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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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6 小姓は獣医師の卵です

※ 残酷描写にはあたらない程度だとは思いますが、治療行為の描写があります。人によっては苦手だと思うので、お気をつけてお読みください。なお、今後、この程度の描写には注意書きを付しませんので、ご了承ください。

 萌えがなくてすみません!

 自分の腕に応急処置を施しながら、苦し気な声らしきものが大きくなる方向に進むと、岩の陰でとぐろを巻くエメラルドと黄金色の物体が見えた。

 僕が歩み寄って小さな光球で辺りを照らすと、まだ体の鱗がしっかりしていない、僕の腕の中に収まるほど小さな幼獣が弱弱しく鎌首をもたげて威嚇して来るが、そのことは全く気にならなかった。


「これは酷い……」


 全身傷だらけになっているどころじゃない。一部は鱗を剥がされ、肉が露出して血が流れているし、尾の先の黒ずんでいるところは予想通り、呪いが進んでいるらしい。そして赤黒い靄のようなものが子蛇の全体を包み、生きながらに腐らせている。

 明らかに、動物や魔獣によるものでない、人為的な傷跡。殺すためではなく、生かしつつ利用しようとした痕跡が見える。


「……ごめんね。こんなことをしたのは多分、僕と同じ人間なんだ。……でも、必ず治すよ。だから僕に任せてくれないかな?」


 しゃあっと一度威嚇した後、子蛇は、体力がなくなったのかそのままぱたりと倒れ込んで目を細め、それ以上抵抗をやめたので、すぐさま治療に移る。


 まずは一番危険だろう、黒ずんでいる部分から。

 ぴくぴくと肉が痙攣し、時たまその部位が本体の意思とは明らかに違う妙な動きをする。典型的な操作系の呪術のかかりかけの症状だ。呪術の場合、元の術が何か分からないことには本来解呪は難しい。だが、今回は幸運なことに操作系呪術のようだから救いの余地はあった。


 手をその箇所にかぶせて、目を瞑り、少量の探査用の魔力を流してわずかな感覚のひっかかりを探す。極限の集中力が必要な割に地味で繊細な作業を続け、暫くしてとうとう見つけた。

 しめた――「寄生体」だ。

 対象操作系の術を行使した場合、どんな術でも自分の魔力の塊を相手に流すことになる。その「寄生体」と呼ばれる魔力を元に、相手の体や意識を支配して操るからだ。寄生体自体は相手の体に潜り込める程度の小さいものだから、魔力の大したことのない僕でも潰すことはできる。見つけられればこっちのものだ。


 一度違和感を覚えてあえてそこを刺激すれば、まるで水の中に手を泳がせた時に、妙にひっかかって絡みつく粘ついた水草のような不快感が広がった。


「こんっにゃろう!」


 気合を籠めて、抵抗して来る小さな魔力の塊を僕の魔力で潰すと、子蛇は一瞬ぴくりとした。子蛇から、ほっとしたような、疲れから解放された感情が伝わってきたことで成功を悟り、すぐさま次の処置に移る。


「もうちょっとかかるから頑張って」


 腐敗が進んだ部分はこれ以上広がらないように焼き切るしかないが、原因部分をどけておけば魔獣の回復力である程度欠損しても回復できる。腐敗しきっているから正常な組織を傷つけなければ痛みはない。炎と熱の混合魔法で部位を慎重に切り取ると、ポーチから持ち歩いている血止め用のサモネットの葉を出してかぶせる。

 常に道具を持ち歩くのは獣医師志望者としての常識なのだ、ふふん!


 鱗を剥がされて血が出ている箇所は、血管部分に組織の回復魔法をかけ、傷を塞ぎ、固着剤を塗ってから冷やして固めて一時的な鱗代わりにする。

 このまま(鱗なし)だと感染症が怖いからね。

 変温動物である蛇同様、全身を完全に冷やしてしまうと冬眠状態になるので、患部にのみあてるという細心の注意を払う。 

 それから鎮痛用に作った丸薬を飲ませれば処置は終わりだ。




「グレン様、終わりました!」


 額の汗を拭う間も惜しんで両手で子蛇を抱き上げて振り返り、僕は愕然とした。さきほどまで岩肌に囲まれていたはずなのに、どうやら違うものに囲まれている。


 これ、なんだ?


 立ち上がって自分を囲う壁に触れると、ひんやりとした鱗の感触がする。薄闇に目が慣れて来たおかげで、何層にも積み重なった太い胴体が確認でき、どうやら僕は親蛇のとぐろの中にいると分かった。僕の体を覆うように囲ってもまだ動けるほどの体長があったのか。

 だけど僕は絞められてないし、よくよく落ち着いてみると辺りがかなり冷え込んでいる。


 ……これは、もしかして何かから庇われたのかな?

