29 騎士の盗み聞きと後悔
※ 会話内容がちょっと過激です。R15かもしれません。
「殿下が徹夜で仕事をされていたようです」
フレディの夜間警護担当の衛兵から報告を受けた俺は、すぐさま朝稽古を切り上げて部屋に説教に向かった。しかし向かった先のフレディの部屋には、処理済みの書類と使ったのであろう書籍が無造作に積まれた執務机だけしかなく、本人の姿はどこにも見当たらなかった。もちろん寝室にもいない。
「グレンのところで仕事を続けているのか……」
護衛騎士に配属された場合、本来、王子の執務を手伝うことはない。が、俺の場合にはフレディの腹心としての立場もあるから、フレディの業務内容も置かれている状況も把握しており、俺もそれなりに業務の手伝いをする。
もっとも、執務関連は専ら宰相補佐も兼ねているグレンが担当しているから、俺はどちらかと言うとフレディの体調管理や説教係になっていることが多いように思う。
あれだけ前夜一刻、寝ろと言い含めて「あと数ミニで寝る」とまで言わせたのに、まさか裏切っていたとはな。寝室を整えさせたのを見たところで安心したのが間違いだったらしい。
王子のくせに徹夜で仕事?そうなるのは文官だけで十分なんだ!お前が仕事しすぎて体調を崩したら王家の面目丸つぶれだろう!
何度説教しても懲りずに繰り返すあいつには、そろそろガツンときつく諭さなければ。
階を移動し、グレンの部屋をノックすると、一定の人間に開放されている状態だったのか、鍵がかかっていなかった。声をかけながらグレンの執務室に入ったところで、寝室の方から二人の声が聞こえてきた。
「それにしてもグレン、お前はすごいな。それだけの恋情を抱く相手があれだけ傍にいてもその……何も思わないのか?」
フレディのその言葉に、予想通りだと勇んで寝室に踏み込もうとした足が止まった。
その時思わず物陰に身を潜めて様子を窺ってしまったことを、俺は後から非常に後悔することになる。
「思わないってことはないけど、欲情に流されるほどやわじゃない」
「二人の時にはお前でも愛していると真剣に言ってみたりするのか?」
「……何をわくわくしているのか知らないけど、言わないよ」
「なんだ、つまらんな」
「ねぇ、前から思ってたんだけど、好きだのなんだのをネタでもなくはっきり言うの、恥ずかしくない?僕たちそれなりにいい歳なんだよ?」
「いや?別に特に何も思わんが。父上など、適齢期だからこそ素直に伝えるべきだと言っていたぞ?」
「……筋金入りか……これだから純粋恋愛培養は嫌なんだ……。だからあんたは女に好まれるというか、女の求める理想を地で行くというかなんというか」
「なっ――」
「清純な愛情を好む変り種かと思えばそんなこともなくてマーガレット様の前では理性的であろうと無理してるのバレバレだし。はっきりしてよねー」
「そ、それはっ……くっ。お、お前は、あの子のあの態度を見るに、男としての好意を受け取られてすらいないんだろう!?そんなお前が言えることじゃないんじゃないか?」
「そう?少なくとも僕ははっきりしてるよ?気持ちが通ったら待つつもりもないし。即結婚して直ぐに抱き潰――」
「いいっ、分かった!お前がはっきりしすぎていることは分かった!」
「イアンじゃないんだし、そんなにあからさまに自分に置き換えて赤くならなくても」
「イアンとお前は見てくれとアプローチが完全に逆だからな……」
「イアンは、がつがつ攻めそうな外見を見事に裏切ってその方面へにゃへにゃのふにゃふにゃだからね。オオカミの皮を被った子ウサギってところかな」
オオカミの皮を被った子ウサギ――俺が!?子ウサギなど、生まれてこの方言われたことすらないぞ!
