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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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31 騎士の実況 その2

 剣術、武術対決ときて、二人はここから本格的に魔法も用いた戦闘に移行した。


 爆炎が舞い上がり、視界が煙ったそこから最初に転がり出てきたのはエルだった。

 エルが転がるように移動するその先の地面からは土の槍が大量に飛び出し、上からはおそらく浮遊魔法と重化魔法をかけたキールが左拳で殴りつける。拳が強化済みであることに加えて、上から跳びこんで体重をかけられているから、殴りつける威力は通常より倍増しており、避けたエルの代わりに犠牲になった地面が削られている。

 土の槍をあれだけの速さであれだけ大量に打ち出すことも容易ではないし、自分が上から攻撃するところに誘導するよう、槍の位置を計算しているのもレベルが高い。



 一方、上からも下からも攻められ、避けながら動くエルも負けているわけではなかった。

 逃げながら、地面下に小さな爆発を起こさせ地面を掘り起こす(主に農耕で用いる補助魔法だ)と、即座にそこに魔力で生み出した水を大量に流して地面を泥状に変えている。

 これによって硬い地面だからこそ作れる土の槍の錬成が困難になるだけでなく、当たっても、泥をぶつけられたくらいの痛みにまで減らすことができるから、相手からの攻撃を一本化し、上からの拳を避けることに専念できる。

 それだけではない。上から飛び込んでくるキールが地面に飛び込んだ瞬間に足と拳をのめり込ませるので、次の攻撃までの(タイムラグ)を作れる。更に、跳ねあがった泥で視界も悪くなるから、簡単に次に跳びこまれないようになるというわけだ。地味ながら考えられた手段と言える。



 キールの、魔術師課ならではの間断ない魔法攻撃と、魔術師には異色の武術との混合技、そして難度の高い魔法を瞬時に編み出す様は魔術師課エリートクラスのトップ層の実力であると頷ける。

 一方、エルは、誰もが使える基本的な魔法や非戦闘系の補助魔法で消耗する魔力量を抑えながら、その場の状況で機転を利かせたセンスのいい防御を行っている。攻撃に移っていないが、おそらく右手がずっと脇腹に添えられていることから判断して、同時並行で腹への回復魔法を施しているのだろう。


「やるじゃないか、特殊課!」

「お褒めいただき、光栄です!」


 今度はエルが動いた。

 ポケットから何かを取り出し、それを勢いよく放る。エルの放ったそれは、ぬかるんだ土の上に落ちるや否や、緑色の芽を開かせ、驚異的なスピードで伸びていく。


「あれは、『悪夢の実』か。植物育成師志望でもないエルが一体どうやって手に入れたんだ?指定危険植物として有名だろうに」


 異様な成長速度の速さから、国の基準で危険度ランク4に分類されているその木の実は、入手不可能ではないが、一定の手続きを踏まなければ取得できない。

 入手方法について後でエルに厳しく問い詰める必要があるが、今は置いておこう。



「ぐんぐん伸びろ~!いっけー!」


 緊張感に欠けるエルの掛け声を合図に、太い幹がエルとキールの間に壁を作り、キールの動きを阻むと同時に、しなやかで頑強な茎がキールの手足を拘束する。


「これでもまだ降参していただけませんか?」

「ありえん!」


 茎が首元をぎりりと強く締め上げようとうねっているが、それはどうやらキールの防御魔法によって阻まれている。



「お仕置きで異常に首を絞められるとエルが漏らしていたが、まさかあの木で絞められたこともあるんじゃないだろうな……?」

「フレディ。それは考えてはいけないところだ」



 体の自由と土の槍を封じられたと考えたキールはすぐに攻撃方法を切り替えた。

 灼熱の炎柱を辺りから噴出させ、植物の茎と枝葉を焼き切り、逃げるエルを囲いこむ。一瞬で急激に上がった温度で地面の水分が蒸発していき、熱さと湿度でエルの体力を奪うこともできる。


 これに対して、ようやく腹の打撲の回復が済んだらしいエルは、立ちあがると、熱さを感じないかのように悠然と炎の間を潜り抜けるようにして走り、邪魔になるところでは風を起こして火の粉を舞い散らす。

 エルの起こした風は、エルには害を加えないが、キールの魔力の宿った炎はエルを傷つける。一方、キールの作った炎がキールを直接傷つけることはないが、エルの起こした風による熱風と舞い上がった土埃がキールの視界と呼吸を奪い、混戦の様を呈している。


「熱くないのか!?」

「へへへっ、僕に炎を使うなんて、馬に鞭打つようなものです!」

「……それは十分痛いんじゃないか?」


 キールだけでなく、二人の会話が聞こえた全員が一瞬首を捻った。

 しかしエルは自信満々で続ける。


「馬だって調教用の鞭でお尻を打たれ慣れたら鞭に無駄に怯えたりはしないでしょう?それと同じです。日ごろ僕がどれだけあっつい炎に追いかけ回されていると思っているんですか。炎を馬鹿にはしていませんが、耐性はついているんです。なにせ僕のご主人様が好んで使うお仕置き手段ですからねっ!ちなみに一番は首絞めです!」

