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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
34/133

33 小姓は助けられませんでした

この話には残酷描写が含まれます。ご注意ください。

 さてさて。

 キール様と森を走り続けることどれくらいか。


 命の危険を感じて走るということから一生逃れられないんじゃないかと錯覚しそうなほど走っているが、不気味な生き物らしきそれはいまだに僕たちを追いかけ続けている。

 考えても見てほしい。

 ただの球体ならまだしも、それにはいびつな手足らしきものがある。なのにパッと見て目も鼻も見当たらない。魔獣の種類なら誰より知っていると自負していたけれど、僕ですら知らない生き物らしきもの――それが猛スピードでこっちに迫ってきているのだ。それに、曲がり角も器用に曲がるし、目くらましに僕たちが一度森の中に入ったりしてもわざわざ後を追ってくる。

 僕たちのことを知覚し、捕捉対象にしていることは間違いない。


 十分に治しきれていない肋骨が軋み、体力もそろそろ底をつきそうなのに、足を止めたら即墓場行き(潰されるか食われる)の予感がひしひしとする。延々と追い掛け回される恐怖耐性と、足を止めてはいけないという危機察知の本能を日常で磨かれているためだろうか、僕の体は、火事場の馬鹿力を発揮し、なんとか前に身体を進めている。

 グレン様にこんなところでお礼を言いたくなる日が来ようとはね!


 その僕よりも先にキール様の方に、体力的ではなく、精神的な限界が来た。



「これほどしつこく来るとなると放ってはおけない!迎撃するぞ!」

「えぇ!?未知のものには手を出さない方が安全ですよ!」

「だがこのまま学園に連れて行くわけにもいかないだろう!?」

「それはそうですが……」

「お前がやらないのなら俺だけでもやってやる」


 キール様は足を止め、その場で振り返ると、川の水を利用した巨大な渦潮を作りだした。

 そしてそれで向かってくる黒い球体とぶつけさせ、勢いを殺す。一瞬球体が動き止めた隙を狙い、キール様がすかさず第二波となる氷の槍を飛ばす。先のとがった氷の塊が一度に10ほど宙に浮き、黒い球体の眼前(目があるのかは不明!)に迫る。


「そのまま貫き通してやる」


 不純粋魔法とはいえ、その威力と鍛錬力の速さには舌を巻く。

 ひぃ、僕、こんな相手と戦ってたのか。さっきまでの自分が自分だとは思えない!


 球体は、先ほどまでの素早い動きで転がり、半分を避けたが、数が多かったことで半分が着弾した。

 氷の槍に突き刺され、ある部分は凍り、ある部分が弾ける。


 その瞬間、僕の耳――ではなく、心に、直接悲鳴のような声が届き、同時に嫌な予感が全身を駆け抜け、本能的に体が動いた。



「キール様っ!危ないっ!」

「なにをする!?」


 前に飛び出して、キール様を木の陰に押し倒し、その体を隠すように上から覆いかぶさる。



 押し倒した衝撃、なぎ倒された草の香り、自分の体の下にはまだ生きている温かい体。

 ――あれ。この感覚、いつか、昔、あったような。遠い遠い昔――



 と思った直後、周囲の木々と僕の背中に、なにかが飛び散って付着したべちゃりという音がし、同時にじゅうっという物が焼ける音がした。僕の背中から、服と人の肉が溶けた嫌な匂いが漂ってくる。

 焼けつくような痛みに頭の中が真っ白になって、一瞬浮かんだ考えが雲散霧消する。





 一時の静寂に包まれたあたりを見回しながら、僕に押し倒されたキール様が、僕を押しのけるように上半身を起こす。


「重い!どけ!……ん……?おい……?おいっ、アッシュリートン!?どうしたっ!?」

「……うぅっ……」

「お前……俺を庇ったのか!?おい、意識はあるか!?」


 ばりっと僕の背中側の溶けかかった制服が破ける音と、キール様が一瞬息をのむ音がした。


「……魔獣の体液火傷……!しかも重度か!くそっ!」

「……ま、待って……」


 外気に触れひりついた背中の感覚が奪われそうになる意識をかろうじて繋ぎとめ、とどめた意識でなんとかキール様のローブに指をひっかける。今の僕にはそれが精一杯で、声が上手く発せられない。



 まだ「声」が……「声」が聞こえるんだ……


「なんだ!?聞こえない!」


 「声」が聞こえるんです。あれの正体が分かりました。あれは――いや、あの子がまだ――


 背中が広範囲にわたって焼けたのか、じくじくと痛む。

 鼻が地に擦りつけられるくらいしか顔を上げられず、言葉を上手く発せないのがもどかしい。

 けれどさすがと言うべきか、キール様は僕が何も言わなくてもそれに気づいた。


「仕留めそこなったかっ」


 キール様が振り返って一瞬で作り上げた暴風の壁に迫って来ていた球体が阻まれた。察するに、不純粋魔法を混合させるという高度な技を用いて風と水で即席の檻を作り、僕と自身を球体から遠ざけたんだと思う。

 しかし押され気味なのか、キール様が歯をぎりりと食いしばった。


「くっ……一体あれはなんなんだ……!」

「…………あ、れは……サーザントアリクイ……通称、恥ずかしがりやアリクイです……」

「サーザント……?あれはもっと小さかったはずだ!それに益獣で、人は襲わないはずだろう!?」


 そう、あれはあのシャイでもじもじしていたアリクイさん。

巨体や不吉な真っ黒い体色、獰猛な敵意に惑わされていたけれど、破られた体表から流れ出る体液と血液に苦しみ悶えている悲鳴の中から胸に響いてくるんだ。


「……痛い……」

「泣くほど痛むか!?」

「違う……違うんです、キール様。……胸が、苦しい……」



 コンナコトシタクナイ。

 助けて、痛い、痛いの、エル。破裂しそう。

 カッテニカラダガウゴク。アノニンゲン、コロセ。コロセ。コロセ。

 殺したくない。エル、逃げて。



 ちゃんと心を傾ければはっきりとした声が聞こえて来る。


 ごめん、気づいてなくてごめん。

 魔力も体力も底をついた僕には、地面に這いつくばったまま、涙を流すことしかできない。無力だ。悔しい。


 力が欲しい。


「なんなんだこの戦闘力は……檻だけでは耐えられないが、更なる防御魔法の二重展開は今の俺にはできない!アッシュリートン、一旦解除する間、魔法で自分の防御を――無理か!どうすれば……!」


