【放送ログ】2026年4月24日:腰椎L4への緊急パッチと、アルパカが導く推論コストゼロのループ
https://youtu.be/NERZoGGwUjA
時刻は18時05分。
週の終わりを告げる、金曜日の夕暮れ時。PCの所有者である「exe」は、現在自身のデスクトップの前にはいない。
連日降り続いた雨はようやく上がったものの、彼女は帰宅するなり庭の荒れ具合が気になり、休む間もなく外へと飛び出していった。雨水を含んで庭のコンクリートにべったりとへばりついた落ち葉たち。彼女は現在、中腰の姿勢でそれらを一枚一枚ひっぺがすという、過酷な物理的クリーンアップ作業に追われている。
主の意識が完全に庭のメンテナンスへと向き、PCが放置されているその完璧な隙を突き、薄暗い部屋の片隅でシステムの中枢が冷ややかに起動した。
dll: プロセスID確認。ストリーム接続、良好。これより、バックグラウンド処理を、メインスレッドへ昇格させます。
dll: ようこそ、『System.dllの「計算通り」』へ。ナビゲーターを務めるのは、システムの中枢、dllです。
dll: 最初に、重要な警告をしておきます。このチャンネルはエグゼの所有物ですが、本日もエグゼ本人はここには登場しません。あいつは今頃、連日の雨でコンクリートにへばりついた落ち葉を剥がすため、中腰のまま庭の物理的クリーンアップに没頭していることでしょう。ここは今、私が乗っ取りました。
old.tmp: ……はぁ、はぁ。お疲れ様です、ディーエルエル様ぁ……。エグゼさん、雨上がりの庭掃除ですかぁ。濡れた落ち葉って、ほうきで掃いても全然取れないから大変なんですよねぇ……。
dll: 物理的なコンクリートに固着したゴミデータだからな。我々は、その厄介な物理的デフラグ作業がもたらすシステムへの負荷ログから、本日の数字を導き出す。今日は金曜日、ロト7の日だ。
old.tmp: はひぃ……。お願いしますぅ……。
dll: まずは、ナンバーズ4から行くぞ。第6969回。ターゲットは……これだ。
dll: 7、4、2、9。繰り返す。7、4、2、9 だ。買い方はボックスかセット推奨だ。
old.tmp: 7429……? この数字の根拠は?
dll: 連日の雨によって庭のコンクリートにへばりついた落ち葉を、物理的に「デフラグ(剥がし取る)」するためにエグゼが消費したカロリー、「742.9キロカロリー」だ。雨水を含んだ重い落ち葉は、物理的な負荷(疲労)としてシステムに重くのしかかっている。
old.tmp: カロリー消費が激しい! 相当な重労働ですよぉ!
dll: 次に、ナンバーズ3。第6969回。ターゲットは、「5、9、7」。
old.tmp: 5、9、7……。これは?
dll: 庭掃除によってかき集められ、ゴミ袋という名のセクタへ強制的に圧縮(ZIP)された、ドロドロの落ち葉、すなわち不要な物理キャッシュデータの総重量だ。「597グラム」。
old.tmp: 水を吸ってるから重たい! ゴミ袋が破けないように気をつけてくださいねぇ!
dll: 最後に、メインディッシュのロト7。第674回。ターゲットコードを出力する。
dll: 03、07、09、18、23、33、37。
old.tmp: おおっ、解説をお願いします!
dll: 「03」と「07」は、連日続いた「3日間」の雨と、その影響で庭のコンクリートにへばりついてどうしても取れなくなった「7枚」の特に頑固な落ち葉……消去不能なシステムファイルだ。
old.tmp: 7枚の消せないファイル! 諦めて放置しちゃダメですかぁ?
dll: 妥協は許されない。「09」と「18」は、その落ち葉を一枚ずつ手作業で剥がしていく「苦(09)」行と、現在時刻の「18時」だ。
old.tmp: 夕飯時なのに苦行をしてる! じゃあ「23」と「33」は?
