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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第五章 王都編(17歳半ば)
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6 小姓のヒーローはご主人様ではございません・その4

※ この話には流血描写が含まれます。ご注意ください。


 白目を剥き、涎を散らしながら走り回る動物さんたち(友達)に追われるチコ(親友)。あまりの光景に絶句したのはほんの一瞬だった。

 緊急事態に直ぐに反応した僕の頭は、僕の体をきちんと動かしてくれた。


「チコ!!」


 

 森の中深くに入るのも構わず、僕が、迫りくる動物さんたち――正確には、追われている対象であるチコに向かって猛然と走り、手を伸ばすと、チコも死力を尽くすかのようにスピードを上げて走り回り、僕に向かって飛び込んできた。

 尻尾が噛まれるすんでのところで僕の腕の中に飛び込んだチコを右腕の中に包み込んで右半身を後ろに捻って庇う。


「つっ!」


 チコの尻尾を捉え損ねた野生の大型犬の牙は、尻尾の代わりの差し出された僕の制服をかすってがちんと不吉な音を鳴らした。

 ほっとする隙もなく右腕に抱いたチコを離さないようにしたまま、強化した左足で近くの木を蹴りつけ、ばさばさと落ちてきた葉っぱと果物を例の不可視の壁で包み込み、動物さんたちの目の前で破裂させる。このあたり生えている木は柑橘類。その果実が至近距離で爆発させれば、殺傷能力のない小さな爆弾の完成だ。


 果汁が目に入り、きゃんという声を立てて動物たちが怯んだ隙に、僕は足場の悪い木々の間を縫って校舎に向かって全速力で走った。

 チコをさらしとシャツの間に入れ、万が一にも潰さないように小さな守りをかけ、出っ張った木の根っこや草むらに引っかかって転ばないように最低限の注意を払いつつ、脳みそも素早く回転させる。とりあえずの逃げ道を確保しながら、ない知恵を絞って最終的な打開策を編みだそうと僕の頭は必死で働く癖がついている。

 毎度思うことながら、グレン様からのお仕置きもこういう技能を身につけさせてくれた点のみにおいては感謝だ。何度も思っている時点で僕がいかに非常事態に巻き込まれているかってことなんだけどね!


 自分に突っ込みを入れ冷静さを取り戻したところで、改めて状況を鑑みる。


 種としての特性を越えて一つの獲物を追い掛け回している、追いかけるもの同士は捕食被食の関係にあっても見向きもしていない。目は白く、充血しており、狂ったように涎を垂れ流す口はあきっぱなしだ。追い掛け回した獲物(チコ)は食べようという意思はなく、ただ、殺そう(・・・)としている。

 動物の習性からして異常なこの様子を見るに、この子たちは動物使いに操られていると思われる。症例として見たのはあの例のタレタレシャーレの赤ちゃんが初めてだったけれど、あの時以来僕も動物関連の呪術については大分調べた。

 タレタレシャーレは上位魔獣だから、赤ちゃんであってもその魔力でもって術者の魔力に抵抗できた。けれど、普通の動物たちにはそんな力はない。一度かけられると、自らの意思に関係なく、術者に操られる傀儡になり果てるのだ。

 解呪方法は三つ。体に埋め込まれた術者の魔力の起点となる寄生体を壊すか、術者に解呪させるか、術者を殺すしかない。


 瀕死のチコを抱えたまま動物たち一体一体を治療するのはさすがの僕にも不可能だ。かと言って、僕にはこの動物さんたちを殺すことはできない。でも、校舎近くの開けた庭まで出れば助けも呼べる。


 本当は庭に出るまでに開けたところはいくつかあるのだが、そこに出ると鷲さんの鋭い爪に襲われる。

 目を覚まさせるというよりも、足止めをするために、魔力で小さな雷を呼び出しては動物さんを麻痺させる。しかし、あまりに強くしてしまったら死んでしまうから、弱い威力のものしか発生させられず、結果として一、二体をほんの少し痺れさせている間に他の子が襲ってくる。



