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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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閑話 チコ観察日記・前編

もふもふ再び小話。


前編は3章の最後あたり。後編は4章はしわたしのようなものになる予定です。

 意識のないエルがグレンサマの部屋に運ばれるのと引き換えに放り出されたボクがまずしたことは、姿隠れリスをおびき寄せることだった。

 狙い目はあの双子の兄妹リス。あいつら、エルがお菓子用に隠し持ってるアーモンドを匂わせたらすぐに出て来るんだもん。

 でも最近エルが

「よし、今日も一日グレン様の横暴に耐えきった!ご褒美のお菓子たーいむ!……あれ?三個しかない……僕もうこんなに食べちゃったんだっけ?」

って言って首ひねってたから、今度代わりにエルが欲しがってた木の実を置いておくつもり。



『いいにおいがするのー!』

『わーい、アーモンドー!』

『それあげるから、ここにいて』

『食べるー』

『わかったー』



 ボクの予想通り、匂いにつられてやってきた姿隠れリスの兄妹が足場(・・)に上って来てアーモンドを齧り始めた。

 こいつらやっぱりちょっとアホだ。いくら好物があるからって、自分をエサとする天敵の上に乗って呑気に食事をするかなぁ?まぁ、助かってるからいっか。ボク、困らないし。


 大好物を前にして尻尾を振りながら夢中でアーモンド頬張っている姿隠れリスを横目に、ボクもグレンサマの部屋の窓から中を覗きこんで観察を始める。


 ボクがエルからこっそりくすねた貴重なアーモンドを使う価値はある。なんてったって、ニンゲンのよくわからない現象をもう一回見られるかもしれないんだもん。


 ほらほらほら!前みたいに、グレンサマがエルの額に近づいた!もしかしたらまた何か言うかもしれない!よし、今度こそこの耳を生かして――


『ぴぎー、まま、みたい!』


 あ、まずい。生かす前に足場(・・)が我慢の限界を迎えちゃった。


『みたいみたいみたい!ちこばっかり、ずるい!ままーままーぴぎーがんばったーぴぎーがんばったよ!ほめてよままー!』


 足場として使っている茶色い被膜に覆われた背中がぐらぐらと動き出し、リスたちも転がり落ちそうになる。


 ダメだ、観察中断しなきゃ!だってこのままじゃ、あの、ニンゲンにしては恐ろしく気配に敏いグレンサマが気づいちゃう……!あ、グレンサマの頭がもうエルから離れちゃったぁ……今回は顔、そんなに赤くないし、汗の匂いもすぐ収まっちゃったよ。


『もう!ボクのアーモンドが無駄に食べられただけになったじゃないか!』

『だってだって、ぴぎーがんばったもん!ちこ、ままみてばっかり。ぴぎー、みえない!ずるいずるいずるいー!』


 普通、魔獣は他の魔獣をニンゲンがつけた名で呼んだりはしない。名前で縛られる感覚が嫌だってすぐにわかるはずなのに、こいつはどうもそういうところが鈍い。

 そもそも、普通魔獣の幼獣はこんなに親獣に甘えたりしない。なかなか子供が生まれないから、危険な目に遭ったときでも獣ほど早く親が子を見放すことはないけど、ニンゲンみたいにべったり一緒にいて、ずっとエサを運んでやることもしない。それなりに大きくなったら群れの一員になるか、外の世界で自分の子孫を作れるよう独立させるというのが一般的。翼竜だってそうだ。

 でもこの翼竜の幼獣は、エルともう一人のニンゲンに育てられているせいか、魔獣らしくない。

 大きい図体のくせに一匹で放置されると泣くし、構ってもらいたがりで、特に親だと思っているもう一人のニンゲンとエルにはよく甘えるし、本来エサとなるべき対象の種族であるボクも兄だと思っているらしい。それから駄々をこねるとなかなか収まらなくて鬱陶しい。

 でもボクは対処法も知ってるんだ。


『そんなに騒ぐとグレンサマに焦がされるよ?』


 ボクの言葉に反応して巨大な羽が大げさにビクリと動き、それからぴたりと喚き声が収まった。


『……グレンサマ、ぴぎー、またもやす?』

『うん、燃やすと思う』


 こいつ、生まれてすぐの時にグレンサマに焦がされて以来、グレンサマを絶対的な上位者だと思っているみたいなんだ。グレンサマ相手に命令されれば拒否権はないし、グレンサマに対して反抗したりしない。