「……お仕置き……?」

「不出来な小姓ですのでっ」

「……なるほど、おもしろい。それなら猶更炎で攻めたいところだっ!」


 呑気とも、「そこで納得するのか」と突っ込むべきとも思われる会話とは真逆に、訓練場は本格的な戦闘のせいで白熱している。

 その様子を見ていたフレディが感嘆の声を漏らした。


「……会話はともかく、これは学生の大会にしては本当に珍しい……宮廷魔術師の本格的な実践のようだな」




 武術や剣術をメインとし、戦闘中は強化や防御の補助魔法くらいしか使わない(正確には、剣に集中するので使えなくなる)騎士が魔術師相手に戦う場合、いかに相手と距離を詰め、集中力を乱させながら「魔法を鍛錬させないでいられるか」が肝となる。

 一方、魔術師は、超速で接近して肉弾戦を挑む騎士をいかに足止めし、魔法を発動させる距離と時間を稼げるかと命中率が鍵になる。距離さえ空けられ、殺傷力の高い魔法が当たりさえすれば勝てるからだ。

 こうやって考えるのであれば、どの職においても重要なのは「確実に使える技や動き」を繰り返し訓練し、戦況を見てそれを生かすタイミングを計ることだ。

 学生で言うなら、非戦闘職を目指す特殊課を除けば、それぞれの課の利点を意識し、基本を忘れないことが勝ちに繋がる。


 しかし、これは大会だけでなく学生の日頃の試合でも、本職の騎士や魔術師全般にも言えることだが、他人に本気で攻撃されれば誰しもが多かれ少なかれ恐怖する。


 魔法については、魔力量との関係から、爵位が上の貴族ほど有利になることが自明だ。その不利に打ち勝とうとしてつい、威力の高い派手な魔法をぶつけようと安易に考えてしまう魔術師課生徒は多い。

 この場合、最終的には「技の失敗による不発」か、魔力量で力押しする「威力勝負」に終始してしまう。

 同じことは騎士課生徒にも当てはまる。

 大会ではどのような道具も許されていることから、大剣や斧、弓など使い慣れない特殊武器を使う者や、小手先の「奥義」や「必殺技」なるもの(ちなみにこんなものはないと俺は断言できる)に頼ろうとしがちなのだ。

 特殊武器自体は熟練すれば剣に勝るとも劣らない性質があるし、それを使いこなせることは、剣を使うことの多い騎士の中では有利な考慮事情になる。が、大抵は付け焼刃なもので、九割九分が失敗に終わる。



 この二人の戦いが他の生徒たちの試合と違うのは、それぞれが自分の基本能力を認識し、冷静に戦術を組んでいるため、そして、日ごろから基本技術を応用することを意識した訓練をしているためだ。


 キールがこれだけ優秀なのは、自己の戦闘力――特に魔法は編み出す速さや技に応じた詠唱の要否――を見誤らないようにし、同時に魔術師にとって弱みになる武術系を生かすことを考えているからだ。

上位貴族とはいえ、その中では一番格下の辺境伯家であることを考えれば、並々ならぬ努力の積み重ねと精神力を培って来たことが窺える。


 一方、戦闘職希望ですらないエルがここまで踏ん張れるのは、日ごろ、どこかの誰か(主人)からの変則的かつ非常に危険な「お仕置き」を受け流すことに全精力を傾ける癖がついているからだろう。本気で自分の命と体の安全がかかった真剣勝負に手を抜くはずもない。

 戦闘能力において学生平均値以下で性格も比較的能天気なエルですら、基本技術を体に染みつけざるを得ない(さもないと死ぬか怪我する)鬼畜な「お仕置き」をするグレン(キチガイ)の教育の精度と、エルの根性と恐怖耐性の高さが窺える。


 だからこそ特に派手ではないはずの二人の試合に、会場中が虜になって注目しているのだろう。



 と、自分なりに考察している間にも、二人の状況は動いていた。

 エルは、炎の中を走り抜け、学園の大会用の区域にぎりぎり入るか入らないかの場所――用水路の目の前まで逃げていた。そこは、用水路とはいえ、そこから一部を学園の浄化装置に流し込んで学園全体で利用しているほどのものであるし、元は川の源流に近いので、かなりの水量と勢いがあり、轟轟と唸り音を立てて水が流れている場所だ。

 用水路がうっかり魔法や武器で破壊されると大惨事になるため、用水路は大会区域外とされており、大会区域外に逃げ込んだ場合その時点で失格負けとなることから、ほとんどの参加者は近寄らない。


 それを分かっているのかいないのか、そこまでやってきたエルは、指定された区域の端っこで、「よっこいせー!」とこれまた緊張感のない掛け声をだし、用水路を流れていた大量の水を散布した。広範囲に大量の水を撒く、これまた農作業用に主に使われる補助魔法だ。



