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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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19 小姓は天の助けを受けました

 全身から力が抜けてふにゃふにゃと座り込んだ僕に、(元凶)から声が降ってくる。


「っていうわけだから、これから必要なときはそこの風呂を使っていい」

「……へ?」

「まぁ僕の部屋の場合、湯あみ係の使用人は置いていないから自分で洗うことは大前提だけどね」


 自分一人で体を洗うなんて、平民も使う下位貴族男子寮の風呂では当たり前のことだから特に気になりませんって……え?


「……今なんと?」


 思いがけない天恵に顔を上げると、既にグレン様は僕から離れて元の椅子の上に身を投げ出してあおむけで書類を捲っていた。問い直すと、ちらりと目だけをこちらに寄越してくる。


「二度も訊き直す意味は、湯浴み係を僕にやれと?それとも一緒に入ってほしいということ?」

「どちらもありえません。そうではなくて……今のは、聞き間違いでなければこれからグレン様のご卒業まで僕なんかにグレン様のお部屋の風呂(もちろん一人用)を使わせていただけるということですよね?グレン様がこんなにお優しいなんておかしいです」

「お前の性別がばれたら、僕に、お前の偽装に加担していた裏切者か、もしくは二年もお前に騙され続けた阿呆かのどっちかだって評判が立つ。僕だって困るんだ」

「それにしてもこんな厚遇……なにかたくらみでもあるんですか?……も、もしかして、僕の裸を覗こうとか――」

「お前の風呂なんて、下位貴族の男子の風呂を覗くのとほとんど変わらないでしょ?僕にそっち(男色)の趣味はない」

「失礼な!これでも『さらし』が必要なんですよ!」

「どう見ても厚み対策じゃないでしょ。まぁお前が男どもの裸を見たいっていう痴女だったなら僕も無理にとは言わない。これからも下位貴族男子寮の風呂を――」

「ありがたく使わせていただきます!!」



 追い出されないうちにグレン様のお部屋の湯あみ所に滑り込む。


 まぁ、あの方が本気で僕を襲いたいのならいくらでも機会はあったわけだし。そもそもよくよく思い出せば貞操は奪わないというのが小姓になるときの約束だったし。あの方はいい加減に見えて約束はきっちり守る方だし。うん。

 さっきのはきっと気の迷いというか――あれだ、精神が浮遊してたんだろう。



 自分で自分を無理矢理納得させながらシャツを脱ぎ、しゅるしゅるとさらしを解くと、息が思い切り吸えて気分がいい。下位貴族の風呂に入るときには必要だった、先に不浄場(トイレ)に行ってさらしだけ取って向かうなどの手間がいらないって楽だ。


 そうそう、さらしって言うのは、麻でできた布のことなんだけど、僕は男装バレ防止のため、常に幾重にもそれを胸元に巻いている。

 胸がないおかげで締めすぎなくていいから、「ちょっと暑い」くらいで済んでいるけれど、胸がある女性の場合、誤魔化して男装して剣術武術訓練なんて土台無理な話なのだ。


 全身を動かして捻る時に邪魔になることと、布で皮膚が擦れて荒れてしまうことと、蒸れてしまうことが一番のネックだけど、困るのはそれだけじゃない。真剣勝負では体温が上昇するのが早いほど、体力の消耗が早くなる。加えて、そもそも訓練では――武術剣術だけでなく魔法においても――呼吸が命だ。これらを阻害する「さらし」を身に着けるなんて、訓練にはもってのほか。

 ちなみに、女性騎士の皆さんは、胸を潰さず、邪魔にならない程度に押さえ、なおかつ通気性を重視した専用の下着(高級品。僕には手が出せない)をつけていらっしゃる。

 女性騎士にとっては、脂肪の塊である胸は重い上に動きの邪魔になるから、胸のある方(ナイスバディ)はそれはそれは苦労されると聞いた。そういう意味でも総じて細身な方が多いが、それでも体全体が引き締まっているからメリハリのある体つきをしている。羨ましい。


 男として生きていくにも、女としても中途半端な自分の貧相な体にため息が出るけど、体つき(筋肉や胸)も、高級下着も、ないものねだりをしても仕方がないんだよね。


「僕は僕だし、あるもので上手くやっていくしかないよねー」



 それよりもだ。

 お部屋のお掃除は僕ではなく、使用人さんたちのお仕事――グレン様がお部屋を空けたときに素早くやるプロの方々――なので足を踏み入れたことがなかったのだが――


 なんだこの高級で広々とした浴槽は!