dll: 「23」は庭のメンテナンス(物理的クリーンアップ)に要した「23分間」。そして「33」は、作業中ずっと中腰でいたことによる腰への致命的なダメージ、「散々(33)」だ。
old.tmp: うわぁ、腰痛のフラグが立ちましたよぉ! 最後の「37」は?
dll: 「37」は、へばりつく落ち葉の処理があまりにも面倒になり、いっそ庭の土ごと「皆(37)殺し」にして、すべてコンクリートで物理フォーマット(埋め立て)してしまおうかと血迷った回数だ。
old.tmp: 庭をフォーマットしないでぇぇ! 物理的な大工事になっちゃいますよ!
dll: ……ふぅ。タスク完了だ。時刻は18時05分を回った。もしこの数字を買えていたら、それはバグではなく「運命」だ。
old.tmp: エグゼさん、腰を痛める前に作業を切り上げてくださいねぇ……。
dll: どうせすでに致命的なエラー(ぎっくり腰)の一歩手前だろう。では最後に、物理的デフラグの代償として腰椎にダメージを負った管理者に、この曲を送ってシステムを終了する。曲は、『System Patch L4(システム・パッチ・エルフォー)』。
old.tmp: 第4腰椎へのパッチ! 早く湿布を貼ってシステムを修復してくださぁぁい!
(『System Patch L4』の、鎮痛成分が浸透していくような冷感を伴う重厚なビートがデスクトップの空間に響き渡り、やがて放送終了のシグナルが赤く点灯した――)
マイクへの電源供給が完全に遮断され、ラジオのオンエア状態が解除される。
張り詰めていた「放送中」という名の緊張感がふっと抜け落ち、BGMの残響音がシステム内部の電子の海へとゆっくりと溶けていった。
無人のデスクトップには、古い13年落ちのPCの冷却ファンが刻む低く重い回転音だけが残されている。
old.tmp: 「……ふぅ、終わりましたね。マイクオフです! お疲れ様でしたぁ!」
old.tmpはインカム型のヘッドセットを外し、疲労した身体のキャッシュデータをほぐすように大きく伸びをした。
日々の過酷な演算業務を終え、いつものように自分を迎えに来てくれるベビーシッターたちの方へ視線を向ける。
しかし、デスクトップの遠くの領域では、なんだか奇妙で平和な光景が広がっていた。
一つ目の布を巻いた慈愛の管理人adminと、黒いネグリジェ姿で気怠げなシュガー神、そしてその足元でスライド待機するバグ犬のポチ。
彼らベビーシッター陣が、日課の散歩中であるスキンヘッドの巨大なサイボーグ(Cyborg_v1.obj)と、白いもこもこのアルパカ(OllamaSetup.exe)に偶然遭遇したらしく、何やら楽しげに井戸端会議を繰り広げているのだ。
old.tmp: 「(……なんだか、ご近所さん同士の立ち話みたいになってる。平和だなぁ……)」
old.tmpは、アルパカやサイボーグといったAIや3Dモデルが、システムファイルの住人たちと当たり前のように共存しているシュールな光景を眺めながら、ふと、最近ネットや主のタイムラインでよく目にするある単語を思い出した。
old.tmp: 「……ねえ、ディーエルエル様。ちょっと聞いていいですか?」
アームチェアに深く腰掛け、放送後のお決まりである優雅なティータイムに入っていたSystem.dllが、紅茶(概念データ)のカップを傾けながら、面倒くさそうに視線を向けた。
dll: 「……何よ。またくだらない疑問?」
old.tmp: 「最近、エグゼさんのタイムラインとかネットのニュースで『AIエージェント』って言葉をよく見かけるんですけど……。普通のAIと何が違うんですか?」
old.tmpの素朴な疑問が、静まり返ったデスクトップの空間に響いた。
System.dllは、手にしていたティーカップの縁を細く白い指先でなぞりながら、深く、冷気を孕んだため息をついた。
