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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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2 小姓は楽しみで仕方がありません

 ご主人様は意気揚々と僕にその恐ろしい代物の説明を続けて下さる。


「磔道具っていうとちょっと語弊があるかな。言葉を足すなら、大の大人の何倍もの力にあたる強力な磁力で足を地面に固定化させて動かなくさせる足輪。内側に無数の小さな棘が作ってあって、一度嵌めるとこれが刺さって抜けなくなる。この棘に魔力で作り出した小さな雷を流して磁力を作りだす構造でさ、動こうとすればするほど棘が肉に食い込むし、雷も流れこむから、激痛で動く気力すらも失わせる。小さくて持ち運びに便利な優れものだよ」

「どんなに詳細に説明されてもどこがどう優れているのか僕の頭では理解できません」

「うまくいけばお前の首輪にも応用できるかもしれないくらい画期的なものだってことは使ってみれば分かるんじゃない?」

「例えばですよね?そもそも首に棘を刺したら出血でおしまいだってことくらい分かっていらっしゃいますよね?」

「それはやってみなきゃ分からないなぁ」

「やった瞬間に僕の命が散りますのでご遠慮ください」

「考えとく。で?答えは?」


 この説明を聞いた後に答えるなんて、剣山に片足突っ込んで体重をかけるようなもんじゃないか。僕の選択肢はこの時点で逃亡一択だ。


 拷問道具の実験台(実験台であって僕専用でないと信じたい)になるのはまっぴらごめんだ!ドレス姿でも仕方がない。かくなる上は窓から飛び降りて森に逃げ込むか……!

 まずはグレン様から飛んでくるであろう火球と拘束用の何かしらの魔術を防御して、即座に飛び降りてから飛翔魔法か浮遊魔法を使うのが王道だけど、半端な防御魔法じゃ鼻紙ほども役に立たずに消し飛ばされるのは分かってるから、まともな防御魔法を編まなきゃいけない。でもグレン様の攻撃にも一定程度耐えられる程度に強固な防御魔法の錬成にはそれなりに時間がかかる。


「こら、グレン。またエルを苛めているのか?限度を超えると本気で嫌われるぞ」

「殿下ぁ!」


 僕が答えられないことを分かっていてなお答えを迫るグレン様から逃れようと、窓に視線を走らせながら算段していたところに救世主がやってきた。


 いつの間に入られたのだろう、光の入り方で薄緑にも濃緑にも見える美しい翡翠色の瞳に呆れの色を映しながら訓練室のドアに寄りかかっている殿下のお姿が見え、僕は迷わずそちらに泣きついた。

 あぁ殿下。素敵なご容姿が今日はいつも以上に煌めいて見えます!


「最大のダメージを与えるといえば、罵倒よりも暴力よりも、存在を無視されて否定されることでしょ?その点、僕はこんなに愛情深く構ってあげてるんだから、優しいと思わない?」

「その方向性がな……」

「僕、人の嫌がることをしろって教えられたから」

「意味が違います。それは他人の嫌がるような仕事でも率先してやりなさいっていう意味の教訓であって、他人に嫌がらせをしろという意味ではございません」


 殿下の苦言に白々しく答えるご主人様を、怨み深い目で睨みつけていると、僕の方に顔を向けられた殿下がぶっと噴出された。


「エル、お前もお前でなんなのだ、その顔は。グレンを脱力させてお仕置きを回避しようとする腹か?グレンへのボイコットとしては斬新だな」

「え?そんなにひどい顔してます?」

「目元が上も下も真っ黒だ」

「日ごろのストレスがクマになったんでしょう……殿下、労働待遇は改善できませんか?」

「小姓は私の管轄から外れるから勧告しかできん。すまんな」


 頼みの綱はあっさりと僕を見切った。

 僕、貴方様の将来の義妹ですよ!もっと大事にしてください!


「うぅ、興奮状態の嗜虐趣味のご主人様をなんとかできるのは殿下だけですのに」

「興奮?僕は、自分が化粧していることを忘れて顔をタオルで思いっきり擦った鳥頭の小姓に空しくなっているだけ。このやり場のない思いをどうしようか迷った末の苦肉の策だよ」

「ご主人様は空しい時に目を爛々と輝かせるんですね。小姓として今後の参考にさせていただきます」


 そういえばさっき、いつもの訓練の後のように顔をごしごし擦ったっけ。なるほどこれか。

 清めの魔法をかけてすっきりさっぱりした顔でグレン様に向き直り、回答する。


「あ、思いだした。さっきグレン様は、女性用のお辞儀や立ち居振る舞いについてはマスターしたのに色気が足りない原因は僕のこういう迂闊さだと仰っていました。答えられましたからお仕置きは免除ですよね?」

