24 小姓の作り笑顔は他人を挑発するようです
一戦目の相手は魔術師課志望の二年生。
二年目であれば、まだ魔法の扱いもこなれてないから、直ぐには使えないし、無詠唱での魔法の発動もできない。武術訓練も体の出来具合も未熟だ。
そんな相手に効果的なのは魔法……と思いきや、利き手狙いの武術だ。
慌てふためいた途端に魔法の鍛錬の成功度は低くなるし、痛みで集中も鈍る。利き手を壊されれば剣も握れない。こうなれば、二年生くらいの、まだ戦闘慣れしていない相手なら、僕以下の戦闘力に落ち込む。
そう考え、試合開始の合図がなるや、僕は速度強化の補助魔法を使って油断していた相手の右側面に入り、大多数が利き手にしている右小手を自分の右手で捻って、腕を左わきに抱えこみ、逆関節に捻った(ちなみに、肘決めという立派な柔術だ)。
相手がまだ二年生――十四歳で、筋肉も関節も強くなかったからだろうけれど、僕の体の捻りでぼきりと嫌な感触がしてあっけなく関節が外れる。予想通り恐慌状態になった相手の首元に剣を突きつけ、見事「降参」を取った。
……肘関節くらいなら医療部で簡単に治してもらえると自分に言い聞かせて吹っ切った結果だ。
これはかなり正統派な、先手必勝の戦い方だったと思う。
二戦目の相手は、騎士課の五年生だった。
武術が全くできないわけじゃないことを初戦で見られた以上、騎士課で、しかも体の出来上がった17歳相手に筋力勝負を挑むなんて無謀そのもの。だから最初から武術を使うつもりはなかった。
試合開始後、大会で一般的に使われる鋼の剣を持ち込まずあえて腰に短剣だけを備えた僕は、構えもせずに立っていた。
「まぐれ勝ちで調子に乗るなぁ――!その顔が腹立つんだよ、特殊課風情がぁ――!」
グレン様が時たま言う、「お前の笑顔が腹立たしい」という話が他のやつにも通用したことは予想外で、僕の飴細工のような繊細な心が少し傷ついた。
だって、僕はこれから相手を挑発するつもりだったんだ。
「お兄さん、それ、負け犬がよく言うんだよ?」
相手の様子を見なかったことにして、予定していた通り実行した僕の笑顔の挑発に、彼は見事に乗った。
相手は、顔を般若のように怒らせ、重さを感じないかのように重い長剣を片腕で構えたまま、対騎士課用に広く開けられた距離を猛然としたダッシュして僕に迫った――が、僕にその剣が届く一歩手前でいきなりその姿は消えた。
大会に今後の未来を懸けて臨んでいる僕が何もせずにへらへらしていたわけがない。
僕の魔法に関する強みは、鍛錬力の高さと速度。魔力が少なくても小さい補助魔法を使うのは大得意だ。その僕は、地面を深く掘る魔法を編んでいた――必殺、落とし穴戦法!
「うぐっ!」
落とし穴に相手の首下まで落ちたのを確認するや否や、僕はすかさず穴の表面に分厚い氷を張り、地面上に出た生首に短剣を突きつける。
相手が冷静さを欠いて、魔法の罠(グレン様の大好物)が仕掛けられていることを確認せずにやみくもに踏み込んだが故の失敗。
挑発して相手の判断力を奪うという、グレン様の最も得意な手法だ。
笑顔の挑発とだまし討ちという点では予想外かもしれないけど、グレン様の日ごろの卑劣さに比べればこの程度、まだまだ序の口だと思う。
三戦目の相手は、魔術師課の三年生。だが上位貴族だ。
魔術師課と言えば、魔法についてはそれなりに訓練をしている、既に特化された相手。加えて三年生なら体もそれなりにできてきているし、魔力量は明らかに僕よりも多い。
僕の初戦と二戦目を見ている彼は、やみくもに突撃することなく、慎重に辺りの魔法の罠と僕の動きを探っていた。
だが、二戦目に落とし穴を作ったのも今後の戦いを見据えた僕の作戦の一つ。
相手が慎重を期すその隙に僕は「仕掛けを終えて」から、速度強化をかけて自分から相手に飛び込んだ。
相手がすかさず長剣で突いてきたのを、短剣で受け止める――なーんてことはもちろんなく、避ける。かなり手加減されているとはいえ、あのイアン様の剣速に慣らされている僕だ。受け止められなくても避けることはできる。なにせ逃げ回ってきたこの二年間。回避力ならそこそこ鍛えられたんだ。剣技はさっぱりだけどね!