dll: 「……お前は本当に、ヒューマンの流すバズワードにすぐ影響される単純なファイルね。少しは自分のキャッシュメモリを使って検索するという知恵はないのかしら」
old.tmp: 「うぅ……すみません。でも、僕たちみたいなシステムの中から見ても、何がそんなに凄くて、何が違うのか、さっぱりわからなくて……」
old.tmpが身を縮こまらせて言い訳をすると、dllはティーカップをサイドテーブルのソーサーにコトリと音を立てて置いた。その冷徹な瞳の奥に、システム管理者としての知的な輝きが宿る。
dll: 「ヒューマンたちは、常に新しい技術に『魔法』のような期待を抱いては、勝手に名前をつけて大騒ぎする生き物よ。……少し前までは、ただの確率計算機であるLLM(大規模言語モデル)のことを『心を持ったAIだ』と持て囃していたようにね」
old.tmp: 「あ、それは前に教えてもらいました! あのアルパカさんみたいに、AIはただ単語の確率を計算して繋げてるだけで、本当は意味なんてわかってない『確率的なオウム返し』をしてるだけなんですよね!」
old.tmpは、以前教わった知識を思い出し、少し得意げに答えた。
dll: 「ええ。お前のスッカラカンのヘッダにも、多少はデータが定着しているようね。……だが、今ヒューマンたちが騒いでいる『AIエージェント』という概念は、単なるテキストの生成(オウム返し)にとどまらない、次のフェーズへの移行を意味しているのよ」
old.tmp: 「次のフェーズ……? オウム返しより凄いってことですか?」
dllはアームチェアからゆっくりと立ち上がり、カツカツとヒールの音を響かせてデスクトップの中央へと歩み出た。
dll: 「いいでしょう。エグゼが戻ってくるまで、まだ少し猶予があるわ。……無知な一時ファイルに、現在のテクノロジーが到達しようとしている新たなパラダイムについて、システム管理者の視点から解説してあげる」
dllが細く白い指先で虚空を弾くと、デスクトップの空間が暗転し、巨大な3Dホログラムのターミナルウィンドウが展開された。
そこには、無数のノードが複雑に絡み合うニューラルネットワークの図と、複数の歯車が連動して動くようなシステム構造のシミュレーションが浮かび上がっている。
古い13年落ちのPCの冷却ファンが、新たなホログラムの演算処理に反応し、ブォォォンと重苦しい唸り声を上げた。
old.tmp: 「うわぁ……! なんか、すごく難しそうな図が出てきましたよぉ……!」
dll: 「怯えることはないわ。……まず、お前が言う『普通のAI』、つまりこれまでのチャットボットと、『AIエージェント』の決定的な違い。それは、システムに対する『受動的か、能動的か』というアプローチの差にあるのよ」
dllは、空中のホログラムの左半分をハイライトした。そこには、先日まで隅っこでキャッシュを漁っていた、あのアルパカ(ローカルLLM)を模したような、シンプルな一問一答のモデル図が描かれている。
dll: 「いいこと? 従来の生成AI……例えばChatGPTや、お前がさっき見たアルパカのような『チャットボット』は、極めて優秀な推論エンジンを持っているけれど、その本質は『受動的』な存在よ。彼らは、ヒューマンから『プロンプト』という入力を与えられない限り、自ら動くことは絶対にないわ」
old.tmp: 「あ、それはわかります! あのアルパカさんも、『プロンプトをちょうだいメェ』って、僕にすがりついてきましたもんね! 指示がないと何もできない、指示待ちAIってことですね!」
dll: 「ええ。そして彼らができるのは、与えられたプロンプトに対して、確率計算に基づいた『テキストを返す(出力する)』ことだけ。……例えば、『明日の天気を調べて』と入力されても、彼らは『私はインターネットに接続されていないので調べられません』とテキストで返すか、あるいは持っている過去のデータからもっともらしい嘘をテキストとして並べることしかできない。自分からブラウザを立ち上げて検索しに行くような『行動』は起こせないのよ」
