Ⅱ-48:変異分化
マキリを抜くと、傷口からドクドクと血液が流れだす。口腔内の狭さも相成り、体の周りは間もなくルの血液に満たされてしまった。
「聞こえるか、私は今お前を傷つけたぞ」
そう告げると、急に体の向きが変わった。視点を口の外に移せば、南に向かって歩き出していることが分かる。
(お主は我が試練を乗り越えた。めんどくさいのでこのまま彼女の下へと連れてゆこうではないか)
「いや、いくら私が嫌気呼吸できると言っても流石に匂いとかきっつい」
(何、そのうち気にならなくなるぞ。なんと言ってもこの周旋龍ボルベルブルー=ビルバルザークの生き血であるからな)
その自信はどっから出てくるんだよ。普通の血液と同じ有機鉄の臭いに変わりは無いわ。
そんなこんなでラルアのところに戻ると、突然何か硬いものにつまみあげられて地面に降ろされる。
とりあえず、だ。{消波}で体の周りを闇にして、ボルベルブルーの血の付いた諸々、体にまとわりついた血を全部しまい、別の服に着替える。
「で、ボルベルブルー。ラルアをこの場で治してくれるんだな?」
(まぁ見ておけ)
そう言うとボルベルブルーは口をラルアに近づけ、口を開いて残っていた血を彼女にかけた。
「これで暫し――そうだな、日暮れまでには彼女も変異分化を起こすだろう」
……え? これだけ?
「おい、これのどこがお前にとって負担が大きいんだ?」
「我はな、呪い故に自分を傷つけることができぬのよ。それでお主の手を借りたまで。見事であったぞ」
あぁそういうことですか。どおりで向こうから全く攻撃を仕掛けられていなかったわけで。
あと、今回はその必要が無かったからしなかっただけで、ボルベルブルー程になると{減速}の下でも動けるのだとか。
そうなると私みたいに相手の行動を縛って安全に勝つ手法は完全に意味がないことになる。やっぱり、最初の予想通りボルベルブルーと全面対立するのは無謀というより他がないのだろう。
「あのね、サーシャ君。龍王様と取引をしようって事自体が無謀だからね?」
いつの間にか近くまで来ていたエレンが口を開く。いや、無謀かどうかなんてやらないと分からないじゃん?
それから、私はエレンをはじめとしたなぜか動ける人たちと一緒に、動ける者の全くいないスコトリア軍の非武装化作業に携わる。武器を没収し、腕を縛り……そんな作業を延々と繰り返していた。
作業が一段落したので、西の方の様子を見に行けば、第二旅団の方でも同じことが起きていた。まあ、こっちも同様に動けない者が多いため合流はできないが、無事は確認されたのでよしとしよう。
そうして暫く作業をしていたら、ラルアがピクリと動いた。その場にいた者の注目が彼女に集まる。
「う、あ……お、ぃ、ちゃ……」
「ラルア! 大丈夫か?」
「始まったようだな。大霊樹に連絡しなければ」
ボルベルブルーはそう言うと、何やらぶつぶつと呟く。
それと同時にラルアの口元から赤く染まった鱗が割けはじめ、その裂け目からはまばゆい光が漏れ出していた。
裂け目はどんどん大きく広がると、中からにょきりと光る、文字通り一糸まとわぬ姿のラルアが出てくる。
その尾は強靭で太く長く、足がなくともとぐろを巻いて直立していた。そして不要となった足は、一対の蝙蝠のような大きな翼へと変化している。
そして一度飛び上がったラルアは、疲れてしまったのだろうか? 地面に着地するや否や、倒れて眠ってしまったようだった。
エレンと一緒に来た衛生兵たちが手慣れた様子で簡易的な担架を作り、ラルアをその上へと寝かせる。尾が長くて担架からはみ出てしまっているようだが、まあ致し方ないだろう。
「予想通り鱗竜人へと分化したか。うむ、魂の形も……問題なかろう。これならばそれが原因でかの勇者のように精神を壊すこともあるまい。少し寝たら目を覚ますだろう。……さて、サーシャ・タカトオよ」
「……何ですかね」
「お主とはまた、近いうちに――少なくとも五十年以内には会うことになりそうだ。楽しみにしておるぞ」
そう言うとボルベルブルーは飛び上がり、どこかへと消えていった。
あれ、これって……?
「エレン大佐。私って……」
「完全に目をつけられてるね。自業自得だ、諦めな」
エレンが元気づけるかのように蔓で私の肩をたたいた。
そして、しばらくするとボルベルブルーが去ったことにより、動けなくなっていた者たちが目を覚まし始めたのだった。




