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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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閑話兼5章プロローグ 再会と三人とこれから・その2

 緊迫した空気をなんとも思っていないかのように青い瞳を猫のように細め、俺の前のエルの姿のそいつは両手を軽く掲げている。


「俺がエルを傷つけることは絶対にありえないから安心しな」

「信用ならない」

「そう言うだろうなって思った。論より証拠ってことで、こいつを見てくれないか?」


 そいつは、剣を構えたままの俺に数枚の紙を広げて見せた。

 警戒を解かないままその紙に目を走らせると、そこには見慣れた筆跡が躍っている。達筆でもなく乱筆でもない少々丸めの、特徴的なエルの字だ。


『兄様が僕の代わりに学園に忍び込むにあたって注意点を書いておきまーす。』


「……兄様?」


 一行目に目を通してから顔を上げると、そいつはエルの顔で満足そうににま、と笑った。


「俺、エルの兄貴なんだ。エルとはふ……三つ子の兄弟妹ってこと」

「三つ子なんてことがありうるのか?」

「ありえなきゃここに俺たちはいないからな」


 同じ時に生まれた姉妹兄弟という存在自体は知っているが、貴族ではかなり珍しい。それは一定の魔力値があることが貴族の子供として認められる最低条件になっているからだったな、確か。

 ふっと、二年の時の魔法基礎学の教科書のページが頭に浮かんだ。


 『これまで述べてきた通り、魔力に関する事項は遺伝で決まる。通常、子の器は、魔力の少ない側の親に従って決まり、子の魔力は、子の出生時の器基準となった親(注1 この親を基準親と呼ぶ。)の魔力量を元に割り振られる。多くの場合、人間の女性は一度に一人を懐妊するため、器と魔力の量は一致することとなる。しかし、一度に二人以上を懐妊する「双子」になると、基準親の魔力量を元に、兄弟間で魔力がほぼ均等に割り振られることになる(※注2 なお、一般的に女児は男児よりも魔力量が少なくなるため均等配分とはならない)。仮に男爵家という貴族最低水準量の魔力を半分にした場合、器はあっても貴族としての魔力量を満たさなくなり、貴族資格がはく奪される。したがって、男爵家の者が爵位を奪われないようにするため、胎児段階での胎児人数を把握し、双子以上であった場合、いずれか一方を中絶すべきである。(※注3 嫡男かにもよるが、女児を処分することが妥当であろう。 注4 配分基準時は出生時であるが、配分時期についてはいまだ研究段階にある。処分時期はなるべく早期が望ましい。)』


 「この原理はテストに出るから、胸くそ悪かろうが用語が分かりにくかろうが死ぬ気で覚えろ。無心で繰り返せ」ってリッツにしつこく言われて、言われた通りばっちりテストに出た。他の基礎課で習った話なのにすんげぇあやふやになってるのに、ここだけはリッツ様様のおかげで覚えてたんだよな。確か、あのエルが黙りこくったまま無表情で教科書を睨みつけていたのが怖かったっけ。


 とすると、えぇと、エルたち兄弟の三倍近い魔力を持った親がいるってことか?エルの家って男爵家だよな?辻褄が合わない気がするんだが、どういうことだ?

 くそっ、考え事はリッツ(こういう生物的な仕組みに関してはエルも)の専売で俺には向いてないのに!


 結局、考えても分からなかったので俺は思考を放棄した。


「よく分かんねぇんだけど、そんなにそっくりな外見になるのかよ」

「あぁ、これは変装してるから。うーん。部屋の鍵はかかってるし、信じてもらうために一旦解くしかないか」


 そう言うと、そいつはぱきぱきと全身の関節を鳴らして腕と足を曲げ伸ばしした。再び起き上がった時に少しだけ目線がずれたので、どうやってか身長を縮めていたらしい。


「後は見た目っと」


 そいつがパチリと指を擦り鳴らすと、その瞬間、華奢そうに見えていた体格は年相応の輪郭に、目ははしばみ色に変わり、髪の輝きも増した。この髪色だと、灰色というよりは銀色だ。今のこいつは、エルとは一瞬見たときには見間違えるくらいには似ているが、骨格や顔立ちがもっと男っぽく精悍で、よくよく見ると別人だと分かる。

 ん?この顔、どこかで見たことがある気がするぞ。


「あ!お前、確か、セネット領ですれ違った……!」

「へぇ、エルからの情報だとそっち方面はできないやつかと思ってたんだけど、意外と記憶力いいんだ」


 記憶力がよくねぇことを直前に自覚したとこだったけどありがとうよ!

