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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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5 小姓のヒーローはご主人様ではございません

 僕の現在の状況を整理しよう。

 魔術師たちが十人単位で向かい合う大蛇に相対しています。相手には敵意しかありません。しかもこけたせいで捕まってしまい、その強力な尾で締め付けられています。

 頼みの綱のグレン様は、魔封じの道具で魔法が使えないし、そもそも自ら手出しする気はゼロ。

 これを世間一般で何と言うか――そう、絶体絶命って言うんだよね。



 お願い、大蛇さん、話を聞いて。

 僕はあなたを傷つけたいと思ってないんだ。

 あなたのためにも、僕たち人間のためにも、ここから出て場所を替えてほしいだけなんだ……!


 心の中で必死に呼びかけるけれど、大蛇は僕を黄色い目で睨んだまま締め付ける力を強めていく。


「くぅっ……!」


 みしみし、と、肋骨と腕の骨が軋む嫌な音がする。

 肋骨が折れたら僕は内出血多量で死ぬし、そもそも人間は下腹部を強く圧迫されたら息が吸えなくて窒息で死んじゃうんだぞ!

 今だって息を吸うために必死だから、声なんか到底出せない。その上、脳みそは酸素不足でガンガンと痛い。


 痛い。外からの圧迫で体が悲鳴を上げていて、けれど頭はどこかぼうっとする。


 クルシイ。イタイ。カナシイ。

 なんだろう、無性に腹が立つ。とてもとても怒っている。

 ニンゲンナンテ、ホロビレバイイ


 ――あれ?僕は何に怒ってる?ご主人様にはともかく、この大蛇さんへの怒りなどはない。それに、悲しいってどういうこと……?


 イタイ、イタイ、コワイ。

 内部を虫に這い回られるような不快感と必死に戦っている。体がのっとられそうな恐怖に動けない。


 ――内部?

 

 言葉にはならない声のような音が頭の奥から響く。人間への憎しみ、怒りをにじませる大きな声と、痛いと叫ぶ小さな弱弱しい、助けを求める声。……僕じゃない声が二つある?あぁ、朦朧とする意識のせいでうまく考えられない。でも誰かが必死で助けを求めて苦しんでいる気がする……




「きゅっ!!」

「いったっ……チ……コ……!?」


 唐突に耳元で響いた大きな鳴き声とガジリと手を噛まれた現実の痛みで思考がはっきりした。

 

「な……何をしているの、チコ……出てきたら危ないよ、蛇の魔獣にとってチコのようなネズミの魔獣は格好のエサ……――ん?」


 僕のポケットに入って逃げていたはずのチコが服から出てきて、僕の目の前で、決意表明をするように「きゅいっ!!」と再び鳴き


 ――なぜかこの時、チコの表情がきりっとしたように見えたがそれはきっと気のせいじゃない――


止める間もなく僕からジャンプした。

蛇の目の前でこれ見よがしに大きく跳んでいく。そう、まるで自らが囮になるように。


「ち、チコっ……!」


 目の前で絶好の獲物(エサ)が飛び出てきたら、動物は本能的にそちらに気をとられてしまうものだ。今回も例に漏れず、大蛇の黄色い目がチコのことを追い、その一瞬、抜け出せないまでもわずかに体の拘束が解かれた。

 そのわずかな隙に体の周りに防御魔法を貼り直す余裕が出来る。



 むざむざ死ぬ気はないんだろう、チコは自分の姿を大蛇に見せつけるように飛び出た後、ちょこまかとした小動物ならではの動きで蛇の体を伝って地に降りるとグレン様の方まで走っていく。


 多分チコは、天敵の前であえて身を晒すという、自然界の法則に逆らってまで僕を助ける隙を作ってくれたのだ。


 チコ!かっこよすぎて惚れちゃうよ!!一歩間違えたら今この瞬間蛇の口からふさふさの白い尻尾が垂れているという全然笑えない事態になっていたのに!どうしてお前は人間に生まれてこなかったんだい!?


 それに比べて完全放置プレイのご主人様はなんなんだ!


 怒りに任せて声を振り絞る。


「グレン様っ!」

「まだ死んでいないみたいで何より。そろそろ死体検案書に切り替えようかと思ってたところだったんだけどな」


 この僕の状況と対照的に、のんびりとした歩調でこちらに歩み寄っていたらしい。「のんびり」というところに本気で殺意が湧く。


「冗談仰っている場合ですかっ!今も危機的状況は変わっていません!」


 この二年間で一番実力が伸びただろう防御魔法であっても所詮僕レベル。ギリギリと大蛇の体に締め付けられて早くも壊されそうな予感がする。チコが決死の覚悟で作ってくれた時間を無駄にするわけにはいかない。

 貧しい頭をフル回転させ考えた結果見つけた唯一の抜け道のためには――!

