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場所が場所だし、荷物でも落としたのだろうか、と思っていると、ばたばたとこちらに向かってくる女性がいた。そこら中にいるバルツオーネちゃんたちが就けているバンダナと同じ色の布を使った制服を着ている。デザインで入っているラインの入り方や色も似ているし、郵便事業局員の人なんだろう。
「てぃ、ティネラ!」
長いポニーテールを揺らしながら走り寄ってきた彼女は、息を整えながら、へろへろの声で、バルツオーネちゃんの方を見ながら、そう言った。それを聞いて、わたしの腕の中でおとなしくしていたバルツオーネちゃんが反応する。もしかしなくても、ティネラというのはこの子の名前なのだろう。
「この子、ここの子だったんですか?」
わたしは女性に聞いてみる。わたしの問いに、彼女は首を縦に振って答えた。
「その子、ティネラっていうんですけど、さぼり癖がすごくて……」
わたしはバルツオーネちゃん――もとい、ティネラちゃんを女性に引き渡そうとする。しかし、必死の抵抗を受ける。ティネラちゃんはわたしの服に爪を立てて、戻りたくない、とばかりにひっついてくる。可愛い。
「こら、ティネラ! 今日の配達、まだ残ってるでしょう。――ちゃんと配達しなさい」
女性が少し、語気を強める。すると、さっきまでの抵抗が嘘だったかのように、大人しく女性へと引き取られていった。……もしかして、この女性がティネラちゃんとテイム契約している人なのかな。今のが命令、ってことで、素直に聞くしかなかったのかも。
彼女の腕に渡ったティネラちゃんは、それはもう、不服そうな表情をしていた。もとより目が鋭いので、ジト目をすると、すごく睨んでいるように見える。
「すみません、ありがとうございました」
ぺこぺこと女性は頭を下げ、すぐに郵便事業局の方へと戻っていってしまう。もうちょっと触っていたかったけど、仕事があるなら仕方がない。
わたしも、夜営業のために、まだ仕事が残っている。メニューの書かれたスタンド看板とかを描くのもわたしの仕事なのだ。日替わりメニュー、ノルンさんに聞いておかないと。
「じゃ、戻りましょう、イベリスさ――。…………いない」
パッと横を見ると、そこにはイベリスさんがいなかった。ついさっきまで、いたのに。バルツオーネの大群に興奮して、彼の腕を揺さぶったあたりまでは、確かにいたはず。ということは、今の、ティネラちゃんを引き渡すやりとりをした、ほんの数分の間にいなくなったのか。
あたりを見回してみるが、どこにもいない。……自由人が過ぎないか!?
「まったく……」
イベリスさんは放置して、わたしだけで帰ろう、と思ったのだが、ふと気が付く。
……いや、帰り道、分からないかも。