 何かって、心当たりは一人しかいないんだけど。


「グレン様、そこらへんにいらっしゃいますか?こちらは終わりましたよ!」

「なら中からそのいけ好かない体をぶち破れ。気色が悪い、今すぐにでも切り刻みたいくらいなんだ」

「なに本末転倒なこと仰ってるんですか。ここまで来てやめてくださいね!」


 きっと親蛇は子蛇を外敵(グレン様)から守るためにとぐろを巻いたんだろう。外から聞こえるグレン様の声の不機嫌さからして、これ以上大蛇と向き合わせていたら本当に殺しにかかりそうだ。


 大蛇さん、出してください。あなたのお子さんはもう大丈夫ですよ。


 心の中で何度か呼びかけていると、子蛇が首をもたげてから、しゅるりと尾っぽを伸ばして親蛇に触れ、小さな鈴を鳴らすような高音を出す。すると親蛇の威嚇音が聞こえなくなり、大きな体がずるりと解かれてひんやりした外気が頬に触れた。

 その間に子蛇は僕の方に向き直ると、口から細長い舌を出してしゅると僕の頬を一度舐めた。そして地に降りて親蛇の元へ向かったので、僕もよたよたと重い体を引きずってご主人様の傍に馳せ参じる。



 親蛇は地に降り立った子蛇に舌を伸ばして子蛇の様子を窺っており、一方でグレン様の方は、眉間にしわを寄せて僕の顔を見た。これが情愛の差というやつだ。


「うわぁ……蛇に舐められたとか……そのままで僕に近寄らないでくれる?」

「第一声がそれですか……これは一体どういうことですか?洞窟はどこに?」


 なんの労いもないのは予想済みだったので特に驚きもない。なにより訊きたいのは、なぜ洞窟の天井が跡形もなくなっていて、夜空の下にいるか、ということだ。


「天井を崩した。あれだけ地響きがしてて気づいてなかったの?」

「治療に集中していたもので。一体なんでそんなことをしたんです?」

「殺すなって言ったのはお前でしょ?あの親蛇が子蛇を守っていたんだとすれば、天井を落とせば落盤から子供を守る方に集中して僕への攻撃が少なくなるに決まってる。元々蛇類は持続力がないことで有名だから、お前とあれだけ派手に動き回った後でそろそろ体力切れの頃だったしね。動きが守りに入ったところを一気に冷やせばあの薄気味悪い生物は動けなくなる」

「変温動物ですからそうですけど……あまりに卑怯じゃないですか?」

「一人で上位魔獣を正面突破するほど愚かではないんだ、僕は」


 僕を一人で上位魔獣に向かわせたのは紛れもなくあなたですよね?!今回の依頼を僕にやらせたのって単に自分が蛇に近寄りたくなかったからなんじゃないだろうな?


 こめかみに浮かびそうになる青筋を必死でこらえて、代わりに乱暴に頬を拭っているとグレン様は続けた。


「上位魔獣にもなれば、殺さないで制圧するっていうことは殺すことよりも難しい。例え僕でも怪我のリスクが大きすぎる。戦い方っていうのは頭脳戦だ。正面突破はイアンほどの実力者じゃないと成功しないって今回のことで覚えておくといいよ」

「僕の場合正面突破以外に方法がなかっただけなんですけど……ん?よくよく考えたら、今回のグレン様の行動でもし親蛇が潰されていれば僕も巻き添えになっていたんじゃありませんか?」

「ちゃんと骨は拾ってやるって言ってなかったっけ?」


 もうやだこのご主人様!僕も情のある人間の下に就きたい!


 なんとか気を取り直して、グレン様を残して親蛇の元に向かう。

 親蛇は子蛇の様子で子蛇を僕が助けたと気づいてくれたらしく、威嚇の体勢を取らずにじっと僕を見て来る。

 依然として怒りの空気は残っているものの、親蛇からは殺意を感じなかった。



「大蛇さん、今回のことは僕たち人間によるものですから、あなたのお怒りも最もだと思います。でも人間への制裁は僕たち人間で行います。どうか今回のことを見逃して森の奥に帰っていただけないでしょうか?」


 手を伸ばして、グレン様に切り裂かれた親蛇の尾っぽに手を伸ばし、親蛇が抵抗しないのをいいことに、傷周辺に回復魔法をかけていく。

 さすがの上位魔獣の回復力には目を見張るものがあり、あれだけの傷でも既に塞がり始めていた。なので、グレン様に焼き切られ死んだ組織だけをそぎ落とし、周囲の細胞の回復力を高めておけば、裂けてぷらんと垂れた部分を持っていた紐で縛って結び目を固めておくだけで十分だ。こうしておけばくっつきやすくなるから治りも早いはず。あとは細かい傷だけだけど、これは固着剤で固めればなんとかなる。


 僕の治療が一通り終わると、親蛇は一度赤い舌がちろりと覗かせ、僕の顔にその大きな顔を寄せてきた。そして蛇の重要な感覚器官である舌を僕の方に向けてちょろちょろと出してくる。

 匂いと振動で僕を認識するように、ゆったりと何度かその行動を繰り返した後、親蛇はくるりと向きを変えると、森の奥の方へ向かっていく。



 親蛇に続く子蛇は、一度僕とその円らな瞳を合わせた。


 アリガト


 聞こえたわけではないけれど、そう言われた気がした。その目から直接送られてくる温かい気持ちに、ご主人様のせいで荒んでいた僕の心すらも慰められる気がする。


 そうして、蛇の親子は森の奥へと帰っていった。




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