23 小姓の挑戦が始まりました
ケフレス伯爵家ご令嬢・ジュリア様と言えば、一度たまたまお会いしたときにお茶会でお菓子をくださったありがたーいご令嬢だ。あの場で「背徳の間接キス」といういわくつきのサンドが登場したことが僕の不名誉の始まりだったのだけれど、ジュリア様に責任はない。悪いのは全てあの計画犯だ。
ジュリア様のご実家のケフレス家は、あの後、平民向けのお菓子を売り出し、取引規模を拡大させたと聞いている。
同時に、ジュリア様ご自身は王城で過ごす姉様の派閥に入ることを宣言し、姉様の強い味方のお一人となっているそうだ。確か、卒業した後に姉様の侍女候補として立候補してくれているとナタリアがはしゃいでいた。
あ、そうだ。姉様が、父様と相談して、「消毒石鹸」の商業販売をケフレス家と提携することを決めたとも言っていたなぁ。
貴族の経済上の繋がりは(面倒で)よく分からないけれど、子爵家とはいえ、商家として大成しており、経済においてそれなりに影響力を持つケフレス家が姉様をバックアップしてくれる貴族であることを明言してくれたことはとてもありがたいことだ。
「たった一回、短い時間で……ご挨拶もほとんどできませんでしたのに……覚えていてくださったなんて……」
その立役者となってくれたジュリア様はもじもじと顔を赤らめている。
前回怒らせてしまったから手にキスはダメだとして、こういう時に名前を覚えている理由としてたらし野郎が言いそうなことは――
「お美しいご令嬢のお顔とお名前は忘れたくても忘れられませんから」
「そ、そんな……いいんです。気を使っていただかなくて。……私、地味ですので」
卑下どころか本当にそう思っているらしく、ジュリア様は俯いてしまった。
対ご令嬢一発悩殺者のグレン様ならさっきのだけでご令嬢方の気分そのものを急上昇させてしまうからこんなことにはならないんだけど、僕じゃあ逆効果だったようだ。どうしよう。
「そうだ。ジュリア様、スノードロップなる花をご存知ですか?」
いきなり花の話題を出した僕に、ジュリア様はきょとんと眼を瞬かせる。
「白い……冬の終わりに咲くお花のこと、でしょうか?」
「はい。あの花には、花にまだ色がなかったと言われている遠い昔の時代の、不思議なおとぎ話があるんです」
「花に色がない……?それはどうしてですの?」
「神が人や魔獣たち、動物に優先的に魔力を配分した結果、花たちに配る魔力が足りなかったそうなのです」
「神様も失敗なさることがあるのですね」
「そうですね。いつも逆を――『成功することもあるんだね』と周りに言われる僕には羨ましいお言葉です」
冗談っぽく言えば、質問をしてきたご令嬢方がころころと笑ってくれ、雰囲気がより和やかになった。
「それでですね。花たちに色がない世界というのはあまりに寂しいので、花は他の自然から魔力としての『色』を分けてもらったそうです。『自然』は、この世においてある種魔力の塊と言えます。太陽、川、森、海、光、木々……たくさんの自然が、花に惜しみなく『色』を与えました」
「自分と同じ色を持つって、なんかお友達みたいに感じますわね」
「えぇ、その通りです。ですから、自然は、花たちがえり好みできるくらい、積極的に魔力を分け与えたそうですよ。花たちは、こぞって派手な色を好みました。その時、『雪』も色をあげたがったのですが、どの花も地味な『白』色を受け取りたがらなかったのだそうです。元々雪は冬のもので、生き物とは相性が悪いのもあって、嫌われていたというのもあります」
「まぁ、可哀想」
「その、寂しい雪を自ら望んだのが、スノードロップだと言われているんですよ」
「自分から、ですか?」
「はい。寒くて花が縮れてしまうとまで言われてしまった雪ですが、心優しいスノードロップは別でした。その色を素敵だと褒め、あなたの色こそが欲しいと言ったんです。そのおかげで雪は自分の色を花に残すことができ、そのお礼に雪はスノードロップを守っている――だから、雪の積もる時季にもスノードロップが咲けるのだと。――そんな民話があるんです」
まぁ、昔姉から聞いた話ですのでうろ覚えなんですけど。と軽く苦笑してから続ける。
「ジュリア様は目立つ派手な色の花ではないかもしれません。ですが、困っている人や弱い人に手を差し伸べ、優しさを与えてくださるところも、清純なお心も、僕にはかの花に似ているように感じられるのです。そして僕は、スノードロップの色も姿も形も、その民話にふさわしく美しいと感じています」
ちなみにスノードロップは、草木が枯れる冬の時期でも元気な草として、薬の材料としても活用させてもらっているありがたい存在だ。情緒がなくなるから言わないけど。
「ですからどうぞ、そのようにご自分を卑下することはおやめください。どうかご自分の色に自信をお持ちください」
励ますことはできただろうかとそうっと覗き込めば、ジュリア様は白い頬を真っ赤にして消えいりそうな声で「はい」と言ってくれた。
これは照れているんだよね。前回怒らせてしまったことは帳消しにできたかな?
