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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第四章 ご主人様婚約者選定編(17歳初め)
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1 小姓の日常に色気は必要ございません

4章スタートです。更新頻度は活動報告をご覧ください。お暇なときにでものんびりお付き合いくださいませ。

 明るい広い部屋に淑やかな音楽が流れている。音楽のリズムに合わせて軽やかなステップを踏む。ターンでひらりとドレスの裾が舞う。僕の腰に添えられているのは骨ばっていてそれでいて美しい男性の手。支えてくれる手を頼りに背筋を伸ばし、そしてここで次の一歩を――


「痛ったぁあ!」


 優雅に流れる音楽を割り割いて響き渡るは僕の絶叫だ。踏み出した足がふにゅりとはいかないまでも、明らかに床でない感触を踏みかけた瞬間に、僕の足に激痛が走る。

 本日の経験回数だけでも優に両手の指の数を越えたというのに、それでも慣れないほどの痛みに僕がしゃがみこむ前で、音楽を止めた僕のダンスパートナーが色素の薄いトパーズ色の前髪をかきあげ、大仰にため息をつく。


「人間って経験から学んで失敗回数が減るはずなんだけど、どうしてお前は減らないんだろうね」

「りょ、良心の呵責がないからではないでしょうか……?」



 はい。僕はただいまダンスの練習の真っ最中でございます。


 底辺とはいえ、僕とて貴族の一員。ダンスくらい、最低限度は教養として教え込まれている。

 ただし、リードするなら(男性用)という限定がつくが。


 物心つくあたりから男として生きてきた僕が教えられてきたのは男性用のステップであり、女性をリードする足さばきだ。が、今僕がたった一月という短い期間で学ばなきゃいけないのは女性用のステップだ。

 習い始めの(つたな)さに加えて、同じ種目で、生半可に違うステップが染みついているせいか、最初に習った頃よりもミスが多い。

 同じところに足を踏み出せばこけるか相手の足を踏んでしまうのは当然のことで、そうなれば、普通はパートナーに迷惑をかけたり、痛みを与えたりすることになる。これを申し訳ないと思って必死に学んで上達するのが普通――だと思うのだ、僕は。


 しかし、ご存知の通り、残念ながら僕のパートナーは普通の人間ではない。天才的と称えられる魔術の腕を誇る宮廷魔術師様で、実体は「ただの」と、称していいか悩むほどのドSで鬼畜な最低野郎だ。


 そんな人が大人しく足を踏まれているはずもなく、僕が足を踏み間違える、もしくは踏み間違えそうになった時、僕の足には電撃を纏った針を突き刺したような痛みが走る。

 もし本当に針が突き刺さっているとしたら、僕は今頃ハリネズミになれるよ、きっと。


「精神的なダメージの方が、肉体的ダメージよりも心に響くと言いますよ?」

「ある程度拷問慣れした人ならそれは正しいね」


 そんな経験があるかのような自信満々の肯定は聞きたくなかった。

 涙目の僕が、思う存分足を擦ってから立ち上がってグレン様を見上げると、グレン様はルビー色の瞳を煌めかせて僕を見下ろす。


「じゃあこうしよっか。あのネズミを連れてきて、お前がステップを間違えそうな床の上に貼り付けておく」

「僕が今履いている踵の高い靴で体重をかけて踏んだりなんかしたら、チコの体に穴が開きませんか?」

「罪悪感抜群で二度と間違えないでしょ」

「その発想が出る時点で外道検定最優秀賞間違いなしですね」

「外道検定なんてものを作るヒマがあったら一刻も早くステップを覚えるといいよ。あと四分の一月しかないって分かってる?」

「分かっておりますとも。けれども、僕は本意ではなく賭けで負けただけのその場しのぎ要員でしょう?ある程度の体裁が整えばいいのではありませんか?」

「そのある程度の体裁すら整えられないやつには言う資格はないと思うけど、あえて言っておくなら、お前は約束したことで手抜きをするつもり?」

「まさか。手抜きなんてしようものなら僕の手が物理的に引っこ抜かれることくらい重々承知しておりますから」


 僕の失敗で音楽が途切れたこの間に、用意してあるレモン水をコップに注いでタオルと一緒にグレン様に手渡す。文句を言いながらでもお世話を忘れないなんてそれこそ朝飯前だ。

 ついでにちゃっかり僕の分もタオルを調達して汗をかいた顔をごしごし拭くと、呆れそのものの眼差しが降ってくる。



「口以上に雄弁に語っていらっしゃるそのご視線の意味はなんでしょう?」

「貴重な肌着が作る神業の偽の凹凸が今ないことを差し引いたとしても」

「あの、あえてそれを仰る必要あります?」

「軽いメイクをしてドレスを着ているのに、お前にどうしても女っぽい色気が出てこない理由が分かった気がする」


 僕の抗議は華麗に無視された。まぁ、いつものことだ。


 僕が今、簡易なドレスを身に着け、軽く女性用のメイクをしているのは、練習のために必要だからだ。別に女装趣味なんかじゃない。

 裾を踏んづけたり、汗だくになってメイクを落としたり、躓いてこけたりしないことは言うまでもないが、女性のダンスはそれだけでは足りない。踊ることでドレスをふんわり舞わせたり、裾をなびかせたりなど、服装を十分に活用したものじゃなきゃいけないのだ。その練習のためには簡易でもいいからドレスを着なきゃいけない。

 世の淑女の皆さまはこんなに大変だったんですね、お疲れさまです。と僕が何度心の中で思ったことだろう。


 それに引き換え男性は、いかに女性に負担のないリードができるかがポイントだから、服に華美な装飾をつけるかは趣味と流行次第となる。だから現に練習に付き合ってくださっているグレン様は学生服だ。羨ましい。この苦悩を味あわないで済む恵まれた性別に嫉妬したい。


 この状態で踊るのも一苦労の僕に、色気だぁ?