 制服がボロボロの雑巾のようになるまで走り逃げた頃、ようやく森を抜けきり、校舎近くの庭まで出られた。

 ほっとしてわずかに足の動きを緩めた時、足首に小さな痛みを感じたが、それでも構わず走り続けようと少し進んだところで突然視界がくらりと回って、僕は地面に無様に転げた。

足が思うように動かない。

 もしかして、と地面を見たら小さく地味な色の蛇が鎌首をもたげていた。


 しまった、あの蛇さんは猛毒持ちだ。僕が夢中で走っているときに尾を踏んでしまった?いや、違う。目があの動物さんたちと一緒だ。ということは、この子も操られているということか。相手は、チコがここまで逃げるのを分かっていたということ?それとも僕がチコを助けに行くことまで予想していたとか?


 なんにせよ、このまま動いたらすぐに全身に痺れがきて半刻もしないうちに僕は意識不明の重体になる。


 腰に常備しているポーチに入れていた応急処置用の解毒剤を喉の奥に流しこんで再び立ち上がろうとしたところで、草を踏みしめる乱暴な足音が迫って来ていたことに気付いた。

半身が起き上がった状態で振り返った刹那、左腕に激痛が走った。腕に食い込む鋭い痛みと共に、腕が熱くなって、ぬるりとした感触が指の先まで伝う。

 鋭い牙を僕の腕に食い込ませた狼は、動物くさい荒く熱い息を至近距離で噴きかけながら、爪を立てて僕の肩あたりに押し乗る。そして、獲物にするように、僕の腕に噛みついたまま首を振った。骨から肉が引きちぎられる感触と噴出す血と激痛に襲われ、僕の口から絶叫が漏れた。


「ああああああ!」


 痛みの元をなくそうと、本能的な欲求ばかりが頭を支配したせいか、僕は魔力の制御に失敗した。


「ぎゃあうんっ!」


 僕の腕の目の前で突如として火が噴きあがった。

 毛皮に燃え移った炎で火だるまになった狼は、絶叫を上げると僕から体を離して草むらを転げまわっている。


 しまった、僕は今血を流していたんだった。しかもそれなりの量を。


 血には豊富に魔力が含まれている。強力な魔法を展開するときには自分の血を媒介にするのが一番早い。自らの血を媒介にした魔法の行使は、魔力の損耗が激しい上に、制御が利かないと魔力の垂れ流しによる急性魔力枯渇か失血死で死亡するおそれもある危険な行為だ。その代わり、僕程度の魔力であっても、一瞬で純粋魔法現象の炎をこれだけの威力で噴き上げさせてしまうくらいには強力だから、魔力を持つものの最終にして最大の攻撃手段と言われている。

 血に含まれていた魔力を僕が無意識に発火させたのが分かってすぐに火を消したけれど、全身に大火傷を負ったであろう狼さんはどさりと重い音を立てて草の上に倒れたまま、動物の毛の焼ける嫌な匂いを漂わせるだけだ。もう立ち上がっては来ない。


「死んじゃダメだ」


 大火傷の時に一番大切なことは、感染症を防ぐこと。

 グレン様から習った不可視の魔力壁を丸く展開し、その中に瀕死の狼を閉じ込める。それなら中の温度も下げられるし、感染症も防げるはずだ。うまくいけば。だけど。


「お願い。失敗するわけにはいかないんだ」


 僕が自分の望む通りにグレン様から習ったあの壁を使える確率はそんなに高くない。グレン様なら、一瞬で、強度も、形も、弾力性も、質感も好きなように調整できるけれど、僕にはそんな技量はない。

 自由自在に操れればどれだけ有用だろうと思いながらも、必死で脳みそを魔力の構成に集中させる。だらだらと腕を伝って指の先から垂れ、地面に浸み込んでいた血が、僕の意思で魔力を放出して狼を取り囲んだ。地面には用済みになって凝固した血の跡だけが残る。