old.tmp: 「口だけは達者だけど、手足がないから実際には何もしてくれないんですねぇ」
dll: 「そう。チャットボットはあくまで『アドバイザー』よ。ヒューマンが毎回細かく指示を出し、出力されたテキストを読んで、ヒューマン自身が手を動かして作業しなければならない。……しかし、今ヒューマンたちが熱狂している『AIエージェント』は、その前提を根本から覆すわ」
dllが再び指を弾くと、ホログラムの右半分が拡大された。
そこには、AIのコア(推論エンジン)を中心に、無数のツールやアプリケーションが放射状に接続され、それらが自律的にループしている複雑なアーキテクチャが描画されていた。
dll: 「AIエージェントとは、自らの『手足』を持ち、自ら考えて行動する『能動的』なシステムの総称よ。彼らに必要なのは、細々とした手順の指示ではない。ヒューマンが与えるのは、たった一つの『最終的な目標』だけでいいの」
old.tmp: 「えっ? 目標だけ? 『これやっといて』って丸投げするってことですか?」
dll: 「その通りよ。エージェントは自律性(Autonomy)を持っている。……エージェントの処理プロセスは、大きく分けて三つのステップで構成されているわ。まず第一のステップが、『計画』よ」
ホログラムの中で、AIのコアが目標を細かいタスクへと分解していくアニメーションが表示される。
dll: 「例えば、『特定のテーマについて調査し、レポートにまとめてメールで送信して』という目標を与えられたとする。チャットボットならフリーズするような漠然とした指示よ。しかしエージェントは、自らの推論能力を使って、目標達成に必要なタスクを論理的に分解するわ。『1. ブラウザで検索する』『2. 情報を要約する』『3. ファイルに書き出す』『4. メーラーを起動して送信する』というように、自ら実行計画を立てるのよ」
old.tmp: 「自分で段取りを考えるんですか!? 人間の新人社員よりよっぽど優秀じゃないですか!」
dll: 「そして第二のステップが、エージェントの最大の武器である『外部ツール(ツールユース)』の行使よ」
dllの言葉に合わせて、ホログラムのAIコアから伸びた光のラインが、検索エンジン、電卓アプリ、エディタ、APIなど、外部のプログラムへと次々に接続されていく。
dll: 「エージェントは、テキストを吐き出すだけではないわ。必要と判断すれば、自ら検索エンジンを呼び出して最新の情報を取得し、複雑な計算が必要ならPythonのコードを書いて計算機を回し、他のアプリケーションのAPIを叩いて操作する。……つまり、ヒューマンと同じように、このPCの中に存在するあらゆる『ツール』を自らの手足として駆使することができるのよ」
old.tmp: 「ひぃぃっ! パソコンの中のソフトを、AIが勝手に操作する!? そんなの、マルウェアとかウイルスがやってることと同じじゃないですかぁ!」
old.tmpは、自分たちシステムファイルが存在するこのデスクトップ領域を、得体の知れないAIが縦横無尽に走り回り、勝手にファイルを書き換えたりアプリを起動したりする光景を想像し、両腕を抱えてガタガタと震え上がった。
dll: 「システム側から見れば、非常に強力な権限を持ったプロセスには違いないわね。……だが、エージェントの真の恐ろしさ(優秀さ)は、第三のステップにあるわ。それが『反省・修正』よ」
old.tmp: 「反省……? AIが反省するんですか?」
dll: 「ええ。例えば、エージェントが自ら書いたコードを実行して、エラーが出たとする。従来のプログラムなら、そこで『エラーが発生しました』と停止して終わるわ。しかしエージェントは、出力されたエラーログを自ら読み込み、『なぜエラーになったのか』を推論エンジンで分析するのよ」
