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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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4 小姓はいい友達を持っています

 貴族の結婚というやつは、大抵は両家の損得勘定で決まる。

 甘酸っぱい恋やら初々しい愛やらは、結婚までの遊びとしては許されるし、同じ条件下であれば考慮要素にはなりうる。

 が、それだけで相手を選ぶのは、よっぽど脳内がお花畑な人(殿下)か、自分の代で家を潰そう(自殺志願者)と考える酔狂なやつだけと言われている。


 酔狂なら笑い者になるだけだが、家の許可なくご令嬢を奪い、純潔を散らすことは、立派な罪ですらある。貴族の女性は、家同士を繋ぎ、豊富な魔力量を持つ次代を作る大事な家の財産(・・・・)だからだ。

 貴族子女の皆さんにとってこの考え方は常識で、特に爵位が上になればなるほど、これが徹底して刷り込まれている。何十も歳が上の相手や、憎き仇相手に嫁ぐことだって命じられれば拒否できないと考えるのは、宗教上、男尊女卑が徹底している我が国ならではかもしれない。


 その点、一応貴族の令嬢である僕がこういう考えに対して疑問を持っている時点で、我が家は特殊だ。一家の主である父様自身がこの考えを当たり前だと思っていないんだから、そりゃそうだ。そうじゃなきゃ、伯爵家から母様をかっぱらって、笑い者兼罪人という歴史上数少ない痴れ者に入ろうなんて思わないもんね。



 先代アッシュリートン当主夫妻が早くに亡くなり、若くして爵位を継いだ父様のまさかの暴走は、夢物語なら英雄(ヒーロー)

 だけど、それは、本来なら懲罰として爵位すら取り上げられている行為で、現実の当主なら至大の痴れ者と呼ばれるにふさわしい暴挙だ。

 それが、爵位内での格下げと、父様個人が職をはく奪されるだけで、アッシュリートン家に公的に「罪人」の烙印を押されないまま秘密裡に済まされた原因は、普通激怒して厳罰を申し出てしかるべきである母様のご実家、マーシャル伯爵家にある。


 父様と母様の婚姻について、最初、マーシャル家は当然のように拒絶していた。

 が、当時の父様が長い時間をかけて粘り強く頭を下げ続け、官吏登用不正防止制度の構築やら移民分担の外交交渉やらで文官としてかなりの功績をあげ、同時に、なぜかどの結婚をも固辞し続けていた母様の態度を軟化させた。

 そのことを、マーシャル家のご当主様は高く買ってくださっていたそうなのだ。


 だからだと思う、マーシャル家の当時のご当主である、母様のお父君が、寛大に取り計らってくださるよう陛下に進言してくださった。土壇場での父様の不義理への憤りから僕たち一家との交流は断っているものの、僕たち(アッシュリートン)を助けてもくれたのだと兄様から教えてもらった。



 ちなみに、父様の不可思議な強行突破は、ちゃらんぽらんなくせに変なところで周到な父様らしくない。僕が思うんだから、姉様や兄様がそう思わないわけがない。でも、どうしてそんな時期にそんな無茶をしたのかについて、父様は決して口を割らないから、その理由はいまだに分かっていない。

 そんな素っ頓狂な行動を取った父様が、姉様の絵姿をグレン様の婚約者候補として送った時は、父様もとうとう世間一般の考えに染まったんじゃないかと疑ったけれど、説得次第で辞めさせられると僕に考えられていた時点で、父様の行動の狙いは別にあった気がしないでもない。

 まぁ、僕よりずっと頭の回る兄様でも父様の思考回路は読めないって言ってたんだから、僕に分かるわけがないけどね。


 なんにせよ、僕たちがマーシャル家に感謝してもしきれないのは、紛れもない事実だ。

 父様に縁談を持ちかけていた、うちよりも格上の家から圧力をかけられるという私刑を受けているし、我が家を嫌う家は多い。

 それでも、権利者であるマーシャル家が公の場でこのことを持ち出さないよう申し出、現陛下のお父上である先代陛下がそれを承認されたからこそ、僕たちは公に糾弾されずに済んでいるし、今こうやって、姉様が殿下の婚約者になれたのだから。