半分以上話についていけないが、フレディはともかく、グレンにも、特定の異性との関係で何かありそうなことくらいは分かった。
まぁ、グレンも成人男子としてそろそろ婚約する身だからな、知らなかったが、あってもおかしくないことだろう。
しかし、そうか。グレンにもそういう相手が出来たのか。
損得で相手を選ぶと断言していたあのグレンにか、感慨深いな。
「それを言うならお前は子猫に擬態した大虎だろう。皮を被るどころじゃなくて擬態というのが大事なところだ」
「光栄だね。でもまぁ僕の方はまだ時間がかかりそうだなー。今回直球で現実に向き合わせたら混乱させたし。ちょっと失敗したかなって反省してる」
「反省?お前が?……今度は一体何をやらかした?」
「んー?『女であることを自覚しろ』って言ったら、動揺しすぎて自分の在り方そのものを揺るがせてた。直球での色仕掛けも冗談としてあしらってくるのに、あんな言葉と態度で、揺るがしてほしくないところまで不安になるなんてね。やれやれ、面倒なやつ」
「それは自業自得と言うんだ……全ての点において日ごろの行いを反省しろ」
「でも僕の場合、複雑な事情があるじゃんか。小姓として使えなくなったら困るんだよ、今ですら最低レベルなんだから」
最後に耳に入ったグレンの言葉の理解を脳が拒絶した。
俺の記憶では、グレンの小姓は、灰色の頭のくりくりとした青い瞳の背の低い少年以外にいなかったはずだ。
今の話を聞くと、まるで、グレンが、「俺やフレディに向けるのとは違う好意」をあの子に持っているように聞こえるのだが……気のせいだよな?そもそもあの子は男なのだし。
グレンとあの子の妙な噂だってエルへの絶妙な嫌がらせを思いついたグレンの情報操作に違いないと信じていたが……まさかな?
「厳しくしておいて、たまにアメを与えたり、褒めたりしながら懐かせるのと同じ要領だよ。意識させては、危ないなって頃合いでペット扱いして意識をそらす。これを繰り返していけば段々僕のことを男として意識せざるをえなくなる」
「洗脳か。嫌な攻め方だな……」
「こういう時こそ持てる技術は生かさないと。このさじ加減が結構難しいんだけど」
……いや、以前、一度だけ怪しいことがあった気がしないでもない。あれはいつだったか……そうだ、ピギーが生まれた時。グレンの様子が妙におかしかったように見えたあの時だ。
訓練とは違う脂汗が顔の横を流れていく。とてつもなく嫌な予感がしないでも、ない。
「……攻略が難しいことすら楽しむやつだろう、お前は」
「おぉ、ご名答!じわじわ侵食する僕にどこまで抵抗してくるか観察するの、最近の一番の楽しみ。この僕が落とすまでにわくわくできるって稀有な存在だと思うんだ。小姓として遊び道具にもなるし、落とすまでに高揚できるし、落としてからは男としての本懐を遂げられるわけだし、一粒で何味もあるかけがえのない存在だよね。僕のペットは」
「介入しないとは言ったが……哀れだな、エル……」
「……どういう意味だ?」
考えれば考えるほど頭痛が酷くなってきたので寝室に入ると、寝台に座った寝間着のグレンがこちらを見てにやりと笑った。
「知りたい?」
「俺がいたことを知っていたのか?」
「とーぜん。誰の部屋だと思ってるの?」
「わざと聞かせたということだな……いや、いい。後悔する気しかしない」
「水臭いなー聞いてよ」
寝台から立ち上がった寝間着のグレンが肩に腕をかけて来る。
グレンは、エルほどでない(あれは小柄で華奢すぎる)としても、それほど背丈がない。男の平均身長にギリギリで達しないグレンが、背の高い俺の肩に手をかけるには一度背伸びをする必要があるから、無理のない程度に少しだけかがんでやる。
その俺の気遣いを見た途端にグレンが凄絶な笑みを浮かべ、フレディが額を押さえ、「なんでわざわざ地雷を踏み抜いていくんだ、イアン」と呟いたことで、自分の失態に気が付いた。
「背の低い僕への思いやりに溢れた大事な友達のイアンには報告しておかないとだよね。ごめんね、除け者にして」
「いやこれは――」
「僕、エルのこと、とっても可愛がってるんだ。愛しいと思ってるよ。男としてね。抱きたいと思う種類の愛情ってやつ」
「やめろそれ以上言うな―――――――!」
「でも安心して?僕があいつを抱いても、僕もあいつも死なないから」
俺が聞こえないように大声をあげても、息がかかるほど位置まで来たグレンが耳元で囁いた言葉を遮ることはできなかった。そして俺の頭は入れられた言葉を理解できる形できちんと処理してしまった。
「ま、魔力のある男同士がそ、そう、いう、ことをしても死なない?……え。抱くって……」
「ご想像通りだよ。分からないならはっきり言ってあげよっか?」