「わずかな会話の端から手がかりを見つけ出して悪あがきをするようになった根性は認めてやるけど、それじゃあ半分しか当たってない」

「あ、なし。今のなしで――」

「一度口から出たことは取り返せないってここでいい教訓になったね」

「殿下ぁ!!」


 捕獲され、頭をがっしりと押しつぶされた僕が悲鳴を上げたせいか、殿下が介入して止めて下さった。 ふぅ、九死に一生を得たぞ。


「エル、私がお前に色気よりもなによりそもそもの女らしさが足りない原因を教えてやろう」

「助けてくださったのはありがたいのですが、さりげなく一番傷つきました」

「間違ったことを言ったか?」

「いいえ。反論の余地もございません」


 自覚しててもしょげることはあるんです。女の子の繊細な心を分かってください。

 グレン様から送られてくる、繊細?と言わんばかりの胡乱な視線は華麗に無視しておく。


「では、エル。お前自身は何が自分に足りないと思っている?」

「僕の動き方には落ち着きや優雅さがありません。それは貴族としても問題ですが、さらに女性という要素が加わった場合、致命的だと思います」

「そこまで正確に分かっていてなんで治せないんだろうね」

「頭で分かっていることを行動に移せるとは限らないんです」

「なんで?思った通りに動けばいいでしょ」

「まぁまぁ、落ち着け、グレン。お前は努力を怠らないが、それ以上に自分の思った通りに挙動する天性の才能に長けているからな。エルのようになるのが普通だぞ」


 殿下に止められてお仕置きができなかったせいか、グレン様は、むっつりとした顔で窓枠の方まで歩いていくとそこに背をもたれさせた。

 不本意ながらも僕と殿下のやり取りを見守ることにしたらしい。殿下の後ろに逃げ込んでぴったりくっついていた甲斐があった。

 だけど殿下にひっつき虫になっている僕に向けられる目がなんだかいつも以上に険悪だ。もしかしたら虫の居所が悪いのかもしれない。近づかないのが一番だ。


「だから僕は人を育てるのには向いていないって言ったんだ。出来ないやつの気が知れない……と思っていたけど、これでも人並みレベルも理解できるようになったなんだよ?」

「これでですか……グレン様も成長なさったんですね」

「人並み以下の誰か(ペット)のおかげで否応なしにね」


 相変わらず自己評価が高いお方であられること!自己評価と客観的評価が一致していることが非常に腹立たしい。

 殿下の背中にぴったりと頭をつけてお二人から見られない位置でべぇっと舌を出していると、世にも恐ろしい視線を感じた。

 うわぁ、今のグレン様の位置からは死角だよ?なんで分かったの?


 殿下はと言えば、うーんと唸りながら僕に女性らしさを身に着けさせる方法を考えていらっしゃる。


「女性らしさ、か……普通は幼い頃から培われるものだが、そうでない場合は……そうだな。例えば服や装飾品、それから化粧といった身に着ける物に興味が出る年頃になったり……もしくは恋に興味があったりだとかそういうことがあれば自然と身についていきそうなものだが。年頃の娘になった身として、そのあたりはどうなのだ?」

「残念ながら男装生活を送る僕に女性ものの流行のドレスやら化粧やらは無縁ですし、恋愛なんて、遥か彼方、僕とは違う世界の話にしか聞こえません」

「そうか……別世界レベルか……」


 そもそも、グレン様の小姓として働く僕の服装において最も大事なことは、動きやすさだ。なぜならお仕置きから逃げるときはその一挙動、一呼吸が命取りになるから。


「大体ですよ?殿下は僕がドレスを着たのを見たとき噴出されたじゃないですか」

「あの時は、あれほどドレスが似合わない女性を見たことがない――いや、男性用に作られている学生服がどれほど似合っていたのかを身に染みて実感してだな……くっ」

「思いだし笑いをなさらないでください!」


 殿下は、僕がダンスの練習をしようとした最初の時すなわち初ドレス着用時に居あわせて、僕の姿を見て噴出されたお方だ。不遜ながら、非常に失礼な男だと思う。


「一応年頃の女の子を見るや否や噴出されるのはどうかと思います」

「すまん。淑女の鑑のようなメグと血の繋がった同性の妹であるということに驚嘆した気持ちもあったのだ」


 姉様と比べてどうする。姉様は淑女のお手本で僕には一生かかっても手の届かない存在で――


「あぁ、そっか!姉様を参考にすればいいんだ!」


 お手本にすべき存在は身近にいたじゃないか。

 大好きな姉様だ。あの美しいお顔に浮かぶ麗しい表情や気品溢れる仕草、匂いたつような一挙手一投足に至るまで、事細かにはっきりと思いだせるというのになんで思いつかなかったんだろう!

