キス、しよっか?
山の稜線に、真っ赤な太陽が沈もうとしていた。
空は紫がかり、あたりはうっすらと暗くなる。
柔らかな風が稲穂を揺らし、タクの体を吹き抜けた。
濃厚な植物の香りに混じり、薄らと花の甘い香りがした。
ルルーシカが急に立ち止まる。
スカートが、左右に揺れていた。
「なんだよ。急に立ち止まって」
ルルーシカは振り返った。
体の半分が影になり、半分が、赤く染まっていた。
「ねえ、今から・・・キス、しよっか?」
「は、はあ?」
タクは訊き間違えでもしたかと思った。
「だから、キスよ。キス。興味あるでしょ」
な、何言ってるんだよ、こいつ・・・。
突然、キスしよっか、だって?
それも、俺と?
「なんだよ、急に・・・」
横を自動車が通り過ぎた。
ヘッドライトに照らされたルルーシカの薄い影が、
後方から前方に円を描くように流れた。
「ねえ、私のこと・・・嫌い?」
「別に、嫌いじゃないけど・・・」
「なら、して・・・昔みたいに・・・」
お、俺って、昔、そんなことしていたの?
ルルーシカにキスを?
ルルーシカはゆっくりと瞼を閉じ、
顎を少しだけ上げた。
タクはゴクリと生唾を飲んだ。
「ルルって呼んで・・・」
震えるような弱い声。
「・・・ルル」
マジかよ。マジでかよ。
いや、これはチャンスだよな。
ルルーシカは、がさつで暴力的とはいえ、
女であることには変わりない。
俺、ガンバレ。ガンバレよ。
タクも目をつぶった。
口をすぼめ、高鳴る心臓と震える体に
鞭を打ちながら、ルルーシカの顔に、
自分の顔を近づけていった。
ムニュ。
唇が、柔らかい何かに触れた。
それは生地のようにざらざらしていた。
いや~、ルルーシカの唇って、
お手入れがなっていないから、ざらざらなのね、
な~んて、思ったりもした。
どれくらい口づけしただろう。
数秒?数十秒?数分?
タクにとって、その時間は、相対性理論で言われる、
引き伸ばされた時間のように、長く感じられた。
「くくくくく・・・」
ルル―シカの笑い声が聞こえてきた。
タクは目を開けると、
ルル―シカに口づけをしたつもりが、
なぜかルルーシカのスクールバックに口づけしていた。
「あがぁ~!なんだよ、クソが!」
タクはすぐさま口もとを手の甲で拭いた。
「あんたも、お人よしよね。す~ぐに騙されるんだから」
「お前なぁ」
「これで、おあいこよ。ミアに騙されそうになっていたことのね」
何だ。そのことかよ。
え?まさか、まさか、
あのことって、嘘だったの?
いやいや、こいつが言っていることだし、
信用できるかどうか。
そうは思いつつも、タクは内心、少しだけショックだった。
「タク・・・」
「あん?」
「あんたはね。私の奴隷なんだからね」
ルルーシカはタクに満面の笑顔を送った。
その笑顔は、ドキリとするほど可愛かった。
それが、夕暮れ時のわびしさ漂う時間帯だったということもあるだろうし、
陰影によって、ルルーシカの外見が恐ろしいほどかわいく見えたためかもしれない。
はたまた、ルルーシカが何らかの魔法でタクを魅了したのかもしれないが、
まあ、とにかく、この時のルルーシカはタクには恐ろしいほど可愛く見えたのだ。
だが、それと同時に、タクはこんなことも思った。
ああ、やっぱり、俺って奴隷なのね、と。




