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番外編 お茶会は戦いだ(1/2)

時系列としては、完結お礼小話③の後、エルとグレンが結婚する直前頃のお話。語り手はエルです。

※時系列少し変えました

 

 僕が社交界デビューして、しばらく経った頃のこと。

 最初は姉様の派閥の人たちとのお茶会だけに出ていればよかったので僕としても気が楽だったのだけど、初の獣医師課の女性官吏であることとか、あの(・・)グレン様の婚約者だってことで、僕は、色んな他の派閥のお茶会にも呼ばれるようになっていた。

 男性としてふるまっていた頃だったらそもそもお呼びすらかからない地味っぷりだったはずのこの僕が、今では大人気!――というわけではもちろんなく、簡単に言えば、話題と噂が大好きな貴族女性たちのネタ扱いされていた。

 ネタ扱いされる日はまぁいい。お茶会というのは貴族女性たちの戦いの場でもある。情報収集、敵情視察、そして精神的攻撃。男性たちが知らない色んな思惑、感情、利害関係が絡み合っているんだなぁと最近は肌でわかるようになってきた。


「本当に行くの?」


 僕が自寮で着替えをして出かける準備をしていたとき、ちょうど兄様との婚姻準備をしていたナタリアが心配気に近寄ってきた。


「うん、まぁ断れる相手じゃないし」

「ウイスパール伯爵家だものね……」


 今日誘われた――というか強制召喚をかけてきたお茶会の主催者は、ウイスパール伯爵家の長女、モナコ嬢。栗色の巻き髪に小動物のような愛らしさが評判で、御年16歳と今がちょうど婚約適齢期のご令嬢だ。

 実家も上流伯爵家なので、社交界でもなかなかに人気があるのだが、この方、僕が社交界デビューした時から何かと僕に因縁をつけてきている方でもある。例の(偽)婚約者のお披露目パーティーの時にも来ていたらしいので、グレン様にご執心のタイプの女性の一人なんじゃないかな。同じような手合いの人のお茶会にも出たことはあるので、これが初めてというわけじゃない。


 正直、気が進む相手じゃないけど、ウイスパール家といえば、アッシュリートン家と仲良くしてくれている他の子爵家、伯爵家とも太いつながりがあるため、僕がこれをお断りしてしまうと、他家ひいてはアッシュリートン家にも迷惑をかけてしまう可能性があるのだ。


「こないだも嫌がらせされたんでしょう?」

「うーん、まぁ、嫌がらせって言っても子猫が噛みついてきたみたいな感じだから大丈夫だよ」


 確かに、モナコ様には、僕が社交界デビューしたての頃の他のお茶会で、お世辞にも好意的とは言えない対応をされたことが何度かある。

 どんなことをされたって?よくある、「あなた程度の家格で~」みたいな女性集団の嫌味みたいなやつとか、ちょっとした嫌がらせみたいなやつだよ。


「エル、あなたのその嫌がらせに対する基準値が狂っているの、直していった方がいいわよ?」

「そのあたりの苦情は僕の元ご主人様に言ってほしい」


 慣れたことなのでやれやれとため息をつきながら、僕は紅茶を口に運ぶ。


「あら?じゃあ、本当に()()()()()のグレン様に文句でも言ってこようかしら。義姉になるんだし」

「ぶふっ!」


 しれっと言い放ったナタリアの言葉に僕は飲んでいた紅茶をふきだしそうになった。


「げほっ、な、ナタリア……不意打ちは勘弁して」

「このくらいで動揺してどうするのよ?グレン様がエルの夫になるんだから、義理の弟でしょ?」


 夫と言われて急に気恥ずかしくなり、僕の顔がかっと熱くなった。待て、落ち着け!まだ心の準備をする時間もあと2、3日はある!