満足して顔を上げると、周りのご令嬢が一斉に僕に注目していたことに気が付いた。
あ、もしかしてまた僕はやらかしたか?!
「あ、すみません、ぼ、僕、知ったかぶりで偉そうなことを――」
「わ、私なら、どの花が合うと思いますか、エルドレッド様!」
「ずるいわ。私が先よ?」
ご令嬢方に期待の眼差しで見られ、詰め寄られる。
王城のお茶会でやむをえずならまだしも、こんな日にこんなところで若く可愛らしいご令嬢方に囲まれるなんて!このことが寮のやつらにばれたら僕は即私刑決定だ。
……あ、なんか向こうから騎士課の制服の何人かの視線を感じる……!とても鋭い視線を……!
「す、すみません。もうすぐ大会が始まってしまうので、ま、またの機会にお話させていただいてもいいですか?ごめんなさい……」
低姿勢でお願いすれば、ご令嬢方は一様に鼻を押さえた。……鼻?花だけに?
「も、もちろんですわ!」
「地の果てまでも応援致しますからっ!」
「大会前に差し入れ禁止というのが恨めしいですわっ!!」
「あ、ありがとうございます。頑張りますね」
一度笑顔でお辞儀し、くるりと方向転換した後、僕はその場から走って逃走した。
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その大会予選一日目。一日目の試合予定の全てが終わりを迎えるころ、僕は特殊課の連中のいる観客席にいた。
「……まじかー」
「ありえねぇ」
「だよなぁ」
「色々信じられないわー俺」
「つーか、ほんとエルって……いや、もうこれ以上なんも言えねぇけど……!」
リッツを始め、僕の応援団――もとい僕に賭けていた全員が、称賛と諦観と畏怖の入り混じった目で試合を終えた僕を見てくる。
「みんなしてひどいよね……誰一人おめでとうって言ってくれないんだから」
「おめでとうと清々しく言えるような勝ち方であれば俺たちもここまで躊躇わなかったんだけどな……」
「へー?じゃあ、大損したかったの?」
「そんなことないですよエルドレッドさん!俺たちの金の卵!」
「いや正直、まさか三回戦まで生き残るとは思ってなかった」
「あと一戦で本戦出場じゃねぇか!」
「特殊課で……なぁ。これまで一人もいなかったよな?」
慌てて手をすり合わせ、胡麻をする悪友たちのうち、一人がぽろりと禁句を漏らした。
「あー……やっぱり、アルコット様とジェフィールド様に個別に訓練されているっていうのは大きいんだなって思ったわ。羨ましい」
「……羨ましい?」
それを聞いて、額に噴き出る汗を拭う僕は、何の努力もせずに賭けで得られた結構な金を前に茫然としている悪友たちを椅子の上に立って見下ろす。
賭けの対象となった僕が何をしたかだけど、ヨンサムの言葉を実行しただけだ。
魔力も体力も圧倒的に劣っている僕だから、先手必勝とだまし討ちを基本戦法として、相手のそれまでの経歴、対戦履歴や体格などを見て、相手に合わせた作戦を立てる。
僕の、見かけだけなら純粋そう(貧相ともいう)と言われた長所だって最大限活用したと思う。
そして、具体的な戦術は――
「君たち、それ本気で言ってる?二戦目と三戦目のアレは実際に僕が前にグレン様に受けたお仕置きの劣化版の一つだったって聞いても、それ、言える?」
「い、いやでも……あれの強化版って……まさか」
「信じられないんだ?グレン様のお仕置きについて詳しく聞きたいみたいだから、具体的に説明しよっか」
僕の言葉に、リッツたちが顔を蒼ざめさせた。
※ スノードロップの話はドイツ民話を元に一部創作しています。