 気持ちは分からないでもないよ。ボクだってあの火は怖いもん。ボクの自慢の毛がちりちりになっちゃう。


 ニンゲンのくせに力が強いし、ニンゲンそのものの横暴さでボクたちを苛めるイヤなヤツ。ボクの友達をいつも虐げているニンゲン――それがグレンサマ。


 ボクは普段、エルを除いたニンゲンなんかどうだっていいから、ニンゲンの大群を見てもその辺のありんこみたいに区別がつかない。だけど、グレンサマはエルとは違う意味で他のニンゲンと違って見えるようになった。


 最初は、いつもエルがグレンサマの文句をこぼしていたし、グレンサマがエルを苛めてばかりいたから、特別警戒すべきニンゲンって意味で区別してただけだった。他のニンゲンとは別に匂いを覚えて、近づいたらイヤな匂いのヤツが来たよーってエルに教えてあげてた。

 でもそれから長いことエルとグレンサマを見ていくうちに、グレンサマの匂いがするとこう、苦いような甘いようなしょっぱいような酸っぱいような複雑な味が、喉の奥でするようになった。

 最近ようやく、これがきっとニンゲンでいう気持ちっていうやつだと分かってきたんだ。

 魔獣がニンゲンに対して『気持ち』を持つこと自体が異常なことだから、まだこれがどういう『気持ち』かはよく分からない。気持ちとか言ってる時点で、ボクもニンゲンっぽくなってきたなって思う。ニンゲンには魔獣を変える力があるのかな。それともエルに関わるからかな。

 どっちにしても、ニンゲンの観察って意味でもエル以外に初めて特別だって思ったニンゲンって意味でもグレンサマは興味深いから、ボクは暇があればグレンサマの観察することにしてるんだ。

 まぁ、命懸けなんだけどね!



『グレンサマ、こわい。さっき、ぴぎーのせなか、けとばした。おそいって、おこられた』

『あれはエルが危なかったからだよ』

『ままのため?』

『そう』

『ままのため、いい。ぴぎーがんばる。がんばった!』


 今、グレンサマの部屋で寝てるエルは、ほんのさっきまで本当に危なかった。


 ボクが森でエルの部屋の近くでお昼寝していた時、どこか遠くからエルの汗と血と皮膚が焼ける匂いがしてエルの身が危ないって分かった時は尻尾の毛が逆立った。

 ボクがその匂いの下に駆け付けようと思ったちょうどその時だったと思う。


 森の入り口付近で濃厚な血の匂いがした。エルのものじゃない、大量のニンゲンの血の匂い。


 ――ネズミ、いるなら出て来い。

 

 ボクのあまり好きじゃないニンゲンは、身体中にニンゲンの武器の匂いと血を浸み込ませて殺気を立ち上らせて、こいつ(ピギー)の手綱を握ってた。ボクが本能的に逃げようと思うくらい、いつも以上に恐ろしかった。

 湯気が出そうなくらいまだ温かい血を大量に服に浸み込ませたグレンサマの呼吸は荒くて雑音が混じってた。怖かった。

 でも本能のままに逃げ出すはずが、逃げ出せなかった。


 ――エルの命が危ない。お前があいつのことをどう思っているのか知らないけど、助けたいと思うなら、その鼻を貸せ。一刻も早く見つけないとあいつは助からないよ。


 その一言で、ボクは本能の警鐘を無視して迷わずその肩に飛び乗ったし、グレンサマもいつもだったら毛を刈り飛ばすとか言うのに、何も言わずにボクを乗せたまま、抵抗の欠片も示さない従順そのもののこいつの背中に飛び乗ってエルのところまで行って、言葉通りエルを助けてくれた。

 あの場でエルを助けられるのがグレンサマだけだってことは、ボクもこいつもよく分かってたから、ボクたちは日頃キライなニンゲンのために働くこともいいやって思えた。


『エルが助かってよかった』

『うん。まま、だいすき。だいじ』



 ニンゲン観察はなかなか進まないし、グレンサマのことも、エルの不思議もまだまだ分からないことばっかりだ。

 でも最近一個だけはっきり分かったことがある。


 翼竜の子供とボクは、エルが大事って意味でだけなら一致するんだ。きっと、グレンサマも。


 眠ったままのエルの頭を撫でた後にエルの手を握って、そのままそのすぐ傍の椅子に座って目を閉じたグレンサマに、この時だけは感謝してあげようと思った。






 その後。エルが目を覚ます前にグレンサマの部屋に忍び込んだボクが、エルに撫でてもらってグレンサマに部屋を叩き出された後のこと。


 『ちこばっかりずるいーなでなでずるいーちこのばかー!』

と大泣きした翼竜の子供が、八つ当たり紛れに森で大暴れしてもう一人の親ニンゲンにこっぴどく怒られたことと、ボクがエルのアーモンドをやけ食いしたことはエルには内緒だ。


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