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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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18 小姓は混乱の極みに至りました

「も、も、も……もう、ご存知、なので?」

「人の集まる場所で大声で爆弾発言をしておきながら僕に情報が回らないとでも?」


 腹をくくって後ろを振り向くと、グレン様が肘掛け椅子から立ち上がって報告書を執務机に置き、僕の方に向き直り、机にもたれたまま、にこにこと微笑んでいるのが見えた。


「生徒以外にもさ、あれを聞きつけた寮の管理に携わる使用人たちは結構いたらしくてね?淑女課の方に行った使用人の噂話から、ご令嬢方にもあっという間に話が回ったらしいよ?下火になっていたところに自ら燃料と油をぶちこんで再燃させるなんて、そんなに僕と噂を立てたかったの?」


 訓練でかくのと違う、粘ついた嫌な冷や汗が背中を伝っていく。

 僕が目を彷徨わせ、どうにか言い訳をしようと口をもごもごと動かす間に、グレン様は僕の目の前にまで寄って来て、これ以上楽しいことはないという表情で僕の(おとがい)に白い指をかけて上向かせた。


「お前がそんなに僕のことを愛していたなんて知らなかったなぁ。ねぇ、あの場での告白を僕の前でもう一度してみてよ。心を籠めてさ」

「中身のない言葉に籠める心はありません。大体あれはっ!とてつもなく粘着質な予感のするグレン様のストーカー候補に、小姓をやめるようぐちぐちと付きまとわれ続けるのが嫌だったからの行動であって――」

「バカだなぁ、小姓の地位をお前の独断でやめられるわけないでしょ?小姓契約の存在を知らない世間的な認識の上では、僕が誰を小姓にし、傍に置くかは全て僕の一存で決まる。お前や周りの意思なんて関係ない。強制的なものだ。そう言うこともできたのに、どうしてそう言わなかったの?」

「その場で思いつくほどの知恵がなかっただけです。いつもグレン様に言われている通り僕の脳みそはとてつもなく鈍足回転のようなので」

「へぇ?強制的にされた地位だって毎日あれだけ文句を言っているのに、それ(強制されたこと)を思いつかないなんてことがあるんだ?」



 そうだ。取引だとか、グレン様のお遊びだとか――今回の大会出場の言い訳を考える前に、前提として

「小姓なんていつでもやめたいと思っているし、あげられるものならあげたい。けれどご主人様が許さない。どうかご主人様をあなたから説得してほしい」

と言うことも出来た。(キール様)も、そんな不真面目な僕を見たらすぐさまグレン様に掛け合おうとするはず。


 あぁ、本当にどうしてあの時それを思いつかなかったんだ僕のバカ!そう言っていればこんなに面倒くさいことにも、アリジゴクの穴にも嵌らなかったのに!


 ん?待てよ?

 強制ってことが前提なのに、それを思いつくよりも自分が小姓だってことを認めてもらいたいって思ったってことってそれ自体で――


「それって、僕の傍にいたいってお前が本心から思ってるってことのなによりの証拠だよね。僕への義理で、じゃなくて、自分から、積極的に」


 図星をつかれ、「そんなことない!」と反射的に出かけた言葉が、逸らしていた目をグレン様に合わせた瞬間に喉の奥に消えた。

 どうせ、弱いものを苛める新しい方法を見つけたいじめっ子のように目を輝かしているか、獲物をいたぶる興奮でにやにやと口角を上げているだろうと思ったのに、どちらでもなかった。


 心細げに縋り付かれた時に僕がした返事に見せた顔でもあり、僕が陰で隠れているか、見ないふりをしている間にいちごみるくを飲んで時たま見せる顔でもあり、そしてこの前グレン様が病で倒れた時、一晩中見せていた顔。

 目じりが下がり、愛らしい顔立ちが際立つ、あの表情―――とても幸せそうな、本心から喜んだ時にみせる、安心しきったあの顔。



 僕があなたの傍にいたいと思うことが、普段見せないようにしているくらいのそのお顔を見せるくらい、嬉しいこと、なの?



「……そりゃあまぁ。なんだかんだあなたのお傍を離れたくないなーくらいは思わないでもないです」


 なんとなく意地を張る場面ではない気がして本心を告げ、

「僕だってここまでお付き合いしたら一蓮托生だと思っていますし、長くいれば情も湧きますし、小姓の仕事に自分なりの誇りを持ってはいます」

と続けようとした途中でぎゅうと抱き締められた。


 え……え、えっと?今何が起こっていますか?


 いつまでたっても力が強まることはないので、どうやら背骨粉砕の危機はないらしいと安心しながら、どうしたのかと尋ねようとしたまさにその時に、ふふ、と小さな声が耳元に漏れ聞こえた。


 思いがけない、心から幸せそうな吐息に僕の頬がなぜかかぁっと熱くなった。



「あ……あのっ、ぐ、グレン、様……」

「なに」

「お、お酒!お酒、召し上がってたんですよねっ?」

「いーや素面だけど」


 じゃあどうしてこんなことになってるんですか!?


