えぴろーぐ
悲鳴が聞こえて同時に轟音が聞こえる。
何か大きな魔法攻撃がされたのかもしれない。
建物自体が小刻みに震えていて、パラパラと砂粒のようにこの建物の外装が砂粒となり降ってくる。
同時に獣のような咆哮が聞こえた。
「うわー、どうやら“漆黒の獣”の封印が解かれちゃったみたいだね」
ネココがあまり緊張感のない声でそんな事を言う。
そんなネココにリオンが、
「その成り代わりの精霊が倒されたのは事実だと思うよ。精霊の反応が一つ凄く弱まったからね。でもその最後の一撃というか、それであの“漆黒の獣”は目覚めさせられたみたいだね」
「事前に封印が解かれたら一斉攻撃する罠を張らないなんて、危険じゃないか。あの先生達は今まで何をやっていたんだ!」
「初めからその封印が壊されるはずがないという自信があったのかもね。まあ、相当な魔力をぶつけないとあの封印はとけないからさ。たかだか成り代わりの精霊ごときにそこまで力がないと思ったんじゃないかな」
まるで世間話をするかのように語るネココだがそこでリオンが、
「何であの精霊はそんなに魔力を持っていたんだ?」
「いや~、可愛い子のお願いは断れなくて。まさかあの子がなり代わりの精霊だとは思わなくて」
ネココがサラっととんでもない情報を口走った。
それは、つまり……。
「ネココ、お前は封印されていても自由に動けたのか?」
「ある程度はね。ほら、やっぱり封じられていると暇だからこう、封印された者同士集まりがあってたまに世間話とか情報交換をするんだ」
「……天使とか悪魔とか精霊が、敵対しないのか?」
「うーん、僕達はそういう枠組みから外れちゃったから封印されているわけで、だから大抵は仲が良いよ?」
そんな封印された裏事情をネココが暴露した。
それを聞きながら、リオンは冷たくネココに告げる。
「だったらその成り代わりの精霊に力を貸した責任として、“漆黒の獣”を倒してこい」
「いやー、でも僕ってこの姿は猫じゃん? だからあの“漆黒の獣”みたいな犬っぽい奴とは相性が悪くて」
「ネココ、やれ」
「でもリオンでも大丈夫だと思うんだ。だって僕がご主人様に選んだくらいの実力者だし。……まだ子供とはいえね」
笑うネココは、どうあっても動くつもりがないらしい。
なので私もネココに、
「“漆黒の獣”はネココには倒せないの? ネココは弱いの?」
「まあ、美咲ちゃんはリオンを応援してあげなよ。いざとなったらその箒でその“漆黒の獣”をはたき倒してしまえば良いし」
「ネココ、いざという時は私を守るんじゃないの?」
「それ自体が本当は物凄く茶番なんだよね。特に美咲の場合は」
ネココは深々と嘆息するけれど、私には意味が分からない。
そしてネココは、リオンを信じてあげる方が美咲には今は一番良いかもねと話をはぐらかされる。
そこで黒い影が、上の階から走って姿を現す。
それは犬と言っても、私の身長近くあるような大きな黒い獣で、赤い瞳が獰猛に輝いている。
呻くように小さく開いた口からは白く鋭い牙が覗いている。
間近で見た獣の姿に私は一瞬後づさるが、
「美咲は俺が守るから」
そう私にリオンは告げて、“漆黒の獣”に向かって走り出す。
その黒い獣は大きく咆哮を上げると同時に、周囲に光り輝く球状の雷のようなものを生み出す。
まばゆい輝きを持つそれだが、すぐにリオンへと向かって行くが、
「“地へと還れ”」
リオンのその言葉と共に、その球状の雷は地面へとめり込み、大きく音を立てると同時に消滅する。
それを見てその漆黒の獣は飛び上がる。
リオンのニ倍程度の高さまで瞬時に跳ね跳ぶ。
それに向かって、風の塊のようなものが、よこに手を振ったリオンの手から撃ち放たれその獣をそのまま元来た階段へと跳ね飛ばす。
まさにゲームの中でやっているような鮮やかな魔法戦が私の目の前に広がっているが、それでもリオンが怪我をしないだろうか心配で、先ほどから持っていた箒を強く握りしめる。
もしもリオンの背後をこの獣が取ろうとしたら、容赦なく叩き潰してやろうと思ったからだ
