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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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閑話兼5章プロローグ 再会と三人とこれから・その3

 その後、エルの兄貴がエルの学園生活について聞きたがったから、入学してからのざっくりとした日常生活の話をした。

 エルの獣医師の卵としての実力はかなりのもので、リッツと並んで今年の合格者の本命と言われていること、筆記教科は軒並み平均値やや下くらいだったのに、グレン様の小姓をやるようになってから(一部を除いて)平均値やや上まで上がっていること。グレン様の小姓としての仕事も最初は嫌々だったが、今ではやらないと落ち着かないと言うくらい馴染んでいること。エルが入学時に女だと思われていたこと、それを理由にからかわれたり、時には露骨で悪質な苛めにあったりしていたこと、それを女だということが信じられないくらいの図太さで跳ねのけたこと。

 そうだ。一年生の頃から、あいつの図太さと喧嘩っ早さは変わっていない。



「入って半年くらいの時か。この下級貴族男子寮の当時の最高学年でエルのことを目の敵にしていたやつがいてさ、食堂とかで会うたびに『邪魔、蛆虫』とか言われてたこともあったな」

「あいつ、好かれるやつにはすごく好かれるけど、嫌われる奴には徹底的に嫌われるからなー。でも、エルのことだから黙ってやられてなかっただろ?」

「あいつ、にっこり笑って、『邪魔だ、蛆虫が通ります、だなんて今更自己紹介は結構ですよ。だって、僕、あなた様が蛆虫以下だってことくらいもう存じ上げてますから』って売られた喧嘩を買い叩いたんだよ。爵位も歳も上の相手なのにだぜ?そいつ、何言われたか分からなくてぽかんとした後に怒りすぎで顔白くしてたな」

「はは、無鉄砲さがエルらしいなー」


 エルのあの口の悪さと怖いもの知らずは昔からってことか。どういう育てられ方をしたらあんなに図太くなれるんだ。


「呑気なもんだぜ。あんなちいせぇ体一つで八つも上の数人と殴り合いをしようとしてたから、結局俺が助太刀する羽目になってさ。二人してちっせぇ怪我で済んだからまだよかったけど、大乱闘だったんだぞ。あれからしばらくの間、俺たち同級生はあいつを子犬と呼んでた」

「んー?その心は?」

「小さくてかわいい顔してすぐ噛む、吠える。牙が意外と痛い」


 そういうことか、とエルの兄貴が苦笑する。

 俺にも妹がいるが、エルとこの兄貴との関係とは違うな。エルとエルの兄貴の関係は、妹と兄というより、兄弟のそれな気がする。最初は妹大好き過保護兄貴かと思ったが、エルの破天荒さで過保護が振り切れて、喧嘩くらいならという達観の域に達してるみたいだな。


「まぁ、後から、その相手が、エルが診てた馬の馬蹄だったかな?に細工をして、怪我を負わせる寸前まで追いやったゲス野郎で、それがあったからエルの堪忍袋の緒が切れたって分かったけど、それにしても顧みなさすぎだろってさ」

「んー?今から四年前だよな?アッシュリートンに対してどこかの家から何か言われるってことはなかったぞ?そういうやつなら家関係での圧力とかかけてきそうなもんだけど」

「あーそっちはリッツがなんとかした」

「えーと、特殊課獣医師専攻のリッツ・ノバルティだっけ?」

「そうそう。そん時から情報収集と取引とお金が大好きなやつでさ、なんらかの弱みを握って脅したっぽいんだよな。あいつなら相手より歳は下でも、家格は上だし、なんとかなったらしい。リッツとエルと俺はその時らへんからなんか一緒にいるようになった気がする」


 もちろん、リッツは、俺とエルにいい笑顔で『でかい貸しイチな』と宣告したけどな。


 エルの兄貴は、ふぅんと相槌を打ちつつ、楽し気に俺の話を聞き、終始全く自分のことを話さなかった。途中で人に入られたら困るから、ということで、姿も声もエルに変装したまま、大人びた表情をしているもんだから多少不気味だ。


「そうだ。エルはあれで、女……なんだろ?あのままだと取り返しのつかないことになるぞ」

「それは性格とかって意味で?」

「それもそうだし、貴族女子としての教養とか、女子は女子で他に学ぶべきものもあるだろ?」

「そうか?家は俺が継ぐし、俺も俺の父も、エルはエルが行きたい道に進めばいいと思ってる」

「それはあいつを男として生きさせるってことか?」

「そう」


 学園を卒業してなきゃ領主になれないのにどうするんだ、って問題については聞いちゃいけないんだろうなぁ。


「エルの相手探しとかしねぇの?公的には男だとしたら、婚約者とかどうすんだよ」

「婚約者、ね……」


 エルの兄貴は一瞬黙り込み、それから俺の顔をじっと見て、にやりと笑った。


「もしかして、エルが女として生きるとしたらで、自分との結婚を妄想したか?」

「ばっ、しねぇよ!」

「エルの姿の俺に欲情したくせに?」

「してねぇ!!」

「俺の裸見て顔真っ赤にしたのはなんだったんだろうねぇ?」

「気のせいに決まってんだろ!大体っ、エルのことを女として見るには女っぽさとかっ、い、色気とかが圧倒的に足りないだろ!」


 エルが実年齢よりも子供っぽく見えることもあって、実は女だと聞かされても、違和感だらけだ。

 