 さて、話を戻そう。


 アルコット家の嫡子たるグレン様のご婚約は、アルコット家と強い絆を作る最も有益で効果的な手段だといえる。

 家ごとに多少の違いはあるけれど、一夫一妻制を採るこの国において、主の妻は大きな権力を持つから、大きな家になればなるほど、次代の魔力値を決める要素と、妻の実家が持つ影響力とを併せ考えて、妻を選ぶのが一般的だ。


 どうしてグレン様は、それだけ大事な位置にアッシュリートンという評判の悪い底辺貴族の次女である僕という偽物(代役)を置こうとしているんだろう?


 僕個人に特殊な魅力はなにもないし、地位は言わずもがな。唯一考えられるメリットとして、次期第二王子妃の生家であるという事実があるけど、もともと殿下の側近で王家と繋がりの強いグレン様自身で事足りるからそれが理由というのは考えにくい。


 僕個人が傷物であること(背中の傷)を差し引いても、僕がアルコット家次期当主の婚約者として出ていくことに、アルコット家の利益は一個もないのだ。それどころか、悪いことばかりだ。


 もしかして、グレン様は、アルコット家を――いやいやそんなバカな。

 いくら嫌っているとはいえ、次期当主が伝統ある家を潰すなんて、そんなことを考えるはずがない。実の親がいるところなんだ、血も涙もない鬼のようなグレン様にだって欠片の情はあるだろう。

 

 じゃあなんでだろう?グレン様の思惑が全く掴めない。


 待てよ?

 それだけ大事な婚約者選定の場だ。ご令嬢方の目の色が変わっているって、グレン様ご自身が言っていた。たくさんのご令嬢方の中には、グレン様の外面に本気で心奪われている可哀想(狂信的)な方や、政治的戦略からグレン様を欲するご実家の方で、グレン様の婚約者の地位を得ることを死命とされている方もいらっしゃるだろう。

 問題です――そんなところに、貴族位という権力もなければ、姉様のような人並み外れた美貌や豊かな教養もないみすぼらしい女がのこのこやってきて、グレン様推薦の婚約者だと言ったらどうなるでしょう?

 答え――腹を空かせて涎を垂らした肉食獣の前で、毛の薄いお腹を見せたままぐーすか寝る子うさぎになります。


 リッツに問題をだしてもらうことなく分かる。嫉妬や黒々とした思惑で火あぶりにされ、苦しむ未来の自分が容易に想像できる。

 これが狙いだとかじゃないだろうな?――婚約者選びの重みを分かっていないとしか考えられないが、あのドS鬼畜野郎のことだ、そうであってもおかしくない。



 どっちであっても僕にとって何もいいことはなくていたたまれないけど、できることならば後者であってほしい。


 被虐趣味が微塵もない僕にとっては、後者も笑い事じゃないけど、でも慣れている分だけ日常の舞台が大掛かりになっただけだ。

 でも、もし前者だったら、きっと笑い事じゃ済まされない闇がある。グレン様が里帰りされないほどの事実があって、今回の件でそのことに正面から向き合わなきゃいけないとなったら――?