「言うなっ!んな、ど、な、でも、え、おかし、え?」
「ぶわっははははは!顔真っ赤!ご令嬢方の演技顔負けのウブな反応をありがとう!あははは!あーお腹痛いー。フレディー、お膳立てしたし、あれのこと話したら?あはははは!」
「……神聖な王家の秘密をこんなきっかけで話すなんて歴代の王への冒涜だ……!父上、申し訳ありません……!」
こちらを指さして腹を抱え、涙を流して笑い転げるグレンを前に、額どころか顔を覆って前かがみに椅子に座り込んだフレディはしばらく回復できなかった。
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「……と、言うわけで、エルには操作系、洗脳系の魔術は効かんし、あいつは決してグレンを裏切れん。エルは私が安心して動かせる一要員ということだ。これからはイアンの前では話せなかったことも話せるようになるから、作戦を練る時は必ず呼ぶだろう」
「分かった。他言無用であることも承知している」
王家の秘密である「小姓契約」の話が終わるころになって――フレディの話は重要で真面目なものだったので――ようやく精神的ショックが回復した。
語り終えたフレディはレモン水を飲みながら窓際のグレンを見やる。
「……なるほどな。それが切っても切れない関係の証、か」
フレディの視線を追ってグレンの右手首を見れば、そこには、このエッセルベルク王国王家の紋章が赤い紋様としてはっきり浮き出ており、手首をぐるりと一周している。そう言えばこれまで見かけたことがなかった。おそらく注意を逸らす魔法と隠ぺいの魔法で隠しているのだろう。
「よかったじゃないか、グレン」
「なにが?」
窓際で日光浴をしていたグレンの赤い瞳がこちらに向けられる。
「その……お前はエルのようなタイプを扱うのは得意だろう?俺は以前からエルとお前の相性は抜群だと思っていたしな」
「そうだねぇ。あいつが女で僕が恋愛感情を持ったら僕の性格が矯正されそうでよかったのにって前々から言ってたもんね、イアンは」
う、そういえばそんなことを言った記憶がないでもない。全く矯正されていないどころか酷くなっている気がひしひしとするが。
「その……お前が人道に外れたことが大好きなことを分かっているからこそ今ここで言っておきたいのだが――」
「失礼極まりないなぁ」
「事実だろう。その、だな。……例え害はなくても、意に反して体を暴くことは、やめとけ?お互いの……特にエルの精神によくないぞ。その、そういうのはトラウマになると聞いたりもするし、な……?」
口に出すのが憚られながらも、あの子のために言えるのは俺だけだ!と勇気を振り絞って忠告すると、グレンはくすりと笑った。
「合意の後のプレイとしてなら是非やりたいと思っているんだけど」
「おいっ!」
「大丈夫だよ、プレイだもん。合意はとるさ。そもそも、僕とあいつの最初の契約内容に、貞操を無理矢理奪わないことが入ってる。僕は約束を破らないって知ってるでしょ?」
グレンの言葉は基本的に信用ならないが、約束を違わない男であることは確かだから大丈夫だろう、とほっと息をつく。
いやいや、待て、俺。衝撃が大きすぎて軽く忘れていたが、あの子は男だ。とすれば、グレンが一歩足を進めるだけで、エルとの関係が本当に許されざるものになるのは確かだ。こんなに面倒な男に執着されるエルにとっても、一番の友人であり同僚であるグレンにとっても、監視をし、折を見てエルを助けてやることが、俺の最もなすべきことなのだろうな……。
「どうせお前は最後までしないという意味に限定しているんだろう?」
「いや?ある程度以上は僕だってしない。心配しすぎだよ。あいつ、この二年かけても僕に籠絡しない程度には鈍い上に抵抗力あるし、大体のことはセクハラ扱いして歯牙にもかけないし」
「だが――」
「それにね、あいつ、はっきり言ったんだ。『約束違反で僕のことを無理矢理犯そうとしたら、ご主人様であろうと、侯爵家の大事なご嫡男であろうと、どれだけの美貌の持ち主でその子孫が人類の宝になることが予想されようと、僕はあなたのソレを容赦なく蹴り折って一生使えなくしますからね。約束違反には制裁が許されますよね』って。さすがに僕も蹴り折られたくはないかなぁ」
あぁ、そうだな。エルはそういうタイプだ。あいつなら大丈夫だ。
この瞬間、この主従のそれ関連のいざこざには絶対に巻き込まれないようにしようと俺は心に決めた。
※ すみません、ストックがなくなりました。3章完結まで頑張ろうと思っていたのですが、一時更新停止します……。今週はリアルが忙しいので更新できなさそうです。




