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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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12 小姓のヒーローはご主人様ではございません・その2

 昼食のピークを過ぎた食堂は閑散としていた。まだ着いていないのか、辺りをざっと見渡してもヨンサムはいない。


「あいつはまだ来てねーみてーだなー。席確保する必要もねーし、先に飯確保しとくかー」

「ご飯、ご飯!僕もうお腹ぺっこぺこなんだよね!」


 リッツが食事を用意する使用人に声をかけられ席に案内されたので、それについていこうとしたとき、僕の二の腕が掴まれ、無理矢理引き戻された。

 ここのところの訓練で重度の筋肉痛になっている僕には大打撃だ。


「いったぁ!なにすん――」

「貴様がエルドレッド・アッシュリートンだな」


 振り返ると、背の高い男子生徒が、僕の腕を掴んだまま、こちらを睨みつけていた。

 貴族にしては珍しく伸ばさずに切り揃えられた濃い赤紫――ラズベリー色の髪。髪よりも淡い、ラベンダー色の瞳は切れ長の奥二重で、目元の泣きぼくろが色っぽい。グレン様方には負けちゃうけれど、溌剌として人好きのするヨンサムとは違う方向の結構な美男子だ。


 そんな男子生徒が、初対面のはずの僕を、どう好意的に見ても敵意としか受け取れない眼差しで上から睨みつけている。


「……どなた様でしょうか?」


 学生服の胸ポケットに入っている学年を示す線の数が僕と同じ四本だから、学年は一緒のはず。だけどまるまる四年過ごして来て、授業でも寮でも一度も見かけたことのない顔でもあるから、おそらく下位貴族じゃない。言葉遣いは自然と慎重になる。


「そういうものは目下の貴様から名乗るものだろう?そのような基本も弁えていないのか?」


 ……うん、確かに普通の貴族ってこういう感じだよね。僕とほぼ対等に話して下さる殿下方の方が希少なんだった。

 きちんと目の前の人物に向き直り、右手を左胸に当てて軽く頭を下げて名乗る。


「ご無礼をいたしました。僕は、アッシュリートン男爵家次男で、第四学年特別課・獣医師専攻所属のエルドレッド・アッシュリートンと申します。お名前を窺ってもよろしいでしょうか」

「第四学年魔術師課・選抜クラス所属のキール・クロフティン。クロフティン辺境伯家次男だ」



 クロフティン辺境伯と言えば、北の国境付近を治める名門家だな、と頭の中でグレン様の命令で叩き込んだ貴族図鑑を思い浮かべる。そこの次男で、しかも魔術師志望の中でも有能とされた人が集まる選抜クラス所属ってことは生え抜きのエリート(サラブレット)だ。この尊大な態度も頷ける。

 でも、僕みたいな底辺貴族の次男坊でかつ総合成績では平均値以下の人間とは係わることのなさそうなこの人がどうしてわざわざ下位貴族寮にまで来たんだろう?


「あの、クロフティン様は僕に何かご用でしょうか?」

「貴様がアルコット様の小姓を務めている『エル』で間違いないな?」


 僕――というより、僕の首についている忌々しい赤い首輪を睨みつけながら念を押してくる。


 まさか、グレン様に怨みのある人物だろうか?


 人当たりよく見せて(外面大魔王)いても、グレン様は政敵の多い方だ。

 そもそも、イアン様のように頼れる隊長としての側面もなければ、殿下のような人間味もなく、おまけに本人が表面的な付き合いしかしない(本性を出したら出したで、あの毒舌とドS鬼畜の酷さに大抵の人間は尻尾を巻いて逃げるはず)となれば、想像もつくだろうが、グレン様には味方と呼べる人間が少ない。

 ご実家のアルコット家との関係も良好とは言えなさそうな様子だったし、この二年間僕が見てきた限りでグレン様が心を許しているのは、殿下と、イアン様と、ギリギリで僕……あ、終わった。最近は、あの可愛らしい笑顔を思い出すたびにイライラしてたけど段々可哀想に思えてきたぞ。



「はい、間違いございませんが……?」


 小姓は主人にとって特に重要な役職だというのが歴史的な認識だ。だから、気まぐれに任命された僕が、グレン様(主人)にとって、その辺の使い捨て鼻紙(ごみくずやや上)と同じ価値だという事実を誰も知らない。