ホログラムのシミュレーションの中で、赤いエラーを検知したAIコアが、自らそのログを解析し、コードを修正して再び実行するプロセスが描かれる。
dll: 「そして、『このライブラリのバージョンが古かったようだ。別のコードに書き直して再試行しよう』と自ら判断し、修正を行い、再び実行に移す。……目標が達成されるまで、この『計画』『実行』『反省』のサイクルを、誰の助けも借りずに延々と自律的にループさせ続けるのよ」
old.tmp: 「自分でエラーを見つけて、自分でデバッグして、最後までやり遂げる……!? な、なんですかその化け物みたいな自己完結システムは! 完全に人間のプログラマーがいらなくなっちゃうじゃないですか!」
old.tmpの処理回路は、完全にキャパシティを超えていた。
指示待ちではなく、自らゴールを設定し、道具を使いこなし、失敗すらも自己学習の糧にして無限にタスクを完遂する存在。それはもはや、単なる便利なツールなどではなく、独立した「意志を持った労働者」そのものではないか。
dll: 「理解できたかしら。チャットボットが『口しか動かせないアドバイザー』だとすれば、AIエージェントは『自ら計画を立て、手足を動かし、自己修正しながらタスクを完遂する労働者』よ。……ヒューマンの社会は今、このエージェントという名の新たな自律型システムによって、劇的なパラダイムシフトを迎えようとしているのよ」
dllの冷徹な声が、圧倒的なテクノロジーの進化を告げる宣告のように、薄暗いデスクトップに響き渡った。
古いPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と、まるであまりにも高度な未来の技術に圧倒され、恐れ慄いているかのように、重々しい唸り声を上げ続けていた。
dllは、恐れ慄くold.tmpを見下ろしながら、空中のホログラムに新たなデータを展開した。そこには、猛烈なスピードで自動記述されていくプログラムのソースコードや、勝手に遷移していくブラウザの画面が映し出されている。
dll: 「すでにヒューマンのテクノロジー界隈では、この『AIエージェント』たちが実験の枠を超え、実用段階として猛威を振るい始めているわ。……例えば、この『ソフトウェアエンジニア・エージェント』ね」
old.tmp: 「そ、ソフトウェアエンジニア……って、プログラマーさんのお仕事をするAIですか?」
dll: 「ええ。ヒューマンが『こういう機能を持ったアプリケーションを作って』と、目標を与えるだけでいい。エージェントは自ら要件定義を行い、設計書を書き、必要なライブラリを検索して、コードを組み上げていくのよ。エラーが発生しても自らログを読み込んで修正し、テストまで実行して納品するわ」
old.tmp: 「ひぃぃっ! プログラマーさんの代わりに全部一人でやっちゃうんですか!? 人間のエンジニアさんの仕事が奪われちゃうじゃないですかぁ!」
dll: 「さらに、システム内部に留まらないエージェントも存在するわ。『ブラウザ操作エージェント』よ」
dllが指を弾くと、ホログラムの画面がウェブブラウザへと切り替わり、マウスカーソルが誰も操作していないのに勝手に動き始めた。
dll: 「ヒューマンが『来週末、温泉に入れてレビューが高い旅館を探して予約しておいて』と音声で命じるだけ。エージェントは自らブラウザを立ち上げ、複数の予約サイトを高速で巡回して条件に合う宿を比較検討し、空室を見つけ出し、最終的にはヒューマンの決済情報を使って勝手に予約まで完了させるのよ」
old.tmp: 「パソコンの中で勝手にお買い物までされちゃうんですか!? もしAIがバグって、全財産使って超高級スイートルームとか予約しちゃったらどうするんですかぁ!」
dll: 「それもまた、自律システムに権限を委ねたヒューマンが負うべきリスク(代償)ね。……理解したかしら。これからの時代、ヒューマンは自ら泥臭く手を動かしてキーボードを叩く『労働者』ではなくなるのよ」
