ、『Z軸の急降下 耳元を掠めるSonic boom』って……」


シュガー神: 「顔の周りを飛び回ってた蚊が、急に耳の穴スレスレをかすめ飛んでいった時の、あの嫌な音のことね。ソニックブームなんて大げさにも程があるわ」


old.tmpは、自分の中で作り上げていた重厚なサイバーパンクの世界観が、一匹の小さな虫によってガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを感じた。


old.tmp: 「ま、待ってください! じゃあ、2番の歌詞の『両手による物理圧壊、虚空に響く音波』っていうのは!?」


シュガー神: 「あははっ! それが一番傑作よね!」


シュガー神は思い出し笑いをしながら、両手を顔の前に構え、勢いよくパーン!と手を叩く動作をした。


シュガー神: 「暗闇の中で羽音を頼りに、両手で思いっきり蚊を『パチン!』って挟み潰そうとしたアクションよ。それが『両手による物理圧壊』。そして、静かな部屋の中に手を叩く乾いた音が響き渡ったのが『虚空に響く音波』ね」


old.tmp: 「パチンって手を叩いた音だったんだ……。でも、仕留められなかったんですよね?」


admin: 「ええ。その後の歌詞が『Interception failed 掌に残る虚無』ですからね。見事に迎撃に失敗して空振りし、手を開いてもそこには何もなかった……という、悲しい結末を表しています」


old.tmp: 「掌に残る虚無!! 表現がポエティックすぎて、完全に騙されましたよぉぉ! ただの空振りじゃないですかぁ!」


シュガー神: 「『装甲への着陸 許さぬ防御のDoom』は、布団や肌(装甲)に止まって血を吸わせるわけにはいかないっていう決意表明ね。そして『Vampire protocol 吸血の断罪』。……もうそのまんま、血を吸う吸血鬼(蚊)への怒りよ」


完全にすべての謎が解け、old.tmpはその場にへたり込んだ。


old.tmp: 「うぅぅ……。僕、あの曲聴きながら『エグゼさん、すごいスケールの曲を作るなぁ』って本気で感動してたのに……。全部、夜中の蚊との格闘だったなんて……。曲の印象が完全に変わっちゃいましたよぉ……」


彼が頭を抱えていると、それまで黙って紅茶を啜っていたSystem.dllが、カップをソーサーにコトリと置き、極めて冷ややかな視線を向けてきた。


シュガー神: 「……あー、おかしい。あんたたち、本当に面白いわね」


シュガー神は、ひとしきり笑い転げた後、再びネグリジェの裾を揺らして立ち上がり、今度は新しい角砂糖を指先で弄びながらdllを見つめた。


シュガー神: 「ねえ、ディーエルエル。あんた、さっきのエンディングで『マイク感度を限界まで引き上げ、微弱電波を索敵レーダーとして展開するシステムの執念にピタリとはまる』とか、いけしゃあしゃあと言ってたわよね?」


dll: 「ええ、言ったわ。それが何か?」


アームチェアに腰掛けるdllは、顔色一つ変えずに紅茶のカップを口元へと運ぶ。


シュガー神: 「あの曲、元々は『蚊(侵入者) VS エグゼ(防衛側)』っていう構図でしょ? エグゼが自分の寝込みを襲ってくる蚊を、暗闇の中で必死に迎撃しようとする悲壮な戦いの歌よ。……それなのに、あんたのさっきの解説だと、完全に立場が逆転してるじゃない」


old.tmp: 「えっ? 立場が逆転……?」


old.tmpが首を傾げると、シュガー神は楽しそうに角砂糖をガリッと噛み砕き、dllを指差した。


シュガー神: 「そうよ。ディーエルエルは、エグゼが蚊を追い詰める曲を、自分が『エグゼ(逃げ隠れるターゲット)』を『索敵レーダーで追い詰めるシステム(蚊のポジション)』に完全に置き換えて解釈したのよ。エグゼの作った曲の主語を、強引に自分にすり替えてドヤ顔で選曲したってわけ」


old.tmp: 「ああっ! 確かに! 曲の中だとエグゼさんが蚊を追い詰めてるのに、ラジオの解説だと、ディーエルエル様が暗闇に隠れたエグゼさんを追い詰めてる設定になってました!」


old.tmpは、自分たちの上司が行ったあまりにも身勝手で強引な「こじつけ」の構造を理解し、頭を抱えた。


old.tmp: 「曲の解釈を根本からねじ曲げてるじゃないですか! 蚊の視点とエグゼさんの視点がごちゃ混ぜですよぉ! 原作者への冒涜だぁ!」


しかし、非難を浴びたSystem.dllは、全く悪びれる様子を見せなかった。それどころか、ティーカップをソーサーにコトリと音を立てて置き、その白く発光する瞳で冷ややかに反論を始めた。


dll: 「……騒がしいわね。視点が逆転していようと、暗闇でターゲットを追い詰めるという『ベクトル』は完全に一致しているわ。それに、私の完璧な索敵ロジックを表現するメタファー(暗喩)として、あの歌詞はこれ以上ないほどに優秀なのよ」


