Ⅰ-13:ハニー・トラップ
トレイニアに到着した翌日。
私たちはトレイニアの外れにある、大きな建物にやってきた。
港町トレイニアは、フィルミク王国の中で最も栄えた町だ。普通は王都の方が栄えているんじゃないかと思うが、王都はあくまでもまつりごとの町で、あまり栄えるのは防衛上よろしくないとの判断がなされたらしい。
そして、その発展の原動力となったのが、このアカデミーだ。数百年の歴史を誇る、この世界で現存する最古の教育・研究機関。かつてテタニが所属し、トシフが留学してきた場所でもある。
トレイニアの町は、かつては魚人族と地上の種族の交易点として生まれ、時代が進むとともに恵まれた地形条件と共に発展。そしてこのアカデミーによって、さらに大きく発展してきたのだという。
私たちが向かったのは、アカデミーの図書館である。
もちろん、だれでも使えるという訳ではない。
この図書館を使えるのは、アカデミーに所属する、あるいはしていた者と、図書館に納本した者だけだ。
テタニは卒業生で、トシフも論文を納めた。ローレンスはアカデミー関係者ではないが、トシフの伝手で教科書の執筆に関ったことがあり、納本者として入ることができるのだそうだ。
私? テタニの魔導具だからそんなの関係ないよ? ぶっちゃけ下手に動かなきゃばれないでしょ。
図書館の中で三人は散り散りになり、それぞれの探し物をしている。
テタニは、『毒物大全』なる分厚い本を開き、一心不乱に読み込んでいる。
……これ、どう考えても私の毒について探してるよね?
しばらくすると、テタニは一つのページを開いたまま、私に語り掛けた。
(ねぇ、サーシャちゃん。あの毒、とんでもないものかもしれない)
(なになに、『ハニー・トラップ』?)
(そうそう。っていうかサーシャちゃん、文字読めるんだ……)
あれ? そういえばなんでこの文字読めるんだろう?
見たことがないはずの文字なのに。気持ち悪い。
とりあえず今はおいといて、だ。
本の内容に目を通す。曰く、ハニー・トラップは、最強の毒の一角らしい。何でこんな名前なんだ。
症状は、『筋肉を緊張させなくさせる。発熱はない』。
で、解毒方法だが……。
(『代謝以外の解毒方法は見つかっておらず、毒に侵された組織を復活させる術は未だ発見されていない。放置すると心筋すら緊張しなくなるため、対処療法として水属性魔法を以って血液の循環と呼吸を確保させながら木属性魔法により毒に侵されていない体組織を得ることが重要である』)
(すごく危ない毒だよね)
割とシャレにならない気がする。というか、仮に魔法が無かったら致命的な毒だ。ちなみに、『この毒に侵された場合でも魔法行使には影響を及ぼさないため、筋肉の代わりに土属性魔法で体を動かしてもよい』らしい。ゾンビか何か?
(まあ、『幸いにも、胃酸又は熱湯を用いれば無毒化すること自体は可能』らしいんだけど、これ体に入ったらアウトだよねー)
しかもあの時は直接あの蜘蛛の体内に流しちゃったしね。
(この毒は、余程の事がない限り使わないようにしよう……)
(うんうん、それが賢明だと思うよ。実際、渓谷蜘蛛に効く毒なんて初めて見たし)
……え? あの蜘蛛ってそんなヤバい奴なの?
そう聞くと、大半の毒が効かないのに力も魔法耐性も強いから厄介なんだよねー、と返される。
そしてもう一つ、この件に関して一番興味を持っているのはトシフだということも聞き出せた。多分トシフは魔物図鑑で渓谷蜘蛛や私――魔導埃黴――について調べてるんじゃないかなー、とのことだ。
ちょっと待って。渓谷蜘蛛に毒を流したって話を、既にハラモさんにも言ってしまった。
冷汗がだらだらと流れる。発汗は組織無いけれど、そんな心情だ。
そりゃ、連合だって監視しにかかるわ!
(秘密に、しといてもらえます?)
(もっちろん! アタシ達以外に注目されだしたら、いろいろ大事になっちゃうからね)
おまけ:トシフの読んでいる魔物図鑑
■渓谷蜘蛛:Aランク
渓谷や洞窟に住み、強靭な肉体と、魔法や毒への強い耐性を持つ。肉食。
動きは素早いが、細かい動きはできないため、回避自体はそこまで困難ではない。
ただし、牙には強力な神経毒があるため、注意するべし。
非常に目も良く、足も速いため一度見つかったならば逃げるのはほぼ不可能である。
幸いにも、基本的には巣にかかった獲物以外には攻撃性を示さないため、むやみ刺激を与えるべきではない。
仮に戦闘になった場合、虫系の魔物の例にもれず弱点は脚の節であるので、ここを切り落として無力化することが推奨される。
■魔導埃黴:Eランク-
不定形のカビで、土の中に住み、時折地上に顔を出して埃のような胞子を放出する。
動き回ることも可能で、大きく育った個体は体で魔法陣を描くことがある。
基本的には無害なので、危険な魔法陣を描く個体を除けば、仮に遭遇したとしても放置して問題はない。
駆除する場合は焼き殺すのが推奨されるが、土の中に逃げられないように気を付けること。