 グレン様に敵対する人たちが僕を狙う可能性は十分にあるのだ。


 警戒気味に答えると、キール・クロフティン様――長くて面倒だからキール様でいっか――はじろじろと、上から下まで僕を不躾に眺めた後、不愉快そうに眉をひそめた。


「――分からない。実際に見てみれば何か違うのかもしれないと思ったが、評判通りではないか」

「はい?」

(ろく)に座学も出来ず、頭が切れるというわけでももちろんない。では魔術や剣術(実技)が優れているかというと、むしろこちらの方ができない、凡庸を絵に書いたような生徒。それも、殿下(王族)ジェフィールド様(名門侯爵家嫡男)にじゃれつくという、動物のような態度を示しておきながら反省の色もない。辛うじて獣医師関係の専門科目は得意なようだが、それ以外にこれと言って取柄もない。いつもへらへらとして獣に話しかけていることが多い、貧相な体つきの変人。――それがお前、エルドレッド・アッシュリートンなのだろう?違うか?」


 うわぁ。多分に悪意が混じっているけれど、どれもこれも客観的な真実ばかりで否定できない。


 否定しない僕を見て、キール様の目に浮かぶ侮蔑の色が濃くなった。いや、侮蔑よりも激しい感情がみるみる美麗な顔を染め、眉を怒らせる。


「貴族男子にあるべき教養もなく、礼儀もなってない貴様が……あの方の――グレン・アルコット様の小姓だと……?はははははは!……笑わせるな!」


 今勝手に笑ったのはあなたご自身ですよーなんて冗談をかます雰囲気ではない。

なんだって初対面の人にこんなに抉られた上因縁をつけられているんだろう、逆恨みかこんちくしょう。それもこれもあのグレン様の――ん?

 今の言い方だと、この人はグレン様のことを――


「一番近いところであの方をお支えできるようになりたいと……ずっと、ずっと、私がどんな思いで努力したと思っているんだ!」

「あのっ、もしかして、き、キール様は――」

「馴れ馴れしく俺の名を呼ぶな!」

「く、くるし……」


 口を滑らせたことがキール様の堪忍袋の緒を切ってしまったらしい。高い身長の相手に突然胸倉を掴み上げられ、息が詰まる。僕程度がじたばたしてもびくともしない体幹の鍛え方を見るに、この人は武術でもいい成績を修めているんだろう。

 ――って、そんな呑気なこと考えてる場合じゃないよ!最近の窒息ラッシュはなんなんだ!?


 と、思っていた矢先に、キール様が一瞬顔を痛みで歪ませて僕の首元を離した。

 急に解放され、床に尻餅をつき、ごほごほと咳き込んでいると、キール様の手に滲んだ赤い色が目に飛び込んできた。まさか。


「けほっ、チ、チコ……!?」


 いつの間にかポケットから出てきたチコが、僕の肩の上でしゃーっと全身の毛を逆立てて鋭い歯をむき出しにしている。

 認可されていない魔獣が人間を傷つけるなんて、本来なら即処分ものの行為だ。

 チコの最近の男前すぎる行動に僕のヒヤヒヤが止まらない!


 真っ青になる僕と逆に、キール様は、傷よりもチコの首のリボンを見て「その紋章は……」と呟く。そして瞬時に上から見えない力(魔法)で圧力をかけ、チコを床に押しつぶしてから、無防備になった喉元を掴み上げた。

 空中でじたばたと手足を動かし抵抗するチコからかぼそい悲鳴が上がる。


「おやめくださいっ!チコを離せっ!」


 僕程度の力で掴みかかっても、体つきもしっかりした男から無理矢理チコを離させることはできない。

 瞬時にそう判断して起こした風をキール様の手首の一か所に局所的に集中させ、上から圧力をかける。手拳で叩くのと同じ仕組みで衝撃を与えてチコを解放させてから、すぐさま抱き留めたチコの体を確認する。


 魔獣だからある程度体が丈夫とはいえ、食いしん坊ネズミは魔獣の中では最弱の部類に属する。攻撃に特化した部位もなければ、毒だってない。体だってこんなに柔らかいし、毛も防護のためのものでないから、分厚くない。嗅覚が優れているのは危険な敵を匂いで感知して一瞬でも早く逃げるため。戦闘力がほとんどない種族だからこその特徴なのだ。


