1-7 遠江 掛川城4
「明日もまたお会いできますか」と、ものすっごく可愛らしい表情で問われた。
まるで日曜に遊べるかと子供に聞かれた親の気分だ。
いやいや、中の人はともかくとして、孫九郎はまだ子供がいるような歳ではない。
せめて逢引きの約束だろうと思いなおす。
「……見ていたなら声を掛けてくださいよ」
「あの子には怖がられておりますので」
そう言ったのは、小道の角から現れた志郎衛門叔父だ。
この分だと叔父のほうも、お葉殿や幸と距離があるのかもしれない。
福島家の男が総じてそういう感じなのは、やはり何らかの理由があるのだろう。
それを、すでに家から離れた孫九郎が根掘り葉掘り聞いてもいいものか。
孫九郎がちらりとその顔を見上げると、叔父は眉間のしわを深めながら、遠ざかっていく幸の後ろ姿を見送っていた。
お世辞にも、実の姪に向けるような視線ではない。
「……叔父上、幸は妹ですよ」
「それはどうでしょう」
は? どういう意味?
孫九郎が聞きなおすべきかと迷っていると、叔父ははっとしたようにこちらに顔を向けた。
「今のはお忘れください」
いや、無理だろ。
ものすごく本質的な問題に触れてしまった気がした。
あんなに似ている幸松と幸が、父の子でないはずがない。
万が一そんな疑いがあるのだとしても、表だって誰も口にしないのなら、それこそ孫九郎が関わるべき問題ではない。
実際は孫九郎は父の孫なのだから、幸松や幸は叔父叔母という意味だろう、きっと。多分。
「……源九郎叔父上の御子の話は聞きましたか?」
危険な話題から離れるべく、一番の懸案事項であるはずの話をする。
「はい」
「双子だそうですね」
「はい」
……話が続かない。
孫九郎は助けを求めて周囲を見回したが、側付きたちは距離を開けているし、護衛の谷は無表情。
誰も間を取り持ってくれないので、ため息をついてその気まずさを甘受した。
「……申し訳ございませぬ」
しばらくして、志郎衛門叔父が軽く頭を下げてきた。
「このところ、気がかりなことが多く」
お葉殿の件ではないと思いたい。
「源九郎の子のことですな、福島家はつくづく双子が多い家系でして」
なんでも、嫁である海野の娘の腹が大きくなり始めた頃から、もしかすると双子かもしれないと思っていたそうだ。
双子を忌避する風潮はいまだ根強い。
それもこれも、医療技術が発達していないので、双子が両方無事に生まれ育つのが難しかったからなのだろうが。
そのあたりの事で、源九郎叔父は事前にかなりの準備をしていたようだ。
双子を産むとなると、母体の方にかなりの負担がかかるというのもある。
「叔母上は御無事ですか?」
「母子ともに問題はないと聞いております」
孫九郎はとりあえずほっとした。
「父が信濃へ向かおうとしている理由は何ですか」
「まだそんなことを言っているのですか」
志郎衛門叔父も、孫九郎がそれを聞いた時同様、渋い表情になった。
「わざわざ甲斐戦線からの一時離脱の願いを書面で送ってきました」
「……はあ」
「秋までには戻ると」
「二木を締め上げて参ります」
二木か。
案じていた通りの展開になりつつあり、孫九郎は渋い表情で叔父を見上げた。
「厄介なことですか?」
「どの程度を兄上に話したかにもよります」
それってすでにもう、かなりの問題になると叔父は思っているという事か?
「叔父上」
孫九郎は、しっかりと強い口調で言った。
「事情を話してくださらなければ、判断できません」
「いえ、そんな事をすればそれこそ兄上に絞られます」
「父がどうしても行くと言い張った場合、止めることができますか」
叔父は、孫九郎の言葉に盛大に顔をしかめた。
きっと二年前の騒動を思い出したのだろう。
叔父の手も、それこそ今川の名も届かぬところで父は大立ち回りをして、諏訪分家である高遠を潰したのだ。
おかげで諏訪との仲は険悪過ぎる状況だし、村上家に至っては明確に今川家に敵意を向けている。
村上家は海野家と度々戦を繰り広げている仲なので、叔父の婿入りにより今川が海野についたと考えられているのだ。
そんなつもりはなかったといっても、今更理解はしてもらえない。
「……わかりました。話す前に二木のところへ参りましょう」
叔父の言葉に、孫九郎は小さく頷いた。
二木は二年前から、信濃を専門に諜報活動の統括をしている。
今のところ今川家とどうこうなる状況ではないが、いざそういう事になった場合には絶対に必要な部署だ。
深く情報網を張り巡らせておくことで、いざことが起こりそうになった時には、どこよりも早く状況の把握ができる。
確かに、そういう場合には隣国の情報通は居てくれると助かる。
勝手に問題を起こさないという大前提のもとでだが。
二の丸に向かい、しばらく歩いたところで、真向かいからやってくる見覚えのある男を見つけた。
手元の冊子を捲りながらの、歩きなんちゃらだ。
危ないだろうと思いながら見ていると、案の定躓き、さすがに転びはしなかったが、こちらに気づいた。
目が合った。絶対にこちらを把握したはずだ。
それなのに、二木はそのまま冊子に目を戻した。廊下を逆方向に曲がりながら。
それを見て察した。
「二木!」
孫九郎が何かを言う前に、隣の志郎衛門叔父が大声で怒鳴った。
びりびりと襖が震えるほどの大音声だった。
あ、逃げた。
孫九郎は扇子をちょっと振り、逃げていく二木を捕まえるように指示した。




