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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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30 騎士の実況 その1

 そんなこんなを経て、大会も二日目を迎えた。


 セネット男爵家嫡男のヨンサムは、危なげない試合運びで順調に一日目と今日の試合を勝ち抜き、本戦出場枠に入った。

 俺は贔屓をしないから、俺が組織し面倒を見ている学園の特殊部は実力のある生徒のみで組織されており、メンバーの交代も頻繁に行っている。

 俺より年上か同年齢しかいなかったそこに、約一年半ほど前――たった一人の三年生として入り、周囲に何を言われようがどんなに苦しかろうが、必死に食らいついてきた少年がヨンサムだ。本戦に出場することを在籍資格とした(ハードルを上げた)のは自分だが、これまで五年生、六年生だけで占められていた本戦枠に彼なら食い込めるのではないかとの期待に応えてくれた形になり、教えている俺も鼻高々だ。



 そして驚いたことに、おそらく初戦で敗退に帰すだろうと思われたエルも、一日目を勝ち抜いた。それも判定勝ちではなく、誰がどう見ても勝ちと認める戦闘不能状態に持ち込んでの勝ち、だ。だからこそ昨日のいちゃもんに対するエルの啖呵に誰も何も言えなくなったともいえる。

 エルが使った戦術は、おそらくグレンが普段「お仕置き」として仕込んでいるものだろうが、それでもよく実践で使える程度まで訓練したと感嘆している。

 見て知っていることと、実際になすことには越えられない壁があるのだ。

 

「グレンの教育の賜物、か……」


 呟くと、フレディが翡翠色の瞳をきらりと輝かせて意地悪く笑った。


「どうした?あいつがこの場にいないと寂しいのか?」

「あいつのようなことを言うな、精神を毒されているぞ。……エルの昨日の戦い方を見ていて、あいつ(グレン)の底力は計り知れないなと思ってな」

「そういうことか」


 もし俺がグレンと魔法一切無しで武術と剣術のみで勝負をしたら、確実に俺が勝つ。

 魔法ありで正面から模擬試合をしたらイーブン(互角)だろうと見ている。


 しかし、仮に実戦で殺し合いをしたら、おそらく俺は負ける。

 俺から見たあいつの一番恐ろしいところは、魔術師でありながら後衛ではなく前衛で攻められる破壊力でも、魔法関連の技術でもない。

 あいつが「音もなく相手を害する手段」――一般には暗殺技術とも言う――を自然に使うことだ。派手な魔法が好きなように見せかけておいて(実際得意でもある)、その実、あいつが最も得意とするのは、不意打ち、だまし討ち、精神攻撃、音を立てないままの奇襲に、毒薬などの暗具を用いた実戦スタイルだ。前提として急所狙いの一撃必殺が基本で、仮にそれに失敗して長期戦に持ち込まれてもねじ勝つやつだと考えていい。


 本気ではないだろうが、グレンに「非公式」に訓練されているエルが受けているのは、その暗殺技術を織り交ぜたものだというのも、昨日のエルの戦い方を見れば察せられた。そしてそれは、魔力も少なく、筋力もないあの子には最も適した攻撃手段でもある。


 とはいえ、あの子は相手を傷つけることをためらっている節があるし、模倣しきれていない部分が多いのも見て取れた。今日の対戦でも、付け焼刃状態の技術がどこまで生かせるかが勝敗を分ける要になるだろう。


「今日はグレンがいないから代わりにその分私たちが見ておいてやらないとな」

「あぁ」


 噂のグレンは今日、仕事でここにはいない。

 フレディに危害を加える()の正体の手がかりを掴むための独自調査しているあいつは、大会で教師が出払った今、教員室に忍び込みに行くと聞いた。


 内部犯の可能性。

 それは、王城にいたときから密偵と暗殺者に命を狙われて生きてきたフレディにとっては意外なことではない。グレンからその可能性が高いことを聞き、偵察の許可を求められたとき、フレディは表情を少し暗鬱とさせただけで静かに頷いた。

 




 競技場の端、第5ブロックには、灰色の髪の小さな少年と、背の高い青年が向かい合っている。

 身を乗り出すほどに熱い視線を送るのは、なにも主賓席のフレディだけではない。

 異例の快進撃を続ける特殊課の学生と、魔術師課きってのエリートの対戦カードに、試合を終えたばかりのヨンサムも、エルの友人たちも、一部のご令嬢たちも、そして他の観客たちも、会場中が注目している。その重圧のせいか、エルの表情は普段よりも硬いように見えた。

 黄色い声をあげるものも、掛け声をかける者もなく、周りの試合の音だけが響く中。


「はじめっ!」


 俺はフレディ以上に周りからの敵意に気を配りつつ、試合開始の合図にそちらに目を向けた。



#####



 先手必勝……いや、先手を取れないと圧倒的不利に立たされると分かっているはずのエルが動き出すよりも早く、対戦相手のキール・クロフティン――キールが動いた。抜剣の速さもさることながら、足に速度強化をかける補助魔法の鍛錬も見事と言っていい。

 あっという間に距離を詰められたエルは、すさまじい速さで繰り出される剣戟を捌くことで精一杯のようだ。

 筋力の不十分なあの子の場合、身軽さを生かすためにあえて短剣を選んでいることもあって、真正面から受け止めれば即押し潰されてしまう。そのことは本人も分かっているようで、短剣で斜めに剣の軌道を逸らしながら体勢を入れ替えて直接力をぶつけられることを避けている。