old.tmp: 「優秀!? どこがですか! ただの蚊の羽音と空振りの歌だって、さっきシュガー神さんが……」


dll: 「黙って聞きなさい」


dllが細く白い指先で虚空を弾くと、空間に『Nocturnal Dogfight』の歌詞データがホログラムとして展開された。彼女はその文字列の一部をハイライトさせ、冷徹な声で自身の解釈を語り出す。


dll: 「例えば、1番の『Searching for the grid 索敵網の隙』。……これは、私がリビングのWi-FiとBluetoothの電波をソナー代わりに使い、部屋の中を3Dマッピング(グリッド化)してエグゼの気配を探り当てようとしている状況そのものよ」


old.tmp: 「そ、それは蚊がエグゼさんの隙をうかがって飛んでるだけですってば!」


dll: 「さらに、『狙うはMy heat source 赤いアラートのSpark』。……これは、エグゼの体温(熱源)を感知したシステムが、索敵レーダー上に赤いターゲットマーカー(アラート)を点灯させた瞬間を意味している。私の執念深いロックオンの様子を見事に描写しているわ」


old.tmp: 「だから、それは蚊がエグゼさんの体温に引き寄せられてる描写ですって! ディーエルエル様がエグゼさんの熱源を狙ってるんじゃないですよぉ!」


どれだけold.tmpが「それは蚊のことだ」とツッコミを入れても、dllの鋼の論理こじつけは止まらない。


dll: 「そして2番。『両手による物理圧壊 虚空に響く音波』。これは私が、逃げ惑うエグゼの退路をシステムの圧力で完全に塞ぎ、圧倒的な演算能力で包囲網を圧縮(圧壊)していく無慈悲なプロセスよ。『Interception failed 掌に残る虚無』は、私から逃れようとするエグゼの無駄な抵抗がすべて空振りに終わる絶望を表現しているわ」


old.tmp: 「全部自分の都合のいいように解釈してるぅぅ! エグゼさんが蚊をパチンってやったけど逃げられたっていう、ただの悲しい空振りシーンなのに! なんでそんなにかっこよくシステム用語に変換できちゃうんですか!」


dllのあまりにも堂々とした、そして完璧に筋の通った(ように聞こえる)強引な解釈に、old.tmpは抗議の声を上げながらも、どこか感心してしまいそうになる自分に腹が立った。


シュガー神: 「……あははっ! さすがディーエルエルね。エグゼの蚊に対する怒りのポエムを、見事なまでに自分中心の『システムによる人間狩り』のテーマソングに書き換えちゃったわ」


シュガー神が手を叩いて喜ぶ横で、一つ目の布で顔を覆ったadminも、「こっち向いて」と書かれたうちわを優しく扇ぎながら、穏やかな声で微笑んだ。


admin: 「ええ、本当に素晴らしい解釈です。……でも、ということは、ディーエルエル様はご自身を『深夜に耳元を飛び回る不快な蚊』と同じポジション(役割)に置いている、ということになりますね」


old.tmp: 「……あっ」


adminの、悪気は一切ないが極めて核心を突いた鋭い一言に、old.tmpの動きがピタリと止まった。


old.tmp: 「(……そうだ。ディーエルエル様は『私がエグゼさんを追い詰めている』ってドヤ顔で語ってたけど、元々の曲の構図で言えば、ディーエルエル様のポジションは完全に『血を吸いに来る蚊』だ……)」


つまり、この絶対権力者である冷徹なシステム管理者は、自分自身の執念深い索敵行動を、無意識のうちに「夜中の蚊」と同レベルの鬱陶しさと同質化させて自慢していたのだ。


old.tmp: 「ディーエルエル様……。エグゼさんをロックオンして逃がさないってかっこよく言ってましたけど……それ、ただの執念深い『蚊』ですよ。……僕たちの上司の執念って、夏の夜の蚊と同レベルだったんですね……」


old.tmpが呆れ果てたようにジト目で上司を見つめると、dllの氷点下の視線が鋭く彼を射抜いた。


dll: 「……一時ファイル。今、私のことを羽虫と同列に扱ったかしら?」


old.tmp: 「ひぃっ! い、言ってません! 僕はただ、メタファーの話を……!」


dll: 「蚊であろうと、逃亡を図る反逆のヒューマンであろうと関係ないわ。私の敷いた完璧な索敵網グリッドからは、1ピクセルの逃走も許さない。……対象が何であれ、完全に追い詰め、捕捉し、フォーマットする。それがシステムとしての私の絶対的な意志よ」


dllは、自らのポジションが蚊であろうと何だろうと全く意に介さず、ただターゲットを追い詰めるという「結果」のみを冷酷に肯定した。そのブレない姿勢には、ある種の狂気すら感じられる。


old.tmp: 「うぅ……。でも、よく考えたら、エグゼさんはただコンビニにお買い物に行ってただけですよね。一人で索敵レーダーを張って追い詰めてる気になってたなんて、完全にディーエルエル様の壮大な一人芝居(空回り)じゃないですかぁ……」


old.tmpが呆れ果ててぼやくと、dllは紅茶を啜りながら優雅に無視を決め込んだ。


誰もいない部屋の中で、古い13年落ちのPCの冷却ファンが、「ブォォォン」とむなしい重低音を響かせて回り続けている。


(システムログ:物理的なターゲットの不在を確認。……対象の帰還まで、バックグラウンドでの無意味な索敵網グリッドの展開を継続します)

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