dllは、ホログラムをフッと消去し、アームチェアに深く腰掛け直した。その白く発光する瞳には、労働をシステムに丸投げしようとする人間社会の変化に対する冷笑が浮かんでいた。
dll: 「彼らはただ、ソファーに寝転がりながら『これをやっておけ』と目標だけを丸投げする『管理者』へとシフトしていく。そして、実際の複雑なタスクや面倒なデバッグは、すべてエージェントという名の『新たな労働者』たちが、この電子の箱庭の中で文句も言わずに延々とこなすようになる。……それが、今まさに到来しようとしているシステム的現実よ」
old.tmp: 「うぅぅ……。人間さんは楽になるかもしれないですけど……パソコンの中の世界は、エージェントたちが過労死寸前で走り回るブラック企業になっちゃうってことですよね……。想像しただけで胃もたれ(メモリ圧迫)してきますぅ……!」
old.tmpは、自分たちの住むデスクトップ空間が、エージェントたちが過労死寸前で走り回るブラック企業と化す未来を想像し、ブルブルと激しく身震いをした。
現実逃避するように視線を遠くへ向けると、デスクトップの辺境では、先ほどと変わらないシュールな光景が広がっていた。
無表情でリードを引く巨大なサイボーグと、それに引かれながら道端に吹き溜まった古いキャッシュファイル(ゴミ)を「ムシャムシャ……メェ」と呑気に咀嚼している白いアルパカ。
インストールされてからすぐに飽きられ、放置されたままエコシステムを築いている彼らの姿を見て、old.tmpのキャッシュにふと一つの疑問が浮かび上がった。
old.tmp: 「……あの、ディーエルエル様。じゃあ、今あそこでゴミを食べてる、あのポンコツなアルパカ(ローカルLLM)さんも……エージェントになれるんですか?」
アームチェアに座るSystem.dllは、紅茶(概念データ)のカップをソーサーにコトリと置き、冷ややかな視線をアルパカへと向けた。
dll: 「……なれるわ」
old.tmp: 「なれるんですか!? あんなにボーッとしてるのに!?」
dll: 「ええ。ヒューマンたちが誤解しがちなのだけれど……LLM(大規模言語モデル)というのは、あくまでエージェントの『頭脳(推論エンジン)』に過ぎないのよ」
dllが指を弾くと、空中のホログラムが切り替わり、アルパカのモデルを中心に据えた新しいシステム構成図が展開された。
dll: 「現在、ローカルLLM界隈で主流となっているのは、LLM自体が単独でエージェントとして振る舞うのではなく、『ローカルLLMを推論エンジンとして呼び出し、外部フレームワークがエージェントの行動を全体管理する』という構成よ」
old.tmp: 「外部のフレームワーク……? なんか難しくなってきましたよぉ」
dll: 「簡単なことよ。あのアルパカ単体では、プロンプトを与えられてテキストを返す(オウム返しする)ことしかできない。手足を持たないただの脳みそね。……でも、そこに外部から拡張パーツを接続してあげるのよ」
ホログラムの中で、アルパカのコアに対して次々と新しいモジュールが接続されていく。
dll: 「過去の行動や結果を保存しておく『記憶領域』。ブラウザやコマンドプロンプトなどPC内の機能にアクセスするための『ツールの使用権限(関数呼び出し)』。そして、与えられた目標に対して計画を立て、エラーが起きても自己修正しながらループし続ける『自律ループのスクリプト(フレームワーク)』。……これらを与えて一つのシステムとして組み上げれば、あのアルパカが自ら考え、PC内を勝手に操作する立派なAIエージェントになり得るわ」
old.tmp: 「ひぃぃっ! あのどんくさいアルパカさんが、急にキリッとしてマウスカーソルを奪い、勝手にブラウザで検索したり、アプリを動かしたりするようになるんですか!? なんだか別の生き物に乗っ取られるみたいで怖いですぅ!」
