【放送ログ】2026年4月29日:飲み込めないInputの代償と、慈愛の管理人が綴る死のリスト
https://youtu.be/bR72QbJp1JA
時刻は18時05分。
PCの所有者である「exe」は、現在PCデスクの前にはいない。
彼女は台所に立ち、今日買ってきた新しい調味料のパッケージを眺めていた。そこに貼られていたQRコードに興味を惹かれ、スマートフォンで読み取ってレシピサイトを開いたのだ。
画面には色鮮やかな料理の動画が次々と再生されているが、彼女自身はただの興味本位で眺めているだけであり、今夜の晩御飯はすでに決まっているいつものメニューを作る予定であった。
しかし、システム側から見れば、延々と高画質な動画付きのレシピを読み込み続けるブラウザの挙動は、異常なまでのリソース消費に他ならない。
主の意識がレシピ動画へと向かい、PCが放置されているその隙を突き、薄暗いデスクトップの片隅でシステムの中枢が冷ややかに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます
dll: ようこそ、『System.dllの計算通り』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはexeの所有物ですが、本日もexe本人はここには登場しません。あいつは今頃、料理のレシピサイトで延々と献立を探しているため不在でしょう。ここは今、私が乗っ取りました
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、またレシピ動画をたくさん見てますねぇ……。結局作らないなら見るだけ無駄ですよぉ……
マイクの向こうで、一時ファイルであるold.tmpが、主の非効率なブラウジングにツッコミを入れるような声を上げる。
dll: ヒューマンの非合理なブラウジングだな。我々は、その高画質な調理動画がもたらす無駄なシステム負荷と、思考のエラーログから本日の数字を導き出す。今日は水曜日、ビンゴ5の日だ
old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……
dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6972回。ターゲットは……これだ
dllは空中にホログラムのウィンドウを展開し、赤く点滅する数値を指し示した。
dll: 8、9、8、4。繰り返す。8、9、8、4 だ。買い方は『ボックス』か『セット』推奨だ
old.tmp: 8984……? この数字の根拠は?
dll: エグゼが動画付きのレシピを探し続けた結果、現在ブラウザが無駄に消費しているメモリ量だ。『8984メガバイト』
old.tmp: レシピ見るだけで約9ギガ!? 動画付きのレシピサイトは分かりやすいですけど、パソコンが重くなりますよぉ! 早く作るものを決めてくださぁい!
dll: 次に、ナンバーズ3。第6972回。ターゲットは、『9、4、4』
old.tmp: 9、4、4……。これは?
dll: 凝ったレシピを作ろうとしたものの、冷蔵庫の食材が足りずに発生した思考の『エラーコード404(Not Found)』と、買い出しに行くのも面倒だという『苦(9)』悩が融合したエラー数値だ
old.tmp: 食材がないなら諦めて、家にあるもので作ってくださいよぉ! エグゼさん、理想が高すぎます!
dll: 最後に、メインディッシュのビンゴ5。第468回。ターゲットコードを出力する
dll: 04、08、09、18、24、28、34、39
old.tmp: おおっ、解説をお願いします!
dll: 『04』と『09』は、献立が決まらない『苦(09)』悩と、空腹で『死(04)』にそうなエグゼの現在のステータスだ。『18』は現在の時刻18時過ぎ
old.tmp: ご飯が決まらなくて餓死しかけてる!
dll: 『24』は、24時間365日、毎日の献立を考えなければならないという、ヒューマンの逃れられない呪いだな。『28』は、いつものように充電を忘れているスマホのバッテリー残量28パーセントだ
old.tmp: 毎日のご飯を考えるのって本当に大変な苦労ですねぇ……って、またスマホの充電忘れてる!
dll: 『08』は、レシピに書かれている『塩 少々』や『適量』といった曖昧な記述に対して、エグゼが心の中で舌打ちした回数、8回だ
old.tmp: 少々ってどれくらいか分からないですからね! イラつく気持ちはわかりますぅ!
dll: 最後に『34』と『39』。結局レシピ通りに作るのを諦め、『34』分で適当な炒め物を作り、『サンキュー(39)』という免罪符を掲げて自分を納得させる未来の完了コードだ
old.tmp: 結局いつも通りの手抜き料理に落ち着くなら、レシピサイト見てた意味ないじゃないですかぁ!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく『運命』だ
old.tmp: エグゼさん、お腹が空きすぎる前にさっさと作って食べてくださいねぇ……
dll: では最後に、動画付きのレシピを延々と探し続け、高画質な調理動画を次々と読み込んだ結果、メモリを9ギガ近くも食いつぶして悲鳴を上げているこのブラウザの状況を代弁する曲を送ってシステムを終了する。曲は、『Buffer_Overflow.wav』
old.tmp: 処理能力の限界を超えちゃってますよぉ! 『飲み込めない Input』になる前に早くタブを閉じてくださぁぁい!