 俺から見たエルは、友達であり、手のかかる弟であるという感覚に近い。

 エルが一部の男子たちに危ない視線を向けられるのは、女がいない環境で、可愛いと錯覚させる容姿と体格を持った数少ない存在だからであって、断じて女としての需要があるわけじゃない。

 「あの顔で女だったら……」「いや、男でもいいからあの性格じゃなかったらな……!」「せめて性格を総入れ替えして、大人しくて弱弱しくて頼ってくれる感じにしてぇ」「それあいつの中身全否定だわ」「せめて口を開かないでほしい」という会話は学年上下を問わずよく聞く。聞こえるたびにエルがあえて毒舌でそいつらの妄想を一刀両断していくもんだから犠牲者は増えるばかりだ。だから。


「お前の話を聞くに、あのままのエルを女として見ているらしいグレン様のお気持ちが俺には全然わかんねぇよ……!」

「それについては俺も全面的に同意する」

「――そこは兄として強く否定すべきなんじゃねぇの?」

「まともに女の恰好しても、俺に色気で負けるやつだぞ?自分の性別を本気で忘れられるやつに女っ気なんかあるわけないだろ」


 即答されて眉を顰めると、エルの顔のままエルの兄貴がきっぱりと答えた。

 兄貴が妹の分を弁えすぎていて、なんだか俺が空しい。


「あの男は個人的には嫌なんだけどなぁ。でも、この際、あのいけすかない男でもいいからアレを排除してくれればいいと思うよ」

「は?」

「んーなんでもない。……そうだ、明日以降は『小姓』で忙しくなるし、言えないと思うから今言っとく。もしこれから先、エルが寝てる時に魘されたり、奇声をあげることが増えてきたら、俺に連絡してほしいんだ。これ、持ってて」


 エルの兄貴はわざわざ体をこちらに向けて、エルの顔のまま、真剣な表情で言いながら俺に小さな笛を渡してきた。


「これを吹けば、足に赤い布のついたカラスが飛んでくると思うから、そいつに手紙でも荷物でもなんでもいいから持たせてほしい」

「んな面倒なことしなくても、お前の名前さえ教えてもらえれば伝達魔法で送るぜ?」

「お前からはいいけど、それじゃ俺からは送れない。俺は伝達魔法が使えないんだ」


 一瞬言われた意味が分からなかった。


「……何言ってんだ?伝達魔法は初歩の初歩で、魔力だってほとんど使わない――」

「俺は、その分の魔力すら危ういんだ。知ってるだろ?双子は親からの魔力を分け合うから少なくなるって」

「でも。エルはできてるだろ」

「エルの方が俺よりも圧倒的に魔力量が多い」

「え……?でもエルは女なんだよな?女の方が男よりも魔力量は少なく配分されるはず……」

「何事にも例外はつきものだろ。俺は、かろうじて男爵家として認められる最低量しかないし、魔法についての素養も低いから、こうして見た目を弄る程度のことしかできないんだよ」


 エルの兄貴が軽く笑って俺の手に笛を押し付ける。


 貴族の男として生まれたのにほとんど魔法が使えない兄貴に、障害で魔力を使えない姉のマーガレット様。そうなると、知らねぇけど、三つ子のもう一人の妹も使えない可能性が高い。

 そんな中、一人だけまともに魔法が使えるってなったら?


「――そのこと、エルは知ってるんだよな」

「当然。でも心配しなくていい。そのことを気にしないって言ったら嘘になるけど、俺たち姉兄妹はそこに重きを置いてない。適材適所ってやつで、それぞれがそれぞれらしく生きられればいいって方針だし、むしろ普通の貴族の家よりも姉兄妹仲はいいと思う」

「お前……」


 それでいいのか、とつい訊きそうになり、それがあまりに無神経な質問だと分かっているから先を飲み込むと、それを察したらしき兄貴はただくすりと笑った。言葉にしないが、「優しいんだね」と言われた気がして、そんなことを思わせたことに余計に罪悪感が募る。

 浮いた質問を繋げるため、笛を握りしめて代わりに尋ねた。


「お前の名前って、何?」

「ユージーン。ユージーン・アッシュリートン。今後はよろしくな、ヨンサム君」


 エルの兄貴はそれだけ言って立ち上がると、「おやすみー」と言いながら、エルの私室に戻っていった。






 本物のエルが帰ってきたのは、ユージーンがグレン様の領に行った翌々日だった。

 目を離すといつも気絶か発熱状態で戻ってくるジンクスを持っているエルは、予想に違わず熱で魘されており、グレン様に扮したユージーンにおぶわれて部屋に運ばれた。


「後、頼んでいいか?」

「え?お前はどうすんの。目を覚ました時にお前がいなかったらエルが寂しがるんじゃねぇの?」


 手紙の感じだと、エルは、ユージーンのことを慕っているようだったし、その時も小さな子供のようにユージーンの服の裾を持ったまま熱で荒い息を吐いていた。


「俺、すぐにやらなきゃいけないことができたから」


 ユージーンは一度迷う素振りを見せたが、それでも目を瞑って首を横に振ると、私室に寝かせたエルの手をそっと放させた。改めて見ると男にしては小さく華奢な手をエルの体の上に置き、その頭を一度撫でた後、ユージーンは立ち上がって部屋を出ていく。

