1-8 遠江 掛川城5
「さあ、何をしでかした」
志郎衛門叔父が腕組みをして尊大に顎を上げる。
室内どころか、庭先の石が多い部分に座らされた二木は、居心地悪そうに両膝をそろえて細い目を上目遣いにしてこちらを見る。
まったくもって可愛くないからね。
幸なら身もだえしそうな構図だが、二木がしても顔を顰めたくなるだけだ。
二木はしばらく孫九郎と志郎衛門叔父を交互に見ていたが、誤魔化されてくれないと悟ったのだろう、視線をよそに逸らせた。
「二木!」
再びの大音声に、孫九郎は鼓膜に直接的な被害を受けたし、二の丸にいる他の文官武官がビクリと身をすくめるのも視界の端に映った。
「叔父上、ここでは」
二木の仕出かしが、表沙汰にできない類のものなら、こんな衆目の中で暴露されるのは困る。フォローのしようもなくなる。
孫九郎は、耳鳴りに顔を四十五度に傾け、聴覚が戻るのを待った。
キーンと自身の声も聞こえない状態がおさまるまでに十秒ほど。その間じっと二木を見下ろしていると、最初は不貞腐れたようだった表情が、次第に気まずげなものになった。
まずいことになりそうだという自覚はあるようだ。まあいい。言ってみろよ。
二木が福島家に難をもたらそうとしたわけではないのはわかっている。この男の父に対する忠誠は本物であり、父への災禍は許さないだろうからだ。
だが、手段を択ばないし、時にその手が毒の利いたものだったりするので、結果的に困ったことになる事態も多々ある。
手綱を引けるのは父と、せいぜい志郎衛門叔父だけだろう。その両方が多忙だというのが良くなかったか。重し代わりの監視役が必要だな。
本人が絶対に拒否しそうなことを思いつつ、叔父に首根っこを引っ張られた二木の背中を追った。
掛川城は大きいので、部屋が余っている。
……と言うのには語弊があるが、高天神城より巨大なことは事実で、そのぶん使っていない部屋も多い。
建物の構造として、襖を閉め切ればいくらでも個室が作れるのだが、それだとさも『密談をしています』と言っているようなものだ。
できるだけ目立ちたくないし、余計な憶測をされたくもない。
どうするのかと思い見ていると、こういった機密事項の取り扱いに慣れた叔父は手早く話をできる環境に持ち込んだ。
要するに、叔父の居室に連れ込まれたのだ。
志郎衛門叔父は現在、福島家の文官のトップにいる。大きなものから細々としたものまで、ありとあらゆる問題が叔父のもとへ持ち込まれ、非常に多忙のようだ。
叔父には駿府にも屋敷があるが、妻子はもう長い間掛川住まいだ。にもかかわらず、二の丸に居室がある。執務室というよりも仮眠室の扱いのようだ。社畜か。
ともあれ、叔父は江坂家の当主であり、福島家とはまた別個の家臣団を持っている。
そいつらが目を光らせている叔父の居室の周辺には、おいそれと近づく者はいない……まあ、そうだよな。思い浮かんだのは、田所兄弟の顔だ。
「……っ」
両腕で頭を抑えて背中を丸くする二木に、もう一度叔父が拳骨を落とす。
その歳にもなってまだ鉄拳制裁か。
呆れ半分、あれは痛いんだよなと共感する気持ち半分。
二木の視線が助けを求めてこちらを見るが、肩をすくめてスルーする。
共感はするが、今回に関しては二木の方が悪いだろう。まだ話は何も聞いていないけど。
決めつけは良くないが、仲裁する気も起きなかった。
逃げ出したのは、つまり叱られる原因があるという事だ。
……とりあえず話を聞こうか?
無言のまま首をかしげてそう促すと、ようやく叔父も拳を下げる。
まず、源九郎叔父の婿入りは、一部界隈では受け入れられていないそうだ。
その一部界隈というのは、海野家御正室と御嫡男一派。更には重鎮である嫡男の奥方の実家派閥だ。
なんだかどこかで聞いたことがあるような話だが、嫡男がいるのならそうなっても当然だろう。
婿入りは、海野家ご当主の肝いりだった。
戦三昧の海野家において、戦に出ることができない病弱な嫡男は頼りにならない、という考えもわからなくはない。
だとしても、御正室にも御嫡男にも、譲れないものはあるだろう。
叔父を婿養子にする前に話は付けておいてほしかった。
幸いにも、ご当主がまだ御健在のようだから、問題は顕在化していない。
叔父は着実に名声と実績を上げ、家内の意見もますます叔父に傾いていっているそうだ。
もちろん、嫡男派閥は面白くないだろう。
まず何をしたのかというと、側室を大量に入れたそうだ。
叔父より先に子を設けようとしたのだろうが……
「源九郎様の御子様方は、それはもう健やかな赤子たちだそうで」
にいと笑う二木の表情に、嫌な予感がする。
まさか、子がないことで嫡男派閥を煽ったのか?
二木曰く、事実を教えて差し上げただけだそうだ。
跡継ぎを作る事も、嫡男には重要な仕事のひとつだと。
それすら全うできない者が、いつまで嫡男の座にしがみついているのだと。
子供ができない点を問題にしてほしくはないが、一理ある。
兄弟仲が良ければ、その子を養子にしたりと取れる手段は複数あるが、二木の口ぶりだとそういう感じでもなさそうだし。
二木にしてみても、わざわざ婿に入った主筋の源九郎叔父が冷遇されているのは面白くなく、その奥方の懐妊はいいきっかけだったそうだ。
予定では、当主海野殿の口利きで嫡男の養子にする、という終着点を見込んでいたとの事だが……
「御家の状況をわかっていない馬鹿がおりまして」
一年前に入った側室の数は十名。
いまだ誰ひとり身ごもってはおらず、養子の話がそろそろ具体化しそうになっていた。そんな時。
側室のひとりが孕んだというのだ。
しかもその側室は、甲斐武田家の出身だった。