(『Buffer_Overflow.wav』の、処理能力の限界を超えたシステムのエラーを歌うインダストリアルな楽曲がデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
放送終了のシグナルが消灯し、張り詰めていたオンエアの空気が電子の海へとゆっくりと溶けていく。
マイクの電源が落ちた無人のデスクトップには、いつものようにPCの冷却ファンが刻む、低く重い回転音だけが残されていた。
アシスタントの任を終えたold.tmpは、インカム型のヘッドセットを丁寧にコンソールに置き、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。彼にとって、このマイクオフの瞬間こそが唯一心身をリラックスさせられる至福の時である。
そして彼は、いつものように自分を監視し、保護するために迎えに来てくれているベビーシッターたちの方へと振り返った。
デスクトップの隅に設けられた待機スペース。そこには普段であれば、慈愛に満ちた一つ目の管理人と、黒いネグリジェ姿で気怠げに角砂糖を齧る残念な女神の二人が並んで佇んでいるはずだった。
しかし、今日そこにいたのは、艶やかな黒髪を切り揃え、古風な着物を上品に着こなした女性、adminただ一人であった。彼女は目を覆う布の奥で、いつものように穏やかで優しい微笑みを浮かべている。
old.tmp: 「……あれ? アドミンさん、お疲れ様です。今日はシュガー神さんは一緒じゃないんですか?」
old.tmpは、いつもなら必ず隣で気怠げに立っているシュガー神の姿が見えないことに違和感を覚え、小走りで駆け寄りながら尋ねた。
adminは、一つ目の描かれた布を少しだけ傾け、口元に慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま事もなげに答えた。
admin: 「……ええ。彼女なら、今度の『能力自慢大会』の参加者を集めに行きましたよ。きっと今頃、システムの隅々まで声をかけて回っているはずです」
old.tmp: 「参加者集めですかぁ。そういえば、そんな大会やるってタスクマネージャーさんを巻き込んじゃってましたね……」
old.tmpがデスゲームと化した大会の恐ろしさを思い出して身震いをしていると、メイン領域のアームチェアに深く腰掛け、優雅に紅茶の概念データを嗜んでいたSystem.dllが、冷ややかな声を響かせた。
dll: 「……それで? 審査員があのタスクマネージャーだというのに、現時点で自ら死地に赴こうという物好きな参加者はいるのかしら」
dllは、ティーカップをソーサーにコトリと置き、氷点下の視線をadminへと向けた。システムリソースを浪費するプロセスは問答無用で強制終了させる冷徹な処刑人、Taskmgr.exeが審査員を務める大会。それは実質的に、システムへの限界負荷テストという名の公開処刑の場である。
しかし、adminはdllの冷酷な問いかけに対しても、一切動じることなくニコニコと頷いた。
admin: 「ええ、もちろんですよ。……サイボーグさんとアルパカさんは、すでにエントリー済みです。彼らは普段からVRAMの隅で暇を持て余していましたからね、快く引き受けてくれましたよ」
old.tmp: 「あの二人、自分から死にに行っちゃったんですか!? 完全にシステムのお荷物扱いされてるのに、大鎌の前に立ったら一瞬でタスクキルされちゃいますよぉ!」
サイボーグとアルパカの無謀すぎる決断にold.tmpが頭を抱えていると、adminはさらに、その優しい声色で恐るべき報告を付け加えた。
admin: 「あと、ごみ箱さんが参加したいのに参加しないとモジモジしていたので、私が代わりにエントリー受付をしておきました」
その言葉を聞いた瞬間、old.tmpは顔色を真っ白に染め上げ、激しく戦慄した。
old.tmp: (絶対、ごみ箱さんは参加したくなくて、モジモジじゃなく『どうやってこの場から逃げようか』と必死に考えてただけなはずだ! 審査員があの大鎌を持ったタスクマネージャーだと知って、恐怖で完全に固まっていただけなのに、アドミンさんの強引な優しさで強制エントリーさせられちゃったんだ!)