 先ほど締め付けられたときに肋骨にひびが入ったのか、息をするのも辛い状態だが、それでも僕は声を張り上げた。


「グレン様、こ……この大蛇を説得する唯一の方法を見つけました!」

「そりゃあよかった。早くやれば?」

「一人では出来ません!こ……ここから抜け出さないと子供の治療ができないからですっ!」

「子供?」

「この大蛇にとって最高の食糧(チコ)がこれ見よがしに出てきたのに動か(食べに行か)ないのは、そ、それ以上に気がかりなことがあるからです!」


 魔獣は知能が高いから、動物に比べ、本能的に動くということが少ない。相手の出方を窺い、作戦を立てることも出来る。だからこそ人が魔獣を討伐しようとするときに多大な労力がかかるのだ。

 今この大蛇はチコよりも僕を捕まえることを優先していたが、僕を食べるつもりはないようだし、チコにも視線を動かす以上の関心を示さなかった。


 食欲以上に大事なこと――僕を離さずになお守ろうとしているものが、この大蛇にはある。


「お前の拙い推理を信用しろって?」

「それに声がッ!声が聞こえたんです!この親蛇は人間に子供を傷つけられて怒ってて……警戒しているようなんですっ……!この奥にきっと子蛇がいて、今も苦しんでいるんですっ、内部を侵食される――おそらく呪いの類だと思われますっ!助けてって声が聞こえたんですっ!!」

「……お前、動物と会話はできないんじゃなかった?」

「そうですよっ!声、というより、気持ちが直接響いてきた感じでしたけどっ……!なぜかさっきは聞こえたんです!初めてのことです!死ぬ前の妄想でなければですけどぉっ!」


 叫ぶように答えると、グレン様は黙って考え込む様子を見せる。

 ちょっとは僕の危機的状況を見てくれませんかねぇ!?悠長に考察している場合じゃないんです!


「グレン様っ!僕は蛇の親子を殺したくもないし、人と争わせたくもないんです!だからグレン様のお力でどうにかして治療の間、親蛇を食い止めておいていただけませんか!?治療のためだと言っても聞いてくれないでしょうから!」

「僕へのお願い事は高くつくよ?」

「高かろうが安かろうが買いますよ!だって今止められるのはグレン様くらいでしょう!?それとも魔法を使えないと無理ですか?」


 僕の挑発に、グレン様はふっと不敵に笑うと、上位魔獣に一人で相対することへの恐怖など微塵も感じられない悠然とした歩みで大蛇と僕の目の前までやって来た。


「魔法が使えないなんて誰が言った?」

「へ?」


 パキィン!と軽いガラスが砕けるような音がしたその後、グレン様の手には魔法の光が浮かぶ。


 魔封じの道具があったはずなのに、どうして!?偽物?いや、偽物なんかじゃなかったはず……!



「まさかっ……魔封じの道具を自力で壊したんですか!?」

「蓋のようなものなんだから、内からの魔力に負ければ壊れるのは当然のことでしょ?」

「そんなことしたら体の方が無事じゃ……!」

「全身の内膜が破けない(・・・・)ように、道具よりも強固な防御を体内に施すだけのことだし」


 原理上は確かに可能ですけど、それはいまだに成し遂げた人がいない反則技です。


「それよりも、エル。お前はさっきの言葉をちゃんと覚えておくんだね」


 グレン様が、にっこりとほほ笑んでから手にしていた光球を大蛇の目に向かって叩き付け、次の瞬間、キャシャアア!という凄まじい悲鳴が大蛇の喉から迸り、僕は地面に叩き落とされた。地面に叩き付けられ、胸部に走っていた痺れと痛みが一気につま先まで貫く。


「っ!」


 あぁまずい、これ、肋骨かなりいっちゃってる(損傷している)かも。


 顔を上げると、大蛇が体をくねらせ、僕同様に痛みにあえいでいた。

 どうやらグレン様が腰から抜いた刀で僕を拘束していた蛇の尾っぽを半分ほどたち切ったようで、大蛇の尾が、ぷらん、とありえない方向に垂れ、血が噴き出ている。


「あーあ。やっぱりこれでダメになったか。僕と鱗の二重の力に耐えたんだからむしろ褒めるべきかな?」


 グレン様は、場にそぐわないのんびりとした口調で、煙を出し、ぼろりと一部が欠けた刀を評し、そして何の思い入れもないかのようにそれを捨てる。

 一瞬で刀そのものに熱かなにかを纏わせて鱗を溶かしながら切ったのだろうけど、あの固い鱗を貫通させて血を噴出させているなんて恐ろしい威力だ。

 傷の具合に比べて出血量が少ないのは、傷口が焼かれたせい、かな?


「あーそうだ、エル、ちんたらやってたら僕の手が滑って『うっかり』こいつを殺しちゃうかもよ?」


 そうでした!親蛇さんの治療は後だ!


 それにしても、肋骨やらにひびが入っている状態で固い地面に投げ出された僕に容赦のない念押しをいれてきやがった。とっさに風で防御したのにそれでも殺しきれなかった力で全身を強く打って悶絶していたことも分かっていて言うんだから本当に鬼畜だ。

 けれども「にょろにょろが嫌い」なグレン様の堪忍袋の緒が非常に短い(そのうち殺っちまう)ことは分かっているので一刻の猶予もない。


「分かって……おりますよ!」


 ポーチを探って見つけた、対グレン様お仕置き用に用意していた気付け薬を煽るように飲み下す。

 まるでこのために用意していたかのようだ、僕、悲しいくらいに準備万端だな!これが二年にわたる経験値か……!


 強烈な苦みと酸味に咳き込みつつも、僕の意識ははっきりとした。


 早く子蛇さんを助けなきゃ。


 僕は人外(大蛇)人外(鬼畜)の戦いを背に洞窟の奥へと急いだ。


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