 それより、エルからの情報ってなんだ?


 心の中で毒づいてから紙の続きに目を戻すと、そこには、今日明日の履修科目の授業範囲や小テストや課題の有無がずらりと書き並べられていた。字体も乱れていない上、隅っこの方に落書きまでする余裕があるようだから脅されて書かされている可能性は低い、と思う。

 今日明日の予定と施設名や地図の他、教授やエルの活動範囲にいそうな人間の名前が事細かに書かれており、横に簡単な紹介や注意事項までつけられている。


『レイニー教授:国教学の教授。顔はしわくちゃ皺だらけで、腰は曲がってる。信心深くて、生徒いびりが好き。気に入らないと容赦なく赤点にするし、持ってる杖で殴ったりする陰険野郎だから、一回ぎゃふんと言わせたい。僕がテストで八割以上取れれば腰抜かすと思う』


「だからテストで八割越えの点数を取ったってか……」

「ほんとに腰抜かすとは思わなかった。笑わせてもらったよ」


 思いだしてにやにや笑う表情がエルとよく似ていて、これなら兄弟と言われて納得できる。こいつが、この見た目とこの手紙の通り、あいつの兄だというのが本当なら、エルが拉致されたとか、今危ない目に遭っているだとかいうことはねぇだろうな。


 徐々に警戒を緩めつつ、先に目を通すと、友人枠の一番上のところに俺の名前があった。


『ヨンサム・セネット:同室の親友。付き合い五年目で古株。野生の勘が鋭いから要注意。茶色い癖っ毛、目は黄緑色。顔はいい。身長バカでかい。筆記の成績は終わってるけど、剣技はすごい。毎朝の訓練を欠かさない。面倒見がいい。いいやつ。ほんといいやつ。』


 いい、しか書いてないじゃねぇか。表現力皆無か。悪い気はしねぇけどな。


『最高学年のイアン・ジェフィールド様を崇拝しすぎたせいか、女性免疫がなくなりそうな兆候あり。一番の友達として最も心配なところ。兄様の方から色仕掛けでもなんでもいいからそこんところ刺激しておいてくれると嬉しい。』


 おい。これはなんだ。目の前の自称エルの兄貴が俺に色目を使っていた気がした原因はあいつ(エル)かよ。余計なお世話もいいところだ。大体、男に色仕掛け頼んでどうするんだっての!


『追伸:そうだ、僕がいない間に寮の風呂を使ってなるべく大勢の寮生に裸を見せびらかしておいて。特に僕に変な目を向けているヤツラによろしく!』


 ……あいつ、本当に脅されてないんだよな?何があった。露出癖に目覚めたとは思えねぇし。俺、もしかして友達の選択誤ったか?


「――あ、待てよ。やべ。ヨンサム君、それ、やっぱ返して」


 俺の顔が土気色になり始めたちょうどその時、エルの兄貴が突然にまにま顔をやめて俺の方に手を伸ばした。が、俺との身長差があだになり、恐らくやつが隠そうとした手紙にあと一歩届かなかった。


『ってわけで、素敵な疑似学園生活を送ってください。兄様と今度ゆっくり話せるのを楽しみにしてる! 親愛なる兄様へ妹より愛を籠めて。  エルことエレイン・アッシュリートン』


「……エレイン?妹?」


 エレインって女の名前だろ。これ、エルの手紙じゃないのか?いやいや、あいつの筆跡に間違いないし、人をおちょくったような表現やらなにやらがエルそのものだ。じゃあ妹ってなんだ?