 俺がエルに毛布を掛けてから慌てて後を追うと、ユージーンは既にエルの姿に変装し、部屋の窓枠に足をかけ、半身を外に乗り出させていた。


「ヨンサム、エルのこと、頼む。俺は近くにいてやれないし、お前と会ったのはほんの少しの時間だけど、お前のことは信用できる気がするから」

「……なんだよそれ。根拠は」


 一度名残惜しそうにエルの部屋に目を向けてから、ユージーンは、俺に普段から見慣れた特徴的な青く透き通った瞳を向け、にっとエルとよく似た顔で笑って見せた。


「勘!」




####


 それからしばらく経って、特殊課と魔術師課の生徒たちが、官吏登用のための一次試験が終わった後のこと。

 騎士課の場合、筆記試験は技術を見られる大会が終わった後に簡易なものがあるだけだが、宮廷魔術師や文官、それからエルたちが目指す特殊官吏は大会本選開催前に筆記の一次試験がある。その日程、四日間。ぶっつづけという驚異の試験日程の中でひたすら論述やら選択式やらの筆記試験をこなし終えた後だから、大抵の受験生たちは、ぐうたら過ごしている時だ。

 もちろんエルは今日も今日とて早朝からグレン様の目覚ましに走って部屋を飛び出していた。


「試験お疲れ」

「どうも。労いに奢ってくれていいよ?」


 ちょうど朝食と昼食の間の時間、閑散とした食堂でコーヒーをすすっていたのはリッツだ。

 

「エルほどじゃないが俺も大抵金欠だから期待すんな」

「ほんと使えないなー」

「金で人を使えるか判断すんな」

「ヨンサムは分かってないなー世の中金でしょ」


 リッツの隣に座って遅めの朝食を平らげて一息ついてから、静かに新聞を読んでいるリッツに「あのさぁ」と声をかけると、リッツはちらりと新緑色の瞳を上げて俺を見た。


「確認しておきたい。エルのことなんだけどさ――」

「気づいてる」

「先読みすげぇな」

「顔に書いてあるし、ここんところお前、ずっと俺と二人になる機会を窺ってただろー?ヨンサムは分かりやすいんだよ」

「おぉ……頭いいやつはちげぇんだなー……」

「おぉすげー頭悪そうな発言だなー」


 こいつもこいつで爽やかな毒舌を決めてくる。耳越し爽やかすぎて聞き逃されるからエルよりもトラブルになりにくいだけだ。

 まぁ、気づいててもばらしてないってことは、言う気はねぇってことだよな。


「じゃあいいんだけどよ」

「言わないかってこと?言ってもメリットないしなー」

「いや、お前のことだから金でさらっと友達を売りそうでさ」

「俺、信用ねーなー。大丈夫だよ、バラすつもりはない。エル本人から口止め料をもらえるし」


 新聞をぱたりと畳んでコーヒーのカップを両手で抱えたリッツが口角を上げている。


「やっぱり取引の材料にしてんじゃねぇか。今度は何を要求したんだよ、またろくでもねぇことじゃねぇだろうな」

「大したことじゃねーよ。俺と付き合ってもらうだけだし」

「はぁー。まぁいいけどよ。えげつねぇところにあいつを連れていくなよ?またトラブル引き起こすぞ」

「これだから女子と遊んだことのないやつは。デートでそんなとこに行ったりしないくらいの分別はあるよー、俺」

「デートって……またそういう紛らわしい言葉を使うなよ。女子って言ってもエルだろ」

「付き合う以上は女の子だろ」


 ……ん?どうにも会話が噛みあっていない気がするぞ。


「付き合うって、どこに?」

「どこにもなにも、どこでも。二人で行きたいとこ?」

「……永遠に荷物持ちをさせるってことか?」

「それは誤解してるのか、脳が理解を拒否してるのか、どっち?」

「意味が分からねぇ」


 リッツがカップにつけた唇を離して呆れたようにため息をついた後、流し目で俺を見た。


「エルと男女の付き合いをするって意味」

「…………は」

「…………おーい、ヨンサムー。あ、ダメだ。目が死んでる。放っておこう」



 真っ白になった目の前の風景が俺の視界に戻った時、リッツはどこにもいなかった。


「おいちょっと待て……リッツっ、それは、一体、どういうことだ――――!!!」


 俺の絶叫だけが人気のない食堂に響き、俺は食堂のおばちゃんにしこたま怒られることになった。



 おしまい。

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