Ⅱ-37:作戦開始
ベーニの町は、徹底的に破壊されていた。それはもう、燦々たる有様であった。
そこら中にがれきのみが広がり、生きた人間の気配は全く無い。
しばらくうろついていると、がれきの中にいくつかのバラックの建っている区画があった。近寄ってみれば、スコトリア軍の滞在のための物であることがわかった。
その区画を広げようと土木作業をするスコトリアの兵士たちのボヤキが耳に入る。
「全く、ミランダ様は極端すぎるぜ。魔物の使った物とはいえ、更地にして作り直す必要まではあるまいに」
……どうやら、ここまでの徹底的なスクラップアンドビルドは上層部の方針のようである。現場には不評であるのも当然、と言いたくもなるレベルで過激な方針だ。
実際、対日感情が非常に悪かった時代のある東アジアの国々ですら、大日本帝国時代の鉄道路線や港湾施設を破壊などせずに未だに使い続けている。一度更地にするなど、それ以上のヘイトだ。正気の沙汰ではない。
一度意識をコナジの方に向けて報告をすると、彼はそれを聞いて怒ることすら忘れて呆れかえった。
「莫迦なのか……? それとも、油断をしているのか。……その、バラック街の構造は?」
「何か書けるもの、それとインクを」
長く伸ばした体の先端側で詳細な建物の配置を確認し、根本側で用意されたインクを≪中心教義≫で紙に転写してコナジに説明する。ついでに各々の建物の役割も見える範囲で書き込む。それを何度か繰り返す。
【アカシック・セカンドが告知します。
個体名:サーシャ・タカトオ・ナガノ・ニホンが、以下のスキルを獲得しました。
≪並行思考≫
以上です】
その大霊樹様の声が聞こえれば、体の両側でやっていた作業を同時に行えるようになり、こんがらがりかけていた頭の中がスッと整理される。ありがたい。
そしてベーニの町の隅々までを調べて伝え終わると、コナジは苦い顔をしながら考え始めた。
「サーシャ君、ご苦労であった。少し、一人にさせてくれないか」
その声は震えていた。
私が建物を出るとき、入れ替わりに第二旅団の諜報部隊の人とすれ違う。
彼は建物に入ろうとしたが、短くはない間コナジは彼が入るのを許可しなかった。
そして彼が報告を終えて出てきて暫くしてから、コナジは各大隊長達を招集した。
「諸君。先ほどの調査でベーニの町は文字通り壊滅させられた事が判明した。確かに、スコトリアにも善人がいることは疑いようもない事実だ。吾輩はその一握りの善人を信じていた。だが、何かを守ろうとするには、誰かを傷つける覚悟を持つことだ。吾輩にはその覚悟がなかったからこそ、ベーニ防衛時に手を緩め、ベーニの町を無に返してしまった。吾輩はこれから、スコトリア兵に一切の容赦をしないことを宣言する」
六時。私達師団は早めの食事を終え、ベーニへと出発する。
ベーニの町を覆う壁は、トリマドル自治共和国として造られたものの一回り内側に、神聖スコトリア皇国の造ったものができている。だが、外側の壁には見張りの一人もついていない事は私も第二旅団の諜報部隊も確認していた。どう考えても死角だらけになるのだが、今回はそれを利用させてもらって元々の壁の傍へと近づく。
敵勢力推定二十万に対し、こちらの勢力は七千とラルアに過ぎない。ヤコバ砦ではこの戦力差を覆すことができたが、それは周辺の地形条件があった防衛戦であるからで、普通にやっても勝つことは難しいだろう。生存している市民の救助が絶対条件で、奪還した都市を再利用する都合上都市機能の能動的な破壊は行うことのできない、通常の都市奪還作戦の場合はなおさらだ。
だが、今回は違う。ベーニを奪還したところで、もう我々が取り戻せるのはこの土地のみで、守るべき市民も都市機能も既にすべて失われている。この町が再び焦土となろうと、もはや失われるものは何もない。
そして幸いなことに、スコトリア軍はそのほとんどが帯状のバラック地帯に極在している。災害リスクが非常に高いのである。
だからコナジは苦渋の決断を下し、次のような計画を立てた。バラック地帯以外はほとんど無人であることを利用し、バラック地帯にほど近い場所に火災を発生させる。そしてそれによる上昇気流を増幅し、バラック地帯へと風を生み、火災旋風を発生させる。がれきだらけのこの町においては、それを一度発生させてしまえば多くの被害を出させることが可能だ。
ただし、バラック地帯が壁からは離れた場所にあり、魔法が発現する場所と発動者の距離の二乗に比例して追加のマナが必要となる以上、火災旋風を確実にお届けできるのは一度きりのみ。これがどれだけの被害を向こうに与えることができるかが、ベーニ奪還を左右する。
関東大震災の時に避難者の集まった広場を襲った火災旋風は、僅か二十分で九割五分の命を奪った。その割合を消耗させることができれば、負傷者を除けば互角の戦いに持ち込めるはずである。
ベーニ奪還作戦は今、本格的に火蓋が切って落とされた。