そのまま傍に滑り込んだ僕に、相手がにやりと笑う。
「僕の魔法を受けてみろ!雷迷の蛇!」
威勢のいい言葉でもって発された、地面を張って縦横無尽にかける雷の筋。蛇のような姿のいくつかの雷の筋がその牙をむき出しにして僕に迫った。
「なっ!!」
が、僕が短剣を地面に突き立ててそれらの威力をあっさり地に逃がすと、相手は愕然とした表情を浮かべた。
そもそも、日頃訓練してくれるグレン様の魔法を僕程度の微弱な魔法が相殺できるわけがないし、防御魔法も一時しのぎどころか一瞬しのぎ。となれば、時間が経って威力が弱まるまでは走って、避けて、逃げる。それが僕の唯一かつ絶対の生き残る道なのだ、いつも。
「技の名前?自分からこれから何をするか教えてあげるなんて、敵への思いやりに満ちあふれてるね。その思いやりの分はしっかり返してあげるから、命でもって買うといいよ」
「え?魔法を動物の形に?やる意味は?かっこいいから?無駄を無駄と感じられない感性ごときれいさっぱり消し飛ばしてあげるよ」
を口癖に、詠唱や動作も、男の子のロマンも無駄と切り捨ててゴミとして燃やしさるご主人様に慣らされている身としては、今回の相手の攻撃など、優しさと思いやりのように錯覚してしまう。
無詠唱ともなれば、発動後直ぐに迫りくる雰囲気で瞬時に属性や形を自力で見極めなければいけないが、それを目の前の彼は言ってくれたのだ。
その上、蛇の形を取ることに鍛錬力を費やしているせいか、威力も低い。
属性も分かっている、威力も低い、こんな甘い攻撃を避けられないようなら僕はとうに墓に入っている。
さくっと処理し、そのまま相手との距離を詰める。
僕がわざわざ相手の傍にまで寄って短剣で狙ったのは、相手の腱。それも踵とふくらはぎを繋ぐ腱だ。ここは人体の中ではとても弱い部分だ。とはいえ、ブーツで覆われている上、頻繁に動く足だから、よっぽどじゃないと当たらないし、当然、相手も避けようとする。が。
「体が……動かない!?」
「そうでしょう。最初の段階で僕が起こした風で無臭の粉末状の痺れ薬を嗅がせてますから」
「なん……だと!?ぎゃわぁぁ!」
腱を強化した短剣で傷つける――といっても、完全に切ってしまうと特殊な医療系の魔法で回復させないと立てなくなってしまうので、切れ味がない剣で強く殴りつけたのと同じ――と、相手は立てなくなり、すっころぶ。
そこに、強化済み左手チョップを上から食らわせ、ノックアウト。
こうして振り返ってみれば、そんなに危険なことはしていない。意外とまともな戦い方じゃないかな。うん。
グレン様のお仕置きは立派な戦術になるんじゃないかと考えてから半月、僕は、だまし討ちの手法を列挙して、どんな相手がどういう順番で来た時に、どれから使うかを念入りに検討していた。
剣術特訓を潔く諦めて、速度強化と滑り込みのタイミング、体術の連携の猛特訓をしたことも有効だったみたいだ。
「あれでも僕なりにアレンジして下劣さを抑えたんだ。お仕置きの時、グレン様は、僕がすっぽり入るほどの落とし穴に僕を落とした後、巨大な氷の塊で蓋をしたんだから」
「それって――」
「生き埋めってやつだよ。あの中で氷を普通の火で溶かそうとしたら空気がなくなって酸欠になるし、純粋魔法で溶かすには僕の魔力じゃ足りなかった。逃げる方法を考えている間に氷のせいで穴の中の温度が下がって凍死寸前になるし、穴の中全体に薄氷が張るくらいだから、肺水症にもなりそうだったんだ……!僕が苦しむその様子を透明な分厚い氷の向こう側でにやにやしながら眺めているご主人様の恐ろしさと来たら……言葉では言い表せない恐怖だよ。トラウマものだよ。それから三回戦目の方はね――」
「もういい!もういいから!分かった!」
「俺たちの精神衛生上やめてくれ!」
「えらい、お前はすげぇよ!尊敬する!」
「さっすが我らが特殊課の星、エルドレッドくんだ!」
青を通り越して白くなった目の前の友人たちの様子に満足する。ご主人様のえげつなさを分かってもらって本望だ。
話をそらしたいのか、リッツが競技場の方に見を乗り出した。
「あ、ヨンサムも順当に勝ち上がってんな。こっちは予想通りだな!」
「明日の試合があるし、エルは今日は休め!」
「そろそろ明日の最終試合の相手も出てる頃だろ、確認行けよ、な?」
特殊課の連中におだてられて機嫌を直し、次の最終試合の対戦相手を見に競技場に再び降りると、たくさんの視線を感じた。目が合うと因縁をつけられると思い、頭を下げたまま通り過ぎようとしたのは、間違いだった。
特殊課がここまでやるはずがない、と目を疑う人たちから、突如として「卑怯だ」「仁義にもとる」「痺れ薬なんて最低だ」「失格だ」という罵声が響いてくる。
「こ、この大会は……神聖なものでっ!!それに薬を使うなど……お前の行為は冒涜だ!」
「そうだそうだっだまし討ちなんて卑怯だ!」
「大体、特殊課なんぞがこの大会に出ることが間違っている!」
「失格にしろ!」
僕に負けた対戦相手の友人なのだろう、ざわめきが広がり、僕に更なる野次馬の視線が集まる。
僕はざわざわと喚く周りの声が十分集まったのを確認してから、どん、と音をたててその場で乱暴に足を踏み下ろした。
若干引き気味になった、僕に詰め寄ってきた本来なら格上の大会出場者たちに、にっこりと作った笑顔を見せる。
「卑怯?どこがです?」
その瞬間、観客席がしんと静まり返って一斉に僕に注目した。