「全くなぁ。大会中は色々楽しめるかなーって思ってたけど、まさか大会前にもこんなことを仕掛けて来るとはね」

「仕掛けるも何も僕は何もしていません。これまでのことを思い返すに全ての出来事で僕は巻き込まれる側でした。受け身でした。そして今も受け身です」

「受け身から攻めに転じているのに無自覚っていうのがお前の才能だよ。本当に、僕の予想の斜め上あたりを全力疾走していくね、お前は」

「それはどちらかというと貶している言葉だと思いますが?」

「斜め上って言ったあたり、僕は最高に称賛しているつもりだ」

「分かりにくすぎます。とりあえず放していただけませんか?人肌恋しいなら――」

「恋しいなら?」

「え―――っと、い、イアン様あたりにお願いしていただけるとっいだだだだっ背骨折れますっ!!」


 他に思いつかず、イアン様の名前を出した時点で、ぎりぎりと、明確な攻撃の意図を持って締め付けられた。


「――どうして僕があれ(硬い男)に抱きつかなきゃいけないの」

「以前は僕だって硬いってぶーたれてたじゃないですか!柔らかくないって」

「この僕が望んでこんなことをする相手なんてお前しかいない」

「なにを――」


 僕の言葉は遮られ、また、先ほどと同じくらい柔らかく閉じ込められる。


「殺意や目的を持たずにこんなに気を使って他人を抱き締めたのなんて、初めてだ――こんなに気持ちいいものだとは思わなかった」

 


 「どういう意味だ、あなたはこれまでどんなに危険で爛れた生活をしてきたんだ」と問い詰めることも、「言い方がエロいんだよ何考えてんだよこの色魔!」と罵ることすらできなかった。

視界の端に映るさらさらの亜麻色の髪が、男の人の腕の中にいる事実を嫌というほど思い知らせ、鼻孔をくすぐるわずかに甘い香りがますます僕の頭に血を昇らせる。


 落ち着け僕!目の前のこの男は僕を大蛇の魔獣に一人で特攻させて死ぬ目に遭わせたり、ほとんど勝ち目のない大会に出場することに追い込んだり、日ごろから特訓という名のえげつないお仕置きをしてくる極悪非道なご主人様であって、それ以上でもそれ以下でもない!


 一体全体何を考えてるんだよこの人は!とにもかくにも、一刻も早くこの状況から抜け出さねば!



「ふ、不出来な小姓にはご主人様のご発言の真意を理解するという御大層なことはできません!いいから放してくださいって!セクハラですよっ!」

「傍にいたいって言うから傍にいるだけだよ。同意がある」

「物理的にではありません。精神的な意味で申し上げました。――――お願いしますっグレン様!僕、自主練が終わってこれから風呂に行くつもりだったんで、汗臭いはずなんです!」


 必死で胸を突き返すと、今度はあっさりと解放されたので、少し距離を取って、くすくすと楽しそうに笑っているご主人様を涙目で睨みつける。


「……なんで笑うんですか」

「警戒した獣そのものだなぁってさ。それにお前、今の自分の発言の意味に気づいてないんだ?」

「は?何かおかしなことを申し上げましたか?」

「自分の汗の匂いが気になるって、僕に臭いって思われて嫌われたくないって言ってるのと同じだよ?」

「曲解です!誰だって汗臭いのは嫌でしょう!どこまで前向き思考なんですか!」


 上機嫌のグレン様は僕の言葉を気にもとめずに再び近づき、逃げ腰の僕の腕を掴むと、耳元に口を寄せて色っぽく囁いた。


「まぁ、女の汗の匂いって男を本能的に興奮させるから、落としてきた方がお前の貞操は守られるだろうけど」

「どぉっ、どぁっ、だっ、誰からですかっ!?」

「さぁねぇ?誰だと思う?」

「グレン様は僕に昔、グレン様が僕に欲情することはミミズに欲情するのと同じくらいありえないって仰っていました」

「人の気持ちって移ろいゆくものだよね」

「真逆に転換するんですか!?」

「憎さ余って可愛さ百倍」

「逆!それ精神が壊れただけです!そそそそそそれ以上近づいたら全力で叫びますよっ!?防音魔法なんて無駄ってくらい張り上げますよ!?」

「叫んだ口を塞いで元から断てば防音なんて関係ないよ」

「これ以上口を開くな歩く欲情魔め、そしてじりじり距離を詰めないでくださいお願いします!」

「近づくって、精神的に?それとも物理的に?もう僕の腕の中にいるお前にこれ以上物理的に近づくってどういう意味か僕に教えてくれる?」

「――もう一言も発さないでくださいっ、殿下に言いつけますよっ、何もかも放り出して領地に帰りますよっ!!どんな意味でも近づくな変態ドS鬼畜野郎!」



 爆発しそうな頭で動物的危機意識のまま叫んだことが、ドSの嗜虐心を満たしてくれたらしく、グレン様は

「あはははははっ、噛みまくり!声裏返ってる!すごい涙目!あははははっ、本当に苛め甲斐があるヤツだよ、お前は!」

とお腹を抱えて笑い始め、僕はどうにかこうにかこの状況から解放されたのでした。



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