 グレン様は、きっと、傷つく。

 そして意地っ張りなあの人はそれも隠し通そうとする気がする。あの病気の時みたいに、何にも問題ない顔して、一人で抱え込もうとするんじゃないかな。

 あんな姿、僕はもう見たくないのに。



「おい。おーい。エル?」


 一人考え込んでいた時間が長かったらしい。二人が心配そうな顔をして僕の目の前で手を振っていた。


「な、なんでもないよ」

「なんでもないって面かよ。顔、真っ青だぞ」

「バナナで腹下したか?」


 あ、そっか、このままだと食堂のおばちゃんの不名誉になってしまう。貴族のデマで平民の職がなくなるなんてことがあっちゃいけない。


「もしかしたら朝飲んだ下剤が今効いてきたのかもしれない」

「お前何してんだよ!便秘だったのか?」


 うそうそ。下剤なんかなくても僕は毎日すっきり派です。


「ううん。実験用」

「実験?」

「ほら、あれだよ。この前大会の予選でいいところまでいったでしょ?あれでさ、頭のおかしい――いや、練習熱心な騎士課と魔術師課の連中がさ?グレン様の指導を受けることの凄さを噛みしめたいって言って、上から下まで、『挑戦させろ』って連日僕のところにやってきてるんだ」


 これは本当だ。どう見ても貧弱で魔力も少ない僕でもあれだけ健闘できるんだから、気になるのも道理だろう。

 加えて、グレン様は、(僕は人災を防ぐ一番いい状態だと思ってるけど)他人に何かを教授するのを面倒くさがる人だから(ご本人曰く「そんなことしても僕に利益ないでしょ?できないやつらを育てる気の長さが持てるなら、僕はその時間と気力を別に使うね」)、指導を受けているのは小姓の僕しかいない。



「あー最近よく来てるよなー。でもそれがどうして下剤に繋がるんだよ?」

「ん?朝ごはん食べて直後に腹筋背筋1000回セットをこなしても無事な頑強な方だけお引き受けしますって言おうと思って」

「……まさかお前、その朝ごはんは僕が用意しますんでとか加えるつもりじゃねーだろーな?」

「そのまさかだけど、なにか問題ある?」

「え?リッツ、なんだよ、それなんか問題あるのか?」


 僕の答えに、ヨンサムは要領を得ずに首を捻っているが、リッツの方は鳥肌の立った腕を擦った。


「ヨンサム、話の流れを追おうぜ……。この流れで下剤絡んでくるとこなんか一つしかねーじゃん」

「……げ。お前、それ、外道……」

「外道?そう?一度寝込みを襲われてごらんよ?風呂で待ちかまえられて裸で迫られてごらんよ?こんなの自己防衛本能の範囲内で収まってるって」


 にこにこと笑って、僕なりに可愛らしく小首を傾げるのに、二人は三歩以上後ずさった。


 これは、僕みたいに家の力も物理的な防衛力もないやつが追い詰められたときの最終手段として考えたものであって、僕が進んでやりたいわけじゃない。

 だから、例え既に下剤の用意をしてあっても、グレン様と僕は違うはずだ、絶対。


「安心してよー。現実にはやってないよ?まだ」

「まだってことはこれからやる可能性あるのかよ……?」

「最近無理に迫ってくる人減ったからどうだろう?また来たら、かな。ほんと、減ったのは助かったよ。教室の傍で出待ちされたり、勉強しているところ邪魔されるの、すごく鬱陶しかったんだ」

「あぁ、それ。多分キール様のおかげだ」

「キール様?」


 教科書を重ねてうーんと伸びをすると、まだ若干顔の青いリッツが頷く。


「前にキール様とお会いして世間話してるときにお前のこと聞かれたから、大会以来お前がそういう輩に困ってるって言っておいたんだ。そうしたら、『エルドレッド・アッシュリートンを最初に倒すのは私だ。あれに挑戦したいやつは先に私を下していけ』って宣言してくださったんだよなー」

「えぇ!そんなことを!?」

「キール様からすりゃあ、まぁ、不本意な勝ち方だったしなー。だから次こそはちゃんと勝ちたいんじゃねーの?上位貴族のキール様に挑戦するなんて、大会とかじゃなきゃなかなかできねーし、仮にできてもキール様ご自身がお強いから勝てねーだろ。よかったな、お前ー。いい壁できたじゃん」