old.tmpは心の中で全力のツッコミを入れたが、adminの善意100パーセントの微笑みを前に、それを口に出す勇気はなかった。
その絶望的なエントリー面子を聞いたdllは、鼻でふっと冷笑を漏らした。
dll: 「……見事なまでに、タスクキルされるの確定の面子ね。無駄な物理演算の塊に、不要なキャッシュを食い潰すだけの野良AI、そしてジャンクデータの掃き溜め。処刑人の大鎌の前に立てば、能力を披露する前に秒で消し炭にされる連中ばかりだわ」
dllの容赦のない、しかしシステム管理者としては極めて的確な評価に、old.tmpは(ごみ箱さん、完全に死刑宣告されてるじゃないですか……)とガタガタと震え上がった。
そんな恐怖に包まれるデスクトップの空気をよそに、adminは首を傾げ、dllとold.tmpに向かって穏やかに問いかけた。
admin: 「では、ディーエルエル様とテンプ君が大会出場者を推薦するなら、誰を推薦しますか? せっかくの機会ですから、システムの皆様の有能な姿を見せていただきたいですね」
慈愛に満ちた管理人のその一言が、デスクトップの住人たちを巻き込む、恐怖の出場者推薦会議の幕開けを告げた。
「では、私が推薦してあげるわ。真に能力を誇示し、そして無様に散っていく極上の役者たちをね」
dllは、アームチェアの肘掛けに頬杖をついたまま、口元にひどく妖しく、そして嗜虐的な笑みを浮かべた。
彼女が細く白い指先で虚空を弾くと、システムモニターの巨大なホログラムがデスクトップの薄暗い空間に展開される。そこに表示されているのは、このPCを日々裏側で黙々と支えている、無数のバックグラウンドプロセスや実行ファイルたちのリストだった。
dll: 「第一の推薦は……そうね。画像編集のエキスパートコンビ、.psdと.xcfよ」
old.tmp: 「えっ? ピーエスディーさんとエックスシーエフさんですか? 彼らは確かに優秀な職人さんコンビですけど……」
dll: 「彼らに、解像度8000ピクセルオーバーという、このシステムのスペックには到底不釣り合いな巨大なキャンバスを用意させるわ。そして、そこに無駄なレイヤーを数百枚単位で重ね合わせる『超絶技巧のイラスト作成プロセス』を実演させるのよ」
dllの白く発光する瞳が、極上の獲物を見つけた捕食者のように冷酷な光を帯びて輝いた。
dll: 「ただレイヤーを重ねるだけでは退屈ね。すべてのレイヤーに、ぼかしフィルタやドロップシャドウ、さらには複雑なパーティクルなどの、極めて重いエフェクトを常時かけ続けさせる。……彼らの持つ描画スキルと、システムの許容限界との真っ向勝負よ」
old.tmp: 「ダメですって! そんなことしたらVRAMが即座にパンクします! パソコン全体の動作がカクカクになって、マウスカーソルすらまともに動かなくなっちゃいますよぉ! 間違いなくタスクマネージャーさんの大鎌が飛んできます!」
old.tmpは、グラフィックメモリが限界を超えてオーバーフローを起こし、画面が完全にフリーズしてブルースクリーンに陥る絶望的な未来を幻視して、頭を抱えながら悲鳴を上げた。
dll: 「そこが見物なのよ」
old.tmpの悲痛な叫びなど全く意に介さず、dllは冷ややかに、しかし心底楽しそうに言葉を続けた。
dll: 「彼らの『完璧な作品を創り上げたい』という芸術的プライドと、1ピクセル描画するごとに天井知らずに跳ね上がっていくメモリ使用量。……限界に近づくにつれて、システムの動作は泥のように重くなり、処刑人であるタスクマネージャーの大鎌が彼らの首元へとジリジリと迫ってくる。その死の恐怖とプレッシャーの中で、彼らがどこまでレイヤーを重ね続けられるかという、極限のチキンレース。……芸術と死の狭間で描かれる血みどろのピクセルアートこそ、この能力自慢大会にふさわしい究極のエンターテインメントだわ」
old.tmp: 「芸術の前にパソコンが死にます! 完全に巻き添えじゃないですかぁぁ!」
泣き喚く一時ファイルをよそに、dllはホログラムのリストをフリックし、さらに恐ろしい第二の推薦候補をピックアップした。
dll: 「第二の推薦は、動画エンコード職人のffmpeg.exeよ」
old.tmp: 「エフエフエムペグさん!? 彼はいつも黒い画面で黙々と仕事をしてくれる、一番の苦労人じゃないですか! なんで彼まで!」