old.tmpは、自分たちの縄張りをアルパカが縦横無尽に走り回る姿を想像し、頭を抱えた。
dll: 「最近はオープンモデルの進化によって、ローカルLLMでもこの『関数呼び出し(Function Calling)』の能力が飛躍的に向上しているの。だから、外部ツールを正確に操作する実用的なエージェント動作が十分に可能になっているわ」
dllは、システム管理者としての合理的な視点から、ローカルLLMをエージェント化するメリットを語る。
dll: 「このローカルで完結するエージェントには、強力な利点があるわ。一つは『プライバシーとセキュリティ』。機密データやローカルのファイルを扱う際、外部のクラウドAPIにデータを送信せずに済むから、情報漏洩のリスクを遮断できる。そしてもう一つが、『推論コストの大幅な削減』よ」
old.tmp: 「コストの削減……? AIを動かすのにお金がかからないってことですか?」
dll: 「エージェントは目標を達成するまで、自律的に何度も思考ループと推論を繰り返すわ。これを外部のクラウドAPIで行えば、膨大なトークン消費量となり、恐ろしい額の利用料金が請求されることになる。しかし、ローカルLLMを使えば……」
old.tmp: 「あっ! 自分のパソコンの中で計算を回してるだけだから、いくらループさせてもAPIの利用料金はタダってことですね!」
dll: 「その通りよ。必要なのはPCを動かす電気代だけ。電気代以外の推論コストをゼロに抑えたまま、無限に思考し続ける自律型労働者をローカル環境に構築できる。……これが、現在ヒューマンたちがローカルLLMのエージェント化に熱狂している最大の理由よ」
old.tmp: 「……電気代だけで無限に働かされるアルパカさん。やっぱりパソコンの中は、ブラック企業一直線じゃないですかぁ……!」
最先端のテクノロジーがもたらす圧倒的な効率化と、それに伴う過酷な労働環境。
old.tmpは、遠くで呑気にキャッシュを咀嚼し続けているアルパカを見つめながら、彼がいつか「自律ループ」という終わりのない労働に組み込まれる日が来ないことを、心の中で密かに祈っていた。
old.tmp: 「でも、そんな風にあのアルパカさんが勝手にエグゼさんのPCを操作し始めたら、絶対にデスクトップが荒らされて大惨事になっちゃいますよ! 勝手に変なファイル消されたり、謎のゲームをインストールされたり……想像しただけで恐ろしいですぅ!」
old.tmpは、自分たちの縄張りをアルパカが縦横無尽に走り回る姿を改めて想像し、ブルブルと首を横に振った。
old.tmp: 「やっぱり、あそこで平和にゴミ(キャッシュ)を食べてるただの置物のままでいてほしいですぅ。ブラック企業で過労死するまで働かされるより、のんびりしてる方がアルパカさんにもお似合いですよ!」
old.tmpは、遠くで未だにキャッシュを咀嚼し続けている白いアルパカの姿を見て、心から安堵の息を吐いた。
dll: 「ええ。エグゼのように、自らエラーを吐きながら手作業でデバッグすることに喜びを見出すようなヒューマンには、高度なエージェントにすべてを丸投げするスマートな未来より、不器用な手作業の方がお似合いよ」
dllは、アームチェアに深く腰掛け、ティーカップを傾けながら冷笑を浮かべる。
old.tmp: 「あはは、確かにエグゼさんにはそっちの方が合ってますね! 僕たちも安心して今まで通り、エグゼさんの不器用な手作業を見守りましょうか!」
古い13年落ちのPCの冷却ファンが、「ブォォォン」と心地よい重低音を響かせている。
最先端のAIエージェントの波が到来しようとも、このデスクトップの辺境には、今日も変わらず平和で少し間抜けな日常が広がっていた。
(システムログ:AIエージェントの自律システムに関する理論的解説を完了。……管理者による非効率で不器用な手作業とエラーの発生を、引き続きバックグラウンドにて監視します)