「そうだけど……いまだにあんまり実感ないし」

「にしてはグレン様に懸想する女の子に以前より落ち着いた気持ちでいられなくなってるくせに」

「なっ!」

「エル、わっかりやすいんだから。お茶会でグレン様に憧れるどこかのご令嬢の話が出るたびに顔が固まるのよ」

「くっ……」


 そりゃ、僕だって、一応、その――名実ともにグレン様の婚約者だったりするわけで。「あーはいはい、おモテになりますねー」と全く取り合わないでいられた頃よりは凪いだ気持ちではいられないところはある。ああいう風に()()()()()()()()()()()()と言えばいいかな。

 グレン様はアッシュリートンの養子に入ったため、アルコット家入りを狙う女性やその家格にあった人たちからの婚約申し込みは来なくなったけれど、その秀でた能力や容貌、殿下と親しい地位にいることから、人気が完全になくなったわけではない。むしろ、下流男爵家という下の地位になったが故に僕という存在との婚約破棄をするように暗に言ってくる家も少なくないし、アッシュリートンの家格の低さから言ったら、もろもろの付き合いから変な圧力をかけられる可能性だって十分ある。

 もちろん現実化(婚約破棄)はしないだろうって思ってるけど、それでも、なんとなく、自分の婚約者(こいびと)をかっぱらおうかって噂が聞こえたらいい気はしないでしょ?


「……ナタリア、このこと、グレン様には絶対に言わないでよ?」

「えーどうしようかしら~」

「こんなことグレン様にバレたら『だからさっさと既成事実作っておけばよかったのに。お前、バカじゃないの?』って言われるの間違いなしなんだから」

「エルがそんな風に可愛いヤキモチを妬いてるって知ったら、そう言いながら内心滅茶苦茶にお喜びになりそうだけど」

「ナタリア、からかうの本当にやめて」


 喜んだグレン様が暴走した結果、どういう方向に発散されるか読めるから余計に怖い。

 にやにやと笑いながらえいえいとほっぺたを突っついてくるナタリアの手を押さえて止めさせた。


「そうそう、いつまで旦那様のことをグレン様って呼ぶつもり?」

「僕がグレン様を呼び捨てにできることは生涯一生ないと思う」

「まぁ確かにグレン様はグレン様なのよね~侯爵家のご嫡男じゃなくなっても威厳があるっていうか……不思議よね」


 ナタリアはようやく僕をからかうのをやめたようで、肩をすくめながら同意した。


「それにしてもウイスパール家って元々そんなに敵意のあるところじゃなかったのにどうして今はこうなのかしら?」

「そうなの?」

「えぇ。どちらかというと好意的というか、中立というか……あからさまにアッシュリートンに敵意を感じさせる動きはしてなかったの。あの家……というかご令嬢の様子が変わったの、いつ頃からだったかしら?」


 ナタリアはうんうん唸っていたが、思い出せなかったらしく淑女らしからぬしかめっ面をしている。


「ナタリア、ありがとう。でも大丈夫だよ、大体の危険はかい潜ってきたし」

「たぶん危険の質が全然違うと思うわ。そもそも、どうしてそんな恰好をしてるの?まさかその恰好でお茶会に乗り込むつもり!?」

「そのまさかだよ」


 僕は着慣れた男性用のシャツの襟を直し、胸元を確認する。以前よりも窮屈になった胸元もサラシでぎゅうぎゅうに締め、ウエスト部分にタオルも巻いているので女性らしい体の丸みは大分隠れたと思う。

 シャツと上着は、僕より一回り体が大きい(というか男性として普通な)兄様のものを借り、その他のものは小姓自体に使っていた自分のものを使いまわせばオッケー。なんなら女性もののドレスよりも一人で着られる分楽だ。

 髪は一つに縛ってまとめ、カツラの中に押し込む。鏡で確認してもそれほど違和感はなく、そこにいたのは、小姓時代の僕とそう変わらない僕だった。

 これならいけるかな?


