Ⅰ-20:ニシオギクボ
さて。この部屋には、今、私以外誰もいない。
三人が出て行ったときに、外側から鍵をかけていったのだから、間違いはない。
それに、鍵だってトシフが持っているはずなのだ。
では、なんで。
目の前に、幼い女の子がいるんだろう。
いや、疲れているんだ。一旦全ての感覚を遮断して、もう一回見れば……ほら。
……いた。気のせいじゃなかった。しかも、じーっとこっちを見ている。
先ほど習得した浮遊術をつかって、私は彼女の近くまで移動する。うん、目線追ってるねぇ……。
私は彼女の目の前に浮き、話しかける。
(ねぇキミ。どうやってここに入ってきたんだい?)
そう問いかけると、彼女は驚いたように返した。
(へぇ……。ワタシのことが見えるんだ)
(何もいないところに話しかける人なんて、いないでしょ)
当たり前のことだ。外から見て何もいないところに話しかける人は時々いるけれど、その人にとっても何もいないところに話しかける人なんていやしない。
すると彼女は真顔でこう答えた
(……ワタシ、ニシオギクボ。助けてほしいって、聞こえたから、やってきた)
ニシオギクボ? それって、船の名前では?
それに助けてほしいって言われても、この部屋にはそんな助けを要する人なんていないけど。
(私はサーシャ。でも、ここに助けてほしい人はいないよ。それに……キミ、この船と同じ名前なんだね)
(ワタシ、船霊だから。ワタシの中なら、どこでも消えたり現れたりできる)
そう言うと彼女は、急に姿を消すと、すぐに部屋の隅に現れた。
船霊か。内陸県で生まれ育った私にはあまり縁がないが、話には聞いたことがある。
それは、船に宿る神様だ、と。
なるほど、だからこの部屋の中に突然現れたのか。
(サーシャさん、ホントに、信号出してない?
嫌な予感がしてたから、気になった)
信号って言ったってねぇ。身に覚えが……いや、もしかして、さっきのSOS?
この世界でモールス信号が通用するとは思わないけど、念のため確認しよう。
「・・・ --- ・・・」
(それ! 見つけた、信号)
……ええ、これ通じるのか。
でも、モールス信号なんて、出てきたのはだいぶ後、少なくとも産業革命よりも後の時代だったような気がする。
ニシオギクボのような帆船が闊歩している時代に、ある訳がない。
そもそも、≪念話≫なんて便利スキルがあるのに電信が発達するのだろうか? いや、ないだろう。
とすると、ニシオギクボ、彼女も世界を歩く者なのではないだろうか?
念のためカマをかけてみるか。
(ごめんね、これがそういう意味にとられるとは思ってもなかった)
(この信号、ママは救難信号って言ってたけど、聞いたことがなくて。
使ってるの、サーシャが初めて。だから、気になった)
うん、この『ママ』って人も、怪しさバリバリである。
それに、このモールスのSOSも、常用はされていなさそうだ。
じゃあ、もう一つ聞いておくか。
(そうなんだ。
……ところで、『ニシオギクボ』って珍しい響きだけど、どういう意味なんだい?)
(わからない。でも、ママはきっと知ってる。ママにもらった名前だから)
はい、完全に理解した。ニシオギクボじゃなくて、『ママ』っていうのが、私の探していた、私と同じ世界を歩く者だ。
でも、『ママ』ってことは母親だ。船霊の母親ってどんな存在なんだ?
造船所の人? それとも、船長?
そんなことを考えていると、私はニシオギクボに抱き着かれていた。
(ニシオギクボちゃん? どうしたの)
(サーシャ、よくわかんない。だから、報告、連絡、相談する)
ってちょっと待って。これ完全に私を連れてく気だ。
この部屋の鍵を持ってるのはトシフだから、開けっ放しで出てくことになる。それは困る。
(ごめん。この部屋の鍵、他の人が持ってるから今ここにはないんだ。
だから私は部屋から出れない)
(ドアなんて、使わないから、平気だよ。
船長……は忙しそう。今日はママがいるから、ママのところに連れてくね)
あぁ、ドアを使わないのか。それなら安心……じゃないわ!
そもそもどうやってドアを使わずに部屋の外に……あ。
そうか、ニシオギクボは船霊。つまり、この船の中では彼女が神なのだ。
(もしかして、どこへでも行けるって、ニシオギクボちゃんに持ち上げられてる私も……?)
(大正解)
そうして私は、ニシオギクボと一緒に転移したのであった。