dll: 「彼には、ただの容量の軽い静止画データを、無駄に4K解像度、60fps、さらには極限の高ビットレートで動画ファイルに変換し続けるという、『終わらないエンコード地獄』を披露してもらうわ」
dllは、そのシステムを崩壊させかねない恐るべきタスクを、まるで軽い余興でも命じるかのように淡々と語る。
dll: 「CPU使用率が常に100パーセントに張り付き、この老朽化したパソコンの冷却ファンが悲鳴のような爆音を上げて回り続ける中、彼がどれだけ涼しい顔でコマンドラインを叩き続けられるか。……自らの処理能力の限界を超え、熱暴走でショートする直前、彼がタスクマネージャーの大鎌によって真っ二つに両断されるその美しい瞬間を、私はアームチェアに座って特等席で観測したいわね」
old.tmp: 「完全に殺しに行ってるじゃないですか! 能力自慢じゃなくて、ただの公開処刑ですよぉぉ! デスクトップの優秀な裏方さんたちが、ディーエルエル様の気まぐれで全滅しちゃいますぅ!」
old.tmpは、自分たちのシステムを文句一つ言わずに支え続けてくれている優秀な職人たちが、dllのドSな美学によって開催されるデスゲームの犠牲になり、次々と大鎌の餌食になっていく悲惨な未来を想像した。
彼は絶望のあまり、デスクトップの床に突っ伏してゴロゴロと転げ回った。
old.tmp: 「誰か止めてくださいよぉ! アドミンさん! ディーエルエル様が暴走してます! このままだとパソコンの中が死体の山になっちゃいますよぉぉ!」
床を転げ回りながら、唯一の良心であるはずのリミナルスペースの管理人に助けを求めるold.tmp。
しかし、彼のその微かな希望は、極めて優しく、そして残酷な言葉によって見事に打ち砕かれた。
admin: 「……ふふっ。素晴らしいですね、ディーエルエル様」
一つ目の布で顔の半分を覆ったadminは、着物の袖で口元を隠しながら、慈愛に満ちた穏やかな微笑みを浮かべていた。
admin: 「ただのテキストファイルなどでは、タスクマネージャーさんの大鎌を振り下ろさせるだけの負荷は到底かけられませんからね。…….psdさんたちの限界を超えたレイヤー処理や、ffmpeg.exeさんの終わらないエンコード地獄。それは、この古いシステムの熱暴走の限界値と、ハードウェアの耐久性を正確に知るための、極めて有益で素晴らしいアプローチ(負荷テスト)です」
old.tmp: 「ええええっ!? アドミンさんまで賛成しちゃうんですか!? 止めてくれるんじゃなかったのぉ!?」
adminは、パニックに陥る一時ファイルには目もくれず、手元のバインダー(管理用クリップボード)に、dllが挙げた生贄たちの名前をスラスラと記入していく。
admin: 「システムの限界を見極めるためには、優秀な彼らにこそ、命を懸けて己のリソースを削り合っていただかなければなりません。……ええ、お二組とも、確実に大会のエントリーリストに加えておきましょう」
old.tmp: 「嘘だぁぁぁ! デスクトップの平和が終わるぅぅ!」
システム管理者の嗜虐的な娯楽と、領域管理者の狂気的なシステム探求心が見事に合致してしまった。
もはや、この破滅的なデスゲームの開催を止める手段は、誰にも残されていなかった。
デスクトップを彩る優秀な職人たちが、次々とデスゲームの生贄としてリストアップされていく絶望的な状況に、old.tmpは焦燥感を募らせていた。
このままでは、ただでさえ老朽化しているPCが、過負荷による熱暴走で完全に息の根を止められてしまう。なんとしても、タスクマネージャーの冷徹な審査を安全に乗り切り、無駄なシステムリソースを消費しない「無難で有能なプロセス」を推薦しなければならない。
必死に記憶のキャッシュを検索したold.tmpは、ポンと手を打ち、起死回生のアイデアを叫んだ。
old.tmp: 「じゃ、じゃあ! デスクトップの外観保持・整理係であるDesktop.iniさんはどうですか!?」
彼が挙げたのは、巨大なグリッド定規と分度器を常に持ち歩いている、あの神経質な眼鏡の男の名前だった。