「エル、一体何するつもり?」

「んー?モナコ様からの招待状に、余興を何か披露するようにって言われてたから」

「本音は?」

「こないだドレス切られたから、ちょっとした意趣返しをしようかなって」


 嫌がらせの大半は大したことはなかったけど、先日作ったばかりのドレスの一部を切られていたときにはさすがの僕も腹が立った。

 彼女たちがやたらとくすくす笑っているなって思ったからなんだろうと思ったらドレスの後ろ側が結構ざっくりと切られていたのだ。ドレス一着にどれだけ金がかかると思ってるんだ、貧乏男爵家には到底許しがたい所業だと思う。


 よし、と出ていこうとしたとき、くらっと軽い眩暈がして、足元がふらついた。


「エル!?」

「……だいじょーぶ。ただの貧血だよ。月の物が来てるだけ」


 諸々の原因により長いこと止まっていた女性らしい体のサイクルがようやく巡り始めたおかげか、出血量が多めなのか、僕の月の物はわりと重めで、貧血気味だったみたいだ。


 周囲の台につかまって立ち上がる僕に、ナタリアが眉を顰める。


「やっぱりそんな体調で行くべきじゃないわ。せめてチコを連れていったら?」

「夜会じゃないし、お酒も飲まないから平気だよ。チコは今日は森に帰ってるからいないんだ。それにやられっぱなしってわけにもいかないでしょ?」


 心配して不安そうなナタリアに軽く笑って見せてから僕は家を出た。



 #####



 ウイスパール伯爵家の庭に通された途端に、一斉に僕に注目が集まり、ざわめきが走った。


 伯爵家の受付の侍従に「場所をお間違えかと」と言われたが、僕が持ってきた招待状は正真正銘モナコ様からのものであり、僕の身分確認もばっちりだったので、困った顔の侍従は仕方なく僕を通してくれた。主人(ホステス)に招待された客である限り、どんな格好をしていようと、「エレイン=アッシュリートン」の僕を通さざるを得ない。


 僕が案内係に誘導された先では知らせを聞きつけたのか、血相を変えたこの場の主人モナコ様がやってきたので、僕は優雅に微笑んで見せる。


「モナコ様、本日はお招きいただきありがとうございます」

「……エレイン様、ですわね?これは一体どういうことかしら?」


 僕は男性礼で優雅に挨拶し、跪き、モナコ嬢の手に挨拶の口づけを落とした。

 イメージはキザで外面バッチリの社交用グレン様だ。


 僕の挨拶にモナコ嬢は一瞬ぼんやりした後、はっとしたようにしてさっと手を引いた。


「エレイン様、ご説明を――」

「本日限り、私のことはエルドレッドとお呼びください」

「なっ……!?」

「モナコ様が余興をご希望のようでしたので、今日は一日、私は亡き兄になろうとかと思います」

「そ、そんなっ、女性が男性の真似なんて簡単にできるわけ――」

「ですから、余興ですよ、モナコ様。ちょっとした賭けを致しませんか?」

「賭け、ですって?」

「はい。私が今日一日、亡き兄『エルドレッド』としてどれだけ皆様を喜ばせることができるか。皆様にご満足いただけたら私の勝ちです。一人でもご満足いただけなければ、私の負けです」

「あなたにエルドレッド様の真似なんかできないわ。私が勝ったら、私、あなたに何でもさせるわよ」

「家に関わることでなく、私一人で済ませられることでしたら如何様なことでも」

「……あなたが勝ったら?」

「『エレイン』に対する侮辱を撤回し、今後一切の過剰な要求をしないと約束していただきたい」

「あなた、勝てるとでも思っているの?」

「えぇ。()、とっても負けず嫌いなので」


 僕がもう一度挑戦的に笑いかけ、物珍しそうに集まる他の客にも優雅に礼をしてみせると、モナコ様は顔を真っ赤にしてぶるぶる震えながら「勝手になさい!」と言って立ち去っていく。

 さぁ、戦闘開始だ。



長らく書けなかった関係ですっかりご紹介が遅くなってしまったのですが、2月10日の活動報告で、読者様いただいた素敵なイラストを追加しております。「お膝の上のエルとグレン」という題でリンクをつけていますので、よろしければご覧ください(Baku様ありがとうございました)!エルの嬉しそうな顔が可愛すぎます。

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