Ⅰ-42:再びの目覚め
新しい朝が来た。希望の朝だ。
どこか、長い長い夢を見ていたような気分だ。
久々の海底な目覚めの感覚に、手を強く握りしめ大きく体を伸ば……え?
一気に意識が覚醒する。手が、ある。
鉛のように重い手を頑張って動かし、自分の頬をつねる。痛い。夢じゃない。手も、顔もある。
だとすれば、アレは……夢?。
≪自己閲覧≫……何も聞こえない。やっぱり夢だったんだ。本当にばかげた夢だった。まさか、自分が異世界でカビになっているだなんて。
でも、アイツにまた会えるかもしれないという希望、それが、あの夢をみせたのだろうか? できれば、夢の中でもいいから妹には会っておきたかったけど……。
妹? そういえば、アイツの名前は……?
どういうことだ? まだ夢は覚めてない? それとも、また別の夢?
そもそも、ここはどこだっけ……? 真っ暗で、何も見えない。
とりあえず、情報を整理しよう。確か、夢の中では……?
「サーシャ様、お目覚めでしょうか?」
急に光が差す。女性の声が聞こえる。眩しくて、何も見えない。
サーシャ? それは、夢の中での私の名前。でも、≪自己閲覧≫は……。
あれ? 大霊樹様の声が聞こえる。
と、いうことは、今の私はカビだ。≪自己閲覧≫も、それを裏付ける。
……あぁ、全部思いだした。どうして体があるのか、さっきどうして何も聞こえなかったのかも。
だから、私は目の前にいるであろうメイド服を着た女性に挨拶を返した。
(おはよう、ユゥさん)
「おはようございます、サーシャ様。同調は、上手くいったようで何よりです。まだ、お体はご自由には動かないと存じますので、妾がお召し物をお着けいたします」
体が布で纏われる感触がする。ユゥが私に服を着させているのだろう。
ここは、オウォッキャンのユゥの工房。で、どうやら私は彼女の人形と同調できたようだ。
だんだんと明順応に伴って視界が回復する。
目の前では、ユゥがにこやかにほほ笑んでいた。
「ご気分が、すぐれないとかはございませんか?」
(いや、むしろ気持ちがいいくらい)
ちょっと混乱しちゃったけど、気持ちよく目が覚めたのは確かな事だった。
「それは喜ばしいことで。では、妾の手を握り返すことはできますでしょうか」
そう言って私の手を握るユゥの手を、確りと握り返す。
だいぶ体も動くようになってきたようだ。ユゥが何かメモを取っている横で、カプセルの中に横たえられていた上体を起こしてみる。
今度こそ、手を握り締めて大きく伸びをする。うん、気持ちがいい!
「あ、あの、サーシャ様?」
コトリ、と音がしたのでそちらを見れば、床に鉛筆が転がっていた。
ユゥはその鉛筆を拾うそぶりも見せずに、まじまじと私を見つめている。
(あの、私に何か変なところでも?)
「いえ、サーシャ様は清麗で愛らしいお姿でいらっしゃいますが、これだけ早く起き上がられたのは初めてなものでして……」
普通は人形との同調で目が覚めても、体の隅々までは同調するのに時間がかかるため、動くようになるには半日ほどかかるのだとか。
あー、この話、ロセからも似たようなの聞いたな。レヴィアタンは毒が回りきるより先に免疫が動くから、本来毒殺は不可能ってやつだ。
つまり、迷路状の管の隅々まで体を伸ばしていたのが功をなしたのだろう。本能的に伸ばしたくなっただけなんだけど……。
対照実験という面では、非常に好ましくないようなことをしてしまった。
それをユゥに伝えて謝罪すれば、彼女は「いえ、これも非常に貴重で、かつ今後役に立つ重要なデータです」と言って、鉛筆を拾い興味深そうにメモを取っていた。
ってちょっと待て。今、聞き捨てならない形容詞が聞こえたような……?
視点を変えて、自分の姿を見る。
(あの、ユゥさん。この姿って……?)
「造形のことをおっしゃっているのであれば、趣味でございます」
(……キイヨさんの?)
「いえ、妾のですが、お気に召しませんでしたでしょうか」
……そうですか。
服装からしてなんとなく察しはついていたけれど、趣味ですか。
ユゥの視線の先、私がいるはずのカプセルには、彼女と同じメイド服を身にまとった少女が腰掛けていた。
これが、ユゥの作った人形であり……そして、今の私の姿だ。
体が自由に動くようになってからは、体力テストのようなことをしていた。
データを取って記録するたびに、ユゥは落ち着きをなくしている。というか、彼女の口元がにやけているのを隠しきれていない。そんなにいいデータが取れているのだろうか?
しばらく続けていると、急に後ろから何かに締め付けられた。
(あ、あの? ユゥさん? 放してもらえないと、動けないんだけど?)
「もう充分です、サーシャ様。今まで取れたデータ全てにおいて、反応速度も、可動範囲も、全て理論値と扱って差し支えない値が出ておりますから。
それに……、とてもかわいらしい、夢にまで見た完成されし自律人形が目の前にいるというだけで、妾はとても幸せなのでございます。
差し支えなければ、しばらくこのままにさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ユゥはそう言うものの、見た目の割に力が強く、抜け出すことができない。これ、拒否権無いやつだよね?
でも、何というか……こうしていると、妹のことが思い出させられる。早く、見つけてやらないと。
本日はこの後、通常と同じ16時にも投稿があります。