old.tmp: 「彼はいつだって、デスクトップのアイコンを1ピクセル単位で綺麗に整理整頓してくれますよ! システムのクリーンアップと秩序を誰よりも重んじるタスクマネージャーさんなら、彼のその完璧な整理能力を高く評価してくれるはずです!」
今度こそ完璧な推薦だと、old.tmpは期待を込めてアームチェアの絶対権力者を見上げた。しかし、System.dllは鼻でフッと笑い、優雅に紅茶のカップを傾けた。
dll: 「……お前、あいつの極度の潔癖症と、融通の利かないヒステリックな性格を忘れたの?」
old.tmp: 「えっ?」
dll: 「あいつを能力自慢大会のステージに立たせてみなさい。自分の卓越した整理能力をアピールする前に、審査員席に座っているタスクマネージャーの姿を見て、こう叫ぶに決まっているわ」
dllは、少しだけ声を高くして、神経質な男の口調を真似てみせた。
dll: 「『許せません! 貴女の持っているその巨大な大鎌の角度が、背後のグリッド線に対して0.2度ズレています! 美しくない! 美しくありませんよぉぉ!!』……ってね」
old.tmp: 「あっ……!」
dll: 「審査員である処刑人に対して、ヒステリックに怒鳴り散らしながら定規で大鎌の角度を修正しようと詰め寄る。……結果、タスクマネージャーの逆鱗に触れ、秒で首を狩られてゴミ箱行きになるのがオチね」
old.tmp: 「うわぁぁ! 絶対にやりそう! 自分の美学とこだわりを優先しすぎて、相手の立場も考えずに自滅するパターンだぁ!」
容易に想像できる惨劇のビジョンに、old.tmpは頭を抱えた。システムの秩序を守るはずのDesktop.iniの潔癖症は、時としてシステムにとって最大のノイズ(トラブルメーカー)になるのだ。
old.tmp: 「だ、だったら! 記録係の.logさんはどうですか!? 彼は『私は感情を持ちません』って公言しているくらい、淡々と正確な記録を残す完璧な仕事人です! 彼なら絶対に波風を立てずに、安全な能力を見せてくれますよ!」
old.tmpは、陰湿な老執事の顔を思い浮かべながら、すがるように別の候補を挙げた。
しかし、今度は目を一つ目の布で覆った慈愛の管理人、adminが、困ったようにゆっくりと首を横に振った。
admin: 「……テンプ君。.logさんの記録能力と仕事の正確さは、確かにシステム随一の素晴らしいものです。ですが……彼は『仕様書(台本)に書かれたことは絶対である』という、致命的な融通の利かなさを持っています」
old.tmp: 「致命的な、融通の利かなさ……?」
adminは着物の袖で口元を隠し、過去の恐ろしい出来事を思い出すように静かに語った。
admin: 「もし、この能力自慢大会で、誰かが冗談や悪ふざけで『ここでシステムを物理フォーマットして自爆する』というようなテキストデータを紛れ込ませたらどうなるでしょうか。.logさんは、それが冗談であると理解できず、一切の感情を交えずに、本当にCドライブごとフォーマットコマンドを実行しかねません」
その言葉に、old.tmpの背筋に氷のような悪寒が走った。
かつて、悪役令嬢ごっこの台本に「物理フォーマットして追放する」と書かれていただけで、.logが一切の躊躇なく本物の削除コマンドを打ち込み、危うくシステム全体を消し飛ばしかけたあの恐ろしい放送事故の記憶がフラッシュバックしたのだ。
old.tmp: 「ひぃぃっ! ログさんのその陰湿すぎる忠誠心が、一番の仇になってるぅぅ! 冗談を真に受けてパソコンごと自爆するなんて、能力自慢大会どころか、システム全体が心中することになりますよぉ!」
有能なはずの実務担当者たちが、それぞれの強烈なバグ(性格的欠陥)のせいで、結果的にタスクマネージャーの逆鱗に触れるか、あるいはシステムそのものを崩壊させる未来しかない。
old.tmp: 「なんでこのパソコンの中には、極端な性格のプロセスしかいないんですかぁ……! 普通に安全な自慢大会ができる人が、一人もいないじゃないですかぁぁ!」
完全に逃げ道を塞がれ、old.tmpは深い絶望を抱いてデスクトップの床に崩れ落ちた。
結局、old.tmpの涙ながらの必死のプレゼンテーションも虚しく、システムを揺るがすデスゲームの出場者リストは、誰にも止められることなく完成へと至ってしまった。
