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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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26 王子の知る、小姓の実体

※ 9話の直後、エルがグレンの部屋を駆け出ていった後に時点が遡ります。

※ この話には残酷描写があります。ご留意ください。

 

 大会出場締め切りを聞いたエルは、グレンの部屋の時計を見てから、ぴょんと一筋立ったあほ毛を震わせた。そして、怒りと絶望と混乱と最低限の敬意で顔を泣き笑いにしながら叩き付けるようにグレンに形ばかりの礼を述べて、そのまま部屋を飛び出していく。



 最初はにまりと底意地の悪い笑みを見せていたグレンが、反骨精神むき出しで走っていく小さな後姿を見送る段になった途端、目元を緩ませ、アーモンド形よりやや丸みのある瞳を細める。 


 部屋に差し込む朝日を背に垣間見えたその表情に、私はわずかに瞠目した。


 周り全てを敵とみなし、笑顔で眇める目の奥に警戒心と獰猛な敵意を潜ませていたあのグレンが、こんな顔をするようになるとは、出会った頃は想像さえしなかった。


 同時に、底冷えするほどの恐怖すら感じてしまう。


 荒れた風が凪ぐ一瞬。または、生きもがくことをやめた獣が最期の時を待つかのような静けさ。それらをまとって、私の友人は微笑んでいた。

 天使のように愛らしいと称えられてきた中性的な容姿は、黙って佇んでいれば昔から憂いを帯びたものだったが、今はどこか儚さが増したような気がする――――と考えてから一瞬浮かんだそんな飲み下しがたい違和感を必死で打ち消す。

 何を考えているんだ、縁起でもない。


「さて。グレン、エルもいなくなったところで本音を聞かせてもらおうじゃないか」

「何のこと?」


 私に表情を見られていることに気付いていないグレンを刺激しないよう、なるべく静かに椅子を引き、寝台の傍に持ってきて腰掛け、ようやくこちらに向いたガーネットよりも深い紅玉の瞳と目を合わせる。

 その目が私に向けられたときには、もう先ほどの儚さが消えており、私はそっと安堵の息を零した。



「エルを大会に出したことにも、性別が露見する危険を押してお前の婚約者として出させることにも、全て理由があるのだろう?」

「僕がエル(おもちゃ)で遊んでいるだけって可能性は考えないの?」

「それはもちろんあるだろうが、おもちゃにするだけにしては舞台があまりに大きすぎるからな。無駄を嫌うお前が、遊び――分かりやすいただ一つの目的だけでエルを動かすとは考えられん。大会であの子の功績を見せて周りからの評価を上げ、男爵家という身分からの中傷を払拭することが目的か?」

「それなら勝つことが条件になるけど、あんたが言った通り、大会はそんな甘いもんじゃない。僕もあいつが勝ち残るとは思ってないよ」

「負ける前提だったら逆効果だろう?……それとも他に目的があるのか?」


 私なりの推察を述べると、グレンは教師が予想以上の解答を得て満足するときの表情を浮かべて私の方に身体ごと向き直った。それから表情を真面目なものに変える。


「フレディ。僕はあんたに前言われた通り、これからあいつを本格的に僕の仕事に引き込む」

「……宰相補佐の小姓として、ということだな」

「うん。この前の大蛇退治の報告書に書いた通り、あいつには魔力とは違う何かがある」


 確か……魔獣の感情が聞こえると言ったと報告書に書いてあったか。


「そうだ、報告書を読んだが、上位魔獣にエルを一人で向かわせたのだそうだな?やり過ぎだ、グレン。一歩間違えれば死なせるところだったろう」


 私が眉を顰めても、グレンは一向に反省する様子を見せないまま肩をすくめた。


「あれくらいしないとあいつの能力開発はできなかったと思うよ」

「常日頃のお仕置きが命の危険を生じさせるほどのもので危機察知の限界値が上がりすぎているからだろうが」

「まぁそこはそれだよ。最終的には僕だって手助けしたじゃないか。……今回のアレ、今まで一度もあいつから聞いたことがないものだったし、隠している風もなかった。初めてのことだって言ってたのも本当だね」

「だろうな。お前にかかると嘘などつけんからな」

「エルの場合、技術を使えなくても全部顔に出してくれる単細胞だから僕が見誤ることもないよ」


 グレンが寝台で無造作に足を投げ出すと軽く曲げ伸ばし(ストレッチ)し始めた。

 私の前だという遠慮をしないあたりがこいつらしい。


 グレンはある程度の心読みができるため、嘘くらい簡単に見抜ける。それを除いても、基本的に尋問を担当する役職にある以上、心理学や交渉術を含めた尋問技術は豊富にある。とはいえ、暗殺者・スパイとて、心隠しの魔法や心理学の知識くらいあるのが前提だから、それらの技術を逆手にとって使うのがセオリーになる。

 表情に全てが出、かつ、グレンからの心読みに防衛する技術すらないエルの場合は特殊と言える。

 駆け引きが要らない相手だからこそ、グレンにとっては安心できるのかもしれないが。



「教会、反マーガレット様の貴族、あんたの王位継承関係、それから他国――現状、考えれば湧くほど()の候補がいる。教会派の動きはいまだに掴めていないし、ハリエット嬢の不審死の原因だって解明されてない。何か、僕たちにとってよくないモノが動いていることも、これからそれらが過激になることも確実な今、はっきり言って、信用できる手足はいくつあっても足りない。猫の手も借りたいこの状態で『小姓』のあいつを、主人である僕が使わないなんて愚の骨頂なんだ」