 そうと決まれば姉様にお会いできないか、連絡してみようっと。でも姉様は公務と結婚式の準備でお忙しいかもしれない。姉様に迷惑はかけたくないし、どうしようかな。


 考え込んでいると、僕の考えていることを読み取ったのか、暫く黙っていたグレン様が口を開いた。


「僕の方で予定を取り付けてやってもいいけど」

「いいんですか!?」

「当日お前が着ることになっているドレスの最終確認の試着の時に、お前の姉君に助っ人を頼もうか少し考えていたから、その予定を前倒しにすればできなくはない」


 油断するな僕。大抵綺麗な華には棘がある、グレン様には悪辣な思惑がある!


「そ、それをしていただくことについて僕は何を犠牲にすればいいんでしょう……?」

「これ以上お前から搾り取れるものが思いつかないから今は要らない」


 む、ムチ専門のグレン様がアメの使い方を覚えた……だと!?


「とはいえ、マーガレット様にはお忍びになってもらうし、以前とは比較にならないほどの警護が必要なことを考えれば王家の負担も大きいし、予定を繰り上げるのは非常に面倒だし、なにより今は僕の気分が乗らない」

「えぇ!?そんなぁ!」


 大好きな姉様と、嫁がれる前にお会いできるかもしれない!という興奮で、先ほどまで殿下の後ろに隠れていたことも忘れ、グレン様の方に近寄り、期待を込めてご主人様を見上げる。

 しかし、グレン様の方は、ふいと僕から顔を背けた。


 しまったなぁ。大したことをしていないはずなんだけど、どうやら僕はグレン様のへそを曲げてしまったらしい。このままだと姉様に会えないぞ。


「お願いします、グレン様ー。日ごろの手八丁口八丁で、殿下から姉様との時間をもぎとってくださいー。そして僕を姉様と会わせてくださいー」


 服の裾を引っ張って必死でおねだりしていると、後ろから、くつくつという含み笑い交じりの声が聞こえた。


「いいぞ、時間をやろう」

「ほんとですか、殿下!」

「あぁ。メグも私に嫁げば里帰りはできなくなる。家族とゆっくり過ごす時間を確保してやりたい。王家の負担については気にするな。私が手配する」

「おおおお!殿下から直接お墨付きが来ましたよ、グレン様、やりましたね!これで厄介事が減りましたよ。お願いしますーお願いしますー!」

「あーもう、分かったよ、鬱陶しい」

「わあぁい!これで僕の淑女問題も解決しますし、楽しみも増えました!まるで靄が晴れるような心地がします……!」

「……頭の中にイメージがあるのと実践できるのは違うって言った舌の根の乾かぬ内によくそういうことが言えるよね」

「まぁいいじゃないか。そういうところがエルらしいんだろう」

「そうですよ。それはそれ、これはこれです!わぁい、楽しみ過ぎるー!試着でしたっけ、それ、いつですか、明日ですか、明後日ですか!?グレン様の婚約パーティーの前ってことはあと七日以内ですよね!?」

「暑苦しいからこれ以上くっつくな」

「熱いのはグレン様ご自身でしょう?ほら、いつもは氷のように冷たい手がこんなにあったかいじゃないですか」

「興奮したお前の体温のせいでしょ。落ち着け、バカ」


 グレン様がなにかぶつぶつ言っているけど、そんなの聞こえない!だって姉様に会えるんだ……!もうどれくらいぶりだろう、去年ピギーが孵った直後に一度王城に出仕したときにちょっとお会いできたから、一年ぶり?でもあの時はほとんど会話する時間はなかったから、実質二年ぶりかな?わぁ、嬉しすぎる……!


エル(義妹)は単純で可愛いな。なぁ、そう思わないか、あったかいグレン君?」

「……うるっさいな」

「おかしいな。ダンスの練習から時間が経って体も冷えてきた頃合いだろうに、それほど熱いとは。何か理由があるのか?なぁ、どうなんだ、グレン?」

「そろそろその口閉じないと僕が物理的に潰すよ?」

「怖いなー主君に歯向かう照れた部下は」

「フレディ!」


 グレン様の心底不機嫌そうな声と対照的に、なぜか上機嫌でグレン様をからかい続けるという暴挙に出ている殿下の傍の僕の頭の中は、もうすぐ会えることになった姉様の笑顔でいっぱいだった。


ここから先の更新はまったりといかせていただきます。

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