「なぁ、これ、一体どういうこと――」

「ヨンサム君」


 疑問が頭に浮かび、考えのまとまらないままに口を開いた瞬間、ぞわっと背筋が凍った。


「この場で死体になるのと、物が言えない状態になるのと、どっちがいい?」


 気づいたら首元の皮すれすれのところに短剣が突きつけられていた。この俺が、剣に手を伸ばすのすら間に合わなかったほどの速さで迫ってきた自称エルの兄の目は、冷酷で、殺気に満ちている。



「ど、どっちも同じだろ」

「死体になるのと、舌を抜かれるのとどっちがいいか、選択肢を提示したつもりだった」

「どっちも遠慮する!」

「冗談じゃないって気づいてるよな?俺のせいであいつに消せない傷が残ったんだ。だからもう二度とあんなことはさせないと俺は誓った。俺、あいつのためならなんでもできるから」


 独り言に近いのか、言っている意味のほとんどが俺にはよく分からねぇが、これだけの反応をするってことで一つ、疑いようのない事実が分かっちまった。


 エルが女だってことだ。


 男にしては変なところがあったのは事実で、疑ったこともあった。でも、それはありえないとどこかで思い込んでいたもんだから、それがこういう形で突きつけられると、衝撃で頭がよく回らない。



 エルよりも少しだけ高く、俺よりはずっと低い位置にあるはずのエルとよく似た顔が、エルに最も縁遠い殺意を露に俺を見せている。ぞっとするほどの無表情に、俺の本能が、こいつが本気であることを告げる。


「――あのさ、俺の口封じがしたいのって、あいつが女だからってことであってるか?」

「一歩動けば切られる、って緊迫した空気でよくそんな呑気なこと言えるな?訓練で慣れてるから刃物は怖くないってことなら他の手段にしようか」

「勘弁しろ。怖ぇよ。すっげぇ怖い。今だって声、震えそうなんだぜ」


 こんな時でも冷静に状況を見て、刃先を微動だにさせないこいつが、踏み入っちゃいけない世界の人間で、俺がさっき半分冗談で予想した以上に慣れてる(・・・・)人間だってことは痛いほど分かる。


「――ただ、あいつならそうやって空気を読まずに口に出すだろうなって思ってさ」


 エルの兄貴の眉が少しだけ動いた。


「そんなことを考えるくらいには余裕ってことか?」

「混乱しすぎて、こんな意味の分かんねぇ状況に一番強い俺の友達が誰かって考えたときにあいつが浮かんだから、あいつならこうするかなってことを言ってみただけだ」


 背中に大量の冷や汗をかきながら身体が震えるのに俺が堪えている間に、エルの兄貴は少し考えたように黙り、しばらくして俺の首元の刃物を下ろした。


「――エルはよく俺宛の手紙に君のことを書いてた。エルと一番仲良いのは、君だってな」

「その様子だと無罪放免ってことはなさそうだな」

「君がエルのことをどうするかによる」

「言わねぇよ」 


 考えるよりも早くその言葉が出ていた。 

 目の前のはしばみ色の瞳が俺の表情を逃さないと言うように瞬き一つせずに俺を見る。


「エルの性別がバレたときのリスクも分かって言ってるか?」

「俺の家に及ぶ累のことなら――考えてなかったけど、今考えても返事は変わんねぇよ」

「君とエルの関係は、貴族としての損得勘定よりも上って?」


 短剣をいつでも俺に放れるくらいに弄びながら、そいつは首を傾げる。その角度があいつとよく似ている。


「上とか下とか、そういうの考えるの、俺、苦手なんだよなぁ」

「同じ将来の領主として心配な発言だな」

「うっせぇな。一応考えてるっての。――でも、なんつーか。そんな、ちいせぇことのためにあいつがいなくなる方が嫌だなって思うんだ。友達としてのあいつは大事だし、一緒に過ごしてきた五年で、この学園では一番、あいつの宮廷獣医師にかける情熱とか、才能とかを分かってるつもり」


 なんだか告白みてぇだな。エルが聞いたら「照れるじゃないかー」とか笑われそうだ。

こんな場面なのに妙に照れくさくなって髪をがしがしと掻き、照れくささを誤魔化す。


「俺はそんなに頭が回る方じゃないが、それでも、大事なことかそうでないことかくらいは分かるぜ?」

 

 言った途端、ぷはっと噴出す音が聞こえて顔を上げる。


「小さいって言い切れるかー。はは、あいつ、いい友達に恵まれてんじゃん。さっすが俺の妹!」


 エルの兄貴は俺の顔を見て満足そうに笑っている。その手にあったはずの短剣はいつの間にかなくなっていた。


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