 「小姓契約」は、およそ300年前に我が国が編み出した魔法であるが、その根本の目的は、決して平和なものではなかった。


 主人となる重臣と、魔力の補充にも適し、戦闘力も十分な有能な者を選び、双方の魔力免疫機能を壊し作り変える魔法契約――これによりできた「小姓」は主人の「命令」に強制的に従わされ、主人を害すれば命を奪われる存在になる。そして主人が自由と命を掌握する代わりに、王家の承認の下、小姓個人は王家の直接の指令下から外れる。

 幾重にも研究を重ねられた結果、小姓契約は、二重の指令系統(王家と主人たる貴族)での混乱を防ぐことができ、かつ、王家にとっても全ての貴族を掌握する労力をかける代わりに主人たる貴族だけを管理すれば足りるようになる他にも様々な活用法が編み出された。

 


 応用の利く汎用性と王家の承認さえあれば足りるという手続きの簡便性から、大陸戦争時代、小姓は珍しい存在ではなかった。

 敵の懐に忍ばせ、偵察・攪乱・暗殺することに最も適していたことから危険の最前線に立たされることが多く――任務遂行中に当時存在したほとんどの小姓が夭逝(ようせい)したことは、王家はもちろん、大陸戦争未経験世代の重臣以外にも周知の事実だ。


 信頼のおける者を主従にするという原則を破り、相手敵国の要職に就く者を半死半生の状態で拉致し、無理矢理小姓契約を結ばせることで、尋問や拷問の一種として応用されてもいた。

 王家の秘匿文書によれば、情報を漏えいさせるために小姓にされた敵方の捕虜は、主人の命令を細かく限定することで、体の自由を制限したまま無謀な任務を遂行させられたり、魔力を絞りとられたり、小姓契約の限界を測る人体実験に使われたり、自国に特攻させ、家族や仕えていた王に差し向け、死ぬまで戦わさせられたりといった凄惨な末路をたどったそうだ。


 戦時中という異常下であったということもあったのだろうが、それを理由に許されてはいけないほどのあまりにおぞましい実験の数々が記載されたそれを王である父に渡され、初めて読んだ時、私はその場で吐き、夜中に幾日も一人でベッドで怯え続けた。

 王家が、貴く、民の敬意を受けるに足る輝かしいものだと心の底から信じていた幼い自分を卒業したのは、その日だった。



 血塗られた戦争の歴史による負の遺産。それが小姓契約の実体なのだ。


 本来、小姓の扱われ方は主人次第であり、決して使い捨ての駒ではない。

 それでも戦時中、その対象に選ばれた中位程度の貴族子息らの人権はなきに等しく、ゆえに大陸戦争時代終結後、小姓制度は実質廃止され、利用されなくなった。

 小姓契約に関わる事実と陰惨な歴史の隠ぺいのため、侍従と執事の職務を兼ねるだけの「名ばかりの小姓」は積極的に作られてきたが、小姓契約まで結んだ「本当の意味での」小姓と主人は、現在、国を脅かしかねない特殊な体質を有する可能性の高いエルと、その体質を研究するよう命じられたグレンの他にわずか二組しかない。

 


 薄いながらも王家の血を引き、これらの経緯や事実を全て正確に(・・・)認識しているグレンは、長い睫を伏せ、自らに言い聞かせるように呟く。


「どこに属すにせよ、敵に動物使いがいるのは間違いない。僕だと全部殺すしかないからみすみす手がかりを失うことになるけど、あいつなら違う。解呪や使い手の捜索も含めてこの件に関しては僕よりもあいつの方が優れているんだ。――そこにどんなに危険があろうと、使わないなんてことは、元から考えられない」

「グレン……」



 元々グレンは、その能力を買われ、私のために身を暗部に置く人間だ。

 命と身体を搾取され、心をすり減らしてきた過去を持つ彼だからこそ、おそらく、命の扱い方に対して私には推し量れないほどの葛藤がある。

 それを分かっていながら、私は大切な腹心であり、友人でもある彼に他者の命を奪うことを命じる。


 そしてそのグレンに、今度は、好きな女を自らの手で危険の最前線かもしれない位置に追いやる決断をさせたわけだ。


 グレンとエルに小姓契約を結ばせたのは、他ならぬ私なのだから。



 王家の者として間違った判断ではなかったと思う。例え現段階でその危険性がわずかなものだとしても、エルの異能を見逃すことは、この国の王子として民を背負う私に許されることではない。

 それでも、今後のことを思えば割り切れない苦さが残る。


 二の句を継げきれずにグレンからついと視線を逸らすと、目ざといグレンが、顔を顰めて吐き捨てた。



「勘違いしないでよ。例え小姓でなくても、僕の傍に置く限り僕はあいつを使ってた。あんたに言われたから使うわけじゃない」

「だがっ……」

「大体、あんたが僕にエルを小姓として使うよう命じたのがいつだったか覚えてる?エルを小姓にしてから一年経った後だよ。それなのに僕はいまだに実戦にあいつを出してない。任命次第命じてもよかったのにさ」

「それは――」

「あんたは内にいれた人間に甘いんだ。どろっどろにね。それって既に王族としては失格要素だけど、自覚ある?」



 切り込むようなグレンの言葉に、遠い昔、まだグレンを側近に抱えるよりもずっと前、私とは七つ離れた兄が、私に向けて問うたことが思い出された。



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