「成功、した……けど、まだなにも、助かってはいないんだよね」


 僕が魔力壁に気を取られていた間に、白い目の動物さんたちが僕をぐるりと取り囲んでいた。

 動物さんたちは魔獣よりも魔力に対する気配に敏い。強い魔力を持つものを本能的に恐れ、警戒する。不幸中の幸いか、僕が大量に流している血から発せられる魔力の気配が濃厚なおかげですぐに襲い掛かって来なかったみたいだ。

 けれどそれがいつまでもつか。狼は一刻も早く治療をしないと間に合わないだろう。でも、この狂った動物さんたちの狙いは、僕のシャツの中に隠したチコだ。治療に専念してたらチコを守りきれない。

 脂汗が噴き出る額を腕で拭うと、ぬるりとした感触が残る。


「エルっ!」


 膠着した状態は、鋼色の何かが目の前を通り過ぎ、僕と動物たちの間に重い音を立てて地面に突き刺さる光景によって解かれた。

 茶色い髪の青年が風のように走り寄り、自然な動作で深々と地面に刺さった剣を掴む。


「ヨンサム、殺しちゃだめ!」

「んなこと言ってる場合かよっ」


 ヨンサムは、人間らしからぬ滑らかな動きで、僕たちの緊迫した空間に滑り込むと、剣をいともたやすく抜き、動物たちに向かって振りぬいた。


「どんな場合であっても僕は言うよ!」

「あーもうっ、だからお前は大怪我すんだろっ!?ちょっとは自分の身を顧みろっての!」


 文句を言ってはいるが、それでも動物たちに刃があたる瞬間に剣を横ではなく縦に返し、剣の腹をぶつける。その力の強いこと、殴られた数匹が吹っ飛んでいく。


「あの子たちは操られているんだ」

「あーだろうな!じゃなきゃあんだけ目立つ炎あげたり俺に剣を向けられても逃げ出さない理由がねぇもんな」

「ごめん、治療できなくて」


 ヨンサムが剣を鞘に納めた状態で動物たちの急所を鋭く突く。それによって包囲網は徐々に広がっていく。だがそれだけだ。ヨンサムが来てくれたのは助かるが、突破口までは作れない。


「せめてもう一人この事態に気づいてくれたら――」

「それなら大丈夫だろ」


 ある程度動物たちを払ったところでヨンサムが僕の無事な右腕を首にかけて僕を起こす。


「ほら、あいつがいるから」


 言われて見上げた空は、影っている。

広げた茶色い被膜が、大きくなった体が、嘴が、以前見た姿とは全く違う、成獣の姿になっているけれど、あの子は間違いなく――


「ピギー!」

「ピ―――――っ!」


 元気よくお返事したピギーは、大きな羽をばさばさとはためかせ、翼竜の警戒音である超音波を発する。

 翼竜によって舞い上がった風は、負傷した狼だけ残して、狂乱状態の動物たちをまとめて森の奥へと吹き飛ばす。

 見事に襲撃者を追い払ったピギーは自慢げに勝利の雄たけびでピギピギと鳴いた後、僕にに甘えるように頭を擦りつけてきた。

 

「ピギーのおかげで助かったよ」


 久しぶりに会ったピギーは、体は大きいけれど心はまだまだ子供らしく、嬉しそうにきゅろきゅろと喉を鳴らした。


「呑気に挨拶してる場合かよ!お前の怪我、結構酷いだろうが!」

「うん、でも狼さんが……っ」

「リッツにも来る前に連絡を入れといた。あいつに任せろ。もうすぐイアン様方もここに来ることになってる」

「あの子は一刻を争う……!」

「お前の怪我もそんな甘いもんじゃねぇだろ。さっさと救護室に行くぞ」

「でも――」

「ほんとさぁ、お前を心配してるこっちの身にもなれっての。勘弁しろよ」

「ごめん」


 ヨンサムが簡易な止血を施し、僕に肩を貸してくれる。諦めが悪くて運も滅茶苦茶に悪い僕にここまで付き合ってくれる親友には感謝しかない。


「ヨンサム、助けてくれてありがとう」

「……遅ぇんだよばーか」


 ヨンサムが僕を支えたまま、呆れたように毒づいた。



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