 しかし、俺との訓練である程度捌くことに鍛えられているとはいえ、これではエルにとっては防戦一方。

 キールの攻撃の手が止まず、エルはどんどん押されていく。


 そしてある瞬間、エルの短剣は、キールの剣によって弾き飛ばされ、その勢いでエルが体勢を崩した。その隙を見逃さず、キールがエルの足を引っかけ、エルが反転して地面にうつ伏せにぶつかる。


「うわっ!」


倒れたエルに向けてキールが上から振り下ろした剣が鈍色に輝き、会場中に終わった……!という嘆息が響く。


 が、エルは諦めていなかった。

 うつ伏せ状態から、回し蹴りの要領で斜めに蹴り上げたエルの右足の踵が、剣を振り下ろそうとしたキールの右手の甲にあたり、危機一髪のところでキールの剣を弾き飛ばす。

 キールが右手を押さえた一瞬のうちに、エルはその場から横に転がり(ローリングし)、キールの射程から抜けると、体を丸めて後方にくるりと回転して猫のように身軽に受け身を取った上で立ち上がり、土埃で汚れた顔で笑う。


「無理な体勢からの蹴りは慣れているんです、どなた様かのおかげで」


 腰のあたりを右手で擦りながら。



 その様子に思わず俺とフレディからはため息が漏れた。


「あれはまぐれ当たりじゃないか」

「決め顔をしているが、無理な体勢からの蹴りで腰を痛めたのも丸わかりだ……」

「はは、まったくもってエルは駆け引きに向いていない子だな。グレンはあの子の使いどころをどう考えているんだろうな」

「弱みを見せるなと教えた通り顔に出さないように努力するのはいいが、腰を押さえたら意味ないぞ……」

「そう落ち込むなイアン。あの抜けたところがエルらしいと言えばエルらしい」



 キールは、剣に向けて視線を投げ、横跳びする構えを見せた。

 それに対してエルは、剣に小さな雷を放った。雷を帯びた剣に不用意に触れると手を火傷するので、これでキールは剣を掴むことはできなくなる。

だが。


「どこを見ている」

「!」


 横跳びの構えのフェイントに騙され、反応の遅れたエルの腹に、キールからの重い回し蹴りが直撃する。


「かはっ!」


 体重の軽いエルが吹っ飛ばされ、観客たちが息をのんだ。

 近くの壁に背中から叩き付けられ、うめき声を漏らすエルに、走ってきたキールが迫る。


 かなり重い一撃をまともに腹に食らったエルに逃げ場はないように見えた。


「終わりだ」


 キールの手が青く白光し、壁に叩き付けられ顔すら上げないエルにその拳が叩き付けられ――なかった。

 土埃が切れ視界が開けた時、拳から血を出していたのは、キールの方だった。


「ま、まだまだ……これから、ですよ。キール、様」


 苦し気に腹を片手で押さえながら、エルがにやりと笑って見せる。

 目を細め、魔道具の画面を冷静に観察していたフレディが呟く。


「……幻影でキールの拳の焦点を外させたか。しかしエルもよく魔法を編めたな。吹っ飛ぶほどの勢いで叩き付けられたんだぞ?後頭部を打って意識を失ったかと思ったが」

「あれはエル自ら吹っ飛ぶようにしていたからな、計算するだけの余裕を作ったんだろう」

「うん?どういう意味だ?」


 今の状況には会場もついていけていないようだ。首を傾げるフレディに解説する。


「体重が軽いとはいえ、あそこまで見事に飛ぶのは少々おかしいだろう?おそらく蹴られた瞬間に体重を一時的に軽くして、蹴られた勢いを利用してキール殿と距離を取った。そして吹っ飛ばされて、壁にぶつかる前に背中側に防御魔法を編んだんだろう。魔術師相手に距離を取るのはタブーだが、あの場、あの勢いなら詠唱よりも直接打撃の方が早い」

「キールが『魔法が得意なだけでない魔術師』であることを逆手に取ったということか?」

「あぁ。あの子は、攻撃はいまいちだが、補助魔法や防御魔法を編む速さはグレンに鍛えられているからな。ほとんど動けないと錯覚させて近寄ってきたキールにその勢いのまま壁を殴らせたんだろう」


 どの勝負事においても言えることだが、決めの一手を打った後に、勝利を確信した方は無意識に一番油断するものだ。エルの咄嗟の機転は評価できる。


「なるほどな。だまし討ちに次ぐだまし討ち、か。二人ともかなり実戦向きの戦い方をしていると見たが、どうだ?」

「あぁ。面白い試合だ」

「キールの優秀さについては聞いたことがあったが、エルもグレンの教えをかなり受け継いでいる。この調子ならエルの勝ちもなくはないんじゃないか?」

「そこまでは言えないな」

「どういう意味だ?」


 確かにエルの日ごろの戦闘力と、その相手の力量を見れば、エルは善戦していると言えるだろう。しかし――


「キールの怪我は致命傷には程遠い。対して、腹への一撃のせいでエルはもう身軽には動けない。回復するような暇は与えてもらえないだろうしな。エルにとってはここからが本当の正念場なんじゃないか」


 俺の言葉にフレディがそうだな、と頷いて競技場の様子を写す魔道具の映像に目を戻す。

 あの子の取柄は身軽さで、それを封じられたのはかなりの痛手だ。

 それはキールもエルも分かっているようで、キールは武器を握れなくなった痛手をそれほど気にしないかのようにエルを見下ろした。


「なら楽しませてもらおうか」

「望むところです」


 にやりと不敵に笑う両者の間で爆炎が舞い上がった。


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