 傍でキール様が何か呟くのが聞こえるが、焼けつくような背中の痛みに耐えるだけの僕には返事の一つもできない。


「くそっ、破られる……!」 


 キール様が伏せた僕を庇う位置で叫んだその時。


 ばきばきと木々が折れる音が違う方向から聞こえた。ぼんやりとした視界の中で、黒い球体……アリクイさんが横から何か巨体に殴られて吹っ飛んでいったのが見える。

 頭上から絶望に染まり妙に鎮まったキール様の声が落ちてきた。


「……アッシュリートン、覚悟を決めろ」

「何が起こった……んです……?」

「知らない方が幸せに死ねる」

「そ、んな優しさ……いりません……」

「上位魔獣に殺されるか、あの奇妙な生き物に殺されるかの二択になった」

「上位魔獣……?」

「タレタレシャーレの成獣だ」

「たれたれ……」


 霞んだ視界をはっきりさせるように小さな氷を作って目に充てると、少し意識がはっきりした。どうにか振り返って激しい戦闘の音が聞こえる方に目を向ける僕の隣から、呆然としたキール様の声が聞こえてくる。


「……こちらに攻撃してこない?……なぜ……なんで……上位魔獣が俺たちより先にあちらを……?獲物の取り合いなのか……?」

「……親蛇さん……!」


 目の前では、タレタレシャーレ……前に助けた子蛇の親が僕たちを背に庇うように、アリクイさんに鎌首をもたげてしゃーっと鋭い威嚇音を出していた。



 黒い球体であるアリクイに今何が起こっているかはよく分からない。けれど恥ずかしがりやアリクイは、元々その瞬間移動速度だけで言うなら魔獣の中でも五指に入る魔獣だ。そのスピードが、巨体を伴って攻撃として繰り出されたら、上位魔獣だって簡単にはしりぞけられないだろう。

 僕の予想通り、吹っ飛ばされ、体液をまき散らしながら木にぶつかったアリクイは、けれどぶつかった木を支点に身体を弾ませ、凄まじい体当たりを親蛇に食らわせる。

 体当たりを食らった親蛇は、水しぶきをあげて川の中に突き落とされたが、今度は水しぶきを目くらましに、アリクイの体に強酸を食らわせる。




 上位魔獣と、それに匹敵するほど強化したアリクイの戦闘に巻き込まれたりなどしたら、人間の僕たちはひとたまりもない。

 キール様は、目の前の光景に暫し茫然としていたものの、気を取り直して僕たちの周りに防御魔法を張り直し、僕の背中に視線を移した。そして心苦し気に呟く。


「アッシュリートン、俺は回復魔法がそれほど得意ではない。素人目だが、それはおそらく……下手すれば後遺症として残りかねないほどのひどい傷だ。俺の中途半端な応急措置をすれば、傷が悪化する可能性が高い」

「えぇ……それは、いいです。あとで、自分で、なんとか、します。それよりも……なぜ戦いのご準備を……?」

「あの戦いが終わり、生き残ったどちらかが俺たちを食らいに来るだろう?その対策を立てている」

「親蛇さん……タレタレシャーレの方は、僕たちを、襲ったりしません」

「なぜそう確信している?」


 魔獣を害とみなすキール様にとっては、親蛇が僕たちを背に戦う光景は受け入れがたいものなのだろう。


「あの親蛇は、前に、僕が、助けた子蛇の、親です……」

「非認可魔獣を助けた、だと……!?」

「仕事で、です……国の許可は、ございます……」

「だがそれで魔獣が人を庇うなど!」

「でも、現に、親蛇さん、僕たちのところには一切近づけないように、戦ってくれてます……」


 指摘されたキール様が沈黙した。


 どんなに信じられなくても、アリクイの体液で鱗を溶かされ、弾き飛ばされ、決して余裕があるわけではない親蛇さんが、尾をアリクイの体に突き刺し、酸を吐き、僕たちを守ろうとしてくれている目の前の光景は動かしがたい事実だ。

それが分かっているのだろう、キール様は「だが」「いやしかし」とだけ零し、葛藤するように目の前の光景をただ見守っている。


 一方、僕の方には、先ほどから、アリクイの痛み、親蛇の痛み、アリクイの悲鳴、助けを求める声、怨嗟、コロセと響く声が直接伝わって来て、頭の中で鐘のように鳴り響いている。


 試験前に無理な量を詰め込んだときよりもずっと頭がキリキリと痛み、それよりも刃物で切り刻まれたかのように心に鋭い痛みが走り、呼吸が苦しい。まるでじょうろにでもなったように、僕の目からはただただ水分だけが零れていく。




 どちらが倒れてもおかしくない戦闘は、ばしゅっという、水袋が弾けるような軽いあっけない音と、甲高い断末魔の声ともに終わりを迎えた。


 鱗を一部溶かされ、全身傷だらけの親蛇は、満身創痍ながら、それでも上位魔獣としての圧倒的な戦闘力と回復力でもってアリクイの命を散らし、辺り一帯を破壊して、そこに一体、静かに佇んでいた。



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