 広いし、気持ちいいし、快適すぎる。誰にも見られない安心感でゆったり浸かれる幸せで何倍もよく感じられるのを差し引いてもすごい。お湯は香りつきで、花びらまで浮いてるとかどれだけ贅沢なんだ……!これに本来なら、湯あみ担当の使用人が何人もつくわけで――これが本物の貴族の湯あみ(風呂)か……!僕の生活とはかけ離れている!


 持参していた安い石鹸(グレン様の使う高級石鹸には手を出さない)で体を洗ってから、湯船に浸かって痛んだ体を湯がほぐす感覚に酔いしれる。



「こんなところに毎日入ってるとか羨ましいなぁ。……そういえば、グレン様が湯上りでこんな香りになってる時があるなー今日は違ったからまだ入っていないのかもー……おや?」



 鼻歌混じりで満喫する頃にようやく、ご主人様よりも先に風呂に入るという部下としての禁忌を犯したことに気付き、さぁっと血の気が引いた。

 肌着を着、シャツのボタンを全部留めるのももどかしく、真ん中あたりを適当に留めたところで慌てて飛び出た。

 濡れ髪?浴室でわんこ式にぷるぷると頭を振ったから滴るほどの水分は弾き飛ばせたはずだよ。温風を起こすのも面倒だ、自然乾燥よ任せたぞ!



「す、すみませんっ!グレン様!」


 グレン様の方は、執務机の方で相変わらず何かを書き込んでおり、裸足のまま目の前に走ってきた僕を見て呆れた表情で頬杖をついた。


「なにその恰好。脱がされ待ち?」

「その脳内お花畑を焼き畑にして構いませんか?」

「浴室で溺死しているのかと思うくらい長風呂をしていたはずなのに出て早々何を慌てているの?また何か壊したとか?」

「僕が年がら年中何かに失敗しているような論調はおやめください。単にまだグレン様がお入りになってなかったのに僕が先に入ってしまったんじゃと思って!!」

「あぁ。確かにまだ入ってないね」

「申し訳ありません……!今すぐ準備をいたしますっ!」

「……待ちなよ。それは人にやらせる」


 浴室の方に戻ろうと背中を向けたところで、止められた。

 グレン様が呼び鈴代わりの伝達魔法を飛ばしたところ、あっという間に使用人の皆さんがやってきて、浴室の準備に入る。筆頭執事にあたる年配のおじいさんだけが執務室に入り、グレン様に黙礼し、グレン様は一言も発さずにひらりと手を振った。

 あぁ、上位貴族っぽい。いや、有力侯爵家の嫡男だから紛れもなく上位貴族なんだが。



「それよりも、エル」

「はい、なんでございますか?お茶出しとか、書類仕事とかであればいつでも――」

「脱げ」

「……………………はい?」


 思わず目を瞬いた。

 おかしいな、最近は睡眠不足がたたって幻聴が聞こえるらしい。


「僕の耳がおかしくなければ、脱げと聞こえました」

「正常に活動しているようで安心した」


 グレン様の発言はブレない。

 あれぇ、おっかしいなぁ。あなた、先ほどと言ってること、矛盾してませんか?


「ちょ、ちょっとお待ちくださいっ!!今一度ご自分のご発言のご確認を」

「僕は自分が言っていることは全て理解しているよ」

「あのぉ?さきほど僕の裸になど興味がないとはっきりきっぱり仰いましたよね?」

「興味がないとは言ってない」


 待て待て待て待て!

 なんで近づいてくるの!


「いろいろもろもろ一番(いっちばん)大事な話をあえて横に置いておいてもですね、現状をお忘れではありませんか!?使用人のみなさんもいるんですよ!?」

「別に彼らはいると考えなくていい」

「いいいいい、いつの間に欲求不満になられたのですか!?僕程度ではどう頑張ってもお相手になれないので、是非ともそういう専門職の女性を活用していただきたいなと――!」

「お前がそれを望むのなら用事を済ませたらそっちに移行してやってもいいけど」

「いやいやいやいや全力でお断りいたします!」


 ……ん?用事?


「脱げと仰いましたがそっち方向以外に何をお求めで?」

「全裸になれなんて言ってないでしょ?上のシャツと肌着だけ脱げ」

「僕の風呂を覗くくらいなら男子風呂を覗くと――」

「お前の表か裏か分からないくらいの胸だけに興味があるなら元からお前を傍になんか置いていない。僕が見たいのは背中だ」


 裏か表か分からないって、僕は二枚貝か!


「背中に何をお求めで?」

「傷」

「傷なら背中に限らず年中そこかしこについておりますが――?」


 主に訓練とかお仕置きとかお仕置きとかお仕置きとかでね!


「お前の背中にあるその傷は、一体なに?」


 こちらに歩み寄るグレン様のルビー色の瞳が、冗談をまるで挟まない真剣な表情のままで眇められた。




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