「土を耕し、種は蒔き、水を撒く……あの子は農作業がしたいんじゃないだろうな」

「補助魔法を多用するのは魔力の節約のためだろう?」

「分かっている、冗談だ。冗談くらい冗談で返せるようにならなければ一生グレンにいじられるぞ?」


 主の含み笑いは見なかったことにする。


「しかし、キールの作りだした炎は純粋魔法のものだな。補助魔法の水をかけても鎮火できないぞ。エルがここに来て見誤ったか?」


 フレディの懸念をよそに、エルは補助魔法で用水路から呼び寄せた大量の水を元に、次々と不純粋魔法で作りだした氷を生み出した。

 それを見たキールがさらに火力を増したことで、氷塊はあっという間に溶かされていく。

 

「こんなものでは俺の炎は消せな…………っ!!」


 好機と思ったか、にやと笑んだキールのその美しい顔が、次の瞬間、驚きに代わり、なぜかキールが自ら炎を消していく姿が、急速にもうもうと立ちあがる白い靄の中で最後に見え、そこから二人の姿は白い煙の中に隠される。


「なにがあった。視界が白くて分からんな」

「…………蒸気だ」


 氷を蒸発させようとしたキールの炎は、火力を増していた。キールの純粋魔法で作られた火自体はキールを傷つけないが、火の影響で蒸気になった元の水は、エルの力を使って作られている。そのせいで蒸気がもろにキールを傷つけたのだろう。



「エルはいつの間にかただのアホの子ではなくなったんだな……。小姓に命じた身としては頼もしい。が、将来の兄としては微笑ましいような悲しいような複雑な気分だ」

「あの場で自ら編み出したというより、経験済みなだけだと思うがな」


 あいつがにやにやと笑いながら、倒れ咳き込むエルの前で仁王立ちしている姿が目にありありと浮かんだ。グレンの場合は魔力の節約というよりも、油断したところをついて倍返しにする目的だったのだろうと長年の付き合いから予想する。

 

「だがそれを実践で利用できるのは大事な能力じゃないか」

「そうだな」

「靄が晴れたときに立っているのは、エルか、果たしてキールか……次はどうなるか、見ものだな」



 フレディが楽し気に呟き、わざわざ柵から乗り出す。


 白い霧が晴れるのをのんびりと待とうとした、その時だった。



 「殿下!伏せてください!」と、男にしては高めの聞き慣れた声が聞こえた気がして、俺は迷わずフレディの腕を掴んで床に引き倒し、覆いかぶさりながら、柵に向けて抜剣した。

 バルコニーから外に向けた剣に、何かが勢いよくぶつかる重い衝撃があり、ついで、ぶしゅっと生暖かい液体が剣と俺自身に跳ね飛んだ。訓練の賜物か、反射的に視界を庇ったおかげで目には入らなかったが、至近距離で弾けたそれから出た液体が袖につき、そのままじゅっと音を立てて俺の腕まで焼く。


「イアン!」

「近寄るな、フレディ!魔獣の体液だ!」


 すぐさま起き直って主の身の安全を確認し、後ろ手にフレディを庇いながら油断なく辺りを窺う。


「イアン、怪我を治療しろ!」

「かすり傷だ!警護!殿下の御身を安全な場所へ!」

「はっ!」


 対魔獣戦闘の時に必ずかける防御魔法を編む余裕がなかったためだし、すぐに治療すればなんてことはない程度の怪我だ。

  フレディの方は俺に回復魔法を施こそうと、護衛の騎士たちの誘導に一瞬抵抗を見せたが、すぐに自分の立場を思い出したらしく、ぐ、と唇を噛むと、「すまん、油断した」と小さく呟いて中に入っていった。



 フレディが中に入り、念のためにグレンを呼び出す伝達魔法を送ってから状況を確認する。

 俺ですら反応できなかったほどのスピードで、何かが飛来してきた。その「何物か」は、観覧席にかけられた流れ弾を弾く学園の防御魔法――特にフレディのあたりには強く施されていた――を突き抜けたうえ、俺の剣にぶつかったせいで千々にはじけ飛び、原型をとどめていない。


 一体何が飛んできた……?それにあの声は……


 はっと思い出し、観覧席になっているバルコニーから競技場を見下ろし、霧を吹き飛ばす風を起こす。


「エル!?呼びかけたのはお前か!?」


 王族であるフレディの身が危険に晒された。それも、流れ弾などではなく、命に危険を生じさせるくらいの危険な魔獣が、となれば、大会も一時中断となる。俺が介入して霧をなくすくらい、どうってことないだろう。


「エル、どこだ?……キールも、一体どこに消えた?」



 晴れた視界、観覧席から見下ろす競技場には、何があったのかと顔を見合わせ、混乱する生徒たちが見える。


 しかし、先ほどまで見えていた灰色の頭の少年と、相対していた背の高いストロベリーブロンドの青年は、そのどこにもいなかった。


えるはりっつからおどしとったたねをつかった!



次話から一旦語り手がエルに戻ります。

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