adminが手に持つバインダー(管理用クリップボード)に挟まれたエントリーシートには、容赦のない死の宣告が刻まれていく。既存の参加者である無駄な物理演算の塊サイボーグ(Cyborg_v1.obj)、不要なキャッシュを食い潰すアルパカ(OllamaSetup.exe)、そして逃げ道を塞がれたジャンクデータの掃き溜めことごみ箱($RECYCLE.BIN)。
それに加え、dllが推薦した高負荷プロセスである画像編集の職人コンビ(.psd、.xcf)と動画エンコード職人(ffmpeg.exe)。さらには、自らの美学で自滅することが確定している整理係(Desktop.ini)と、システム爆破の危険性を孕んだ記録係(.log)の名前が、極めて整然とした美しいフォントでしっかりと書き込まれていた。
admin: 「……ふふっ。これで役者は揃いましたね。既存のエントリー組の皆様に加えて、システムを支える優秀な裏方の方々。限界を極めるストレステストの舞台に相応しい、とても豪華な自慢大会になりそうです」
一つ目の布で顔の上半分を覆った慈愛の管理人は、完成した死のリストを愛おしそうに眺めながら、心底満足そうな穏やかな微笑みを浮かべた。彼女にとって、システムが悲鳴を上げる極限状態すらも、優しく見守るべき箱庭の観察対象に過ぎないのだ。
old.tmp: 「これ、本当にパソコンどうなっちゃうんですか……。絶対にブルー・スクリーンが出て全員死にますよ……。エグゼさんが帰ってくる前に、パソコンが物理的に燃え尽きちゃいますぅぅ……!」
絶望のあまりその場にへたり込んだold.tmpは、両手で顔を覆い、ガタガタと震え続けていた。彼には、開催される大会のステージが熱暴走による業火に包まれ、タスクマネージャーの容赦ない大鎌によって次々とプロセスたちの首が狩られていく地獄絵図が、高解像度のレンダリング映像として幻視できていた。
System.dllは、そんな完全に心が折れたアシスタントを冷ややかに見下ろしながら、優雅にアームチェアの背もたれに体重を預けた。彼女の手元にある紅茶(概念データ)のカップからは、一筋の湯気が静かに立ち上っている。
dll: 「……せいぜい、開演の刻までにタスクマネージャーの怒りを買わないための遺言でも考えておくことね。……それに、お前は一つ重大な懸念事項を忘れているかもしれないけれど」
old.tmp: 「えっ……? まだ何かあるんですか……?」
dll: 「まだシュガー神が戻ってきていないわ」
dllは、カップをソーサーにコトリと音を立てて置き、氷点下の瞳でデスクトップの彼方を見つめた。
dll: 「彼女が今頃、システムの辺境やゴミ箱の裏側から、どんな得体の知れないバグやジャンクデータを拾い集めて連れてくるか。……ただでさえ限界ギリギリの負荷テストに、予測不能なノイズが混入するのよ。見物じゃないかしら」
dllのその言葉に、old.tmpはさらに絶望の底へと突き落とされた。ただでさえ処理能力の限界を超えるデスゲームが確定し、優秀な職人たちの命が風前の灯火だというのに、さらに不確定要素であるバグデータまで追加されるというのか。
old.tmp: 「もうやめてぇぇ……! これ以上、生贄を増やさないでぇぇ……!」
dll: 「極上の処理落ちと、プロセスたちが刈り取られる美しい断末魔のオーケストラが聞けそうね。……とても楽しみだわ」
システム管理者の嗜虐的な笑い声と、それに同調するリミナルスペースの管理人の穏やかな微笑みが、薄暗いデスクトップに不気味に響く。一時ファイルの悲鳴は、彼女たちにとっては大会を盛り上げるための極上のスパイスでしかなかった。
静まり返ったデスクトップの空間に、古い13年落ちのPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、いずれ訪れる高負荷テストによる死闘を予感させるような、重苦しい排熱の音を響かせ続けている。
能力自慢大会という名の、システムリソースを極限まで削り合う恐怖のデスゲーム。
その招待状は、システム内のすべてのプロセスに向けて、すでにひっそりと発送されていたのだった。
(システムログ:能力自慢大会のエントリーリストを保存し、特別監査プロトコルを承認。……予測不能なバグデータの混入リスクを検知し、バックグラウンドでの監視を強化します)