そこでリオンが呟く。
「思いのほか強いな。……最悪消滅も視野に入れた方が良いかもしれない」
呟きかけ出して、動きの鈍くなったその獣に攻撃を仕掛けようとリオンの手が炎に包まれた瞬間、その時を待っていたかのようにその獣はリオンの脇をすり抜けて私の方に迫る。
「美咲!」
焦ったようなリオンの声が聞こえて、それと同時に目の前に先ほどの獣が私に向かって来ていて……私は悲鳴をあげて、
「いやぁあああ、来ないでぇええ」
次に大きく箒を振りおろす。
その箒でその黒い獣を叩きつけると同時に、その獣がすうっと箒の下で姿が消える。
一体何が起こったのか分からない私だがそこで、
「だから美咲は上位世界の人間だから、こうやって箒だけでもこの程度の魔物は倒せてしまうんだよね」
ネココが、やれやれというように驚く私にそう告げたのだった。
それから箒を動かすと、精霊の弱った状態の石があった。
この黒い石をどうしようかと思ったのだが、異世界の私がそんなものを従えられるとは思えず、リオンに渡した。
私を心配するリオンはこのまま破壊しようかといいだしたけれど、
「でもこういった精霊みたいなものをより従えられた方が良いんでしょう?」
「それは、そうだけれど……」
「リオンが強くなってくれたら私は嬉しいな」
その一言でリオンは受け入れてくれました。
やっぱりリオンは優しいままだよなと思っていた所で、弱った先生方がやってきて、そして、
「あー、リオン、お前があの成り代わりの精霊やら何やらを倒したのか?」
現れたのは、赤い髪をした派手な服装の女性。
長い赤い髪がウェーブを描く美女。
何処となくリオンに似ているように私は見えるが、そんな彼女に、
「ミサ叔母さん……封印の管理くらいきちんとして下さい」
「だって面倒くさいし。それより、その子がリオンが時々寝言で呟いていたミサキちゃん?」
リオンがそのミサ叔母さんの言葉で噴き出し、顔を赤くして慌てたように、
「そ、その、仲の良い友達で……」
「へー、仲の良いお友達に会いたいが為に召喚というマイナーな方向に進んだわけだ。家業の戦闘や魔物退治の技術を捨ててまでねー」
「そ、それはその、俺が召喚に興味があったからです。だからこちらの道を選んだんです」
「ふーん、そういう事にしようかな。それで、ミサキちゃん?」
そこでリオンの叔母さんであるミサさんが私に微笑んで、
「貴方は、サクラミサキで良いわね?」
「はい、そうですが……」
「貴方、この学校に留学しなさい」
そう私にさらっと告げて、ミサさんが私の額を指で軽くたたくと、私の視界は暗転して、気付くと元の世界に戻っていた。
周りを見回せば、私が良く知る住宅街が広がっていて、あれは全部夢だったのだろうかと迷うけれど、成長したリオンにまた会えたので十分良かったとその時は思った。
女の子かと思っていたら、男の子だったが。
そして私が楽しみにしていた新刊を買った次の日、黒いスーツとサングラスを付けた“政府の役人”だと自称彼らによって、気付けばリオン達の学校に留学する羽目になり、こうして学校の掃除をしていたりする。そこで、
「何か今、ぱきって言わなかった?」
ユリの言葉に周りを見回せば、そこには封印の要となっていそうな石板が半分になっていて、そこから一匹の青い鳥が飛んでいく。
「ユリ、あれは何?」
「目から炎を吐く“青き紅蓮の鳥”だったかな」
「ああもう、空を飛ぶ鳥なんて面倒だわ!」
この後皆で喫茶店に行くはずだったのにと私は舌打ちしたい気持ちになっていると、
「早く捕まえて、食事に行こう」
リオンが私の手を掴み、それと同時に私の体も宙に浮かぶ。
初めての空の魔法だけれど、それよりも私は、すぐ傍のリオンが私に微笑んでくれている事の方がよほど心が躍る。
そうして私がその鳥を捕まえて封印しなおすのもよくある話。
そしてそんな私がリオンへの恋心に気付くのはもう少し後の事のようだった。
「おしまい」