 生物学上女の自分に女装という言葉を使う時点でお察しかもしれないけれど、そりゃ要求過多ってもんだよ。


「今のままだとあの肌着をつけても女に見えない。それどころか珍妙な女装趣味の男にすら見えかねない」

「女が男装する時点で珍妙であることに変わりはないかと」

「開き直るな。僕が拾ってやらなきゃそろそろ学園にバレて追放されている頃合いだって分かった上でそんな悠長なことを言っているんだよね?ちなみに僕が約束しているのは、お前が女だってばれないように消極的に口止めすることだから、工作して積極的に協力してやる必要はないんだよねー」

「大っ変お世話になっております僕の生活のすべてはご主人様の御心とご温情により成り立っている次第でございます」



 17歳にもなれば独力で誤魔化し続けるのは難しいって僕だって分かってるさ!健康診断とかさ、風呂とかさ、服で誤魔化せない場面ではグレン様のお力がなければ一発露見もやむなしだってことくらい、分かっているよ!

 でも悲しいかな、服さえ着ていれば、この貧相さのおかげでせいぜい13歳くらいの少年と言い張っても余裕で通用してしまう。どっちつかずの中途半端さが残念過ぎる。



 そうそう。年明けを迎え、僕はとうとう17歳になった。


 この国では年明けに国民すべての年齢が一つ上がることになっているから、自分が実際に生まれた日にかかわらず、年賀に誕生の祝いがされる。だから、僕のように年の半分が過ぎた夏に生まれた人でも、年明けの前日に生まれた人でも歳は一緒になるってわけ。

 生まれた日に大々的なお祝いをするかどうかは家の裕福さによって変わる。平民や、貴族でもうちのように貧困底辺……ごほん、こじんまりした家は家族や恋人とささやかなお祝いをする程度だ。


 余談だが、去年、お誕生日に殿下とお出かけとお食事をして二人だけのお祝いをした姉様は、今年、とうとう殿下と結婚し、王子妃になることが決まっている。

 殿下は王太子じゃないから、現王太子様である第一王子ライオネル殿下が即位された時に王子の地位を辞され、公爵家の爵位を賜ることになっているのだけど、現状は王族の直系として王家の中に組み込まれているので、必然、3月後に控えた姉様との結婚式は国家をあげてのお祝いになるだろうし、姉様の誕生日も国民の祭日になる予定だ。雲の上の存在になってしまう姉様をどこか遠くに感じてしまい、最近はよく甘えた手紙を送ってしまっている。



 今回僕が偽婚約者として出場させられるグレン様の婚約者パーティーだって、グレン様の19歳のご生誕の日に執り行われることになっている。

 ちょうどグレン様は実際にご生誕された日が年明けから四分の一月経ったところだということを今回初めて知った。

 

 よくよく考えてみれば、僕はグレン様の個人情報をほとんど持っていない。

 家系図のようなものを覚えさせられた関係でグレン様のご実家であるアルコット家の家系図の概略は頭に入っているけど、詳しい事情は全然知らない。


 もっと詳しいご家庭の情報を教えていただいた方がいいよなぁ。でも、なんか訊きにくいんだよなぁ。


 貴族の交流なんて情報戦だ。ある程度情報を仕入れて誰にどういう対応をするか考えておくのがいいっていつもリッツが言ってる。あいつは損得で動く人間だから、あいつが得するって言うことはやっておくに越したことはない。

 でも、だ。

 グレン様は今年最終学年で、学園に来てからもう7年が経つのに、その間の長期休暇のただの一度もご実家に帰っていないらしい。

 我が家が貴族らしくなく家族間の交流が多くて温かい家庭だってことを理解していてもなお、グレン様の言葉の端々から感じるご実家への嫌悪は並大抵じゃないと思う。


 訊かれたくないだろうことを訊くのってなんか気が進まないんだよなぁ。いくら鬼畜とはいえ、この方だって人間だし、嫌いなモノがある中でもいっとう地雷臭がする事柄だし、傷を抉るようで申し訳ないもんなぁ。

 ――なんて思っていたら、剣呑な眼差しとともに、指でおでこを勢いよく弾かれた。


「ったぁ!何なさるんです!?」

「まるで羊のようにすぐに我を忘れる小姓を呼び寄せてやったまで。僕の話、聞いてた?」

「き、聞いてましたよぅ」

「へぇ。僕の話を聞きながら考え事もするのか。余裕だね、エル。じゃあほら、僕がさっきなんて言ったか言ってみなよ?言えなかったら、新作の磔道具の効能を早速試してもらおっかな」


 なんという物を作ってるんだ、この人。


「……用途が果てしなく限定された、普通の生活を送る一般人には絶対に必要のない代物を、一体何のために作られたのですか?」

「知りたい?」

「いいえ全く」


 先ほどまでの考えを改めたい。


 脂汗を流す僕を見て、鼻歌まじりの喜色満面鬼畜悪魔にはそんな人道的配慮はいらなかった。


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