 リッツが僕の頭にぽん、と手を置いて、猫のように目を細めてにんまりと笑う。


「壁って言うか?曲がりなりにも上位貴族だぞ?お前も尊敬してただろうが」

「してるしてる。ご本人の前で言わなきゃそれでいいだろ。尊敬する人に純粋に憧れるヨンサムほど、俺、可愛い性格してねーの」

「なっ、可愛いってなんだよ!」

「あ、照れてる照れてるー。ヨンサムってほんとそういうとこ可愛いよなぁ」

「気持ち悪い!男が可愛いとか口に出すな!」

「女の子には可愛いって言わないといくらモテてもそのあと愛想尽かされるぜー?」

「うっせぇ!」


 二人がじゃれている隣で、一人、あの流し目の麗しいラベンダー色の瞳を思い出す。


「そっか。キール様が言ってくれたおかげだったんだ……」


 魔力枯渇の昏倒から目覚めて色々落ち着いた後グレン様に聞いたら、キール様から保護したって言ってたし、やっぱりあの人、悪い人じゃない気がするなぁ。今度会ったらお礼言わなきゃ。

 前にすれ違った時は親の仇を見る目と異星人を見る目を混ぜたような、不可思議な視線を送られたから、てっきりあの試合の内容でものすごく恨まれているのかと思って逃げちゃったんだけど、悪いことしたな。

 

「それにしてもさ、俺、あの人にあんまりいい印象なかったけど、見直した。大会で当たんねぇかな。そういう相手と戦いてぇな、俺」

「ヨンサムそういう相手、好きそう」

「おう!大会前にお前と訓練してたの俺だったし、俺の練習にもなるから、お前に挑戦したい奴は俺に言えって俺も言おうかな」

「はいはい。漢気溢れますなー」

「なんだよリッツ。お前は友達が困ってるっつーのに協力しねぇの?」

「いいよ、ヨンサム。キール様と違って身分的に不利なんだから、断れない訓練の申し入れはキール様よりも多くなると思うよ?」

「そうそう。エルの言う通り。正規の訓練もあるんだし、全部受けてたらお前も体力もたねーだろ?それに、大会に四年生で本戦出場を決めたお前にやっかみとか僻みで妨害工作入れるねじくれたやつがいるってことも忘れちゃいけませんぜ?体力ギレで本戦で実力発揮できないとかバカみてーじゃん。勇敢と蛮勇をはき違えないって大事」

「む」


 ヨンサムが黙ると、優雅に足を組んだリッツがにやにやと意地悪く笑って人差し指を振った。


「だからってやめろとは言ってねーよ?このリッツ様にお任せあーれ」

「お、さすがリッツ!なんか思いついたんだな?」

「え?どうするつもり?」

「口伝えに限定した宣伝して、裁量性の紹介料を持ってこさせて数制限する。第一関門の紹介料は貴族の爵位別に区分するけどその相場は明かさない。足元見るようなやつはその時点で俺が切る。それクリアしてたら、予め集めておいた、そいつの力量とか成績とかの情報で俺がヨンサムの相手にふさわしいか判断する。んで有用だったら採用、お前のとこに俺が紹介する。俺だったら身分差があってもうまくあしらえる自信あるし、いい案だろ?」

「……それ、リッツだけすんごいぼろもうけしない?金に目がくらんで評価間違えない?」

「俺、金好きだけど、それに目がくらんで周囲からの評価落とす賄賂は大っ嫌いだから安心しろって。それにだね、エルくん。タダより高いものはないと言うだろ?エルはただでさえない時間を節約できる、ヨンサムは質のいい相手と戦える、俺は金儲けできる。ほら、どうだい?いいことしかないじゃないかー」

「お前、ほんっと口上手いな!反論できねぇのが悔しいわ」


 ヨンサムが小突いてくるのをいなしながら、リッツが僕にむけてにかっと笑って見せた。


 まったく、いい性格してるよ、こいつら。

 でも、いつもと変わらない二人のおかげでちょっと元気になれた。


 僕、友達を見る目については胸を張れそうだ。


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