「無動作無詠唱、この速度……。なるほど、この程度はやれるのか。――おい、その魔獣、魔封じの調整具がないということは、認可を受けていないのだろう?グレン様が実験用に飼われているものか?」


 ぐったりしたチコの無事を確認する方に忙しく、顔を向けることすらしない僕に向けて、再び侮蔑を含んだ声が落とされる。


「答えろ。その魔獣は貴族である私を傷つけたのだぞ?本来なら処分ものだ」


 知ってるさ。

 キール様がやったことが、この国では「法律上認められた」ことだということくらい知ってる。「正しい」ことだってことくらい、知ってる。

 でも、それでも。


「殺していいものを、グレン様の所有物であると思ったからこそ殺さずに済ませてやったのだ。感謝こそすれ、怒るのはお門違いだろう?……なのに、なぜそのような目を向ける」



 許せることと、許せないことがあるんだ。



「……友達が僕を助けてくれた、僕が友達を助けた。今のはただそれだけのことです。友達が傷つけられたら怒るのが当たり前でしょう?」

「弱小の魔獣ごときのために上位貴族に歯向かうなど、正気か?」

「上位貴族だろうがなんだろうが関係ないです」


 僕の友達を簡単に傷つけたことも、そしてそれに何のためらいも感じていないことも、僕にとっては許せないことだ。

 それが「一般的」なことであるということすら、カッと急激に血が上った僕の頭からは消え失せていた。


 幸いにして気を失うだけで済んだチコをそっと抱き上げ、立ち上がると、目の前の人物を正面から睨み上げる。


「あなたのような方に、あの方のお傍にいる資格なんてありません。そういう意味で、グレン様は正しい選択をされたのかもしれませんね。あなたを選ばないという」

「……なに?」


 他人にここまで本気で怒りを覚えるのは、グレン様の悪質な嫌がらせを含めても久しぶりのことで、ついつい「相手が一番気にしている(コンプレックス)」ことを抉って挑発した。


「こんな僕があの方の小姓だと知ってさぞやがっかりされたことでしょう。でも残念ながら、あの方が僕を選ばれたんですよ。優秀でもないし、使えもしない、貧相で凡庸なこの僕を!」

「なんだと……!?」

「加えて申し上げておくなら、グレン様はあなたが想像するような人物ではないと断言できます。あなたがどのような理想をグレン様に抱いておられるかは存じ上げませんが、それは見込み違いというものです。あの方は嗜虐趣味(ドS)の、人を人とも思わない冷血漢ですから」


 相手の弱みをあげつらうことも、相手が理想としているものをこき下ろすことも(今言ったことは紛れもない事実なのだけど)、実力行使に勝るとも劣らない悪質な精神攻撃であり、口達者なグレン様(ご主人様)の常套手段だ。


 分かっていてそんなやり方をあえて選んだ。


 上位貴族に逆らう?

 最初から王族(殿下)のプライベートを盗み聞きし、上位貴族(イアン様)に歯向かって口答えし、ご主人様(グレン様)とは口喧嘩ばかりの僕には、今更だ。チコの痛みに比べたら、こんなもの。


 にっこり笑って、ご主人様に鍛えられた毒舌を厭味ったらしく活用させてもらう。


「あなたが小姓になっていたらきっと幻滅どころではなかったでしょうから、僕が小姓でよかったですね。僕に感謝してください」

「グレン様をっ、俺をっ、愚弄するな!」


 相手の逆鱗に触れる――どころか爪を立てて引っかいたところ、怒りで首まで真っ赤に染めたキール様が僕につかみかかろうとした。

 しかし、まさにその時、後ろから僕たちは力づくで引き剥がされ、僕の目の前が大きな背中で見えなくなった。


「何あったか知んねぇけど、その感じだとお前はまた見事に上位貴族の方に喧嘩売っただろ。相手見て考えて行動しろよ」

「ま、またってそんな僕がいつも揉め事起こしてるみたいな――」

「違うのか?」

「う……」

「揉め事起こしたら、お前の家やグレン様に迷惑がかかることくらい分かってんだろ。お前のそういう身分意識の甘いとこ、見逃してくれる方が少数派だってことを忘れんな」

「……ごめん」

「説教は後な」


 颯爽と現れたヨンサムは、一目で状況を把握して僕に小言を言いながら、それでも後ろ手で僕を隠してキール様との間で壁になってくれた。


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